日本的経営の強みは、既存の製品や工程を状況に合わせて調整する「アレンジ能力」にあります。東京理科大学大学院の岸本太一氏は、日本企業が失ったのは実力ではなく、自社の仕組みに対する「自信」であり、その強みを支える経営システムの理屈を理解し、言語化することが自信を取り戻す第一歩だと語ります。
バブル崩壊から30年あまり、「日本企業は弱くなった」という声を聞くことが増えました。しかし、技術や現場の力が本当に失われたのでしょうか。
本記事では、岸本氏へのインタビューをもとに、日本企業が失ったものの正体、「世界標準」という考え方の落とし穴、米国の「標準化」と日本の「アレンジ能力」の違い、そして海外の仕組みを部分的に取り入れることのリスクを解説します。
この記事でわかること
・日本企業が失ったのは、実力ではなく「自信」だという見方
・「世界標準」が、実際には欧米の標準に近い理由
・米国企業の「標準化」と、日本企業の「アレンジ能力」の違い
・アレンジ能力を生む、長期雇用・長期取引という仕組み
・海外の仕組みを部分的に取り入れると、強みを壊しかねない理由
取材協力:岸本 太一 氏
東京理科大学大学院 経営学研究科 技術経営専攻 講師(取材時。2026年4月に准教授へ昇任予定)。2002年一橋大学商学部卒業、2005年同大学院商学研究科修士課程修了、2008年同博士後期課程修了、博士(商学)。一橋大学大学院商学研究科特任講師、東京大学ものづくり経営研究センター特任助教、敬愛大学経済学部准教授などを経て、2014年より東京理科大学大学院。専門は中小企業論、国際経営論、戦略論、組織論、イノベーション・新事業創造など。共編著『中小企業の空洞化適応』(同友館、第39回商工総合研究所中小企業研究奨励賞〈経営部門〉受賞)、共著『サービスイノベーションの海外展開』(東洋経済新報社)、分担執筆『日本型ビジネスモデルの中国展開』(有斐閣)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
日本企業が失ったのは、実力ではなく「自信」
岸本氏は、日本企業や日本経済の実力が失われたとは思わないと言います。新興国を含めて海外を見て回っても、日本は技術や実力の層が厚く、大きな潜在力を持つ国だと考えています。
失われたのは「自信」です。自社に特有の仕組みや打ち手、日本的な経営システムへの信頼が揺らいでいます。その背景には、仕組みの裏にある合理性や、仕組みが組み立てられている原理を、当事者自身が理解できていないことがあると岸本氏は指摘します。
| 自信を取り戻す糸口 | 内容 |
|---|---|
| ① 経営システムを理解する | 自社や日本企業がどのような仕組みで動いているのか、その利点と欠点、成果につながる原因と論理を理解する |
| ② 言語化して発信する | 日本的な経営システムの良さや成り立ちを言葉にし、共有する |
出典:岸本氏への取材をもとに編集部作成
「世界標準」は、実は欧米の標準に近い
バブル崩壊後、日本では「世界標準」に合わせるべきだという議論が強まりました。岸本氏は、その傾向は経営学者にも見られると言います。近年の経営学者の発信は、海外の一流学術誌の論文を整理して紹介する形が多く、ニーズがある一方で副作用もあるというのです。
なぜなら、経営学の多くの理論は欧米企業の研究から生まれているため、「世界標準」は実際には米国の標準、広くいえば欧米の標準に近いからです。どの国にも当てはまる普遍的な内容もありますが、日本企業と米国企業がそれぞれ持つ異なる良さや、その成り立ちは語られなくなってしまいました。
だからこそ、日本的な経営システムを言語化して共有することが、問題解決の第一歩になると岸本氏は考えています(日本型組織が抱える課題については、太田肇名誉教授の解説記事でも紹介しています)。
米国の「標準化」と日本の「アレンジ能力」
岸本氏は、日米の企業の強みを次のように対比します。
| 観点 | 米国企業 | 日本企業 |
|---|---|---|
| 得意なこと | 製品や工程を「標準化」する | 既存の製品や工程を「アレンジ」する |
| 雇用・取引の慣行 | 短期雇用・短期取引が多い | 長期雇用・長期取引が多い |
| 蓄積されるもの | 従業員や取引先が頻繁に入れ替わるため、標準化のノウハウがたまる | 既存の部品や工程をアレンジした経験が、人や企業、系列にたまる |
出典:岸本氏への取材をもとに編集部作成
どちらが絶対的に優れているわけではなく、それぞれに一長一短があります。むしろ両者は補い合う関係にもあり、日本企業がアレンジを担い、その蓄積を米国企業が標準化に生かすという協業も考えられます。岸本氏は、その一例としてスマートフォンの開発・量産を挙げています。
この見方は製造業を前提にしていますが、サービス業やコンテンツ産業にもほぼ当てはまるといいます。そこには、年功序列か成果主義かという報酬の慣行や、ジョブローテーションかジョブ型かという異動の慣行も関わっています。
海外の仕組みを部分的に取り入れるリスク
岸本氏は、日米の慣行や仕組みに絶対的な優劣はなく、それぞれの長所は、他の仕組みと結びつくことで発揮されていると言います。
そのため、全体を考えずに、一部の仕組みだけを海外から取り入れると、その長所が発揮されないばかりか、もともとの強みを壊してしまうおそれがあります。岸本氏はこれを、臓器移植で起きる拒絶反応にたとえています。
| 取り入れ方 | 起こりうること |
|---|---|
| 一部の仕組みだけを取り入れる | 他の仕組みとかみ合わず、長所が発揮されない。もともとの強みを壊すおそれもある |
| 全体のつながりを踏まえて取り入れる | 自社の仕組みの理屈を理解したうえで、何を変え、何を残すかを判断できる |
出典:岸本氏への取材をもとに編集部作成
例えばジョブ型の人事制度を取り入れるときも、報酬や異動、育成といった他の仕組みとのつながりを見ずに一部だけを変えると、かえって組織の強みを損なうことがあります(日本の中小企業でのジョブ型の取り入れ方については、藤本雅彦教授の解説記事でも紹介しています)。
自社の仕組みに合ったジョブ型の取り入れ方を考える
ジョブ型を取り入れるときは、報酬や異動、育成など他の仕組みとのつながりを踏まえて設計することが大切です。DEFiDEでは、ジョブ型人事の基本となる職務の枠組みをまとめた資料を提供しています。
よくある質問(FAQ)
Q. 日本的経営の強みは何ですか?
A. 岸本氏は、既存の製品や工程を状況に合わせて調整する「アレンジ能力」を挙げています。長期雇用・長期取引の慣行のもとで、アレンジの経験が人や企業、系列に蓄積されることが、その強みを生んでいます。
Q. 日本企業は弱くなったのですか?
A. 岸本氏は、日本企業や日本経済の実力が失われたとは思わないとしています。失われたのは、自社の仕組みや日本的な経営システムへの「自信」であり、その背景には、仕組みの裏にある合理性を当事者が理解できていないことがあると指摘しています。
Q. 「世界標準」の経営に合わせるべきではないのですか?
A. 岸本氏は、経営学の多くの理論が欧米企業の研究から生まれているため、「世界標準」は実際には欧米の標準に近いと指摘しています。普遍的な内容もありますが、日本企業の異なる良さや成り立ちを言語化して共有することが、自信を取り戻す第一歩だとしています。
Q. 米国企業と日本企業の強みはどう違いますか?
A. 米国企業は製品や工程を「標準化」する能力に、日本企業は既存の製品や工程を「アレンジ」する能力に強みがあります。どちらが絶対的に優れているわけではなく、補い合う関係にもあると岸本氏は説明しています。
Q. 海外の人事制度を取り入れるときの注意点は何ですか?
A. 仕組みの長所は他の仕組みと結びつくことで発揮されるため、全体を考えずに一部だけを取り入れると、長所が発揮されず、もともとの強みを壊すおそれがあります。岸本氏はこれを臓器移植の拒絶反応にたとえています。
まとめ:自社の仕組みの理屈を理解し、自信を取り戻す
- 日本企業が失ったのは、実力ではなく、自社の仕組みへの「自信」
- 「世界標準」は実際には欧米の標準に近く、日本企業の良さが語られなくなった
- 米国は「標準化」、日本は「アレンジ能力」に強みがあり、両者は補い合う
- アレンジ能力は、長期雇用・長期取引の慣行のもとで人や企業に蓄積される
- 海外の仕組みを一部だけ取り入れると、長所が発揮されず強みを壊すおそれがある
では、実力のある日本企業が、なぜ十分な利益を上げられていないのでしょうか。後編では、日本企業の「利潤吸引力」の弱さと、その背景にある「設計力」の不足、そして座学で設計力と俯瞰力を養う方法を紹介します。
自社の仕組みに合った人事制度を設計する
人事制度を見直すときは、報酬、異動、評価、育成といった仕組み同士のつながりを踏まえて設計することが欠かせません。DEFiDEでは、人事制度や組織づくりの課題について相談を受け付けています。
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