経営理論を実務に生かすには?理論を「血肉化」する学び方|岸本太一氏

 

経営理論を実務に生かすには、理論を知っているだけでは足りず、自分の言葉で要約し、「本当にそうか」と疑い、自社の実例に当てはめて使ってみる「血肉化」が必要です。東京理科大学大学院の岸本太一氏は、OJTだけでは身につかない理論を座学で学ぶことで、やりたいことを実現できる確率が高まると語ります。

「経営学は実務の役に立たない」「仕事は現場で覚えるもの」――そうした声は今も少なくありません。一方で、現場力や技術力があるのに、それが成果や利益に結びつかないという悩みを抱える企業も多くあります。

本記事では、中小企業から大企業まで数百社の現場を訪ね、技術経営(MOT)の大学院で社会人を教える岸本氏へのインタビューをもとに、市場のニーズから始まる研究、事例から理論をつくる考え方、座学が現実を変える理由、そして理論を「血肉化」する学び方を解説します。

この記事でわかること

・岸本氏の研究の軸「マーケットイン」と、数百社の現場から生まれた研究

・事例を抽象化して、他の業界にも使える理論をつくる考え方

・座学がOJTだけでは得られない成長を促す理由(不均衡成長論)

・理論と実務をつなぐ「橋渡し役」の必要性

・理論を「血肉化」するディスカッション型の学び方

取材協力:岸本 太一 氏

東京理科大学大学院 経営学研究科 技術経営専攻 講師(取材時。2026年4月に准教授へ昇任予定)。2002年一橋大学商学部卒業、2005年同大学院商学研究科修士課程修了、2008年同博士後期課程修了、博士(商学)。一橋大学大学院商学研究科特任講師、東京大学ものづくり経営研究センター特任助教、敬愛大学経済学部准教授などを経て、2014年より東京理科大学大学院。専門は中小企業論、国際経営論、戦略論、組織論、イノベーション・新事業創造など。共編著『中小企業の空洞化適応』(同友館、第39回商工総合研究所中小企業研究奨励賞〈経営部門〉受賞)、共著『サービスイノベーションの海外展開』(東洋経済新報社)、分担執筆『日本型ビジネスモデルの中国展開』(有斐閣)など。

聞き手:JOB Scopeマガジン編集部

研究の軸は「マーケットイン」――現場のニーズから始まる

岸本氏は博士課程で、日本企業の利益率が長期的に低下した理由を、日米の比較などデータ分析を中心に研究しました。その後、フィールドワークを重視する東京大学ものづくり経営研究センターに移り、現場を重視する姿勢を「叩き込まれた」といいます。当時のセンター長だった藤本隆宏氏は、週の半分ほど地方や現場を回っていたそうです。

岸本氏の研究に一貫している軸は、「マーケットイン」、つまり市場や顧客のニーズを起点にする発想です。中小企業の現場には月に数社のペースで足を運び、訪ねた企業は少なくとも300社、多ければ500社ほどにのぼります。

経営者の相談から、国際経営の研究へ

中小企業の経営者から多く寄せられた相談が、海外進出でした。あるとき、山形県の中小企業の社長から、インドネシア進出に関する講演を頼まれます。当時の岸本氏は、海外に渡航した経験もパスポートもありませんでした。そこから年に2回ほど、1週間程度の海外調査を始めたといいます。

中小企業論と国際経営論は、一見つながりのない分野に見えます。しかし岸本氏にとっては、現場のニーズに応えるという同じ動機から生まれたものでした。現在は、社会人が学ぶ東京理科大学大学院の技術経営専攻(MOT)で、戦略論や組織論、国際経営論、研究開発(R&D)から新事業を生み出すイノベーションまで、経営学全般を扱っています。

事例から理論をつくり、実装へ導く

岸本氏の研究の目的は、日本企業のマネジメントの特徴や強み、弱点を、人事なども含めた一つのシステムとして捉え、解き明かすことです。フィールドワークやインタビューを多く用いますが、それだけに頼らず、全体像をつかむためにはデータ分析も使います。

最大の特徴は、個別の事例を抽象化・一般化して、理論をつくる点です。日本の現場から帰納的に理論を組み立ててきた師の伊丹敬之氏(一橋大学名誉教授)の影響を受けています。

研究の段階 内容
事例報告 「ある業界でこんなことが起きている」と報告する段階。その業界の外には価値が広がりにくい
理論化 事例を抽象化・一般化し、なぜそうなるのかという理屈を導く
実装 他の業界や企業にも応用できる形にして、実務家に届ける

出典:岸本氏への取材をもとに編集部作成

岸本氏は、事例報告で止まらず、他の業界にも応用できる理屈まで踏み込むことを重視しています。現在は、企業向けの講演や経営幹部の研修、戦略を見直すワークショップなども担当しています。

座学が現実を変える――テニスで知った「不均衡成長論」

実は岸本氏自身、大学に入学したときは実学を期待していたものの、講義を「役に立たない」と感じ、しばらく大学から足が遠のいた経験があります。その間、打ち込んでいたのがテニスでした。

そんな岸本氏が大学院に進んだのは、学者になるためではありませんでした。理論や座学を知ることで、目的を達成できる確率が上がると気づいたからです。きっかけになったのが、経済学者A・O・ハーシュマンが『経済発展の戦略』で示した不均衡成長論でした。

  内容
不均衡成長論の考え方 すべてにバランスよく投資するより、あえて不均衡をつくるほうが成長しやすい。例えば、自動車を先に増やすと「道路が足りない」という圧力が生まれ、道路の整備が進む
テニスへの応用 ストロークの練習に集中して強い相手と打ち合うと、ボレーの弱点がはっきりし、改善しようという圧力が生まれて成長につながった

出典:岸本氏への取材をもとに編集部作成

役に立つ座学は、経験から学ぶOJTだけの場合よりも成長を促し、現実を変える手段になる――岸本氏はこの実体験から、理論の価値を確信したといいます(行動と内省を繰り返してリーダーが育つ仕組みについては、犬飼知徳教授の解説記事でも紹介しています)。

理論と実務をつなぐ「橋渡し役」が足りない

岸本氏は、OJTの重要性を認めたうえで、座学で理論を深く学ぶと、やりたいことを実現できる可能性が高まると言います。それでも、「座学には意味がない」と考える人は少なくありません。

その背景には、学術界の状況もあります。今の学術界は、物事を要素に分解して一つひとつの動きを確かめる基礎研究が中心で、研究を実務につなぐ「橋渡し役」が少なくなっているのです。企業が研究所とは別に開発部門を持つように、基礎研究を実装へとつなぐ応用研究の担い手が必要だと岸本氏は指摘します。

岸本氏は自らを「実践系経営学者」「応用経営学者」と位置づけ、つくった理論を実務家が使える形で伝えることに力を注いでいます。大学院生時代はテニスのコーチを続けていましたが、分析して理屈をつくり、体系立てて説明する力を最も生かせる場として、大学教員の道を選びました。

理論を実務に生かせる人材を育てることは、次の時代の組織を担うリーダーを育てることにもつながります。

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理論を「血肉化」するディスカッション型の学び方

岸本氏は、理論を「知っている」ことと「血肉化している」ことは、まったく違うと言います。マーケティングの4Pや、業界の競争環境を分析する5フォースといった理論を雑学として知っているだけでは、実務で使いこなすことはできません。

血肉化のステップ 内容
① 要約する 理論を自分なりの言葉で要約し、理解する
② 疑う 「本当にそうなのか」と疑問を出し、理解できない点や反例を考える
③ 当てはめる 自社や所属部署、関心のある事例に当てはめて、実際に使ってみる

出典:岸本氏への取材をもとに編集部作成

事前課題と議論で進める講義

岸本氏の講義には、一方的なレクチャーはほとんどありません。受講者は講義の2日ほど前までに、教科書の一部を読み、理論を自社などの事例に当てはめて分析したレポートと、疑問を書いたメモを提出します。岸本氏は、分析レポートをケーススタディの材料に、疑問を深掘りして当日の議論を組み立てます。

受講者アンケートでは、同じ理論やケースでも理解が深まり、「こんな見方もあるのか」と学べたという声が出ているといいます。このスタイルは、師の伊丹氏が一橋大学のMBAで行っていた経営戦略の講義と同じものです。岸本氏は、分野に関係なく、座学を実務に生かすにはこのスタイルが欠かせないと考えています(経営者が学び続ける意義については、藤本雅彦教授の解説記事でも紹介しています)。

よくある質問(FAQ)

Q. 経営理論は実務の役に立ちますか?

A. 岸本氏は、OJTの重要性を認めたうえで、座学で理論を深く学ぶと、やりたいことを実現できる可能性が高まるとしています。ただし、理論を知っているだけでは使えず、自分の言葉で要約し、疑い、実例に当てはめて「血肉化」することが必要です。

Q. 理論を「血肉化」するにはどうすればよいですか?

A. 岸本氏は、理論を自分なりの言葉で要約して理解する、「本当にそうなのか」と疑問を出す、自社や関心のある事例に当てはめて使ってみる、という3つの作業が必要だとしています。事前課題と議論を組み合わせたディスカッション型の学び方が有効です。

Q. なぜ座学がOJTだけより成長を促すのですか?

A. 岸本氏は、ハーシュマンの不均衡成長論を例に説明しています。あえて不均衡をつくると改善の圧力が生まれて成長しやすくなるように、理論を学ぶことで自分の弱点や改善点が見え、OJTだけの場合よりも成長が促されるとしています。

Q. 事例から理論をつくるとはどういうことですか?

A. 個別の事例を報告するだけでなく、それを抽象化・一般化して、なぜそうなるのかという理屈を導くことです。岸本氏は、事例報告で止まらず、他の業界にも応用できる理屈まで踏み込むことで、研究の価値が広がるとしています。

Q. 理論と実務の「橋渡し役」とは何ですか?

A. 基礎研究の成果を、実務家が使える形にして届ける応用研究の担い手のことです。岸本氏は、今の学術界は基礎研究が中心で橋渡し役が少ないとし、自らを「実践系経営学者」「応用経営学者」と位置づけています。

まとめ:理論は知るだけでなく、血肉化して使う

  • 岸本氏の研究の軸は、市場や顧客のニーズを起点にする「マーケットイン」
  • 事例を抽象化・一般化して理論にすることで、他の業界にも応用できる知見になる
  • 役に立つ座学は、OJTだけの場合よりも成長を促し、現実を変える手段になる
  • 学術界には、理論を実務につなぐ「橋渡し役」が不足している
  • 理論は、要約し、疑い、実例に当てはめる「血肉化」で初めて使えるようになる

では、理論のレンズを通して見ると、日本企業はどのような強みを持っているのでしょうか。中編では、日本企業が失ったのは実力ではなく「自信」だという見方と、米国の「標準化」に対する日本の「アレンジ能力」という強みを紹介します。

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