地方で育てた高度な産業人材が地域に残らないのは、特殊で高度な技術を持つ人ほど、より良い条件を求めて地域外、とりわけ東京へ移りやすいからです。相愛大学の下畑浩二准教授は、新産業を生み出しても、それを担う人材を地域で育て、つなぎとめることが地方の大きな課題だとし、カナダの航空機産業クラスターの「ケベックモデル」にヒントがあると語ります。
人口減少と都市部への人口流出が続くなか、地方の中小企業は長く人手不足に悩んできました。前編で見たように、地域の中小企業が連携して新産業に参入できても、それを支える人材がいなければ事業は続きません。
本記事では、下畑准教授へのインタビューをもとに、地方で育てた人材が流出してしまう構造、カナダとメキシコの航空機産業に学ぶ人材育成、人手不足と機械化の壁、学生のキャリアデザイン教育、ジョブ型雇用の課題と「クロスジョブ」の考え方、そして経営者・人事責任者へのメッセージを解説します。
この記事でわかること
・地方で育てた高度な産業人材が地域に残らない理由
・カナダ「ケベックモデル」に学ぶ、技能の標準化と人材育成
・地方の中小企業が直面する人手不足と機械化の壁
・学生が卒業後もキャリアを考え続けるためのキャリアデザイン教育
・ジョブ型の属人化と帰属意識の低下を防ぐ「クロスジョブ」
相愛大学 人文学部 准教授(取材時)。1998年関西大学商学部商学科卒業。2000年明治大学大学院政治経済学研究科政治学専攻博士前期課程修了、修士(政治学)。2010年英国エクセター大学(University of Exeter)PhDプログラム満期退学。四国大学を経て、2021年4月より現職。専門はコーポレート・ガバナンス、社会的ネットワーク、経営戦略、地域における産業人材育成。日本経営学会理事(2期)、同学会誌編集委員などを務め、経営学会国際連合(IFSAM)では事務局担当役員、評議員などを歴任。著書に『日本経営学会東北部会発 企業家活動と高付加価値』(共編著、文眞堂、2025年)、『キャリアデザイン――就職を考える学生のために』(共著、三恵社、2023年)、『大学生のためのキャリアデザイン』(共著、三恵社、2024年)、分担執筆に『多国籍企業の理論と戦略』(学文社、2016年)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
神戸市、長野県、岐阜県などでは、中等・高等教育機関が地元企業の支援を受けて、航空機製造の人材育成を進めています。しかし、卒業生の多くは地域外へ就職してしまうという課題があります。
| 人材のタイプ | 傾向 |
|---|---|
| 汎用的な技能を持つ人材 | 工業高校などで培われる汎用的な技能は、どの産業でも使えるため、地元に残る傾向がある |
| 特殊で高度な技術を持つ人材 | 労働の流動性が高く、より良い条件を提示する地域外の企業、実際にはほとんど東京へ移ってしまう |
出典:下畑准教授への取材をもとに編集部作成
その結果、産業全体の人材の裾野は広がっても、地域にはその恩恵が少ないという状況が生まれます。地方の中小企業が給与を上げればよいという話にもなりますが、現実には容易ではありません。
この状況を変えるヒントとして、下畑准教授は海外の航空機産業クラスターを挙げます。
| 地域 | 特徴 | 日本への示唆 |
|---|---|---|
| カナダ・ケベック州モントリオール近郊 | 世界有数の航空機産業クラスターで、多くの企業が集積。職業訓練の「ハブ」機関であるCAMAQが、企業とのネットワークを通じて必要な技能を把握し、機械加工、工業塗装、航空機装備品、機体整備などの訓練プログラムを提供している | 技術・技能の標準化が進み、特定の企業に偏らず、卒業生があらゆる規模の企業に就職している |
| メキシコ | 米国に隣接する地の利から、2000年代後半から2010年代にかけて航空機産業が急成長。複数の完成機メーカーが工場を持ち、大手サプライヤーも進出している | 人材育成や、現地の中小企業の参入・経営のあり方が、日本の中小企業への示唆になりうる(下畑准教授が研究を準備中) |
出典:下畑准教授への取材をもとに編集部作成
完成機メーカーを抱える点は日本と異なりますが、企業横断で必要な技能を把握し、標準化された訓練を提供する「ケベックモデル」から学べることは多いと下畑准教授は言います。技能が標準化されていれば、育てた人材は特定の企業だけでなく、地域のさまざまな規模の企業で生かされるのです。
技能を標準化し、地域や社内で人材を生かすには、まず一人ひとりがどんな技能や経験を持っているのかを見える形にしておくことが出発点になります。
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地方の中小企業は、長年人手不足に悩んできました。例えば機械産業の一部では、地域の高齢者や主婦に、棒に導線を巻くといった作業を在宅の内職として担ってもらってきました。しかし、介護が必要になったり、家族の転勤があったりすれば続けられなくなります。
機械化せざるを得ない状況ですが、導線を巻く機械をメーカーに発注すると、1台600万円以上かかることもあります。長期的には人件費より機械化のほうが有利でも、中小企業には一度に多額の費用を払うことが難しい。機械化できないからこそ人手に頼っている――それが地方の中小企業の現実だと下畑准教授は指摘します(中小企業と地域の雇用の課題については、守屋貴司教授の解説記事でも紹介しています)。
下畑准教授は、研究と並行して学生のキャリア支援にも力を注いでいます。キャリア支援科目の担当は10年、学生の就職相談のメンターは15年に及び、学内では就職委員も務めています(取材時)。その原点には、「社会に有為な人材を育てたい」という志と、自身が就職氷河期世代であることから、学生には何があっても就職できる準備をしてほしいという思いがあります。
授業中は熱心に取り組む学生も、履修を終えて時間がたつと、意識的にキャリアを考えることをやめてしまいがちです。しかし、意識してキャリアを設計すれば、視野も考え方も行動も広がる。そこで下畑准教授は、履修後もキャリアを考え続けられる本として、共著『キャリアデザイン――就職を考える学生のために』(三恵社、2023年)を著し、続編の『大学生のためのキャリアデザイン』(三恵社、2024年)も出版しました。
また、中小企業経営者の企業家活動に着目し、地域の中小企業が主体的な意思決定によって高付加価値化を実現し、それを継続・安定させる仕組みを分析した共編著『日本経営学会東北部会発 企業家活動と高付加価値』(文眞堂、2025年)も手がけています。
ジョブ型雇用について、下畑准教授は導入の賛否よりも、ジョブ型の機能的な特徴を、日本企業に合う形で組み込むことが大切だと言います。すでにジョブ型を導入した企業もあり、その機能を必要とする企業は存在します。だからこそ、ジョブ型で担われる機能を、メンバーシップ型(日本型)の仕組みでも担えるよう建設的に議論することが重要だというのです。
| ジョブ型の課題 | 内容 |
|---|---|
| 業務の属人化 | 専門性の高い業務は特定の人に割り当てられがちで、その人がいないと仕事が回らなくなる。これがジョブ型の必要性を生む面もある |
| 帰属意識の低下 | 職務の範囲で働くことで、組織への帰属意識が下がりやすい |
出典:下畑准教授への取材をもとに編集部作成
属人化への対策として下畑准教授が挙げるのが、特定の部署に在籍しながら、他の部署の業務も担える「クロスジョブ制度」を核にしたジョブローテーションです。
専門業務を一部の人だけに任せず、多くの社員が関われるようにすることで、属人化を防ぎ、組織としての対応力を高めることができます。
| 対象 | メッセージ |
|---|---|
| 中小・中堅企業の経営者 | これまで経営者や社員が築いてきた「資産」を、社内だけでなく地域社会にも生かし、経営者、社員、その家族、地域社会が豊かになってほしい。そのために、経営者にしかできないことを実行してほしい |
| 人事責任者 | 就職活動では、企業と学生が互いに選び、選ばれる立場にある。仕事への考え方、これまでの取り組みと今後のビジョン、特に社員をどう育てるのかを、インターンシップや就職活動で「見える化」してほしい |
出典:下畑准教授への取材をもとに編集部作成
下畑准教授は、学生の可能性を見極める人事担当者の仕事は重要であり、学生に個人として助言してくれることにも感謝していると語ります。社員の育て方を学生に見える形で示すことは、地方の企業が人材を惹きつけ、地域に残ってもらうための第一歩にもなります(インターンシップを採用に生かす方法については、亀野淳教授の解説記事でも紹介しています)。
A. 下畑准教授によれば、汎用的な技能を持つ人材は地元に残りやすい一方、航空機製造のような特殊で高度な技術を持つ人材は労働の流動性が高く、より良い条件を提示する地域外の企業、実際にはほとんど東京へ移ってしまうためです。産業全体の裾野は広がっても、地域には恩恵が少ないといいます。
A. カナダ・ケベック州の航空機産業クラスターにおける人材育成の仕組みです。職業訓練のハブ機関が企業とのネットワークを通じて必要な技能を把握し、訓練プログラムを提供することで、技能の標準化が進み、卒業生が特定の企業に偏らず、さまざまな規模の企業に就職しています。
A. 長期的には機械化が有利でも、機械を発注すると1台600万円以上かかることもあり、中小企業には一度に多額の費用を払うことが難しいからです。下畑准教授は、機械化できないからこそ人手に頼っているのが地方の中小企業の現実だと指摘しています。
A. 下畑准教授は、専門性の高い業務が特定の人に割り当てられる「業務の属人化」と、「帰属意識の低下」を挙げています。導入の賛否よりも、ジョブ型の機能を日本企業に合う形で組み込み、メンバーシップ型でも担えるよう議論することが重要だとしています。
A. 特定の部署に在籍しながら、他の部署の業務も担えるようにする仕組みです。下畑准教授は、これを核にジョブローテーションを行い、専門業務に多くの社員が関われるようにすることで、業務の属人化を防ぐ方法を提案しています。
前編で見た「共創」による新産業創出も、本記事で見た人材育成も、根底にあるのは企業と地域が連携して価値を生み出すという考え方です。新しい産業を生み、それを担う人を育て、地域に残ってもらう――その循環をつくることが、地方の中小企業と地域社会の未来につながります。
職務を定義し、属人化を防ぐ仕組みをつくる
業務の属人化を防ぎ、多くの社員が専門業務に関われるようにするには、まず職務の内容と必要なスキルを明確にしておくことが出発点になります。DEFiDEでは、ジョブ型人事の基本となる職務の枠組みをまとめた資料を提供しています。
▶ 前編:中小企業の連携で新産業は生まれるか?航空機産業に参入した「共同受注体」に学ぶ「共創」の3つの条件(内部リンク)
▶ インタビュー全文:「共創」が新産業創出の鍵(後編)(JOB Scopeマガジン)