地域の中小企業が連携して新産業を生み出す鍵は、企業同士が技術や工程を持ち寄って一緒に価値をつくる「共創」です。相愛大学の下畑浩二准教授は、航空機産業に参入した地域の「共同受注体」の研究から、共創による新産業創出には、行政の関与、地域内外の企業の組み合わせ、企業間を取り持つコーディネーターの3つが欠かせないと指摘します。
経済産業省は2017年に「新産業構造ビジョン」を策定しましたが、新しい産業を生み出すのは容易ではなく、成功例は多くありません。一方で、地域の中小企業が連携し、大企業のサプライチェーンに食い込んで成果を上げた例もあります。
本記事では、コーポレート・ガバナンスと地域の産業人材育成を研究する下畑准教授へのインタビューをもとに、中小企業が航空機産業に参入する難しさ、共同受注体という仕組み、新産業創出を可能にする3つの条件、飯田・下伊那地域と新潟市の事例、そしてサプライチェーンで求められる「技術とコスト」について解説します。
この記事でわかること
・中小企業が大企業のサプライチェーンに参入する難しさ
・工程をつないで一貫生産する「共同受注体」とは
・共創による新産業創出を可能にする3つの条件
・飯田・下伊那地域と新潟市に学ぶ、地域連携のあり方
・航空機産業のサプライチェーンで求められる「技術とコスト」
取材協力:下畑 浩二 氏
相愛大学 人文学部 准教授(取材時)。1998年関西大学商学部商学科卒業。2000年明治大学大学院政治経済学研究科政治学専攻博士前期課程修了、修士(政治学)。2010年英国エクセター大学(University of Exeter)PhDプログラム満期退学。四国大学を経て、2021年4月より現職。専門はコーポレート・ガバナンス、社会的ネットワーク、経営戦略、地域における産業人材育成。日本経営学会理事(2期)、同学会誌編集委員などを務め、経営学会国際連合(IFSAM)では事務局担当役員、評議員などを歴任。著書に『日本経営学会東北部会発 企業家活動と高付加価値』(共編著、文眞堂、2025年)、『キャリアデザイン――就職を考える学生のために』(共著、三恵社、2023年)、『大学生のためのキャリアデザイン』(共著、三恵社、2024年)、分担執筆に『多国籍企業の理論と戦略』(学文社、2016年)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
研究の出発点――不利な環境で日本企業はどう競争力を保つか
下畑准教授の研究テーマは、欧米優先の国際規制や産業の空洞化といった不利な経営環境のなかで、規制産業の日本企業がどう競争力を保つかです。大企業から中小企業までを対象に、欧米企業とも比較しながら研究しています。
| 研究テーマ | 主な論点 |
|---|---|
| コーポレート・ガバナンス | 経営者が後継者をどう選び、育てるか。就任後にどう競争力を維持・向上させるか |
| サプライチェーン | 巨大企業のサプライチェーンに新規参入した地方の中小企業が、どう仕事を得るか(社会的ネットワークによる企業統治、Tier1〜Tier3の関係と「共創」、Tier3以下を対象とした産官学連携と人材育成) |
出典:下畑准教授への取材をもとに編集部作成
サプライチェーン研究の対象は、ボーイングやエアバスといった完成機メーカーを頂点とする航空機製造産業です。本記事では、このうち中小企業の「共創」に焦点を当てます。
中小企業が航空機産業に参入する難しさ
2000年代半ば以降、金属・機械工業などの中小企業が、本業で培った技術を航空宇宙産業に生かそうと、地域でクラスター(産業集積)の形成を目指すグループが全国各地に生まれました。2000年代後半以降は、国や自治体も航空宇宙産業を成長産業と位置づけ、参入を目指す企業を支援しています。
しかし、多くのグループは受注待ちや勉強会のレベルにとどまり、共同受注体として活発に動いているのは、長野県の飯田・下伊那地域と新潟県新潟市の2エリアだけだと下畑准教授は言います。
| 参入の壁 | 内容 |
|---|---|
| 時間 | 人が乗る航空機には高い技術が求められ、仕事をもらえるまで約10年かかると言われる。実際に受注した共同受注体も約10年を要した。それまでは本業で航空機事業を支える必要がある |
| コスト | 完成機メーカーは機体のコスト削減を狙っている。中小企業1社が一部の工程を担うだけでは差がつかず、受注できない |
| 手続き | 工程ごとに取引先が分かれると、発注や納品の手続きが増える。単に安く加工するだけでは、この問題は解決しない |
出典:下畑准教授への取材をもとに編集部作成
解決策としての「共同受注体」
そこで必要になるのが、工程全体や部品の単位で企業が連携し、一貫生産の体制をつくる「共同受注体」です。複数の企業が工程をつなぐことで、コストを下げ、手続きもまとめられます。ただし、同業者に自社の技術をどこまで開示するかという難しい問題も伴います。
一方で、地域に固有の連携は他の地域が簡単に真似できないため、いったん築けば参入障壁にもなります。航空機は40年以上使われるため、株主に左右されない非上場の同族中小企業は、長期的に部品を供給し続けやすいと完成機メーカーから評価されることもあるといいます。
共創による新産業創出を可能にする3つの条件
飯田・下伊那地域と新潟市の研究から、下畑准教授は、地域創生のための新産業創出を可能にする条件として次の3つを挙げます。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| ① 行政の関与 | 行政が「共創」に大きく関わったり、補強したりしている |
| ② 企業の構成 | 連携企業の半数以上が地域内の企業で、地域外から参加する企業もいる。地域内だけで一貫工程を組めない場合や、参加を望まない企業がいる場合は、外部や近い工程の企業に声をかける。すでに航空機産業に参入している数社が、これから参入する企業を導く |
| ③ コーディネーター | 企業同士や、企業と航空宇宙産業との間を取り持つキーマンがいる。地域の中核企業の社長、行政や地域振興機関の経験者、大手重工メーカーのOBなど |
出典:下畑准教授への取材をもとに編集部作成(飯田・下伊那地域と新潟市の研究にもとづく知見)
また、担当する工程が重なる企業がいても、将来ボトルネックになる工程を担う可能性があるため、連携から退出させないことが重要だと下畑准教授は言います。
地域の企業が連携して新しい事業に挑むには、技術だけでなく、それを担う人材をどう確保し、育て、配置するかという組織づくりも欠かせません。
新しい事業に挑む組織と人材づくりを相談する
新規事業や新しい取引に挑むには、必要なスキルを持つ人材の確保・育成と、それを支える人事の仕組みが欠かせません。DEFiDEでは、人事制度や人材マネジメントの課題について相談を受け付けています。
飯田・下伊那地域と新潟市に学ぶ地域連携
どちらの地域も、2010年代後半に航空機産業のクラスターとして活発に動いていた例です。ただし、企業連携は簡単ではありません。同じ工程に複数の企業がいると自社の技術が漏れるため、ワークショップで作業を見せ合うことに反対する企業もあるといいます。
| 地域 | 特徴と取り組み |
|---|---|
| 長野県 飯田・下伊那地域 | 天竜川と南アルプスに挟まれ、歴史的に交通が北か南にしか抜けられない閉鎖的な地域で、会社が違っても地域の連帯感が強い。地域の中核企業3社がISO9001(品質マネジメントシステム)の取得にあたって周囲に呼びかけ、共同で勉強会を開いたことが出発点。市も補助金などで支援した。その延長線上に「飯田航空宇宙プロジェクト」が生まれ、共同受注体「AEROSPACE IIDA」が誕生した |
| 新潟県 新潟市 | 市内の特定の地域に共同工場を構え、横浜市など他の都市から招いた企業と組んで航空機部品を製造している |
出典:下畑准教授への取材をもとに編集部作成
新産業の創出には時間がかかりました。自治体の資金協力を受けて国内外の展示会に出展するのが典型的な参入方法ですが、航空機産業ではそれだけではビジネスに結びつきにくいといいます。人命を預かる乗り物だからこそ、信頼を得てから10年余りたたないと仕事がもらえないと言われ、その間は参入した各社が本業で航空機事業を支えるしかないのです。
航空機産業のサプライチェーンで求められる「技術とコスト」
地域の中小企業の技術が認められても、航空機メーカーと直接取引できるわけではありません。サプライチェーンでは、システムや部品の単位で納品するTier1(一次サプライヤー)が下請けを統括します。中小企業はTier1に認められ、その製造グループの一角(例えばTier3)に入ることになります。
| 階層 | 役割 |
|---|---|
| 完成機メーカー | ボーイング、エアバスなど。新機種をつくる際には、限られた試作グループに試作品をつくらせるなどして供給先を選ぶ |
| Tier1 | システムや部品の単位で完成機メーカーに納品し、下請けを統括する |
| Tier2・Tier3以下 | Tier1の製造グループの一角として、部品や工程を担う。所属するグループが受注すれば、自社にも仕事が入る |
出典:下畑准教授への取材をもとに編集部作成
認められるための要件は技術とコストです。大型旅客機の開発には巨額の費用がかかるため、コストを抑えられ、かつ安全な部品が採用されます。そこにたどり着くまでには、気の遠くなるような時間と労力が必要です。
中小企業の連携による新産業創出では、金融機関の存在も大きいと下畑准教授は言います。金融機関がシンクタンクを持ち、普段から地域の企業や連携の情報を得ていることが、取り組みを支える力になるのです(中小企業の成長を支える企業家の姿勢については、江島由裕教授の解説記事でも紹介しています)。
よくある質問(FAQ)
Q. 共同受注体とは何ですか?
A. 工程全体や部品の単位で複数の中小企業が連携し、一貫生産の体制をつくって受注する仕組みです。下畑准教授によれば、中小企業1社が一部の工程を担うだけでは航空機メーカーが求めるコスト削減に応えられず、手続きも増えるため、共同受注体が必要になるといいます。
Q. 中小企業の連携で新産業を生むための条件は何ですか?
A. 下畑准教授は、①行政が共創に大きく関わり補強していること、②連携企業の半数以上が地域内の企業で、地域外の企業も参加し、先行企業が後続を導くこと、③企業間を取り持つコーディネーターがいること、の3つを挙げています。
Q. 中小企業が航空機産業に参入するにはどのくらいかかりますか?
A. 人が乗る航空機には高い技術と信頼が求められるため、仕事をもらえるまで約10年かかると言われます。実際に受注した共同受注体も約10年を要し、その間は本業で航空機事業を支える必要があったといいます。
Q. 中小企業は航空機メーカーと直接取引できますか?
A. 直接取引はできません。システムや部品単位で納品するTier1が下請けを統括しており、中小企業はTier1に認められてその製造グループの一角(例えばTier3)に入ります。認められるための要件は技術とコストです。
Q. 共創が成功している地域はどこですか?
A. 下畑准教授によれば、共同受注体として活発に動いているのは長野県の飯田・下伊那地域と新潟県新潟市です。飯田・下伊那地域では、中核企業3社のISO9001取得に向けた共同勉強会を出発点に、共同受注体「AEROSPACE IIDA」が生まれました。
まとめ:時間をかけて「共創」の仕組みを築き、地域で新産業を育てる
- 中小企業1社では、大企業のサプライチェーンが求めるコストと手続きの要求に応えにくい
- 工程をつないで一貫生産する「共同受注体」が、中小企業の新産業参入の鍵になる
- 共創の条件は、行政の関与、地域内外の企業の組み合わせと先行企業の牽引、コーディネーターの存在
- 飯田・下伊那地域は地域の連帯感と共同勉強会から、新潟市は共同工場と外部企業との連携から参入を果たした
- 航空機産業で認められる要件は技術とコスト。受注までには約10年の時間と、金融機関などの支えが必要
では、新産業を支える人材は、地方でどう育て、どう地域に残してもらえばよいのでしょうか。後編では、育てた人材が地域外へ流出してしまう課題、カナダの「ケベックモデル」に学ぶ人材育成、学生のキャリアデザイン教育、そして属人化を防ぐ「クロスジョブ」の考え方を紹介します。
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▶ 後編:地方の産業人材はなぜ育っても残らないのか?カナダ「ケベックモデル」に学ぶ人材育成と、属人化を防ぐ「クロスジョブ」の考え方(内部リンク)
▶ インタビュー全文:「共創」が新産業創出の鍵(前編)(JOB Scopeマガジン)