IoTやビッグデータ、AI(人口知能)、ロボットなど、さまざまなテクノロジーが進歩する中、いずれの分野においても革新的な製品・サービスはもちろん、社会ニーズに応える新たな産業創出の必要性が声高に叫ばれている。2017年には、経済産業省が「新産業構造ビジョン」を策定。第4次産業革命の到来をアピールした。だが、実際には新産業の創出はハードルがかなり高いようだ。あまり成功例を聞かない。地域の中小企業が連携し、確かな成果を導いているケースもないわけではないという。どんな取り組みが為されたのか。成功への条件は何であったのか。「中小企業連携と新産業創出」をキーワードに研究を続ける相愛大学人文学部 准教授の下畑 浩二氏に聞いた。インタビューの前編では、下畑先生の研究概要と得られた知見などを解説してもらった。

01中小企業が大企業のサプライチェーンに食い込めるのか

下畑先生の研究概要をお聞かせください。

私は欧米優先の国際規制、地域における産業の空洞化の進行といった不利な経営環境の下、規制産業に属する日本企業が如何に競争力を保持・強化を図っていくかを研究してきました。大企業からそのサプライチェーンに組み込まれている中小企業まで幅広く研究対象とし、また、比較対象として欧米企業も取り上げています。具体的な研究テーマとしては、二つ挙げられます。一つが、コーポレート・ガバナンスと企業の競争力について、「経営者が築いた体制を維持するための、後継者の選任とその後」に関する研究です。経営者が後継をいかに選び、いかに育成するのか。そして、就任後は前任者・先任者の考えを継承して如何に競争力を保持し向上させていくのか。そういう研究です。 
もう一つの研究テーマが、地球規模で市場を支配する企業のサプライチェーン(商品の原料調達から消費者の購入までの一連の流れ)に、新規事業として参入した日本の地域中小企業がいかに組み込まれて仕事を得ていくのか、という研究です。社会的ネットワークからの巨大企業の企業統治構造の理解、日本におけるTier1(一次請け企業)-Tier3(三次請け企業)間の関係と「共創」、そしてTier3以下の企業に焦点を当てた産官学連携を通じた「共創」と地元に定着する産業人材育成、と3つの着眼点から研究を行っています。研究対象として、航空機製造産業装備品分野における米国のボーイング社や欧州のエアバス社のサプライチェーンに焦点を当てています。

このインタビューでは、後者の研究、それも3つの着眼点のうちの最後の「共創」に絞って話を進めます。航空機製造産業はどのような中小企業連携が仕事を取れるのか。研究を進めていく中で、その仕組みについて明確に理解したいという想いとともに、中小企業へ情報を発信していきたいと考え、「中小企業連携と新産業創出」の研究に力を注いでおります。

02中小企業連携と新産業創出の研究に尽力

「中小企業連携と新産業創出」というキーワードでは、どのような研究をされておられるのですか。

日本では、地域経済の活性化を図る手段の一つとして新産業創出を地域企業に促す施策があり、航空機製造産業へと地域中小企業連携を通じて参入あるいは参入しようとするケースが見られます。2000年代半ば以降、中小企業(特に金属・機械工業など) が本業で培い、維持してきた各社固有の技術や技能を航空宇宙産業に利用して同産業に新規参入するために、同じ地域内の参入希望企業とともに航空機産業クラスター形成を目指してグループを作るケースが全国各地で見られるようになりました。ただ、ほとんどが受注待ちであるか、あるいは勉強会レベルです。共同受注体として動きが活発な箇所として代表的なのは長野県飯田・下伊那地域と新潟県新潟市の2エリアに留まっています。

2000年代後半に入ってからは、国や各地方公共団体レベルの行政機関が航空宇宙産業を成長産業と明確に位置づけ、日本企業が既存の技術を利用して参入できるように情報発信して参入希望企業を支援しています。

但し、完成機メーカーのサプライチェーンに食い込むのは困難です。航空機は人が搭乗するために確かな技術が求められます。航空機製造産業では10年ほど経てば仕事がもらえるかもしれない、と言われており、費用が回収できるのはそこからです。実際に仕事を得た共同体の話では10年程度かかっています。同産業で仕事をもらえるようになり、その後も安定して航空機製造事業を行えるようになるまでは既存の事業(本業)で航空機製造事業を支えねばなりません。

また、完成機メーカーは機体にかかる費用のコストダウンを図ろうとしています。本業で培った固有の技術が優れていたとしても、中小企業1社で工程を一部担うだけでは優劣がつかないため仕事が取れません。これらの企業は、自社が受け持つことが可能な工程(あるいは工程の一部)を超低コストで加工できれば優位性を発揮できると思われるかもしれません。しかし、それだと、従来から問題であった、企業の数だけ発注と納品に伴う手続きの煩雑化とそれに伴うコストの問題が解決できなくなります。特定の工程(あるいは特定の工程の一部)しか担わない企業との取引ではなく、工程全てや部品レベルで他の中小企業と連携してその特定の工程全て、あるいは部品レベルで一貫生産体制を実施する共同受注体を形成し、同受注体でできることをアピールし、その部品を使うシステムを作る企業の下請に組み込まれる機会を伺うことになります。

そして、自社が担当する工程を同様に担うことが可能な地域の同業者が連携メンバーとして名を連ねることが多々あります。同業者に対して技術の開示などが可能であるかも問われるところです。その他の参入障壁の特徴も含めて、地域創生のための新産業創出として他地域に簡単に真似ができないからこそ、航空機製造産業参入に名乗りを上げた航空機産業クラスター形成を目指すグループが全国に存在します。私が航空機製造産業の研究に取り組み始めたのは2017年からですが、実際のところ、仕事を受注できた共同受注体は少ないと言わざるを得ません。

これらを踏まえて、次の課題を研究しています。まず、地域創生のための新産業創出を可能にするのは何であるのかを理解することです。そして、プライムメーカーたるボーイング社やエアバス社によるグローバル・サプライチェーンの中で、人材難に喘ぐ中小企業、特に地方の中小企業は受注後長期にわたって安定的な部品供給が可能であろうか、研究することです。

後者について言えば、航空機は40年以上使用可能であり、その間の部品の故障や欠損等に対する安定した部品供給が必要となります。だからこそ、株主に経営を左右されない非上場で同族の中小企業は、長期に渡って航空機事業を維持しやすいという点で完成機メーカーから評価されます。

人材供給の面では、一部の県や自治体、例えば、神戸市、長野県、岐阜県では中・高等教育機関で、航空機産業に属する地元企業の支援の下で人材育成を図ることになりました。しかし、卒業者の多くは地域外の企業へと就職していくといった次なる課題が生じています。

これらの問題意識を持って、今は前二つの研究の土台となる中小企業経営者の『企業家活動と高付加価値』の研究を発表したところです。

「中小企業連携と新産業創出」の研究を通じて、どのような知見を得られましたのでしょうか。

地域創生のための新産業創出を可能にするのは、以下の通り3つの条件があることがわかりました。

私はあくまでも飯田下伊那地域と新潟市だけしか見ていないのですが、行政が「共創」に大きく関わったり補強したりしたこと。これが一点目の条件です。

二点目の条件は、企業連携では、地域内の企業が半数以上を占め、地域外の参入企業が存在することです。何を言いたいかと言うと、どうしても地域内ですべて一貫した工程を組めない場合があります。そして、中小企業の意思によって参加しないというケースもあったりします。その場合には、参加していただける企業を外部に求めるか、近接した工程を担っている企業に相談することになります。また、この連携では個々で航空機製造に携わっている企業が数社存在し、これから参入したい企業を牽引しています。ただ、まとまっていくためには、既に航空機産業に入り込んでいる企業が数社存在し、他社を導いていく必要があります。要は、導く存在が必要だということです。

三点目の条件が、新産業創出を導くキーマンの存在です。企業間や航空宇宙産業と企業の間を取り持つ地域中核企業の社長や行政機関、地域の振興機関での経験を有する人物、大手重工メーカーOBなどがコーディネーターとなっており、彼らがキーマンとなって新産業創出が導かれるということです。

その他、また、共同受注体内で担当する分業に重複する場合もありますが、時間を費やしがちなボトルネックとなる工程のケースとなる可能性もあるため、退出を促さないことも重要です。

03地方では新産業を創出できてもその後の人材育成が難しい


先ほど、人材育成における課題も指摘されておられました。地方は一層深刻なのではないでしょうか。

簡単に言えば、高校や工業高校では汎用的技能を培うため、どの産業でも使えます。意外と地元に残る傾向があったりします。

しかし、地方における産学官金連携によって航空機製造産業の人材育成をしても、特殊かつ高度な技術を学んだ人は、労働流動性が高くなります。このため、地元には残らない傾向があります。就学地域以外に位置する、もっとより良い雇用条件を提示してくれる企業で仕事を得ようとしがちです。実際、ほとんどが東京に出て行ってしまいます。地元に残らない学生が非常に多いことがわかって来ました。端的に言えば、日本における同産業に従事する人材の裾野を拡げるには役立つものの、地域には何の恩恵ももたらされません。

そうであれば、地域の中小企業も給料をもっと出せば良いという話になりますが、現実問題としてそれは容易ではなかったりします。

その状況を是正していくための方策はあるのでしょうか。

是正する方策のヒントは他国の航空機産業クラスターに見出せると考えます。

カナダ・ケベック州モントリオール市とその近郊は世界有数の航空機産業クラスターで、ボンバルディア社という航空機メーカーを中心に200を超える企業が集積しています。それだけではなく、これら企業の集積を活かして航空機関連産業の職業訓練「ハブ」機関、CAMAQ (Comité sectoriel de main-d’œuvre en aérospatiale au Québec)を持っています。企業(Prime Maker、Equipment Integrator、Subcontractor)企業などとネットワーク化して、航空機産業が求めるニーズを把握してプログラム化しています。航空機関連産業が必要とする技能、たとえば、機械加工技術、航空宇宙部品への工業塗装、航空機装備品、機体整備、などの職業訓練のプログラムを実施しています。技術・技能の標準化が図られるとともに、特定の企業に寄与するものではありません。また、卒業生は、あらゆる規模の企業に就職しています。完成機メーカーを抱える違いがありますが、「ケベックモデル」から日本が学ぶことがあるかと考えます。

また、メキシコの航空機製造産業からは、古くから航空機製造作業に参入している企業もあるとともに、特に2000年代後半以降2010年代にはメキシコでの同産業は急激に成長しています。アメリカに隣接する地の利を活かしており、複数の完成機メーカーが工場をもち、また、大手サプライヤーが同国に進出している点で日本とは異なります。しかしながら、急激的な成長の中で人材をどのように育成しているのか、現地中小企業がどのように航空機製造事業に中小企業が参入するとともに経営を成り立たせているのか、これらを知ることで日本の中小企業に対して何らかの示唆を与えることができるのではないかと考えます。現在、メキシコの航空機製造産業における中小企業研究の準備を進めているところです。

ただでさえ、日本は人口減少が加速しています。しかも、地方から都会へと人口流出が止まらないだけに、人材育成や労働力の確保は難しい問題ですね。

大都市圏に属さない「地方」に所在する中小企業は、人手が足りないと言われて久しいです。以前から、たとえば機械産業の一部企業では、内職として地域の高齢者やサラリーマン家庭の奥さんに在宅で作業をしてもらっています。手で棒に導線を巻く作業です。高齢者も介護が必要になれば仕事ができなくなります。主婦層についても、夫がどこか別の地域に転勤になれば、内職も続けられません。

今や機械に全部取って変わらざるを得なくなってきました。ただ、導線を巻くための機械であってもメーカーに発注すると、台数にもよりますが1台600万円以上掛かります。1台で済むわけではありません。今後も機械に置き換える作業が出てくるでしょう。長期的に見れば、その作業の人件費を払うよりも機械化することが良いのでしょうが、ひとときに多額の費用を払うことが中小企業では簡単にはできません。機械化は労働力の改善には役立ちますが、それができない理由があるからこそ、人手に頼り困っているのです。

04飯田下伊那地域と新潟市に学ぶ新産業創出の在り方


下畑先生は、前任校の四国大学で「長野県の飯田・下伊那地域、新潟県新潟市における中小企業の取り組みとこれらの企業に融資する金融機関」という題材を授業で取り上げておられます。いずれも、航空機産業に注力する地域だったわけですね。

そうです。2010年代後半において航空機産業クラスターとして活発に動いている例としては飯田・下伊那地域は地理的な要因もあってか中小企業連携に対する意識がかなり強いです。新潟市は市内の特定のところに共同の工場を構築し、そこに横浜市をはじめ他の都市から招致した企業と組んで航空機部品の製造を行っています。

実際に、その二つの地域では地元の中小企業がそれぞれの技術を連携しあい、新しい産業を創出できたのですか。


企業連携というのは難しいのです。同じ工程で二社もいると自社固有の技術が漏れてしまうからです。ワークショップを開催してそこでお互いの作業をみせることには反対する企業もあると聞いています。技術漏洩が怖いからです。

ここでは飯田に限ってお話をしますが、飯田・下伊那地域はかなり特殊です。天竜川と南アルプスの狭間に位置することもあって、歴史的に交通が北か南にしか抜けられません。もう両側にかなり山々が狭まっていて、閉鎖的なエリアであると言えます。その分、会社が違っていても地域としての連帯感は強かったりします。地域の中核企業三社がISO9001(国際標準化機構=ISOが策定した品質マネジメントシステム)を取得するに当たり、周囲の企業に呼び掛けて共同で勉強会を開催することとし、その活動を広げていきました。それを受けて、市も補助金を出すなど支援していきました。その延長線上に、飯田航空宇宙プロジェクトができ、その中のワークショップの一つとして、共同受注体であるAEROSPACE IIDAがあります。

ただ、新産業を創出するまでには結構時間が掛かったようです。やはり、航空機産業には簡単に参入できませんからね。どう入るのかと言ったら、典型的には自治体の資金協力の下、国内や海外の展示会に出展することです。ただ、航空機産業だとビジネスにはなかなか結び付きません。航空機は人命を預かる乗り物であるだけに、信頼に足り得る技術であると認められてから10年余り経たないと仕事がもらえないと言われている。仕事を受けるまで参入各社の航空機事業は本業で支えるほかないのです。

05航空機産業では最も安く、最も安全な部品の供給を要求される

地域の中小企業の技術力が認められたら、名だたる航空機メーカーとダイレクトに仕事ができるのですか。

それはありません。サプライチェーンの構造的には、Tier1と呼ばれるシステムや部品単位で納品する企業が下請け企業を統括します。Tier1から認められてその製造グループの一角、例えばTier3などに入ることになります。ボーイング社が新しい機種を製造するとなると、何を対象にするかにもよりますが、3つぐらいの試作グループに限定して試作ピースを作るなどして選んでいきます。自社が入るグループが仕事を取れれば、自身も仕事が得られることになります。

中小企業が、Tier1から認められてその製造グループの一角に入るにはどうしたら良いのかと言えば、技術とコストです。航空機を作るには莫大な数の部品が必要になってきます。すべてを含めると、大型旅客機であれば試験機1機を製造するだけでも1兆円以上も掛かってしまいます。少しでもコストを抑えるために、安く、安全である部品が採用されることになります。そこに至るまでには、気の遠くなるほどの時間と労力が費やすことは否めません。

当然ながら、中小企業連携による新産業創出においては金融機関の存在が大きくなってきそうですね。

そうです。金融機関がシンクタンクを抱えていて、普段から地域企業やその連携に対して情報を得ていることが大きいです。

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下畑 浩二

相愛大学 人文学部

准教授

1998年関西大学商学部商学科卒業。2000年明治大学大学院政治経済学研究科政治学専攻博士前期課程修了 修士(政治学)。2010University of Exeter(英国)PhD programmeを満期退学。四国大学を経て2021年4月から現職。専門は、コーポレート・ガバナンス、社会的ネットワーク、経営戦略、地域における産業人材育成。日本経営学会において理事2期、日本経営学会誌編集委員などを務める。また、日本経営学会からIFSAM(経営学会国際連合)2011年から10年間派遣され、Secretary(事務局担当役員)Council Assistant(評議会補佐)Council Member(評議員)を歴任。201620172019 Council Meeting(評議会)2018 e-Council MeetingではChair(議長)を担う。『日本経営学会東北部会発 企業家活動と高付加価値』 (共編著、2025年、文眞堂)、学生向けのキャリアデザイン入門書を複数(いずれも共著)、中小企業研究や国際経営論の分担執筆など著書多数。

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