>「共創」が新産業創出の鍵(後編)
IoTやビッグデータ、AI(人口知能)、ロボットなど、さまざまなテクノロジーが進歩する中、いずれの分野においても革新的な製品・サービスはもちろん、社会ニーズに応える新たな産業創出の必要性が声高に叫ばれている。2017年には、経済産業省が「新産業構造ビジョン」を策定。第4次産業革命の到来をアピールした。だが、実際には新産業の創出はハードルがかなり高いようだ。あまり成功例を聞かない。地域の中小企業が連携し、確かな成果を導いているケースもないわけではないという。どんな取り組みが為されたのか。成功への条件は何であったのか。「中小企業連携と新産業創出」をキーワードに研究を続ける相愛大学人文学部 准教授の下畑 浩二氏に聞いた。インタビューの後編では、新産業創出における人材育成の重要性を説く下畑先生のキャリアデザイン教育への想いや経営者・人事責任者へのメッセージなどを語ってもらった。

01執筆活動にも注力。中小企業経営とともに学生のキャリアデザイン分野で積極的に発信
新しい産業の創出が、いかに大変なことか。改めて痛感しました。研究活動に熱心な下畑先生ですが、執筆活動にも尽力されておられます。さまざまな書籍を手掛けておられますね。近い時期では、今年6月に中小企業に関する学術書を出版されておられますが。
中小企業経営者の企業家活動に着目した、『日本経営学会東北部会発 企業家活動と高付加価値』(佐々木純一郎先生[弘前大学]との編著、文眞堂)が6月20日に出版されました。本書は日本経営学会東北部会特別プロジェクト内の出版プロジェクトに当たりますが、特別プロジェクト自体が他地方部会にも参加が開放されていますので、私が佐々木先生とともに編著者となりました。現在執筆中の本を含めて学生向けのキャリアデザイン入門書3冊の現旧共著者である、角田先生(札幌大学地域共創学群)(現共著者)、 森田聡先生(北陸大学経済経営学部)(旧共著者)も含めて7名で書き上げました。
本書は、地域中小企業の企業家の意思決定における主体性に基づく高付加価値化を理論と事例を通じて分析・考察した本です。企業家が意思決定時に予期しうる成果を一時的にではなく、継続かつ安定してその成果をもたらすに至ったメカニズムに着目し、主に地域中小企業の意思決定プロセスにおける、企業家の役割や取り組みへの関与から解明しています。本書では、編著者代表としてまえがきや序文の執筆、目次、索引の作成、取りまとめなど編集作業を行うとともに、理論編である1章と3章を執筆しました。また、資料(前田健先生[弘前大学]との共著)を担当しました。本書事例編には航空機製造産業も取り上げています(加藤秋人先生[敬愛大学経済学部]のご執筆)。そして、園田陽一先生(国際技術専門学校、明治大学)に環境配慮型経営としてご執筆いただきました。同書執筆から出版に至るまでの間、双子が生まれ、子育ての中で、研究者の先達であられる佐々木先生にご指導いただき出版にこぎ着けました。是非ご一読いただきたいです。
時を遡って2016年12月には、『多国籍企業の理論と戦略』(学文社)という書籍を分担執筆されました。こちらは、どのような論点を読者に提示になられたのですか。
この本は、2002年に刊行された『現代の多国籍企業論』に続いて執筆に参加した本です。私自身は、第4章「多国籍企業の集権化と分権化―本社機能と地域統括会社」の執筆を担当しました。明確にされていない、多国籍企業の地域統括会社の意義と機能について、地域の特性に合わせて本社と地域統括会社間の諸機能の分配を考えている点から明らかにしました。
2023年には著書『キャリアデザイン-就職を考える学生のために』(森田聡先生との共著、三恵社)を執筆されました。どのような経緯で執筆されたのですか。
2023年時点で、私は、キャリア支援科目を担当して2023年で10年目、他学の学生も含めて学生の就職の相談を個人的に受けて毎年のようにメンターをするようになってから15年目、学内では就職委員、という実務的な背景があります。
また、個人的な志や思いも背景としてあります。社会に有為な人材を育てていくと言う志があります。また、私は就職氷河期世代です。世の中に何が起きても就職できる準備を今の学生の皆さんにはしっかりとしてほしい、という思いがあります。
そして、他者の人生設計の支援を行うがために自分のアドバイスでその学生のキャリアのみならず人生のデザインに影響を与えることもあります。そうであるからこそ、自分自身の人生を考える以上に真剣さを持って学生の話に聞き入り、明確な指針とアドバイスを示せれば、と考えていました。学生は、科目履修中には履修生はキャリアデザインに取り組んでくれますが、一部の履修生は授業外や履修後には分かってはいても時間が経てばキャリアをデザインする行動を意識的には取らなくなります。意識してキャリアをデザインしていくことで、視野、考え、行動は拡がっていきます。
書籍を刊行することで、履修後も自らのキャリアを考えることができるようにしたいと常日頃から考えて本を途中まで執筆していました。
その頃、研究活動でご一緒させていただいた森田先生(上述)にその構想をお話したところ、二人の就職支援への思いなどが一致しました。二人が執筆に時間が割ける時期を見計らい、打ち合わせをしながらその後の執筆を進めることになりました。書籍では、学生が常日頃から自分の人生やキャリアをデザインすることについてしっかりと考え、計画的に就職活動の準備を進めることを伝えました。さらに、2024年には森田先生と再び『大学生のためのキャリアデザイン』(三恵社)を執筆・出版しました。今年(2025年)は、角田先生(上述)と新たにキャリアデザインの入門書を執筆しており、今年9月初旬には『キャリア・デザイン入門』(三恵社)を出版予定です。
今年度には他にも出版、執筆を予定されておられますか。
企業統治研究「後継者の選任とその後(就任後)」の研究の前段階として経営者の報酬を軸とした企業統治研究の本(2名での共著)の執筆へと移っています。今年度中の出版を見込んでいます。その後も学術書の出版予定、そして共同研究者との出版計画があります。期待していただければ幸いです。

02築き上げてきた資産を地域社会にも活かしてもらいたい
ところで、ジョブ型雇用に関する下畑先生の個人的な見解をお聞かせいただけますか。
ジョブ型雇用導入そのものについて賛成、反対という意見があるようですが、企業はジョブ型雇用の機能的特徴を日本の企業に合うように上手く組み込んでいくべきというのが私の意見です。2025年現在、既に企業が導入している企業もありますから、ジョブ型雇用、少なくともそれが持つ機能的特徴を必要とする企業が存在する、ということです。まだ導入していない企業も検討していくことでしょう。ジョブ型雇用によって担われる機能が、現在のメンバーシップ型雇用(日本型)でも担えるように仕組みを作る、など建設的に議論を進めていくことが重要と考えます。
ジョブ型雇用の大きな問題の解決も含めて取り上げて説明すると、業務の属人化と帰属意識の低下があります。専門性が高い業務は仕事内容が限定的になるため、特定の人に当てがわれがちとなることからその雇用の必要性が生じます。今ある制度を組み合わせてその業務に従事する社員を限定せず、仕事が回ることができる仕組みづくりを進めていくこと手段の1つとなります。例えば、クロスジョブ制度(特定の部署に在籍しながら、他部署の役割・業務を担うことが可能な制度)を核としたジョブローテーションを考えて、対象となる専門性が高い業務を、より多くの社員に関わらせて属人化を防いでいく、ということが考えられます。
下畑先生、トランプ関税がもたらす日本経済への影響はどう見ておられますか。
日本経済への影響については、関税交渉やその後の推移を見守る必要があります。一方、トランプ関税の提唱によって、現時点(2025年6月末)で分かることがあります。
トランプ政権は、貿易不均衡によってアメリカに不利な状況を覆したい。そして、交渉相手から大きな譲歩を引き出すためにもWTOへの提訴による多国間協議への移行を避けて2国間協議での交渉で決着を図りたい。そのため、交渉相手となる国に高圧的で受容し難い提案を交渉前に投げかけることで、そうしない交渉の場合よりもアメリカへの譲歩を大きく引き出そうとしていると考えられます。交渉に入れば丁重な姿勢をとりながら、アメリカが置かれた状況を是正できる条件を、交渉相手が受け入れられる内容まで譲歩した提案を行う。過去のトランプ政権の交渉姿勢でも見られたことです。
製造業を見ると、地球規模での分業が進んでいます。高率関税導入までの限られた時間の中で、既存の分業を国内で代替できる産業基盤をアメリカが有しているかは疑問です。アメリカ国内だけで、現在のグローバル分業と同品質・同コストを充すモノが作れるのでしょうか。
現在提示しているよりも交渉時には関税率を下げてくることが、当然予想されます。
最後に、中小・中堅企業の経営者や人事責任者にメッセージをお願いいたします。
まずは、中小・中堅企業の経営者の皆さんに対してです。今までの経営者や社員が築き上げて来た「資産」を社内だけでなくて、地域社会にも活かして、経営者や社員、その家族、そして地域社会も豊かになれるよう、皆さんに期待をしています。そのために、経営者でなくてはできないことをしていただきたいです。
人事担当者の方は、自社の人的資本をより一層充実させるためにも、学生の可能性を見極めるという大変重要なお仕事をされておられると思います。時として学生に対しては、個人としてのアドバイスをしていただくこともあり、学生を送り出す身として感謝の念に堪えません。就職活動では企業、学生の双方が選ぶ立場であり、また、選ばれる立場です。双方の、仕事への考え方、今までの取り組みと今後のビジョン、そして、特に会社側からは社員の育て方が、今まで以上にインターンシップや就職活動において「見える化」すると良いと考えています。
―下畑先生、貴重なお話をありがとうございました。

下畑 浩二氏
相愛大学 人文学部
准教授
1998年関西大学商学部商学科卒業。2000年明治大学大学院政治経済学研究科政治学専攻博士前期課程修了 修士(政治学)。2010年University of Exeter(英国)PhD programmeを満期退学。四国大学を経て2021年4月から現職。専門は、コーポレート・ガバナンス、社会的ネットワーク、経営戦略、地域における産業人材育成。日本経営学会において理事2期、日本経営学会誌編集委員などを務める。また、日本経営学会からIFSAM(経営学会国際連合)に2011年から10年間派遣され、Secretary(事務局担当役員)、Council Assistant(評議会補佐)、Council Member(評議員)を歴任。2016・2017・2019 Council Meeting(評議会)と2018 e-Council MeetingではChair(議長)を担う。『日本経営学会東北部会発 企業家活動と高付加価値』 (共編著、2025年、文眞堂)、学生向けのキャリアデザイン入門書を複数(いずれも共著)、中小企業研究や国際経営論の分担執筆など著書多数。