中小企業のマーケティングとは、大企業の手法を小さくまねるのではなく、規模の小ささそのものを強みに変える考え方です。静岡県立大学の岩崎邦彦教授は、大企業は小さな市場や地域に根ざしたニーズに応えにくく、「大は小を兼ねない」からこそ、規模を追わずに強くなる道が中小企業にはあると語ります。
マーケティングの本の多くは、大きな広告予算や次々と新製品を生み出す力を前提に書かれています。経営資源の限られた中小企業が、そのまま取り入れるのは簡単ではありません。
本記事では、地域と中小企業のマーケティングを研究する岩崎教授へのインタビューをもとに、研究の原点、中小企業のマーケティングの考え方、規模拡大を前提にしない経営、そして世界で選ばれるようになった地域ブランドの事例を解説します。
この記事でわかること
・岩崎教授の研究の軸「地域の元気」と、その原点
・中小企業のマーケティングが、大企業の縮小版ではない理由
・「大は小を兼ねない」――規模を追わずに強くなる経営
・消費者が求める「モノからコトへ」の発想
・小規模農家から世界へ――地域ブランド「アメーラ」の事例
静岡県立大学 経営情報学部 教授、地域経営研究センター長、学長補佐(取材時)。政府系金融機関で中小企業向けの融資審査、東京都庁で地域経済と中小企業の調査・経営指導にそれぞれ約5年携わった後、研究者に。博士(農業経済学、東京農業大学)。専門はマーケティングで、地域と中小企業のマーケティングを主な研究テーマとする。日本地域学会賞、日本観光研究学会賞、世界緑茶協会学術研究大賞、日本印刷学会賞を受賞。中小企業診断士試験委員、静岡市商業振興審議会会長なども務める。著書に『小さな会社を強くするマーケティング思考』『小さな会社を強くするブランドづくりの教科書』『引き算する勇気』『地域引力を高める 観光ブランドの教科書』『農業のマーケティング教科書』(いずれも日本経済新聞出版)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
岩崎教授の研究の幹にあるのは、「地域の元気」です。そこに「中小企業」「農と食」「観光」「医療」などを掛け合わせ、研究の枝葉を広げてきました。研究と実践をつなぐことを大切にし、その成果を書籍や論文、セミナーで発信しています。
原点は、大学卒業後に勤めた政府系金融機関で、中小企業向けの融資審査を担当した経験です。その後の東京都庁でも、都内の地域経済や中小企業の調査、経営指導に携わりました。マーケティングを通じて、地域や小さな企業の元気に貢献したいという思いは、一貫して変わっていないといいます。
岩崎教授の博士論文のテーマは、地域の農産物のマーケティングでした。「農」が「食」を生み、食が「おいしい」を生み、おいしさが「幸せ」につながる――岩崎教授は、農業を幸せの起点と位置づけています。
そして、企業経営の目的も、儲けや規模の拡大そのものではないと言います。顧客に価値を届け、誇りを持って仕事をし、事業を続け、そこに関わる人が幸せを感じることこそが大切だというのです。
日本の企業の99.7%は中小企業です。地域の経済を元気にするには、中小企業を強くすることが欠かせません。
ところが、世の中のマーケティングの理論や本の多くは、大企業を前提にしています。テレビCMを大量に流す、新製品を次々に開発する――経営資源の限られた中小企業には、そのまま当てはめにくいものです。岩崎教授の研究の一貫した軸は、規模の小ささを「弱み」ではなく「強み」に変えることにあります。
| 観点 | 大企業を前提にしたマーケティング | 中小企業のマーケティング |
|---|---|---|
| 前提 | 豊富な経営資源 | 限られた経営資源 |
| よく使われる手法 | 大量の広告、次々と新製品を開発する | 小さな市場や地域のニーズにきめ細かく応える |
| 規模の捉え方 | 大きいほど有利 | 小ささそのものを強みに変える |
出典:岩崎教授への取材をもとに編集部作成
「中小企業は生産性が低いから、規模を拡大すべきだ」という議論があります。岩崎教授は、この議論は「生産性=価値」という単純な前提に立っており、生活者や消費者の視点、つまりマーケティングの視点が欠けていると指摘します。
大企業は、規模が大きくなるほど、小さな市場や地域に根ざしたニーズに応えにくくなります。一方、小さな企業は、小さな市場や多様なニーズに柔軟に応えることができます。まさに「大は小を兼ねない」のです。
岩崎教授の新著『小さな会社を強くするマーケティング思考』(日本経済新聞出版)は、「地域の元気×中小企業」の研究の集大成です。拡大の神話から抜け出し、「拡大しなくても強くなれる」という価値観を示す、規模を追わない経営論として書かれています(中小企業が連携して新しい価値を生む「共創」については、下畑浩二准教授の解説記事でも紹介しています)。
規模ではなく「個性」で勝負する会社にとって、その個性を生み出す源は、一人ひとりの社員です。社員が何を大切にし、どこに力を発揮できるのかを知ることも、小さな会社の強みづくりの一歩になります。
社員一人ひとりの価値観と個性を把握する
小さな会社の強みを生かすには、社員一人ひとりが仕事に何を求め、どこで力を発揮できるのかを知ることが役立ちます。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」では、従業員が仕事に求める価値観を分析し、配置や育成を考えるヒントを得られます。
岩崎教授は、地域が抱える課題の本質は、どの地域でも共通していると言います。だからこそ、その地域に特化した発想よりも、どこでも通じる普遍的な発想が有効です。
例えば、急須でいれて飲む緑茶の需要は減っています。そこで「茶葉を使いましょう」と呼びかけても、消費者には響きません。消費者が求めているのは、茶葉という「モノ」ではなく、くつろぎのひとときといった「コト」、つまり体験や価値だからです。「モノからコトへ」という発想の転換が欠かせません。
岩崎教授が20年以上にわたってブランドづくりを支援してきたのが、静岡県の高糖度トマト「アメーラ」です。
| 年・項目 | 内容 |
|---|---|
| 1996年 | 静岡県の農家3人で栽培を始める |
| 生産の形 | 小規模な農家の集まり。広告宣伝費はほぼかけていない |
| ブランドの評価 | 日経MJのブランド力の評価で、2回連続で1位になったという |
| 2018年 | スペインに農場を開設。岩崎教授によれば、近年はスペインで最も高値で売れるブランドトマトの一つになっている |
出典:岩崎教授への取材をもとに編集部作成
大きな資本や広告予算がなくても、ブランドは世界で通用し得る――岩崎教授は、日本の食の分野のブランドには、世界で戦える可能性があると考えています(日本の農業を成長産業にする道筋については、奥原正明氏の解説記事でも紹介しています)。
A. 大企業のマーケティングは、大量の広告や次々と新製品を生み出す豊富な経営資源を前提にしていることが多いのに対し、中小企業のマーケティングは、限られた経営資源のなかで、小さな市場や地域のニーズにきめ細かく応え、規模の小ささそのものを強みに変えることを目指します。
A. 大企業は規模が大きくなるほど、小さな市場や地域に根ざしたニーズに応えにくくなるという意味です。岩崎教授は、小さな企業は小さな市場や多様なニーズに柔軟に応えられるため、規模を拡大しなくても強くなれるとしています。
A. 岩崎教授は、「中小企業は生産性が低いから規模を拡大すべきだ」という議論は「生産性=価値」という単純な前提に立ち、消費者の視点が欠けていると指摘しています。拡大の神話から抜け出し、規模を追わずに強くなる経営を提案しています。
A. 消費者が求めているのは、商品という「モノ」そのものではなく、それによって得られる体験や価値という「コト」だという考え方です。岩崎教授は、緑茶を例に、「茶葉を使いましょう」ではなく、くつろぎのひとときといった価値を伝えることが大切だとしています。
A. 岩崎教授が20年以上支援してきた静岡県の高糖度トマト「アメーラ」があります。1996年に農家3人で栽培を始め、広告宣伝費をほぼかけずにブランド力の評価で上位となり、2018年にはスペインに農場を開設しました。
では、小さな会社が生き残り、成長していくには、何が明暗を分けるのでしょうか。中編では、廃業者を含む3つの調査から見えた小さな会社の勝ち筋と、時代の追い風、そして「水」と「春」で考えるマーケティングを紹介します。
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▶ 中編:小さな会社が生き残る条件とは?廃業者434人の調査から見えた明暗の分かれ目と、「水」と「春」で考えるマーケティング(内部リンク)
▶ インタビュー全文:小ささを強さに変えるマーケティング思考――地域と企業を元気にするブランド戦略と経営哲学(前編)(JOB Scopeマガジン)