>小ささを強さに変えるマーケティング思考――地域と企業を元気にするブランド戦略と経営哲学(前編)
人口減少や市場の成熟、多様化する顧客ニーズなど、中小企業を取り巻く経営環境は大きく変化している。そうした時代だからこそ、小さな会社には大企業にはない価値と可能性があると語るのが、静岡県立大学教授・岩崎邦彦氏である。同氏は、政府系金融機関や行政での実務経験を礎に、地域活性化とスモールビジネスの研究を長年続けてきた。本インタビューでは、新著『小さな会社を強くするマーケティング思考』を軸に、「拡大しなくても強くなれる経営」「ブランドづくりの本質」「人の心を惹きつけるマーケティング」について詳しく語っていただいた。中小企業が持続的に成長するためのヒントに満ちた内容である。前編では、岩崎氏の専門分野や地域へのこだわりなどを聞いた。
【こんな方に、ぜひ読んでいただきたい】
①規模の拡大ではなく、自社ならではの強みを生かした経営やブランドづくりで競争力を高めたい経営者。
②価格競争から脱却し、地域性や専門性を生かしたブランド戦略・マーケティングを実践したい担当者。
③社員や学生から「選ばれる会社」を目指し、採用や組織づくりにもマーケティング思考を生かしたい担当者。
【前編のエッセンス】
1.研究の軸と社会人経験
金融機関や都庁での実務経験を経て、「研究と実践をつなぐ」ことをスタンスに掲げます。地域の活性化と中小企業・スモールビジネスの支援を研究の軸としています。
2.小規模企業の強みと幸福
単なる規模拡大ではなく、ビジネスを通じた「幸福」や「価値提供」を追求。経営資源が限られる中小企業だからこそ可能な「小規模を強みに変えるマーケティング」を提唱しています。
3.事例と地域創生
高糖度トマト「アメーラ」のブランド化を20年以上支援し、海外進出や高価格化を実現。「モノからコトへ」の価値提案を重視し、地域経営研究センターを通じて研究成果を社会へ還元しています。
【前編のキーメッセージ】
①地域を元気にするためには、中小企業や地域産業の価値を高めるマーケティングが不可欠であり、研究は実践と結び付いてこそ社会に貢献できる。
②企業経営の真の目的は規模拡大ではなく、社会への価値提供や働く人の幸福、誇り、そして事業を長く続けることにある。
③小規模企業は、経営資源の少なさを弱みと捉えるのではなく、小さいからこそ実現できるマーケティングを実践することで、強くなれる。
目次

01地域を元気にする――研究と実践を結ぶマーケティングが原点
岩崎先生のご専門分野をお聞かせいただけますか。
主な研究テーマは、地域や中小企業に関わるマーケティングです。マーケティング研究を通して、地域の元気に貢献したいと考えています。
研究の軸は、“地域の元気”です。地域の元気を「幹」に、研究の「枝葉」を茂らせるようなイメージで日々研究を続けています。
研究のスタンスは、「研究」と「実践」をつなぐことです。研究の成果は、書籍や論文、セミナーなどを通して、地域に積極的に発信するようにしています。
今回のインタビューも、研究と実践をつなぐ貴重な機会をいただいたと感謝しています。
地域に密着した研究活動というお話がございました。地域の元気に貢献したいという意欲も伝わってきました。その軸をお持ちになられた背景もお聞かせいただけますか。
今までの社会での経験の蓄積が、私の研究のベースになっています。
政府系金融機関や都庁などの勤務を経て、研究者になられています。その辺りが、研究と実践をつなぐ役割に繋がっている気がします。社会人経験をお持ちの先生でいらっしゃるということですよね。
どういった転機があったのですか。
大学卒業後、政府系金融機関に5年ほど勤務しました。そこでは、中小企業向けの融資審査を主に担当していました。その過程で、地域経済における中小企業、スモールビジネスの重要性を認識するようになり、中小企業が抱える課題解決や、中小企業のチャレンジを応援したいという想いが強くなっていきました。その後、東京都庁に約5年勤務し、東京都内の地域経済や中小企業の調査業務や経営指導の仕事を経験しました。
どちらの職場も、地域の振興と中小企業の活性化が仕事の中心です。業務の軸は共通していました。「マーケティングを通して、“地域や小さな企業の元気”に貢献したい」という思いは、当時から持っていたものです。この思いは、研究者となった現在も変わらず、私の研究の軸になっています。

02農業・食・幸福を結び付け、ビジネスの本質を問い直す
東京農業大学で博士(農業経済学)の学位を取られました。理由は何だったのですか。
博士論文の主題は、「地域の農産物のマーケティング」です。私の研究の軸である“地域の元気”と農と食は密接に関連をしています。
美味しいものを食べるとどのように感じますか? 実際に聞いてみると、「幸せになる」とほとんどの人が答えます。“農”の先には“食”がある。“食”の先には“美味しい”がある。“美味しい”の先には“幸せ”があるということです。そう考えると、農業は幸せの起点ですよね。
今のお話をお伺いしていて気づいたのですが、岩崎先生の研究のキーワード、あるいは岩崎先生ご自身が大切にされていらっしゃるワードとして、幸せや幸福が位置付けられるのではないでしょうか。
そうかもしれません。企業経営の目的は、単に儲けることでも、規模を大きくすることありません。
経営の真の目的は、「世の中に価値を提供すること」「誇りを持って仕事をすること」「長く続くこと」、そして何より「ビジネスを通じて、幸福を感じること」ではないでしょうか。

03小規模企業だからこそ実現できるマーケティングがある
日本中小企業学会にも所属されているなど中小企業にも着目されておられるのですね。
日本の企業数の99.7%は中小企業です。地域経済が元気になるためには、中小企業が強くなる必要があるということです。
書店に行くとマーケティングの本がたくさんありますが、その多くが大企業を中心に理論が組み立てられています。
大企業と中小企業は、経営資源が大きく異なります。言うまでもなく、中小企業の資源は限られています。というか、資源が限られているから中小企業なのです。
大企業には、大企業なりのマーケティングがあります。例えば、大きな予算を投入してテレビCMを行うとか、次々と商品を開発するとかです。
一方、中小企業は経営資源が限られています。テレビ広告も難しいですし、予算をかけて次々と製品開発することも困難です。小さい企業には小さい企業なりのマーケティングがあるはずです。
そこでは、規模の小ささを「弱み」ではなくて、いかに「強み」に変えるかがポイントになります。2004年に『スモールビジネス・マーケティング: 小規模を強みに変えるマーケティング・プログラム』(中央経済社)を執筆しました。そこからスタートして、2014年には『小が大を超えるマーケティングの法則』(日本経済新聞出版)を書籍化し、2026年5月に、新著『小さな会社を強くするマーケティング思考』(日本経済新聞出版)を出版しました。一貫して、「小規模を“強み”に変える」というマーケティングの軸は、ぶらさずに研究を継続しています。
繰り返しになりますが、地域の99%以上は小さい企業です。地域が元気になるためには、小さい企業が強くなることが欠かせないのです。



04地域ブランドを世界へ――アメーラが示す価値創造の力
―新著のお話は、後ほどじっくりお伺いします。岩崎先生が今勤務されておられるのは、静岡県立大学です。静岡県での中小企業の頑張り、地域経済の動向をどういうふうに捉えておられますか。
日本各地域には、それぞれ魅力的な地域資源がたくさんありますが、地域が抱えるマーケティング課題の本質は共通しています。地域を元気にするマーケティングの発想は、「静岡県だけ」という地域特化ではなく、各地域で共通していると思います。
静岡県と聞くと「お茶」を思い浮かべる人が多くいます。近年、急須でいれる緑茶の需要が芳しくありません。そこで、地域の業界が「茶葉を使いましょう」とキャンペーンをやっても、なかなかうまくいきません。なぜなら、顧客が欲しいのは、「茶葉」という“モノ”ではないからです。消費者が求めているのは、お茶を飲んだときに得られる価値、すなわち“コト”です。
「茶葉を使いましょう」と言われるよりも、「お茶を飲んで、ホッとリラックスしましょう」と“コト”を提案されると飲みたい気持ちが高まりませんか。こういった「モノ」から「コト」へという発想は、どの地域産品のマーケティングにも共通しているはずです。
自分自身がマーケティングを実践しているケースについては、積極的に発信するようにしています。私は子供の頃からトマトが大好きなのですが、「アメーラ」という高糖度トマトのブランドづくりを農家の方と20年以上継続しています。
アメーラは1996年に静岡県の3人の農家によって栽培がスタートしました。さまざまな困難を乗り越え、近年、アメーラは日経MJのブランド力評価で二回連続一番になりました。アメーラの生産者は、小さな農家の集合体で、広告宣伝費もほぼゼロです。小さくても、チャレンジを続けることで、ブランドづくりは可能だと思います。
2018年には、アメーラの生産者は農場をスペインに作り、ヨーロッパでブランドづくりのチャレンジをしています。 スペインは、有名な「トマト祭り」が開催されるようなトマトの国です。そのトマトの国、スペインで日本人がトマトを作り、ブランドづくりを続けています。
ここ数年は、なんとアメーラがトマトの国スペインで最も高い値段で売れるブランドトマトになっています。「地域から世界へ」という発想で、このチャレンジを現在進行形で続けています。

05地域の知を社会へ還元する地域経営研究センターの挑戦
さまざまな地域と連携されてこられたのですね。
地域の境界は、それほど意識せずに活動しています。ある地域の事例が、他の地域のイノベーションにつながるかもしれませんし、地域の発想が世界へとつながることもありえます。
アメーラトマトの経験を通じて、とくに日本の食分野のブランドづくりは、世界に通用するポテンシャルがあると実感しています。どこの国の人々に聞いてみても、「美味しい」の先には「ハッピー」があります。以前執筆した、『農業のマーケティング教科書 食と農のおいしいつなぎかた』(日本経済新聞出版)は、中国でも翻訳をされていますが、国境を越えても、食のブランドづくりには共通点があるのではないかと感じています。

岩崎先生がセンター長を務めておられる地域経営研究センターとは、どのような組織なのでしょうか。
地域経営研究センターのビジョンは、「地域経営の新しいモデルをつくる」ことです。“地域経営”は学際的な領域です。そこで、このセンターでは、静岡県立大学経営情報イノベーション研究科が有する教員の専門知識、具体的には経営、公共政策、データサイエンス、観光分野などに関する知的資源を“掛け算”して、地域に関する研究や教育活動を行っています。地域経営研究センターでは、地域の人々を対象とした社会人学習講座の企画運営も行っています。
地域の社会人が学べる場でもあるわけですね。
そのとおりです。経営情報イノベーション研究科の教員が、最新の研究を活用した教育プログラム開発を行い、社会人学習講座をとおして、研究成果を地域に発信しています。地域経営研究センターでは、この企画から運営までを手掛けています。
社会人学習講座の受講者の満足度は、きわめて高く、昨年度の満足度は90%を超えています。リピート者の比率も、約5割にのぼっています。

岩崎 邦彦 氏
静岡県立大学
経営情報学部
教授・
地域経営研究センター長・
学長補佐
専攻は、マーケティング。とくに、地域や中小企業に関するマーケティングを主な研究テーマとしている。これらの業績により、日本地域学会賞、日本観光研究学会賞、世界緑茶協会学術研究大賞、日本印刷学会賞などを受賞。
著書に、「小さな会社を強くするマーケティング思考」「地域引力を高める 観光ブランドの教科書(日本観光研究学会 著作賞受賞)」「小さな会社を強くするブランドづくりの教科書」「引き算する勇気」「農業のマーケティング教科書」「世界で勝つブランドをつくる」(いずれも、日本経済新聞出版)などがある。
公職は、静岡県 地域づくりアドバイザー、中小企業診断士 国家試験 試験委員、世界緑茶コンテスト審査員、静岡市 商業振興審議会 会長、静岡市茶どころ日本一委員会委員長など。
岩崎ゼミナール・マーケティング研究室

