中小企業が海外展開を考えるとき、最初に問うべきは「どう進出するか」ではなく、「自社は本当に海外展開が必要なのか」です。東洋大学の山本聡教授は、海外展開にはトラブルが多く人材も取られるため、自社の成長ビジョンに照らして必要かどうかを見極め、必要なら外部と連携して進めるべきだと語ります。
前編では、中小企業経営者のストレスやバーンアウト、働きがいについて紹介しました。後編では、中小企業がこれからどう成長し、日本社会にどう貢献していくかを考えます。
本記事では、国内外の中小企業を研究してきた山本教授へのインタビューをもとに、中小企業の経営体制の変化、ドイツの中小企業から学べること、海外展開の判断軸と注意点、「中小企業は社会を映す鏡」という言葉に込めた思い、イノベーションと安定のジレンマ、そして中小企業経営者へのメッセージについて解説します。
この記事でわかること
・下請け系列から取引多角化へ――中小企業の経営体制の変化
・ドイツの中小企業に学ぶ「品質(Q)で選ばれる」ものづくり
・中小企業が海外展開を考えるときの判断軸と注意点
・「中小企業は社会を映す鏡」という言葉の意味
・イノベーションと安定のジレンマと、中小企業経営者へのメッセージ
東洋大学 経営学部 経営学科 教授(取材時)。大学で経済学を学んだ後、英国留学を経て、機械振興協会経済研究所で中小企業の現場調査に従事。東京経済大学経営学部を経て、2019年より東洋大学経営学部教授(担当:中小企業経営論)。金型や部品加工など素形材産業を主な対象に、国内外の中小企業の経営体制の変化、中小企業経営者のアントレプレナーシップと国際化、経営者や後継者のメンタルヘルスとレジリエンスを研究。企業経営者や技術者向けのレポート寄稿、国内外でのセミナー講師も多数務める。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
山本教授は、国内外の中小企業の経営体制の変化を研究テーマにしています。経営体制の変化とは、経営者の考え方や戦略、経営資源の活用法、取引のあり方の変化の総称です。
| 時代 | 中小企業を取り巻く構造 |
|---|---|
| かつて | 日本のGDPは西側諸国で米国に次ぐ2位。頂点の大企業の下に、多くの中小企業が特定の顧客との下請け系列関係に組み込まれ、国内で完結するものづくりの仕組みができていた |
| バブル崩壊・円高以降 | 大企業の海外展開が進み、リーマン・ショック以降さらに加速 |
| 現在 | 中小企業は取引の多角化が必要に。新しい顧客や市場、海外市場をいかに開拓するかが重要になった |
出典:山本教授への取材をもとに編集部作成
日本の経済規模が相対的に小さくなり、人口も減る中で、海外輸出や海外生産拠点の構築を検討する中小企業も増えています(中堅企業の取引関係については、清水馨教授の解説記事でも紹介しています)。
山本教授は、大同生命との共同研究で、日本とドイツの中小企業を比較しました。そこで浮かび上がったのが、QCD(品質・コスト・納期)のどこで勝負しているかの違いです。
| 日本の中小企業 | ドイツの中小企業 | |
|---|---|---|
| 勝負しがちな要素 | C(コスト)とD(納期)。品質が顧客から評価されにくい | Q(品質)が評価されやすい素地がある |
| 背景 | いかに安く、早くつくるかに重きを置きがち | 工学的なものづくりを志向し、大学との産学連携に積極的。ドイツ製品が世界的なブランドになっており、付加価値をつけやすい |
出典:山本教授への取材をもとに編集部作成
国としてのブランドをヨーロッパのように構築するのは難しいものの、ブランドをいかに構築するかは非常に重要なテーマだと山本教授は言います。安く早くつくるのではなく、価格が高く、時間をかけてじっくりつくっても売れるものを考えていく必要があるのです。
山本教授は、中小企業が海外展開を考えるときの判断の流れを次のように整理しています。
| 海外展開の注意点 | 内容 |
|---|---|
| オリジナル製品で勝負する | 自社特有の製品を輸出する。中小企業の海外展開は「脱下請け」の文脈でも考えられる |
| 一社で抱え込まない | 現地の法律対応や人材獲得など課題は多い。大企業以上に外部の協力を大切にする |
| 必要性を見極める | トラブルが多く、人材も取られる。うまくいかず撤退した例も多い |
出典:山本教授への取材をもとに編集部作成
自社がどんな成長ビジョンを描くのか、そこに海外展開が必要か、必要ならどう進めるのか――その順番で考えることが大切だと山本教授は語ります。
成長ビジョンを描き、それに必要な人材や組織を整えることは、海外展開の判断の前提にもなります。
成長ビジョンに合った組織と人材づくりを、プロと一緒に
海外展開するかどうかにかかわらず、自社の成長ビジョンを描き、それに必要な人材の役割や育成、評価の仕組みを整えることが、中小企業の持続的な成長を支えます。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援します。
山本教授は、「中小企業は社会を映す鏡だ」と語っています。日本の雇用の大半を中小企業が担っているからです。
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 全従業者に占める中小企業の従業者の割合(2016年) | 68.8% |
| 中小企業白書2021年版の記述 | 従業者数のうち約7割が中小企業で雇用されている |
出典:中小企業庁「中小企業白書」(2016年の数値は取材時に山本教授が紹介したもの)
日本人の7割近くが、自営業から地場産品のメーカー、国内最先端の部品メーカーまで、多様な中小企業で働いています。中小企業は生活の糧を得る場であり、自己実現の場であり、地域を支える存在でもあります。
中小企業が元気なら、社会も地域も生活もよくなります。逆に、人口や経済規模が縮小する中で中小企業の倒産や廃業が増えている今、日本の国力の縮小と中小企業の縮小が同時に進んでいる――その歩みが重なっていることを、山本教授は「社会を映す鏡」と表現しています。だからこそ、起業を促進していく必要があるのです。
日本でイノベーションが起きにくくなった理由として、山本教授は、日本社会と日本企業の最大の目的が雇用の維持だったことを挙げます。大企業は従業員を簡単に解雇できず、退職にはネガティブなイメージがつきまといました。その結果、会社にしがみつくしかない状況が生まれ、ストレスや理不尽ないじめのような歪みも生じたといいます。
| イノベーションを重視する社会 | 安定を重視する社会 | |
|---|---|---|
| 特徴 | 新しい挑戦や人の移動が起きやすい(例:米国) | 雇用が守られ、退職や転職に負のイメージがある |
| 課題 | 社会不安が大きくなりやすい | イノベーションが失われていく |
出典:山本教授への取材をもとに編集部作成
人口が増え、経済が右肩上がりだった時代には、安定を選ぶ道もあったかもしれません。しかし、終身雇用と人口増加を前提にできない今、限られた人材がより効率的に活躍し、より先端的な付加価値を生み出す方向に進むべきだと山本教授は考えています。
同時に、セーフティーネットも必要だといいます。山本教授は、弱肉強食の市場競争にするのではなく、解雇規制の見直しとセーフティーネットの整備を組み合わせて円滑に仕事を移れるようにし、「会社を辞めるのは悪いこと」という価値観をなくしていくことを提言しています。こうした雇用制度のあり方にはさまざまな議論があります(雇用のセーフティーネットについては、守屋貴司教授の解説記事でも紹介しています)。
生成AIについて山本教授は、今のところ検索や文章・プログラム・画像の作成など業務効率化の一部を担う段階だとしつつ、5年、10年のうちに、誰も想像していなかったような活用法が生まれると見ています。インターネットが当初は便利な検索ツールにすぎなかったのに世界を一変させたように、AIはそれ以上に世界を大きく変えるだろうと語ります。
中小企業、あるいは中小企業の経営者が能動的にアントレプレナーシップを発揮し、どんどんリスクテイクをしていただきたいです。
――山本教授
日本経済が相対的に縮小していく中で、中小企業がどれだけイノベーティブになれるかが問われていると山本教授は言います。日本は、世界的に見ても中小企業政策や支援が最も充実している国の一つです。そうした政策を上手に活用しつつ、受け身ではなく、自ら起業家精神を発揮してリスクを取ってほしい――それが山本教授からのメッセージです。
A. 山本教授は、まず自社が現状維持を望むのか成長を目指すのかを考え、成長の方法として海外展開が本当に必要かを見極めるべきだとしています。中小企業には国内市場で生きていく方法もたくさんあり、海外展開はトラブルが多く人材も取られるため、必要性を十分に考えることが大切です。
A. 山本教授は、自社特有のオリジナル製品で勝負すること、現地の法律対応や人材獲得などを一社で抱え込まず、自治体や産業支援機関、顧客、海外パートナーなど外部との関係を築いて進めることを挙げています。部品の輸出はかなり難しいとしています。
A. 山本教授によると、日本の中小企業はコストと納期で勝負しがちなのに対し、ドイツの中小企業は品質が評価されやすい素地があります。工学的なものづくりや産学連携、世界的なブランドが背景にあり、日本も安く早くではなく、価格が高く時間をかけても売れるものを考える必要があるとしています。
A. 日本の全就業者の約7割が中小企業で働いており、中小企業が元気なら社会や地域も元気になり、元気がなければ社会も停滞するという意味です。山本教授は、人口や経済規模の縮小と中小企業の縮小が同時に進んでいる状況を、この言葉で表現しています。
A. 山本教授は、日本社会と日本企業の最大の目的が雇用の維持で、退職にネガティブなイメージがあったため、会社にしがみつくしかない状況が生まれたことを理由に挙げています。限られた人材が活躍できるよう、セーフティーネットを整えながら円滑に仕事を移れる仕組みが必要だとしています。
中小企業は、日本の社会、経済、地域を映す鏡です。経営者が心身ともに健やかに、起業家精神を発揮して挑戦を続けることが、日本の未来をつくる力になります。
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▶ 前編:中小企業経営者のストレスとバーンアウト――「ヒーロー幻想」の陰で見過ごされてきた経営者のメンタルと働きがい(内部リンク)
▶ インタビュー全文:中小企業は社会を映す鏡。日本にイノベーションを(後編)(JOB Scopeマガジン)