中小企業の経営者は、人手不足や資金繰り、相談相手がいない孤独感など、私たちが思う以上に大きなストレスを抱えています。東洋大学の山本聡教授は、経営者は「常に前向きでリスクを恐れない」という「ヒーロー幻想」で語られがちなため、そのメンタルヘルスやバーンアウトが長く見過ごされてきたと指摘します。
中小企業は私たちの生活を支える重要な存在です。だからこそ、その経営者には働きがいを持って事業をけん引し続けてほしい――しかし、特に若い経営者ほど、さまざまなストレスに直面しているといいます。
本記事では、国内外の中小企業の経営体制の変化と、経営者のアントレプレナーシップを研究する山本教授へのインタビューをもとに、山本教授が中小企業研究に取り組むようになった経緯、中小企業の成長を駆動する経営者の心のあり方、自営業者のバーンアウト研究と「ヒーロー幻想」、そして経営者の働きがいの源泉について解説します。
この記事でわかること
・中小企業の成長を駆動しているのは、経営者のアントレプレナーシップと心のあり方
・経営者のメンタルヘルスやバーンアウトが研究されてこなかった理由――「ヒーロー幻想」
・中小企業経営者が抱えるストレスの実態
・後継者の精神的健康とレジリエンスという新しい研究テーマ
・ファミリービジネスの経営者にとっての働きがいの源泉
取材協力:山本 聡(やまもと さとし)氏
東洋大学 経営学部 経営学科 教授(取材時)。大学で経済学を学んだ後、英国留学を経て、機械振興協会経済研究所で中小企業の現場調査に従事。東京経済大学経営学部を経て、2019年より東洋大学経営学部教授(担当:中小企業経営論)。金型や部品加工など素形材産業を主な対象に、国内外の中小企業の経営体制の変化、中小企業経営者のアントレプレナーシップと国際化、経営者や後継者のメンタルヘルスとレジリエンスを研究。企業経営者や技術者向けのレポート寄稿、国内外でのセミナー講師も多数務める。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
中小企業の現場から生まれた研究
山本教授は、もともと大学で経済学、特にミクロ経済学を学び、理論やデータ分析を好んでいました。英国留学を経て勤めたシンクタンクで、中小企業の現場調査を担当したのが研究の出発点です。
当初は「それほど面白くない」と感じていたものの、金型や表面処理、切削・研削加工といった素形材産業の中小企業を、北海道から九州まで毎週のように訪ね歩くうちに、経営者と話すこと、経営や産業の現場を見ることが面白いと感じるようになったといいます。2009年ごろからは韓国や台湾の国際会議にも招かれ、アジアの中小企業経営者と接する中で、日本と世界の中小企業を比較する研究へと広がっていきました。
中小企業の成長を駆動するのは「経営者の心のあり方」
当初、山本教授は素形材関連の中小企業が新しい取引先をどう開拓し、人材をどう育成しているかを研究していました。2010年前後、リーマン・ショックと円高の中で日本の中小企業の海外展開が課題となり、中小企業の国際化を研究テーマの中心に据えるようになります。
しかし研究すればするほど、たどり着くのは同じ結論でした。中小企業の成長の駆動力は、経営者自身や、そこで働く人たちの心のあり方だというのです。経営学的にいえば、経営者がどれだけ起業家精神(アントレプレナーシップ)を持っているかに帰着します(アントレプレナーシップの意味については、米倉誠一郎氏の解説記事でも紹介しています)。
| 山本教授の研究テーマの変遷 | 内容 |
|---|---|
| ① 素形材産業の中小企業経営 | 新規取引先の開拓、人材育成 |
| ② 中小企業の国際化 | リーマン・ショック後の海外輸出・海外展開 |
| ③ 経営者のアントレプレナーシップと国際化 | 成長を駆動する経営者の心のあり方 |
| ④ 経営者・後継者のメンタルヘルス | 後継者の精神的健康とレジリエンス(困難を乗り越える力) |
出典:山本教授への取材をもとに編集部作成
現在、山本教授は東洋大学の重点研究推進プログラムとして、「後継者の精神的健康とレジリエンス」をテーマに、地域と連携した文理融合のアプローチで、中小企業の経営者や2代目・3代目の後継者のメンタルヘルスと、経営上の困難を乗り越える力がどう形成されるかを研究しています。
経営者を語る「ヒーロー幻想」と、見過ごされてきたストレス
山本教授は、論文「自営業者のバーンアウトと個人的企業家志向性」で、経営者のバーンアウト(燃え尽き症候群)を取り上げました。その問題意識の核にあるのが、経営者に対する「ヒーロー幻想」です。
| 一般的な従業員 | 経営者・起業家・自営業者 | |
|---|---|---|
| ストレスへの対応 | ストレスチェックなどで、働きがいを高めストレスを抑える取り組みが一般的 | ほとんど研究や政策の対象になってこなかった |
| 持たれがちなイメージ | ― | 前向きで能動的、革新的で自らリスクを取り、ストレスを感じず常にやりがいに満ちている(ヒーロー幻想) |
| 実態 | ― | 職場とプライベートが一体化し、孤独感を味わい、燃え尽きて廃業・倒産したり、メンタルヘルスに支障をきたしたりする人も少なくない |
出典:山本教授への取材をもとに編集部作成
山本教授は、これまでの日本の中小企業政策や研究は、経営者のメンタル面や精神的健康、その対極にある働きがいやバーンアウトに焦点を当ててこなかったと指摘します。そこを明らかにすることが、今後の中小企業政策や中小企業振興を考えるうえで重要だというのです(バーンアウトの仕組みについては、久保真人教授の解説記事でも紹介しています)。
経営者のストレスは従業員より大きいのか
ただし山本教授は、経営者の燃え尽き感は、一般的な従業員より小さい可能性が高いとも言います。自由を求めて起業する人が多く、経営者になる人はもともとストレス耐性が高いとも考えられるからです。それでも、大きなストレスにさらされている経営者が多いことは事実であり、だからこそ研究の対象にする意義があるのです。
※経営者自身の心身の不調が続く場合は、一人で抱え込まず、医療機関や身近な専門家、地域の経営相談窓口などに相談することが大切です。
経営者の働きがいは「企業の成長」と「従業員の喜び」
では、中小企業の経営者は働きがいをどこに見出せばよいのでしょうか。山本教授は、現在共同で研究しているテーマだとしたうえで、次のように語ります。
| 被雇用者(従業員) | ファミリービジネスの経営者 | |
|---|---|---|
| 会社との関係 | 働き方が多様化し、転職も容易な中で、会社との一体感を持ちにくい | 自分と会社がイコールの存在に近い |
| 他者の幸せ | 同僚はライバルでもあり、同僚の幸せが自分の幸せとは限らない | 企業の成長や従業員の喜びを、自分事として捉えやすい |
| 働きがいの源泉 | ― | 企業が成長すること、社員が喜んで働いてくれている姿を見ること |
出典:山本教授への取材をもとに編集部作成
特にファミリービジネスでは、自分の働きがいと企業の成長がイコールになりやすいと山本教授は言います。社員が生き生きと働く姿そのものが、経営者の働きがいになるのです。
社員が喜んで働けているかを知ることは、経営者自身の働きがいを確かめることにもつながります。
社員の働きがいを、データで見える化する
社員が喜んで働いてくれている姿は、中小企業の経営者にとって大きな働きがいです。社員が仕事や職場をどう感じているかを把握することは、組織づくりの出発点にもなります。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」は、生成AIで従業員の属性や組織の特性に合わせた質問を作成し、組織の状態を迅速にきめ細かく可視化します。
よくある質問(FAQ)
Q. 中小企業の経営者はどんなストレスを抱えていますか?
A. 人手不足、資金の確保、相談相手がいない孤独感などです。山本教授によると、職場とプライベートが一体化しやすく、燃え尽きて廃業・倒産したり、メンタルヘルスに支障をきたしたりする経営者も少なくありません。特に若い経営者ほどその傾向が顕著だといいます。
Q. 経営者のメンタルヘルスはなぜ見過ごされてきたのですか?
A. 山本教授は、経営者が「常に前向きで、自らリスクを取り、ストレスを感じない」という「ヒーロー幻想」で語られがちだったためだとしています。従業員にはストレスチェックなどの取り組みがある一方、経営者のメンタルヘルスやバーンアウトは研究や政策の対象になってこなかったと指摘しています。
Q. 経営者は従業員よりストレスが大きいのですか?
A. 山本教授は、経営者の燃え尽き感は一般的な従業員より小さい可能性が高いとしています。自由を求めて起業する人が多く、もともとストレス耐性が高いとも考えられるためです。それでも大きなストレスにさらされている経営者が多いことは事実であり、研究の対象にする意義があるとしています。
Q. 中小企業の成長を駆動するものは何ですか?
A. 山本教授は、研究すればするほど、中小企業の成長の駆動力は経営者自身や働く人たちの心のあり方、つまり経営者のアントレプレナーシップ(起業家精神)にたどり着くとしています。
Q. 中小企業の経営者の働きがいはどこにありますか?
A. 山本教授は、特にファミリービジネスでは経営者と会社がイコールの存在に近いため、企業の成長や従業員が喜んで働いてくれている姿を見ることが、経営者の働きがいにつながるとしています。
まとめ:経営者の心の健康は、中小企業の成長の土台
- 中小企業の成長を駆動するのは、経営者のアントレプレナーシップと心のあり方
- 経営者は「ヒーロー幻想」で語られがちで、そのメンタルヘルスやバーンアウトは見過ごされてきた
- 経営者のストレスは従業員より小さい可能性もあるが、大きなストレスを抱える経営者が多いのは事実
- 後継者の精神的健康とレジリエンスは、事業承継を考えるうえで重要な研究テーマ
- ファミリービジネスの経営者にとっては、企業の成長と従業員の喜びが働きがいの源泉
後編では、ドイツの中小企業に学ぶ「品質で選ばれる」ものづくり、中小企業が海外展開すべきかどうかの判断軸、「中小企業は社会を映す鏡」という言葉に込めた思い、イノベーションと安定のジレンマ、そして中小企業経営者へのメッセージについて解説します。
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▶ 後編:中小企業は海外展開すべきか?ドイツに学ぶ「品質で選ばれる」ものづくりと、「社会を映す鏡」としての中小企業(内部リンク)
▶ インタビュー全文:中小企業は社会を映す鏡。日本にイノベーションを(前編)(JOB Scopeマガジン)