[JOBSCOPE]教授インタビュー解説

中小企業のDXはどう進める?データを「情報」に変える力|井上善海教授

作成者: JOB Scope編集部|Oct 19, 2026, 6:42:34 AM

 

中小企業のDXは、課題を解決するために使えるITを後から探すのではなく、先端の情報技術を先に理解し、それを自社の経営にどう生かすかを考える発想から始まります。九州情報大学の井上善海教授は、データはどの企業にも平等に与えられており、それを自社だけの「情報」に変える過程にこそ企業の独自性と価値が生まれると語ります。

AIやDXという言葉を聞かない日はありません。しかし、「何から手をつければよいのかわからない」という中小企業の経営者も多いのではないでしょうか。

本記事では、経営戦略論の立場から編著『経営情報入門』(中央経済社)をまとめた井上教授へのインタビューをもとに、先端技術を経営に生かす発想、データ・情報・意思決定の関係、変化に素早く適応した中小企業の事例、そして情報技術を生かせる人材の育成について解説します。

この記事でわかること

・先端技術を「先に理解して」経営に生かすという発想の転換

・先端技術で事業を伸ばした中小企業の事例

・先の読めない時代に、変化への適応力が求められる理由

・データ・情報・意思決定の3層と、データを「情報」に変える力

・情報技術を生かせる人材を育てる考え方

取材協力:井上 善海 氏

九州情報大学 経営情報学部 学部長・教授、広島大学名誉教授(取材時)。神奈川大学法学部卒業後、事業を引き継いだ会社の経営、中小企業診断士としての経営コンサルタントを経て、福岡大学大学院商学研究科で博士(商学)を取得。九州情報大学専任講師、広島大学、東洋大学、法政大学の教授を経て現職。専門は経営戦略論(新事業創造・イノベーション)、中堅・中小企業研究。日本マネジメント学会会長、人を大切にする経営学会副会長、「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」実行委員会副委員長などを務める。著書・編著に『経営戦略入門』『経営情報入門』『事業創造入門』『企業経営入門』(中央経済社)、『衰退産業の勝算』(幻冬舎)など。

聞き手:JOB Scopeマガジン編集部

先端技術を「先に理解して」経営に生かす

経営と情報技術に関する本の多くは、「経営に使えるITとは何か」という視点から書かれています。これに対し、井上教授が理系の研究者とともにまとめた『経営情報入門』は、AIやDXの現状を先に学び、それを経営にどう生かすかという順序で構成されています。

観点 これまでの発想 井上教授が勧める発想
出発点 経営の課題 最先端の情報技術
進め方 課題を解決するために、使えるITを後から探す 技術を先に理解し、自社の事業にどう応用できるかを考える
生まれやすいもの 既存の業務の効率化 新しい事業や、他社にない仕組み

出典:井上教授への取材をもとに編集部作成

事例:倒産寸前から上場企業へ――住宅会社のDX

井上教授が紹介するのが、熊本県山鹿市の住宅会社、Lib Work(リブワーク)です。倒産寸前だった建設会社が、3Dでの住宅設計や、インターネットでの土地・住宅の販売を進め、東証グロース市場に上場する規模にまで成長しました。社長は、最先端の情報技術をまず理解し、それを建設業に応用するという発想を持っているといいます。さらに、自社で築いた建設業のDXの仕組みを、他社へのコンサルティングとしても提供しています。

事例:社長の判断を学習させた「AI社長」

福岡でもつ鍋店を展開する楽天地では、二代目の経営者がAIとDXを軸に事業を広げています。社長の判断をAIに学習させた「AI社長」を、店舗の展開に生かしているといいます。

一方で、コンサルティング会社からは、企業の側がDXを十分に理解していないために、DXを提案するだけで予算がつきやすいという声も聞かれるそうです。だからこそ、経営者自身が技術を理解することが欠かせないのです(目的を明確にしてDXを進める考え方については、高橋伸夫教授の解説記事でも紹介しています)。

先の読めない時代に求められる「適応力」

『経営情報入門』では、政府や経済界が示す未来の社会像「Society 5.0」から議論を始めています。Windows95の登場や携帯電話の普及を背景に、IT革命が進んだ1995〜2005年ごろが「情報社会(Society 4.0)」にあたり、私たちはその次の社会の入り口にいます。変化の最中にいると気づきにくく、その大きさは2030年代以降に振り返って初めてわかるだろう、と井上教授は見ています。

経営学者ピーター・ドラッカーが指摘したように、複雑で先の読めない社会では、変化に適応できる体質と、意思決定から実行までの時間(リードタイム)を短くすることが重要になります。

事例 コロナ禍での対応
吉村(東京都品川区、お茶の包装資材メーカー) 当時の社長の号令で「Zoomを使い倒す宣言」を出した。鹿児島や福岡・八女などの産地に直接出向いていたデザイナーや営業が、1日に複数の産地とオンラインでやりとりできるようになった
ウイング(新潟県、ソフトウェア開発会社) 東京の営業拠点で対面の営業ができなくなったとき、当時の社長が「チャンス」と判断し、オンラインでの営業へ素早く切り替えた

出典:井上教授への取材をもとに編集部作成

一方で、コロナ禍をじっと耐えてやり過ごそうとした企業のなかには、経営が立ち行かなくなった例も少なくありませんでした。変化に素早く適応できたかどうかが、明暗を分けたのです。

データを自社だけの「情報」に変える力

井上教授は、経営情報を3つの層で説明します。

層 内容 例
データ 土台となる事実や数値 気温、湿度
情報 データを分析・加工して得られる意味のあるもの 天気予報
意思決定 情報をもとにした経営の判断 コンビニが、雨の日に傘を店頭に並べる

出典:井上教授への取材をもとに編集部作成

情報にもとづく経営には情報が必要で、情報を得るにはデータが必要です。そして、データを分析するには情報技術が必要になります。

井上教授が強調するのは、データはすべての企業に平等に与えられているという点です。同じデータから同じ情報しか生み出せないなら、ビジネスは成り立ちません。データを自社だけの「情報」に加工する過程にこそ、企業の独自性と価値が生まれるのです。

データを情報に変える力は、事業だけでなく人材の活用にも生かせます。一人ひとりの職務やスキル、評価のデータを集め、配置や育成の判断に使える情報に変えることも、DXの一つです。

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情報技術を生かせる人材を育てる

井上教授は、経営と情報の関係は、文系か理系かという区分とはあまり関係がないと言います。経営者には文系出身の人が多いものの、情報への感度が高い経営者は、出身を問わず情報技術を生かしています。

井上教授が学部長を務める九州情報大学経営情報学部では、AIやデータサイエンスと経営の専門家がそろう強みを生かし、少人数での教育を進めています。平均的に何でもできる人材よりも、一つの分野に突き抜けた「とんがった人材」を育てる方針です。また、取材時には、情報技術を活用できる中小企業診断士を育てる大学院のコースの開設も予定されていました。情報技術を開発する人ではなく、情報技術を経営に生かせる人を育てることがねらいです(AI・ロボット時代に求められる人材像については、大木清弘准教授の解説記事でも紹介しています)。

よくある質問(FAQ)

Q. 中小企業はDXをどう進めればよいですか?

A. 井上教授は、課題を解決するために使えるITを後から探すのではなく、最先端の情報技術を先に理解し、それを自社の事業にどう応用できるかを考える発想が大切だとしています。経営者自身が技術を理解することが欠かせません。

Q. データと情報の違いは何ですか?

A. データは気温や湿度のような土台となる事実や数値で、情報はデータを分析・加工して得られる天気予報のような意味のあるものです。さらに、情報をもとにした経営の判断が意思決定にあたります。井上教授は、データを自社だけの情報に変える過程に企業の価値が生まれるとしています。

Q. なぜ「データを情報に変える力」が重要なのですか?

A. データはすべての企業に平等に与えられており、同じデータから同じ情報しか生み出せないならビジネスは成り立たないためです。井上教授は、データを自社だけの情報に加工する過程にこそ、企業の独自性と価値が生まれるとしています。

Q. 先の読めない時代に、中小企業には何が必要ですか?

A. 井上教授は、ドラッカーの指摘を引きながら、変化に適応できる体質と、意思決定から実行までの時間を短くすることが重要だとしています。コロナ禍では、オンラインでの業務や営業に素早く切り替えた中小企業が成果を上げました。

Q. 中小企業のDXの成功事例にはどんなものがありますか?

A. 井上教授は、3Dでの住宅設計やインターネットでの販売を進めて上場企業に成長した熊本県の住宅会社や、社長の判断をAIに学習させた「AI社長」を店舗展開に生かす福岡の飲食店などを挙げています。

まとめ:技術を先に理解し、データを自社だけの情報に変える

  • DXは、使えるITを後から探すのではなく、先端技術を先に理解して経営に応用する
  • 経営者自身が技術を理解することが、DXを成果につなげる前提になる
  • 先の読めない時代には、変化への適応力とリードタイムの短さが明暗を分ける
  • データはどの企業にも平等。自社だけの「情報」に変える過程に価値が生まれる
  • 情報技術を開発する人ではなく、経営に生かせる人を育てる

では、質を高め、情報技術を生かして築いた会社を、次の世代にどう引き継げばよいのでしょうか。後編では、経営者が「引退時期」から逆算する事業承継の計画と、M&A・ホールディングス化・異業種採用の生かし方を紹介します。

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