シリーズ あの人この人の「働き方」
中小企業では、毎年賃上げを継続することは極めて難しい。ところが、政府やマスメディア、世論はそれを求める。中小企業経営者にとっては、苦しいところだろう。
最大の理由は、賃上げの原資が乏しいためだ。そもそもの売上が少なく、下請け体質で価格転嫁が困難なため、コスト上昇分を自社で全額負担せざるを得ない。営業利益から税金、借入返済、設備投資などで半分以上が消える場合があり、会社に残る金額は決して多くはない。
さらには2024~2025年は原材料・エネルギーの高騰、社会保険料をはじめ、税負担が増え、利益率は一段と悪化している。ここで賃上げをすると、赤字や倒産リスクを高める。持続的な賃上げのため、値上げ・コスト削減・借入をしようとしても限界があり、唯一の現実的な道は労働生産性(1人あたり付加価値)の向上のみとなる。多くの経営者が「生産性向上以外に道はない」と認めるが、厳しいものがある。そのような中、中小企業はどのようにして賃上げを継続させるべきか。今回から3回連続で考えたい。今回は、その2回目となる。
目次
まず、前回(その1)
中小企業:平均3〜4%(一部調査で2%台もある)。帝国データバンクや中小企業白書では2024-2025年も利益率の低迷が続き、物価高・コスト上昇で圧迫されていると指摘。
大企業:平均7〜8%以上。規模のメリット(価格決定力、仕入コスト低減)が依然として大きい。
中小企業白書2024-2025年版では、大企業の約1/2〜1/3と格差が拡大傾向にある。中小の上位10%は大企業並みだが、全体では生産性向上が課題。
01 ―――
中小企業が賃上げをするうえで営業利益率と労働生産性のほかにもう1つ考えるべきは、労働分配率(人件費÷付加価値×100)だ。企業が生み出す付加価値は、さまざまな要素に振り分けられる。たとえば、人件費や内部留保、賃貸料や借入返済、税金の支払い、設備投資などだ。
このうちで人件費にどれだけ分配したのか、を表す指標が「労働分配率」。この数字は、多くの中小企業は70~80% になっている。大企業の平均は、50~60%程度。中小企業で賃上げをすると、設備投資や借入返済、内部留保のお金が一段と減っていくことが予想されうる。
中小企業:70〜80%(高止まり)。人件費以外のコスト(仕入、利息、設備)が下げにくいため、相対的に人件費比率が高い。
大企業:50〜60%。コストコントロールの強さで低く抑えられている。
中小企業で労働分配率が70〜80%、大企業で50〜60%となぜ、大きな差が出るのか。主な理由は、大企業は人件費以外の固定費・変動費を減らす力が中小企業に比べると、強いからだ。大企業の強力な武器とも言えよう。大企業は人件費を除いた残りのコストを大幅に安くできる力を持つ場合があるがゆえに、人件費の割合が低く見える。
具体的に考えてみたい。以下は、実際の付加価値100万円が生まれた時の使い道の比較)である。私たち編集部が中小企業の財務に精通する税理士らと話し合い、まとめたものだ。下記の表では、中小企業は付加価値100万円作っても、78万円は人件費に消える。大企業は同じ100万円作れば、55万円しか人件費に使わなくてすむ。この違いに注目してほしい。大企業が強い理由の1つが、ここにある。
| 項目 | 大企業 (付加価値100万円) |
中小企業 (付加価値100万円) |
|---|---|---|
| 原材料・エネルギー | 50万円 | 68万円 |
| 減価償却・システム | 8万円 | 15万円 |
| 支払利息・手数料 | 1万円 | 5万円 |
| その他経費 | 6万円 | 7万円 |
| → 残る(人件費に回せる額) | 35万円 | 5万円 |
| 労働分配率 | 約55% | 約78% |
02 ―――
中小企業はなぜ、人件費以外のコストを下げられないのか?本質的な5つの壁を次に挙げた。
1~5を見ると、中小企業の労働分配率が高いのは「賃金を払いすぎている」のではおそらくないだろう。むしろ、「それ以外のコスト(1~5)が下げられない」ために、相対的に人件費の割合が膨らんで見えているのだ。このあたりは、誤解されやすいところでもある。
03 ―――
ここまでを考えると中小企業が「毎年継続的に賃上げする」ためには、1~5のうちの5を重視し、労働生産性(=1人あたり付加価値)を上げ続ける以外に、現実的に道がないことになる。なぜ、こういう結論になるのかをあらためて考えてみたい。以下に、賃上げのベースとなる原資の作り方の候補を①~⑦まで挙げてみた。①~⑦について、「現実的に可能か否か」の視点で回答をした。その理由も記入した。
| 賃上げの原資の作り方候補 | 中小企業で現実的に可能か? | 理由(なぜ無理か) |
|---|---|---|
| ① 値上げ(売価アップ) | 一部はできるが、限界あり | 下請け体質で取引先が認めてくれない。認めたとしても1〜3%が限界 |
| ② コスト削減(人件費以外) | 少しはできるが、限界あり | すでにギリギリまで削っている。原材料も電気代も安くできない |
| ③ 借金して賃上げ | 難しい | 銀行は「利益が出ていない会社」に追加貸し出しを通常はしない |
| ④ 社長が私財を投じて賃上げ | 一時的なものでしかない | 数年で社長が破産する可能性あり |
| ⑤ 利益を全部吐き出して賃上げ | 1年だけならできる | 2年目以降は設備更新もできず、倒産になりうるコース |
| ⑥ 労働分配率を下げる(給与減らす) | 好ましくない | 働かなくなる |
| ⑦ 付加価値額自体を増やす(=労働生産性向上) | これしかできない | 売上増+コスト減の両方が可能になる根本治療 |
04 ―――
①~⑦のうち、現実的な選択肢は⑦しかないと言えるのではないだろうか。なぜ、労働生産性向上が唯一の持続可能な道なのか?中小企業の場合、以下の3つの壁を同時に突破しないと賃上げは、通常は続けられないからだ。特に最近の政府の「デフレ脱却」のスローガンのもと、物価や社会保険料をはじめとした税負担がどんどんとアップしていることを考慮したい。
1~3から、毎年賃上げを続けるには会社全体の付加価値のパイ自体を一定のペースで大きくしていくしかないことがわかる。付加価値とは、売上から材料費や外注費などの外部コストを引いた、社内で生み出した価値(粗利益に近い)を意味する。これが、人件費、設備費、設備投資費、内部留保、利益の源泉となる。
会社全体の付加価値のパイ自体を一定のペースで大きくしていくためには、昨今の物価や税負担を考慮すると、売上を理想としては5〜8%は伸ばし続ける必要があるだろう。少なくとも、このあたりを努力目標にすべきだろう。それを可能にするのが、「労働生産性(1人あたり付加価値)の継続的向上」の基盤となる。しかし、これは多くの中小企業にとって厳しい。
私たち編集部がヒアリングをする中小企業経営者が口を揃えて言うのは、「賃上げしたかったら、まず生産性を上げろ。それ以外に道はない」。本サイトの様々な記事で「生産性の向上」をテーマにしているのは、こういう背景もある。
労働生産性向上(付加価値額の拡大)が、唯一の持続可能な原資と言える。具体的には、以下が考えられる。
1~5を組み合わせ、売上・付加価値を毎年5~8%伸ばせば、3~5%の賃上げ余力が生まれる。この数字は賃上げの理想像から逆算された数字であり、現実的には厳しいケースが特に地方の中小企業では多いはずだ。中小企業では労働分配率がすでに高いために、付加価値を毎年大幅に増やさないと、大きな賃上げ(この場合は5%以上とする)は難しい。
しかし、経済産業省や中小企業庁ではこのあたりの数字をもとに政策を進めている。実際、生産性向上に成功した中小企業は賃上げを毎年継続し、人材確保・業績向上の好循環に入っている。政府の賃上げ促進税制や補助金も活用しつつ、「生産性第一」で取り組むことが重要となる。
なお、私たち編集部がジョブ型雇用に関するヒアリングやコンサルティングをするのも、社内にムリ・ムダ・ムラを省き、労働生産性を向上させるためである。とはいえ、中小企業が1社単独で労働生産性を抜本的に上げる施策は限られている。下記が、その主な理由だ。
つまり、これまでの構造を変えない限りは、賃上げを継続させるのは難しい時代になっているのだ。
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