シリーズ あの人この人の「働き方」
賃上げを毎年継続させるのは
「生存をかけた賭け」
~ 検証 中小企業の賃上げ (その1) ~
中小企業では、毎年賃上げを継続することは極めて難しい。ところが、政府やマスメディア、世論はそれを求める。中小企業経営者にとっては、苦しいところだろう。
最大の理由は、賃上げの原資が乏しいためだ。そもそもの売上が少なく、下請け体質で価格転嫁が困難なため、コスト上昇分を自社で全額負担せざるを得ない。営業利益から税金、借入返済、設備投資などで半分以上が消える場合があり、会社に残る金額は決して多くはない。
さらには、2024~2025年は原材料・エネルギーの高騰、社会保険料をはじめ、税負担が増え、利益率は一段と悪化している。ここで賃上げをすると、赤字や倒産リスクを高める。持続的な賃上げのため、値上げ・コスト削減・借入をしようとしても限界があり、唯一の現実的な道は労働生産性(1人あたり付加価値)の向上のみとなる。多くの経営者が「生産性向上以外に道はない」と認めるが、厳しいものがある。そのような中、中小企業はどのようにして賃上げを継続させるべきか。今回から3回連続で考えたい。今回は、その1回目となる。
目次
01 ―――
「なぜ、今、突然、賃上げをしなければいけないのか」
まず、「なぜ、今、突然、賃上げをしなければいけないのか」を考えたい。1986年からはじまったバブル経済が1991年に崩壊し、金融不況が本格化した。業績が悪化し、リストラをする企業が増えた。1995〜2022年の約30年間は多くの企業は賃上げに熱心には取り組んでこなかった。そのような余裕がなかったのだ。結果として、一部では実質賃金がむしろ下がったケースもある。この約30年間、それでもなんとかなった一面はあるのだ。
ところが、最近は政府や経済界(特に経団連)は賃上げを盛んに求める。なぜ、2023年前後以降、賃上げしないと危険な状況になりつつあるのか。それは、以下の5つの要因がほぼ同時に襲ってきたからだ。
| No | 30年間は平気だった理由 | 2023年以降、急に危険になった理由 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 1 | 物価がほぼ上がらなかった(デフレ) | 2022〜2025年に物価が年3〜6%上昇(40年ぶり) | 賃上げしない=実質賃下げ→生活破壊 |
| 2 | 若い人が「長期雇用」を信じて我慢していた | 若者が「こんな会社すぐ辞める」と考え始めた | 人手不足が一気に深刻化 |
| 3 | 社会保険料は毎年少しずつしか上がらなかった | 2023〜2025年に社会保険料が上がる(厚生年金・健康保険) | 賃上げしないと、手取りが減る→社員の不満 |
| 4 | 大企業も賃上げしてなかったから相場が低かった | 大企業が2023〜2025年に連続で5〜7%賃上げ | 中小の給料が相対的に低く見える→辞める |
| 5 | 「賃上げしない会社」が普通だった | 政府・メディアが「賃上げしない企業=時代についていくことができない」と決めつける傾向となりつつある | 賃上げしない→銀行が融資渋る、取引先が切る、補助金ゼロ |
1~5を検証すると、30年間賃上げしなくても、一応はなんとかなった経済社会の仕組みが崩壊したとも言えよう。特に以下の点である。
- 1. デフレのおかげで「名目賃金据え置き=実質賃金微減」でも生活できた
→ デフレは終わり。物価が上がる一方 - 2. 若者が「我慢して残ってくれた」
→ 今の20〜30代は「給料低い→辞める」→転職ブーム - 3. 銀行も取引先も「賃上げしない会社」を普通に相手してくれた
→ 今は「賃上げしてない会社=経営能力ゼロ」と見なされ、融資も取引も切られるケースがある
30年間は、ある意味で特殊と言える「デフレ特需」で生き残ることができたと捉えることもできよう。その特需が、完全に終わったのが2023年以降だ。今後、その傾向はますます強くなる。2023年前後からは賃上げをまったくしなかったら数年以内にその企業は業績や信用が大幅ダウンする。これが、現在の現実だ。
02 ―――
中小企業が賃上げをできない構図
とはいえ、中小企業(ここでは業界を問わず、資本金3億円以下、正社員数300人以下とする)では賃上げを毎年、10年程継続するのは相当に難しい。最重要は賃上げの元となるお金、いわゆる原資である。これが、大企業(1000人以上)や中堅企業(社員数500~1000人)に比べると乏しい。そもそも、売上が少ないのだから止むを得ない。
そのうえ、売上から人件費などの経費を差し引いた利益が占める比率、いわゆる利益率が低い。帝国データバンクの2024年調査によると、中小企業の営業利益率は平均で 約3~4%。「最近は物価高や税負担により、2%台が増えてきた」と指摘する識者がいる。大企業は平均7~8%で、上位企業は10%以上になる 。ここには、大きな差がある。
中小企業で売上を増やさずに、賃上げをして人件費だけを上げ続けると、早いうちに業績は赤字になる可能性が高い。たとえば社員100人、売上10億円で、営業利益率3%の会社をモデルに具体的に考えてみよう。人件費などの経費を払った後に残る利益、つまり、営業利益 は売上10億円 × 営業利益率3% で計算すると、3000万円となる。この3000万円から何を支払う必要があるか?少なくとも、次に挙げる1~6までがある。
- 1. 法人税・住民税・事業税(約25〜30%)
- 2. 借入金の返済・利息(多くの中小企業は、銀行借入あり)
- 3. 設備投資・修繕費・システム更新
- 4. 社長や役員の生活費
- 5. 賞与や退職金引当
- 6. 突発的な支出(労務トラブル、機械故障、訴訟、災害など)
これらの支払いで相当額(1500~2000万円)が消えていく。実際に会社に残るお金は3000万円から1500~2000万円を引くと、1000〜1500万円程度にしかならないことが多い。ここで賃上げをしようとすると、社員数100人で、1人あたりにつき、年10万円賃上げ(月8300円程度=現在の相場としてはかなり控えめ)と仮定する。この場合、100人×10万で総額1000万円。
営業利益1000〜1500万円程度のうち、賃上げ分として1000万円が消えることになる。しかも、社員100人の社会保険料の事業主負担分(約15%)がさらに上乗せされる。1000万円に150万円が追加となり、1150万円くらいになる。こうなると、営業利益の大半が消えていく。「営業利益率が低い → 賃上げ原資がほぼゼロ → 賃上げできない」という悪循環に陥りやすい。逆に言えば、大企業が中小企業よりは賃上げをしやすいのは営業利益率が高いから、とも言える。
03 ―――
「営業利益率が低いから賃上げできない」は、本当か?
大半の中小企業、特にメーカーや小売、流通、建設業界などでは大企業や中堅企業からの下請けの立場が多く、ある意味で弱い。賃上げをした分のコスト(お金)を自社の製品や商品、サービスに上乗せする「価格転嫁」をしようとしても、大企業や中堅企業を説得するのは容易ではない。何度も迫れば、「それならば取引関係を清算しましょう」と契約を切られかねない。大企業や中堅企業からすると、ほかの下請けの中小企業に発注すればいいのだ。
中小企業の経営者の中には、「ほかの中小ができない、オンリーワンの技術がうちの会社にはあるから大丈夫。切られることはない」と話す人がいる。その心意気は大切であるが、中小企業でオンリーワンになる可能性は低い。そこまでの人材や予算、時間がない場合が多いのだ。説得するのが一般の消費者の場合もあるが、これも難しい。値上げをしてこれまで通り、製品や商品、サービスを購入し続ける顧客が減ることがないならばいいのかもしれない。しかし、そのような力のある商品、製品、サービスを持つ中小企業は少ない。2024年の経産省調査では、中小企業の約4割が「賃上げのコスト上昇分を全く価格転嫁できていない」 と回答している。
しかも2024~2025年は、賃上げをしようとすると一段と厳しい環境だ。原材料・エネルギー・人件費の上昇でコストが急増した。多くの中小企業で営業利益率は、ますます悪化傾向にある。営業利益率が低いから賃上げできないではなく、営業利益率が低すぎて、賃上げしたら即赤字もしくは資金繰り悪化で倒産リスクが跳ね上がる。だからこそ、賃上げができなくなっている。
それを憂慮する政府が、賃上げ税制や価格転嫁対策をする。だが、中小企業の大半はジレンマに陥っている。「利益がないから、税額控除されても意味がない」「取引先が値上げを認めてくれない」…。営業利益率3〜4%では、賃上げを毎年継続させるのは「生存をかけた賭け」になりかねない。ましてや、利益率がそれ以下になれば賃上げは相当に大きなリスクとなる。
04 ―――
大企業と中小企業で営業利益率に大きな差が出る真相
大企業と中小企業で営業利益率に2〜5倍以上の差が出るのは、「構造的な力関係とスケールの差」によるものが大きい。主な理由を以下にまとめてみた。私たち編集部が中小企業の財務に精通する税理士らと話し合い、まとめたものだ。
| No | 理由 | 大企業 | 中小企業 |
|---|---|---|---|
| 1 | 価格決定力(値上げ・値下げ力) | 強い(自社が値決めできる) | 極めて弱い(下請け・孫請け) |
| 2 | 仕入れの規模メリット | 原材料を数十万トン単位で直接メーカーから安く買える | 商社・問屋経由で高くしか買えない |
| 3 | 人件費率の差 | 売上1,000億円で人件費100億円(10%)でも回る | 売上10億円で人件費4億円(40%)になる |
| 4 | 研究開発・システム投資の償却 | 100億円かけて開発しても1,000億円の売上で1% | 1億円かけても売上10億円だと10%の負担 |
| 5 | 資金調達コスト | 社債発行で0.5%、銀行でも1%以下 | 銀行借入で2〜4%、手形割引で実質6〜8%も |
| 6 | ブランド力・直販力 | 自社EC・直営店で中間マージンゼロ | 卸・小売に30〜50%抜かれる |
| 7 | 海外生産・グローバル調達 | 人件費1/5〜1/10の国で作れる | ほぼ100%国内生産 |
| 8 | リスク分散力 | 100事業やって10個失敗しても90勝ち | 1事業やって失敗したら、即倒産になりうる |
大企業はコストが上がっても、下請けなどにコストを押し付ける場合がある。中小企業はコストが上がったら、通常は自分がかぶるしかない。下請けがないのだ。これが、利益率格差の大きな原因の1つと言える。双方に大きな差がつくのは努力や経営手腕の問題ではなく、業界構造と力関係の差とも考えられる。特にメーカーでは、それが顕著だ。だからこそ、政府は下請けいじめ禁止や価格転嫁徹底を掲げるが、力関係は簡単には変わらない。
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