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M&Aは生産性向上の有力な手段になり得るが、万能ではない / 検証 中小企業の賃上げ(その3)

作成者: JOB Scope編集部|2026/01/13

シリーズ あの人この人の「働き方」

~ 検証 中小企業の賃上げ (その3) ~

 

中小企業では、毎年賃上げを継続することは極めて難しい。ところが、政府やマスメディア、世論はそれを求める。中小企業経営者にとっては、苦しいところだろう。

 

最大の理由は、賃上げの原資が乏しいためだ。そもそもの売上が少なく、下請け体質で価格転嫁が困難なため、コスト上昇分を自社で全額負担せざるを得ない。営業利益から税金、借入返済、設備投資などで半分以上が消える場合があり、会社に残る金額は決して多くはない。

 

さらには2024~2025年は原材料・エネルギーの高騰、社会保険料をはじめ、税負担が増え、利益率は一段と悪化している。ここで賃上げをすると、赤字や倒産リスクを高める。持続的な賃上げのため、値上げ・コスト削減・借入をしようとしても限界があり、唯一の現実的な道は労働生産性(1人あたり付加価値)の向上のみとなる。多くの経営者が「生産性向上以外に道はない」と認めるが、厳しいものがある。そのような中、中小企業はどのようにして賃上げを継続させるべきか。今回から3回連続で考えたい。今回は、その3回目(最終回)となる。

 

 


 

 

 

01 ―――

前々回(その1)、前回(その2)のまとめ

 

前々回(その1)前回(その2)の内容のアウトラインを次にまとめた。

 

  • ・「賃上げ=持続可能には生産性向上が必要」は、経済界の共通認識となっている。賃上げが利益を圧迫しないように、労働生産性を上げる必要がある。
  • ・生産性を上げる手段は自動化・IT投資、価格転嫁、管理改善、人材育成、業務プロセス改善など多数ある。だが、中小企業は資金・人材・時間の制約で実行が難しい場合が多い。
  • ・政府は、生産性向上とM&A促進を政策の柱に据えている。M&Aは生産性向上の有力な手段になり得るが、万能ではない。

 

前々回(その1)前回(その2)の内容のうち、労働生産性に絞って論点をまとめたのが、以下となる。

 

1) なぜ「生産性」が賃上げと結びつくのか

 

  • ・企業が賃金を上げると人件費が上昇するため、それを長期にわたり維持するには一人当たりの付加価値を上げる(=労働生産性の向上)か、価格転嫁して売上高を増やす必要がある。だが、前々回の記事(その1)で述べたように価格転嫁は難しい。

 

2) 中小企業が生産性を上げにくい壁

 

  • 資金不足:設備投資やIT導入に当てる余裕がない。
  • 経営資源(人材・管理ノウハウ)の不足:経営改善やデジタル化を推進する人がいない。
  • 価格競争や下請け構造:大手の発注条件でマージンが薄く、投資回収が難しい。

 

3) M&A(吸収・合併)はどう生産性に効くか

 

M&Aが生産性向上に寄与する主な理由は、次の通りだ。

 

  • 規模の経済・設備の最適化:設備稼働率の向上や重複部門の統合でコスト削減。
  • 経営ノウハウ・マネジメント改善の導入:親会社(吸収した側)の管理手法や営業チャネル、ITなどを取り込める。
  • 資金繰りの改善:資本供給により技術投資や研究開発が可能になる。
  • 事業再編・資源の再配分:非効率な事業から有望な事業へ資源を移すことで全体効率が上がる
  • 問題点:買収の統合コストや債務増、組織摩擦で買収側の生産性が短期的に悪化するケースがあるM&A以外に、業務提携や資本提携でノウハウ・販路共有する方法も有効で、リスクが低い。特にまずは共同でデジタル化や共同購買を行うスタイルが現実的な場合も多い。

 

誤解なきように言えばM&Aをすれば、必ず生産性が上がるわけではない。失敗例もたくさんある。典型的なのは、次のパターンだ。

 

  • ・統合後の役割分担が曖昧で混乱したまま
  • ・買収側が財務に無理をしてしまう
  • ・人材の流出が起きて、統合の狙いが薄れる
  • ・経営者どうしの意思疎通が難しく、指揮命令系統が混乱する

 

M&Aそのものより、統合後の運営のほうがはるかに重要と言える。M&Aは目的ではなく、あくまで手段でしかない。生産性を上げ、賃上げにつながる体質を作ることがゴールになる。

 

 

 

02 ―――

政府や政府・経済界がM&Aに期待する理由

 

ここで、中小企業では毎年賃上げを続けるためには壁があることをあらためて考えたい。以下、私たち編集部の視点で「なぜ、可能性が低いのか」「例外はどこにあるか」まで整理してみた。

 

■なぜ“賃上げの継続”は難しいのか

 

  1. 1. 中小企業の約7割が利益率2〜4%
    私たち編集部が、中小企業経営者たちにヒアリングをして多い回答は「黒字だけど、利益と言えるようレベルのものではない」。つまり、利益率が低いために「原材料費の上昇」「電気・ガス代の上昇」「最低賃金の引き上げ」により、利益が完全に吹き飛ぶと嘆く経営者もいる。こうした企業が10年も賃上げを継続する力はおそらく持っていないと見るのが、妥当だろう。
  2. 2. 人手不足で「生産性向上の投資」をする時間と余力がない
    前々回(その1)の記事で述べたように「労働生産性を上げれば、賃上げできる」というのは構造的には正しい。だが、私たちが知る実態としては次のようなものが目立つ。「IT化をしたくても、担当者がいない」「設備投資したくても、資金力が足りない」「業務改善したくても、人が足りず業務改善の時間すらない」。これでは、毎年継続の賃上げにつながる土台づくりが進まない。
  3. 3. 価格転嫁が完全には進まない構造
    最近は政府の後押しで多少は進んではいるが、それでもヒアリングをすると、こんな声が多い。「価格転嫁はある程度できたが、完全ではない」「契約をきられるのが、こわい」。これでは最低限度の利益を守ることはできたとしても、賃上げに回せるほどの余力は生まれにくい。
  4. 4. 人件費は「固定費」なので、一度上げると戻せない
    経営者が恐れているのは、賃上げした翌年もしくは数年以内に売上が落ち、回復しないパターン。中小企業は得てして景気変動の影響を受けやすく、1〜2年の売上低下で一気に資金が尽きる場合がある。だから、5年〜10年というスパンで賃上げを続けるのは「背伸び」に近い。

 

 

 

03 ―――

10年連続で賃上げをできる中小企業

 

1~4までを見ると、たとえば10年連続で賃上げをするのは容易ではないことがわかる。だが、すべての中小企業ができないわけではない。一部に例外はある。ただし、数は少ない。

 

●例外:高付加価値化が進んだ企業

 

  • ・ニッチな技術 (大企業や中堅企業が参入できないような、小さいが、成長性のある市場で高いシェアを獲得している)
  • ・代替不可能なサービス(オンリーワンビジネス)
  • ・特許・独自ノウハウ(オンリーワンビジネス)

 

このような企業は価格転嫁が比較的容易で、5年程度ならある程度の水準の賃上げを続けられうる。しかし、10年間ほど毎年の賃上げは難しい。仮にできたとしても、「外注比率を上げて、実質的な固定費を減らす」「設備投資が大成功した」「新市場で一気に伸びた」など、特殊要因によるケースが多い。この要因は一時的なものであり、長くは続かない。

 

ここに、政府や政府・経済界がM&Aに期待する理由がある。1社単独の中小企業では、「賃上げの土台」をつくり続けるのが難しい。だから、企業の統合・再編で体力の底上げをしよう、という考えだ。確かに私たちのヒアリングでも、次のような効果が見られる。

 

  • ・スケールメリットによる仕入れ値引き
  • ・ITシステムの共有
  • ・人材、技術の相互補完
  • ・価格交渉力の上昇
  • ・生産性向上のスピードアップ

 

これらが賃上げの土台となり、毎年賃上げを行ううえでの安定したベースになるため、政府がM&Aを通じての企業の再編を後押しているのだ。しかし、私たちが知る中小企業経営者の多くは、ためらうものを感じているようでもある。確かにこれまでビジネスの接点がなかった、あるいは深い関係とは言い難い会社を買収したり、そこの傘下になるのに迷いや戸惑いを感じるのはごく当然のことだろう。

 

 

 

04 ―――

M&Aは生産性向上の有力な手段になり得るが、万能ではない

 

実は中小企業でも、ある程度は生産性を上げられる方法は存在する。たとえば、外注(アウトソーシング)や業務の効率化や社員間の報告、連絡、相談を密にしてムリ・ムダ・ムラを省くなどだが、これらは年3〜5%アップがやっとだろう。毎年5〜8%以上必要と言われている賃上げペースには到底追いつかない。

 

「賃上げ+物価+社会保険料で毎年7〜9%必要」と考えられている。つまり、年3〜5%アップではまったく追いつかないから「M&A以外に道がない」と言われるようになっているのだ。M&Aが労働生産性を上げる際に現実的な1つの策であるのは間違いない。今後、全国で確実に増えるはずだ。後継者不在で廃業リスクが高い中小企業が多数あり、そのような経営者は事業継承できる相手の会社を強く求めている。国や地方自治体もそれを支援する態勢をつくりつつある。

 

M&A をすると問題やトラブルが生じる場合もあるが、メリットも少なくない。特に労働生産性の向上には有効と言えよう。2024年の帝国データバンク調査ではM&Aを実施した中小企業のうち、約65%が「3年以内に労働生産性20%以上向上」と回答している。賃上げ率も「M&A実施企業の平均が +6.8%、非実施企業 +2.9%」 と2倍以上の開きとなっている。

 

M&Aは生産性向上の有力な手段になり得るが、万能ではない。効果はケースバイケースで、短期的には買収側の生産性が下がるケースもある。一方、特定のタイプ(外部資本が入る・規模拡大・統合ノウハウ導入など)は生産性向上をもたらすことが示されている。

 

 

 

05 ―――

「M&Aで規模拡大 → 生産性向上 → 賃上げ」という流れ

 

経産省は、2021年から本格的に動いている。

 

  • ・事業承継・引継ぎ支援センターを全国47都道府県に設置
  • ・M&A手数料の3分の2を国が補助(最大800万円)
  • ・登録支援機関を1万社以上に増やした
  • ・銀行に「M&A融資を優遇しろ」と行政指導

 

経済産業省が2024~2025年に特に力を入れているのが、以下の3点セットだ。

 

  1. 1. 事業再編・M&A補助金(最大6,000万円~1億円超)
  2. 2. M&A後の設備投資・DX投資への補助金(ものづくり補助金など)。
  3. 3. 労働生産性向上計画を提出した企業への「賃上げ税制」の優遇措置
    → 生産性向上+賃上げで法人税を実質0%近くまで下げる特例

 

政府が「M&Aで規模拡大 → 生産性向上 → 賃上げ」という流れを補助金と税制で強力に後押ししている構図とも言えるだろう。中小企業が賃上げを継続させるためには、「労働生産性を上げて付加価値を増やす」のが不可欠。それを可能にする現実的で即効性のある手段が、M&Aによる吸収合併で規模と効率を一気に拡大することだ。

 

だからこそ、最近は有識者の一部では「賃上げしたければ、まずM&Aを検討せよ」とまで言う人が増えてきた。しかし、上手くいかないケースもある。大きな原因は「素人判断」と言われる。大半の中小企業経営者が「M&Aは初めて」と言われるが、 アドバイザーをつけると手数料が数千万円になる事例もある。安いアドバイザーに依頼すると、買収価格が2〜3倍に吊り上げられたり、簿外債務を見逃したりするケースもある。成功率はよくて30〜40%(大手案件でもこれくらい)。中小案件はさらに低い(20〜30%程度) 。

 

賃上げは単なる人件費の増額ではなく、企業体質をより強く、しなやかに変えていく取り組みである。その方法は、決して1つではない。社内改善、デジタル化、業務プロセスの再構築、そして場合によってはM&A。これらの組み合わせ次第で、生産性は大きく変わる。ぜひ、前々回(その1)前回(その2)の記事をご覧いただきたい。

 

 

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