第1回
2023/05/18
目次
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日本では多くの企業が存在し、し烈な競争が行われる。創業後、10年、20年、30年と生き残るのは難しい。さらにここ20数年は少子化の影響で、国内の様々な市場が小さくなりつつある。今や企業間の競争は、一段と厳しくなっている。
ほとんどの企業が程度の違いはあれ、壁や問題にぶつかる。その1つが、売上だ。売上が増えることはもちろん、好ましい。だが、社内の態勢が十分には整っていないベンチャー企業では状況いかんでは業績不振になり、ついには廃業や倒産になることもありうる。
例えば顧客から多額の注文を獲得しても、その納期に間に合わせる力を兼ね備えたチームビルディングができない場合はある。多額の注文があったがゆえに、顧客に莫大な損失を与えてしまい、信用を失うこともあるだろう。
あるいは納期に間にあったものの、顧客がその製品を使用すると早いうちに故障するかもしれない。調べると、製品の制作を引き受ける部署の一部の社員の質が低いために欠陥を事前に見抜くことができなかったことが判明する。顧客から厳しいクレームが入り、注文を得ることはできなくなる場合もある。
これらには様々な要因が影響しているのだろうが、大きな理由の1つとして企業の成長に人のそれが追いついていかないことが挙げられる。その意味で、売上が増えることは高く、厚い壁にぶつかることでもある。
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3億、5億、10億、15億、30億、50億、100億円の売上の前には壁があると言われる。この壁を乗り越えると、次の成長ステージに進むことができうる。できないと少なくとも数年、長い場合は10年以上もそこでとどまる。成長の勢いをしだいに失い、売上が減り、1つの前の成長ステージに戻ることもある。さらに売上が落ち込み、2つ前の成長ステージに戻らざるを得ないケースもあるのだ。例えば、6~8億円になり、10億円を目前とするが、壁にぶつかり、3億円に戻ってしまう場合がある。
その後、成長をしていこうとするならば、壁は乗り越えなければいけないものであり、企業のあり方を大きく変えるきっかけにもなる。だからこそ、ひるむことなく、向かい合ったほうがいい。だが、大変に難しい。
ベンチャー企業にとって、最も大きな壁はどのあたりか。これはケース・バイ・ケースだが、ベンチャー企業の経営者をはじめ、金融機関やベンチャーキャピタル、事業戦略コンサルタント、人事コンサルタントらがよく取り上げるのが、「10億円の壁」である。売上で言えば、5~9億円前後を意味する。業界により異なるが、正社員では50~130人が多い。
金融機関やベンチャーキャピタル、事業戦略コンサルタント、人事コンサルタントらの多くが、「10億円の壁は業界、業種を問わず、大半のベンチャー企業がぶつかる」と言う。そして、「ほとんどが苦しみ抜く。乗り越えるのをあきらめるケースも少なくない」とも話す。さらには「ここで断念したがゆえに、ごく普通の中小企業となってしまい、ひっそりと廃業、倒産になるケースも目立つ」と語る人もいる。
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一方で、金融機関やベンチャーキャピタル、事業戦略コンサルタント、人事コンサルタントらはこのように話すこともある。
「大多数のベンチャー企業は、10億円の壁にぶつかることもできない。数億円の売上まではなんとかたどり着いたが、そこで失速する。やがて社長や役員らが戦意を失い、 社員の退職が相次ぐ。結局、他社に売ってしまい、消えていくケースがここ10年は増えている。10億円の壁にぶつかるのは5~9億円前後までは達したからこそであり、実は相当に優れた企業であることを意味している。」
では、何が優れていたのだろうか。これには唯一の回答はないのだろうが、少なくとも次のようなものが考えられる。
何よりも中核を成す創業メンバー、例えば社長や役員、さらに創業数年以内に入社した社員たちが優れていたはずだ。時に私生活を犠牲にしてでも、仕事に時間や精神的なエネルギーを投下したのだろう。その蓄積は他のベンチャー企業を圧倒するものであったはずだ。そうでないと、し烈な競争が行われるこの国で様々な点でハンディを負うベンチャー企業が10億円を視野に入れるところまで到達はできない。
だからこそ、ここまで引っ張ってきた社長や役員、創業数年以内に入社した社員はエリートと言えよう。ある面においては、抜群に優秀であるのだ。
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「ある面」とはひとことで言えば、プレイヤーとしての力だ。例えば、営業担当として契約を次々と受注することはできる。しかも、そのレベルは相当に高い。一方で、マネージャーとしての力量は発展途上である場合が多い。
例えば部下5~10人を1つのチームにまとめ、組織力を生かした営業にして業績を上げ続けることがなかなかできない。チームビルディングの経験が浅いことに加え、ある意味で優秀すぎるがゆえに、稼げない人のことが正確にはわからないからだ。自分が営業においては苦しんだことが少ないから、その苦しみをどう乗り越えるのが、わかりやすく教えることができない。
繰り返すが、この壁は10億円の売上で言えば、5~9億円前後を意味する。正社員では50~130人が多い。この規模になると、個々の社員がバラバラな動きをして営業するのではなく、チームで稼ぐことが必須となる。顧客が多くなっているために、その対応は組織力を生かさないと、スムーズにはできない。
だが、社長や役員、創業数年以内に入社した社員はこれまで通り、個々がバラバラであろうと、がんばればなんとかなる、と信じ込んでいるフシがある。この思い込みが、実は10億円の壁を乗り越えることができない大きな理由なのだ。
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ここが、警戒すべきところだ。優秀であるがゆえに、見えなくなる場合がある。見えないがゆえに、10億円の壁にぶつかる。特に以下の点だ。これらは、いずれもが社長や役員、創業数年以内に入社した社員が誤解をしていることでもある。
1~3は、正社員が50~130人の規模になれば、まずありえない。この規模になると、採用試験(大半は中途採用)にエントリ―してくる人の背景は多様だ。
例えば、ITベンチャー企業が20~30代前半までのプログラマーを採用しようと求人広告に載せると、IT業界はもちろん、証券、生保や商社、メーカーなどに勤務している人がエントリーしてくる場合がある。転職回数は、20代で4~5回経験している人もいる。学歴は専門学校や文系、理系の大学卒業者、大学院修了者などバラエティーに富んでいる。最近は、外国籍の人も増えてきた。
しかも、この売上のレベルではキャリアや実績において企業社会全体で捉えた場合は中位から下位のレベルの人がエントリーしてくるケースが多い。こうなると、社内には2つのグループが誕生する。1つは、優れた仕事力を持つ社長や役員、創業数年以内に入社した社員。もう1つは、中途採用試験を経て入社するごく普通の力の社員。
双方には大きな差があるがゆえに、社長や役員、創業数年以内に入社した社員は自分たちが稼がないといけないと思い、力を注ぐ。ところが、それが災いする。がんばるほどに、双方の力の差は大きくなり、1つの会社の中に2つの会社があるような状態になる。
しかも、社長や役員、創業数年以内に入社した社員たちはこの多種多様で、普通の力を持つ人たちを前にしても、信じ込んでいる傾向はある。「自分たちが創業から現在に至るまでに取り組んできたことは必ず理解され、共有される」と。
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信じ込んでいるがゆえに、次のような問題が繰り返される。
これらの問題が続出するのは社員の意識や考え方、仕事へ姿勢、仕事の仕方などがバラバラで、全社や各部署で統一されたものや共有されたものが乏しいからだ。つまりは、株式会社と名乗ってはいても、組織としては未熟とも言える。
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だが、社長や役員らは「ある一時期における症状であり、いずれはもとに戻る」とか、 「自分たち創業メンバーがしっかりしていれば、これ以上は悪化しない」と思い込む。これは、次のような認識が欠けているからだ。
「全社員が組織として動く仕組みをつくり、それを随時、軌道修正し、よりよき仕組みにする。この仕組みをシステムと言えるレベルにして、全社員がそれに従い、納得して仕事ができるような環境をつくる」
さらに言えば、10億円の壁の前で考えるのは下記のことだ。
「成長のステージが変わった以上、会社のあり方そのものを大胆に変えるぞ、といった姿勢を持つことができるか否か」
理屈ではわかっているのかもしれないが、このような認識は社長や役員で完全には共有できていない。だからこそ、例えば役員が管理職(部長や課長など)を差し置いて、直接、一般職に報告を求めたりする。あるいは、本来、部長や課長がするべき仕事を取り上げ、自分で抱え込むような役員が現れる。これでは、組織をつくることはいつまでもできない。事業の成長に、社長や役員の意識が追いついていかなくなっていると捉えることができる。
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10億円の壁を乗り越えるためには次のことが確実にできるようになるまで、しつこいほどに果敢に取り組むことが必要だ。
上記は一例でしかないが、意識すべきは個々の社員が独自の判断で、バラバラに動くのではなく、チームとして部署として、組織として動く習慣を浸透させることだ。
つまり、個人戦ではなく、組織戦に切り替えること。創業時からの優秀な人たちだけががんばる「個人戦」の発想を捨てて、組織の力を生かした戦いにする。それこそが、10億円の壁を乗り越える秘策になる。いつかは組織戦に切り替わる、と考えるのは大きな誤りだ。全社で必死に取り組まないと、そのスイッチイングはできないようになっている。このことは忘れないようにしたい。