第2回
2023/05/26
目次
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前回、10億円の壁の概略をまとめた。(『第1回 ベンチャー企業がぶつかる「10億円の壁」をどう乗り越えるか!』はこちら)
今回は、壁にぶつかる企業の人事のポイントをテーマにしたい。ベンチャー企業にとって人事は泣き所といわれる。まずは、営業力を強化し、収益基盤をつくることが最優先だからだ。だが、おろそかにしていると壁を乗り越えることはできない。この場合の人事とは、採用や定着、育成、チームビルディングを意味する。
まず、前回を振り返り、特に大きなポイントを思い起こしたい。それは、次のようなものだ。
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10億円の壁にぶつかる企業の社員の構成は、少なくとも次のように3つにわけられる。
これらのうちで、20~30代で中途採用試験を経て入社した社員がおそらく、8~9割には達しているだろう。経営基盤がまだ脆弱なベンチャー企業のほとんどが、中途採用を中心に据え、体制を整えようとする。
最近は、「ジョブ型雇用」と称して入社後に担当する職務やその範囲、会社として求めるレベルや期待値、役割や責任、賃金、処遇などを明確にする企業が増えている。職務を通じて会社と関わることで、担当する仕事への責任感や使命感をより強く意識してほしいと願う経営層が増えている、と捉えることができる。もともと、ベンチャー企業や中小企業の中途採用は、特定の職務を担当できる人材をターゲットとしているが、ジョブ型雇用はそれがより明確に、厳密になったものと見ることもできる。
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この試みは、実に難しい。多くのベンチャー企業が挑むが、大半はあきらめてしまう。何をどのようにしても、辞めていく人が次々と現れるからだ。その理由の1つには、定着するような人材を獲得できていない可能性が高いためだ。
入社後に担当する職務やその範囲、会社として求めるレベルや期待値、役割や責任、賃金、処遇などが不明確なケースが依然多いが、これでは即戦力であるはずの中途採用者の心をつかむことは難しいのかもしれない。だからこそ、ジョブ型雇用での採用を考えてみることを検討すべきなのだ。
ややシビアなことを言えば、売上10億円の壁にぶつかる企業の中途採用試験にエントリーしてくる人の多くは、各業界の売上や正社員数のランキングが上位10番以内の企業に籍を置く人は少ない。おそらく、15位以下が大半を占めるだろう。
仮に上位10番以内の企業に正社員として在籍し、5~7年勤務してきた人ならば、その本人と上司や周囲との人間関係や仕事への姿勢などには何かの問題があったと見るのが必要かもしれない。通常は、上位10番以内の企業に5~7年勤務した人がこのようなベンチャー企業に転職するケースは少ない。
あるいは、売上10億円の壁にぶつかる企業の中途採用試験にエントリーしてくる人は転職回数が多い傾向もある。例えば、30代前半ですでに4回の転職をしている場合も少なくない。本来、この年齢ならば多くとも3回以内が望ましいだろう。回数が多い人は、定着が難しいケースが目立つ。「雇ったところで、また辞めるだろう」と採用担当者が思うのはある意味で当然かもしれない。いずれにしろ、中途採用者だけで全社員の人員構成をするのはリスクが大きい。
また、今後は少子化が一層に進む以上、30~40代のミドル層を中途採用で獲得するのも難しくなる。それを見据え、新卒採用をすることはベンチャー企業にとっても必要と言える。
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そこで10億円の壁にぶつかる企業で、意識の高い社長や役員がいる場合は新卒(主に大卒)の採用をスタートする。しかし、大半が早いうちに(ほとんどは1年以内に)次のような問題に直面している。
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社長や役員、一部の管理職の中から「新卒採用はもう止めよう」といった声が聞かれ始める。その後、数年以内に新卒採用を中止し、中途採用中心に切り替える。そして、中途採用で入った社員が次々と辞める。また、元の状態に戻ってしまうのだ。ここが、10億円の壁の怖いところでもある。壁を乗り越えようとすると、さらに高く、厚く見えるようになるのだ。
ここでさらにシラケたムードが漂い、創業メンバーの中には限界を感じたり、強い不満を持ち、退職する者が現れる。しかも、転職先は同業他社のケースもある。中には、部下を数人引き連れて辞め、同じ業界で起業をする者もいる。こうなると、組織として機能不全となり、業績にも影響が出始める。5億円まで達していたのに、3億円になってしまう企業もある。
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ここで真っ先に考えるべきは、次のことだ。なぜ、新卒採用を始めたのかー。それは、定着率を上げることで各部署やチームをつくることであったはず。チームビルディングをするうえで、大前提になるのは辞める人を減らすことだ。
人が次々と辞める状態が改良されることなく、組織づくりは不可能だ。組織ができていないのに、組織戦はできない。いつまでも、個々の社員は独自の判断でバラバラに動く個人戦のままで、ムリ・ムダ・ムラの塊となる。
定着を促進するためには、「新卒者に目をつけたほうがいい」とかねてから人事の専門家の間ではいわれている。中途採用者に比べると、その会社以外のことを正確には知らないために様々な面で影響を受けやすいからだ。例えば経営理念や各事業、それぞれの部署の仕事やその仕事の進め方、さらに職場での人間関係、社風などだ。
一部にその例外はいるのかもしれないが、傾向として新卒者は社員教育で教えられたことをそのまま受け入れるケースが多い。だからこそ、上司は日々の指導を熱心でありたい。採用試験では例えば会社説明会や求人サイト、自社サイトで経営理念や社風、各事業、オフィス環境、社員の素顔、入社後に担当する職務やその範囲、会社として求めるレベルや期待値、役割や責任、賃金、処遇なども、学生のレベルに応じて丁寧な説明をしたほうがいい。写真や動画をまじえ、わかりやすく紹介したい。ここでも、「ジョブ型雇用」は生きてくるはずだ。
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これは中途採用においてもいえるが、10億円の壁の前でゆきづまる企業によく見られるのが、次の「人事育成の方程式」を見失っていることだ。
採用で、定着しうる人材を雇う→定着率を可能な限り上げる→部署やチームをつくり、その中で育成をする
これは多くの人が心得ているようでいて、実はできていない。例えば、新卒採用において「フィーリングが合う」「なんとなく、イケている」ぐらいの感覚で、内定を出している場合がある。中途採用では、「プログラーマーとしてのスキルがほかのエントリー者よりも高い」といった基準だけで採否を決めているケースもある。
これらの判断も1つの考え方かもしれないが、採用はまず、定着しうる人材を獲得することにあるのだ。定着しない中で育成はできない。だからこそ、経営理念や社風、各事業、オフィス環境、社員の素顔、入社後に担当する職務はしつこいほどに繰り返し丁寧に説明し、理解し合うことが重要だ。「この人は、定着しないかもしれない」と感じる人をあえて採用するべきではない。
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前半で書いたように、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業にはメガベンチャー企業や大企業で活躍するような人材がまず入社しない。優秀な人を求めるのではなく、自社に合い、「そこそこにデキル人」を見つけ、定着させること。そのうえで、育て上げることだ。育成のプロセスで、しだいに上司や部下のコミュニケーションの機会が増え、信頼関係が芽生え、チームビルディングの基盤が出来上がる。これが、経営風土や社風をも変えていくことになる。個人戦から組織戦への転換ともいえよう。組織戦をしないと、10億円の壁を乗り越えることはまずできない。
10億円の壁の前でゆきづまる企業の大半は、採用→定着→育成の流れが破綻している。採用で失敗し、定着が進まず、育成ができていない。壁にぶつかった時には、自社はどこでゆきづまっているのか、その理由を含め、考え直したい。
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