第14回

売上10億円を超えた
ベンチャー企業の管理職たちの奮闘

部下育成とチームビルディングの本質


2023/12/15

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01 ―――

DX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組み  

 

前回と今回は売上10億円を視野にしつつ、着実で確実な安定成長を続ける企業を紹介したい。 

ピー・アール・エフ(東京都新宿区、代表取締役社長 浜中健児、正社員20人)は1999年に創業し、主に企業や個人の財務のリスクマネジメントや損害、生命保険のコンサルティングを手掛けている。 

 

浜中社長は、1990年後半にインターネットが浸透した頃から、近いうちに日本はITデジタルを駆使する社会になる、と予見してきた。次のような態勢や仕組みを段階的に強化してきた。 



1. 情報共有態勢の強化 

社員全員が参加するミーティングや朝礼は毎週1~2回、オンラインツールを使用して行う。オフィス内に大型のスクリーンを設け、在宅勤務の社員の顔を映す。リアル出社の社員はスクリーンや自らのパソコンの画面を見て、話し合う。この場で、全員でオンラインツールの効果的な使い方や顧客への商品説明を学習する。 

 

2. IT機器やツールの整備 

全社員にスマートフォンを1台ずつ貸与している。総務や経理などバックオフィスの4人には、自宅での仕事がしやすいようにノート型パソコンを1台ずつ貸与。営業担当全員には、 iPadのタブレットを1台ずつ貸与している。以前から全員で使用していたビジネスチャットツール「LINE WORKS」をフルに活用する。  

 

 

 

02 ―――

“在宅勤務は不可能”をくつがえす 

 

3. 顧客管理システムの整備 

外部の専門家の協力を得て、2010年前後から顧客管理システムを段階的にバージョンアップしてきた。このシステムにすべての顧客のデータを記録し、厳重に管理している。管理の仕組みの1つは、顧客との電話やファクス、メール、郵便を通じての接点やその内容を入力すると、営業担当の役員のもとへメールで届くようにしていること。それを見た役員が迅速に確認し、必要があれば社員に指示をする。今後もさらにバージョンアップしていく予定だ。 

 

4. セキュリティ対策の徹底 

顧客の個人情報を扱うために、全社員で情報保全や守秘義務を頻繁に確認する。たとえば、フリーWi-Fiの使用を避けて、テザリングを利用することをルールとして決めた。「LINE WORKS」では、事務的な表現で伝えることを原則として、感情的な物言いや言葉を使わないようにもする。 

 

「この業界はコロナウィルス感染拡大期よりも前から、在宅勤務は不可能”とまで言う人は少なくなかった。顧客との契約書や申込書の書類がほかの業界よりもはるかに多く、処理に膨大な時間がかかるためだ。そのうえ、代理店は社員数や売上の規模が小さく、おのずと限界がある。IT環境を整えるための予算が中堅、大企業に比べて少ないからだ。さらに、顧客との間では依然としてファクスを通じてのやりとりも多い。それでも、いずれはテレワークなどが行われるはず、と在宅勤務に果敢に取り組んできた」(浜中社長) 



 

03 ―――

パラダイムシフトに対応できる仕組みづくり

 

「今後、DXが企業社会に浸透すると、たとえば、オンラインツールを個々の顧客の実情に応じて効果的に使い分ける技術が求められる。使いこなせないと、顧客との接触機会が減る場合がある。その意味での意識のパラダイムシフト(劇的な変化)が、どうしても必要になる。昭和の営業スタイルのままでは好ましくない。 

 

企業社会全体のDXはある程度のペースで進んでいるが、この業界の商習慣は旧態依然の部分が少なからずある。例えば、依然として事故報告書などの隅々まで紙が浸透している。「印鑑がテレワークをするうえでの壁」と言われるが、少なくとも損保の業界では「大きなネックは紙だ」と私は思う。これをすぐに変えるのは難しいのかもしれないが、時代の変化とともに変革を迫られるはずだ。そのパラダイムシフトに対応できる態勢づくりはこれまでもしてきたし、今後もしていきたい」(浜中社長) 

 

04 ―――

大幅な権限移譲が、今後のテーマ 

  

「10億円の壁を乗り越えるためには、創業者である自分がいなくとも、組織としてスムーズに動く仕組みをつくる必要がある。私は社員に仕事を完全に任せることができない時があるが、創業者としての思いがあり、すべてのことをジャッジしないと気がすまないのかもしれない。たとえば、人事評価で1次考課者が社員の評価をした後、2次考課者である私がその後、評価し直すことも過去にはあった。 

 

他社の経営者と経済団体を通じてつながりはあり、様々な話をするが、10億円の前で壁にぶつかる創業経営者にはこのようなタイプが多いように思う。自戒も込めて言えば、自らを変えることができないために、会社の成長も伸び悩んでいるケースがあるのではないか。10億円を超えても、自らの意識を変えないと会社は飛躍しないだろう。 

 

業績を拡大するためにはチームビルディングや仕組みづくりが必要であり、社員たちへの教育や大幅な権限移譲が重要になる。それが、私の今後のテーマ。31歳で起業し、現在56歳。会社員ならば、ゴール(定年)がそろそろ見えてくる頃。私も意識を変えていかないといけない。 

 

そこで考えているのが、ほかの代理店との統廃合だ。今、同じ志を持つ、問題意識旺盛で比較的若い年齢の代理店の経営者との話し合いを続けている。まだ詳細をおおやけにはできないが、新しい代理店像をつくっていきたい。この構想が上手くいけば、収入保険料は20~30億円、やがては50億円を超えることを期待したい。それが、顧客へのサービスをより確かなものにする。この業界をよりよきものにしていくためでもある」(浜中社長) 

 

05 ―――

10億円を超える道筋

 

前回と今回の2回連続で紹介したピー・アール・エフ浜中社長が、10億円を超える道筋をつくってきたうえでのポイントをおさらいをかねてまとめたい。 

 

1. 代理店を傘下に入れる

 

1999年の創業当時はこの手法は業界内で広くは浸透していなかったが、経済環境の激しい変化で代理店の経営を続けることに不安を感じる5060代の経営者が少なからずいた。そのようなニーズを素早く感じ取り、傘下に入ることを提案したのは、ビジネスにおける嗅覚が優れていたからだろう。

 

このようなビジネスモデルの盲点は、様々な業界にある。それを見つけ出し、行動をとれるか否か。そ、こが大切なのではないか。また、それを支える役員などもいたことが大きい。



2. 業務マニュアルを使い、チームビルディング

基本的には中途採用を中心にしてきたこともあり、個々の社員で仕事の仕方がバラバラになり、サービスの質が低下することを当初から懸念してきた。それを解決するために、業務マニュアルを随時つくった。マニュアルを通じて、社内の各部署やプロジェクトをスムーズに機能させようとしたのだという。前回の記事で、下記の浜中社長の言葉を紹介した。考えるべきものであるので、あらためて掲載したい。

 

「マニュアルは、職場のルールを表したもの。仕事である以上、ルールは必要。たとえばプロジェクトごとにリーダーを設けているが、おのずとリーダーごとに進め方に個性が出てくる。そのことは当然であり、問題はないが、リーダーによって、この仕事はする、あの仕事はしない、となると会社としては好ましくない。ルールを守ったうえで、リーダーは個性を生かすべき。ルールを与えることなく、リーダーにチームをまとめなさい、と指示をするのは酷なことではないか、と思う」(浜中社長)

 

10億円前の段階のベンチャー企業では、ルールを与えることなく、管理職にチームをまとめるようなことをさせているケースは確かにある。これでは、チームビルディングはおそらく難しいだろう。さらに、浜中社長は「マニュアルはつくることが目的ではない。それを使いこなし、よりよきものにする作業、例えば会議や合宿を通じてチームビルディングをすることこそが重要」とも話す。

 

チームビルディングで言えば、浜中社長は社員らと頻繁に話し合う。オフィス内で一緒に机を並べていることもあり、雑談を含め、実によく話す。こういうアットホームな関係があるので、たとえば育児など家庭のことで仕事が対応できない時に、社員たちが支え合うようになっている。リーダーがつくりたい職場を具体的にイメージし、それを裏付ける行動をとらないと、社員たちはついていかないとも言える。


 

3. 業務マニュアルを使い、チームビルディングITデジタルへの取り組み

この業界はITデジタルへの取り組みが全般的に鈍い一面があるようだが、ピー・アール・エフでは前述のように果敢に挑戦をしてきた。いわば、先行投資とも言える。10億円の壁にぶつかる企業には、その投資は難しい場合もあるだろう。それでも、惜しみなく挑んだことが大きい。




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06 ―――

優れた農耕民族がセレクトされる


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デジタルへの取り組みをなぜ早くからしてきたのか。そのヒントとなるのは以下の言葉だ。2017年に、私たちの編集部のメンバーが浜中社長を1時間半ほどのヒアリングした際に話したうちの一部である。今後、企業社会でどのような人材が必要とされるか、を語っているくだりだ。

 

「この10数年は、一流の大企業では人材のセレクトの中身が変わってきているとは感じます。それ以前は、損保・生保の特に営業では狩猟民族のようなタイプの社員が活躍し、実績を残していました。半年、1年先、3年先の目標数字を達成するために、契約を次々と成立させ、実績を上げていくタイプです。

 

このタイプは、数字至上主義に陥ることもありえます。社内外に敵をつくってしまうこともあるのかもしれません。私が20代の頃(1990年代)に頭角を現していた狩猟民族タイプの社員は40代後半から50代前半になった今、多くは管理職ではありますが、ラインからはやや外れつつあります。

 

ラインの中心にいて、どんどんと出世していくタイプは農耕民族タイプです。 半年、1年、2年、3年、4年、5年、10年と先を確実に見通し、そこに時間内でたどり着き、それぞれのステージで高い成果・実績を残すことができる人です。地味でありながらも、ち密で、計画性や戦略性をもち、黙々と仕事をして、安定した成績を高いレベルで維持するタイプです。派手ではないのかもしれませんが、しなやかな強さを持っています。

優れた農耕民族は天気や風、気温などを見極め、台風などを警戒し、稲を守り、育てる策を練り、素早く対応できるでしょう。そのようなタイプの社員が、セレクトされる傾向が顕著になってきているように感じます。

 

私は会社員の頃、おそらく狩猟民族タイプだったのでしょうね。当時、周りにいた同僚らも…。農耕民族タイプが台頭してきているのは、社員間の競争の中身が一段とシビアになってきているということだ、と思います」

 

この「優れた農耕民族は天気や風、気温などを見極め、台風などを警戒し、稲を守り、育てる策を練り、素早く対応できる」を再度、お読みいただきたい。この姿勢を意識しているがゆえに、ITデジタルにもはるか前に積極的に挑んだのではないだろうか。



 

07 ―――

大企業とベンチャー企業


下記もまた、2017年に私たちの編集部のメンバーが浜中社長をヒアリングした際に話したうちの一部である。浜中社長の人材を見る「目」が、多くのベンチャー企業の経営者とやや異なることを感じとれるのではないだろうか。

 

「うちの会社で中途採用試験を行うとき、最終面接で30歳の男性が2人残ったとします。2人は8年前、同じ大学・学部を卒業し、それぞれ一流の大企業とごく普通のレベルのベンチャー企業に就職しました。8年間、同じような仕事をしてきて、面接をした印象はさほど変わらないとします。

 

この場合はおそらく、大企業に勤務する男性を採用するでしょうね。私の20数年の経験にもとづくと、双方はパソコンで言えば、OSが違うように思うのです。大企業の男性が「使えない」と社内と言われていたとしても、採用するかもしれません。

 

一流の大企業は、社員間の競争の質や中身が普通のベンチャー企業のそれとは大きく異なると思います。採用試験の難易度、人材育成の態勢、定着率の高さ、上司や周囲の社員、取引先のレベルは、総じて一流の大企業のほうがごく普通のベンチャー企業より高いのです。つまり、鍛えられ方が違うのです。

 

 

08 ―――

密度の濃い競争をすると、成長ははやい

 

こういう環境に8年いると、おのずとOSもある程度は変わってくるように思います。一部には例外もありますよ…。あくまで、1つの大きな傾向のことを話しています。

 

私は損保に勤務していたこともあり、今も損保の社員とビジネスで接します。一流損保に入った社員は3年目でそこそこの戦力になっているのです。一流の大企業では目先の仕事の実績だけなく、責任感や規律、協調性なども含め、高い総合力を求められます。成果にコミットメントをしようとしなかろうと、常に上司などからは見られているものです。

 

総じてレベルの高い上司のもと、潜在的な能力の高い同世代の社員と密度の濃い競争をすると、成長ははやいものです」

 

浜中社長がチームビルディングをする大きな理由が、この「密度の濃い競争をすると、成長ははやい」といった言葉に凝縮されているのではないだろうか。

 

ぜひ、前回と今回の双方をお読みいただきたい。

 

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著者: JOB Scope編集部
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