第8回
売上10億円を超えた
ベンチャー企業の管理職たちの奮闘
~部下育成とチームビルディングの本質~
2023/11/7
目次
01 ―――
ベンチャー企業の大多数がぶつかるのが、10億円の壁
今回はまず、私たちの編集部の一員が10年程前に、経済団体で150人程のベンチャー企業や中小企業の経営者を前に1時間の講演をした際、元となったスピーチ原稿を紹介したい。
テーマは、売上10億円の壁にぶつかるベンチャー企業。なぜ、このような企業で管理職が育たないのか。そこにフォーカスを当てた内容だ。本シリーズ(第1回)から(第7回)で説明してきた内容と重なる部分がある。シリーズの過去の記事をぜひご覧になったうえで、お読みいただきたい。特にアンダーラインをひいたところが、10億円の壁を乗り越えるためにポイントとなる。
ベンチャー企業が創業し、売上を増やすと「壁」にぶつかります。特によく言われるのが、3億円、10億円、30億円、50億円のそれぞれの前の段階で直面する壁です。
3億円以下の場合、社員数で言えば30人以下が多い。このレベルでは「株式会社」として銀行や信用金庫などの金融機関や信用調査機関を始め、世間から認知されにくく、新卒はもちろん、中途でも優秀な人が入ってくる可能性は低い。
確かに会社員のキャリアは大体、35歳前後で決まると想定すると、こういう企業にいることは、相当にキャリア形成を戦略的に考えないと後々に不利になる可能性が高いと思います。
言い換えると、採用試験や入社後も、企業はエントリー者や社員らに「この企業にいると、キャリアはどうなっていくのか」と踏み込んで提示していくことが必要になります。漠然と仕事を与え、給与を支給していれば、社員たちがキャリア形成に満足すると企業側が考えているならば時代感覚がずれている可能性があります。
ベンチャー企業の大多数がぶつかるのが、10億円の壁となります。売上は3億~8億円くらいです。社員数で言えば30~100人が多く、その多くは中途採用者で占められています。
02 ―――
「組織戦」がほとんどできていない
10億円の壁を超えられない会社は、「なんとなく株式会社」に見えます。役員会があり、その下に営業部、総務部、企画部などがあり、それぞれに部長や課長、マネジャーら管理職もいます。一応は、人事評価も行っています。社外の人がその職場を見ると、勢いを感じるかもしれません。
しかし、このクラスの企業はそれぞれの社員がバラバラに動く「個人戦」で動いている傾向があります。大企業のように、多くの社員が同じ価値観や言語を持ち、共通の目標に向けて進んでいく「組織戦」がほとんどできていないのです。
3億~8億円では多くが、経営基盤は不安定です。資金繰りや営業に奔走する社長や役員など上層部にすべての社員の底上げをする時間的、精神的な余裕がありません。ですから、創業メンバーのうちで信頼度の高い社員と営業マネジャー(部長や課長)、さらにその下のお気に入りの営業部員だけで動く体制になっています。社員数が仮に50人だとすると、実際は5人の会社という感じなのです。
営業部の責任者であるマネジャーと経営者のコンビで稼ぎまくれば、売り上げは6億~8億円、社員数は30~60人ほどにはなるのかもしれません。しかし、この間に多くの人が辞めていきます。しかも意識の高い、上昇志向もあり、キャリア形成を真剣に考える人から離れます。転職市場で、ある程度の価値がつく人だからでしょう。
次々に辞めるがゆえに、企業としてはとりあえず中途採用を繰り返し、欠員を補充する。しだいに中途採用者が全社員の8~9割を占めるようになります。
これほどに中途採用者が多いならば、念入りに定着促進策を実行しないといけないはずですが、そのノウハウも時間的余裕もない。結果として、それぞれの社員がバラバラに動きます。ムリ・ムダ・ムラが増え、トラブルや問題も増えてきます。そこで話し合い、何らかの解決策を決めようとしても、社員間の「共通言語」や「共通認識」がないために深い話し合いにならないのです。
03 ―――
優れているがために優れていない人の苦しみがわからない
売上を支える屋台骨である営業で言えば、責任者のマネジャーは得てして優秀です。独特の感性で、前向きに前進します。しかし、優れているがために優れていない人の苦しみがわからない。なぜ、部下が大きな額の契約を取れないのかをつかめないのです。同じ会社にいても生きている世界が違うのでしょう。あまりにも資質や経験値や意識のあり方が違うのです。
経営者や役員から発破をかけられる営業マネジャーは使命感からか、時にヒステリックに部下に当たります。これは、部下の育成方法を正しく知らないからです。プレーヤーとしては優秀なのですが、マネジメント力は問題が多い。そもそも、管理職向けの研修や教育をすることなく、部下をいきなり持たせているのですから、育成ができないのが当たり前なのです。
経営者は、営業マネジャーには強くは言いません。言えない場合もあるでしょう。少なくとも若い部下より、営業マネジャーの扱いを優先します。彼がいないと、組織が成り立たないからです。
ベンチャー企業の経営者は、勝ち馬に乗るのが大企業のサラリーマン経営者よりもうまいのです。経済雑誌やビジネス雑誌、ニュースサイトでは「新時代の旗手」として格好よく扱われますが、実際は社内操作術が達者で、したたかな経営者でもあるのです。そうでないと、売上10億円の前まで引っ張ることはできないのです。
04 ―――
最大のネックは経営者の心
10億円の壁の前で経営者が何を学び、考え方を大胆に変えることができるか。これが、分岐点となります。
とはいえ、壁を乗り越えるための仕組みを作ることができないために5~10年以内に売上が3億~5億円前後に戻り、名もなき中小企業で終わるケースが多い。一方で、10億円を突破し、5~10年以内に30億円に達するヒントやきっかけをつかむ企業も少数ですが、実際にあります。
10億円の壁で足踏みすると、資金ショートが続き、経営者とマネジャーがぶつかる機会が増えます。30億円に達する会社の経営者は、現在のマネジャーを大切にしつつ、早くから自分の分身として数年後のマネジャーを育てています。
数年後のマネジャーを育てようとすると、今のマネジャーは優秀な部下を潰すことがあります。自分の身がおびやかされることを警戒しているのでしょう。
優秀な経営者はそれを黙認することなく、そのマネジャーにも厳しく対処します。理想を言えば、2人はぶつかり合いながらも、許し合える関係になるのが理想でしょう。しかし、ここまで絵に描いたようにはなかなか進まないものです。
最大のネックは、経営者の心にあります。このくらいの規模は間違いなく、経営者次第でどうにでもなります。私の観察では、10億円前で行き詰まる経営者は自分が中心でないと気がすまない性格が多いのです。
以上が、スピーチ原稿の一部となる。管理職の育成がいかに大切であるかを考えていただきたく、取り上げた。
10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の多くは、社長や役員、営業マネージャーなど一部の人たちが中心となって稼ぐ。それに続く人たちがいない。組織で稼ぐことができない。それを克服するためには、管理職をつくり、組織戦をするしかない。
05 ―――
“大先生”が社長をしている会社
次に挙げるのは、ウェブデザイナー100人前後で、売上10億円を超える企業の経営者に私たちの編集部のメンバーが数年前にヒアリングをした際の一部である。創業は1990年代後半で、ホームページやブログのデザイン、ユーチューブ、PR誌や広報誌などの企画・編集制作を手掛ける。
経営者はデザイナーとして実績を積み、デザイン会社を創業する。この業界に多いスタイルとは、一線を画したスタイルを模索してきた。特にアンダーラインをひいたところが、10億円の壁を乗り越えるためにポイントとなる。
私たちの業界にはたとえば、銀行やメーカーとはやや異なったスタイルの会社があります。その一つが、クリエイターとしての“大先生”が社長をしている会社です。
大先生のキャリアパスは芸大や美大を卒業し、大手広告会社のA社やB社などに新卒として入社するところから始まります。クリエイティブ局などに籍を置き、クリエイターとして10年ほど活躍し、名が通った賞をいくつか受賞する。30代前半~半ばで退職し、会社を設立し、さらに何らかの賞をとる。アシスタントとして2~3人を雇い、クリエイターの見習いをさせる。5~6人と増やし、組織を大きくして、社員10人前後の会社にする。
こういう会社では、優秀でない人をバンバンと辞めさせてしまう場合があります。大先生を超える人材がなかなか現れない、とも聞きます。大先生はある時期になると、会社を解散させてしまうこともあります。しばらくすると「ああ、そんな人もいたね」と一部で話題になるものの、いつしか、名前も忘れさられます。
06 ―――
システマチックに組織を動かす
広告代理店を独立し、大先生になっていくキャリア形成を僕は否定するものではないのですが、これからの時代は難しいのではないか、と思っています。むしろ、システマチックに組織を動かすことで、会社として、チームとしてクリエイティブな仕事をできるようにしたかった。これは創業した1997年から、今に至るまで大切にしていることです。
実は、大先生のようにしようと思うことがありました。経験の浅い人に教えていると、じれったくなり、「もういい! 俺がやる」と言いたくなります。たしかに、ひとりで仕事を進めてしまったほうが速い場合もあるのです。会社としての利益率も、ある時期までは高いのかもしれません。
だけど、僕は大先生のようにはなりたくなかった。社員が10人ほどになったときから、管理職の育成に力を入れてきました。経験の浅い人に教え、育てあげる人材をつくろうとしたのです。僕が最前線にいると、組織をつくることができませんから。
取り組んだのは創業後、数年経った頃でしたが、管理職を育てるのは本当に難しい。社員が100人ほどになった今でも、大変です。会社を解散して、自分ひとりでクリエイターしていようと思ったこともあります。そのほうが、精神的に楽に感じましたから…。
07 ―――
創業者として会社をつくっていくことは、ものすごくクリエイティブ
育成するうえではまず、僕と管理職たちの間で役割分担をして、権限を彼らに与えてきました。プロジェクトが上手くいっていないときは、管理職につい言いたくなることがあります。そこをこらえないと、組織をつくることができない。個々のプロジェクトに介入することはできるだけ、避けています。個々の力を信じるようにしているのです。
人事評価などのあり方も試行錯誤をしながら、よりよきものにしてきたつもりです。創業し、会社が一定のペースで成長すると、そのスピードについていくことができる人とできない人が現れます。ついていけない人にも、成長の機会を与えて待つことをします。
マネジメントを特別に勉強してきたわけではないから、難しい。この業界で僕のような試みをする人は少ないですから、参考になる事例が少ない。クリエイターには個性派が多いし、ややわがままな人もいます。個々のクリエイターの持ち味を生かしつつ、組織をつくるのは本当に難しい。創業者として会社をつくっていくことはものすごくクリエイティブな仕事だと実感しています。
在宅勤務やリモートワーク、副業も認めてきました。社員の意志や行動を拘束することは避けたいと思っているのです。
08 ―――
組織づくりのための原則
この社長のヒアリングから学ぶことができるのは、組織づくりのための次の原則を守ることだ。
- 社長や役員は、最前線にいてはいけない。管理職に大幅に権限を委譲し、各部署をつくるように誘う。あくまで管理職に部署づくりや部下育成を任せる。
- 指示は、必要最低限度にする。報告を求めるのも、適度の範囲におさめる。
- 仕事で生じるトラブルや問題は、社長や役員が率先して引き受ける。
- 社長や役員は、労働環境の整備など全社に関わることに力を注ぐ
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