第11回

10億円の壁にぶつかるベンチャー企業が最も力を入れるべきこと

2023/07/11

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01 ―――

職場のリーダーとはどうあるべきか

 

今回が、本シリーズの最終回となる。前回、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業が新卒採用で上手くいかない大きな理由に社長の存在を挙げた。


社長が独断専行で決めてしまうがゆえに、会社全体で採用する仕組みがつくれない。採用チームを結成したとしても、十分に機能しない。これでは、会社にマッチした人材を獲得するのは難しく、定着が難しい。

売上5~7億円までならば、社長がひとりで決断してもいいのかもしれないが、本シリーズで再三説明したように、10億円を超えるためには、社長以下、役員、管理職、一般職が1つの組織やチームとして動くことが最重要だ。

実はそれをできないようにしているのは社長であり、時に役員である可能性がある。だが、社長らを責めることはできないだろう。確かに無理もない。まだ、組織の仕組みが出来上がっていない時期であり、社員の仕事力は大企業やメガベンチャー企業と比べると低い傾向がある。一部に優秀な人材もいるのだろうが、全社員に占める比率は高くはないだろう。

あるいは、資金繰りの問題もある。顧客数が少なく、大きな額のビジネスをする機会が少ないために、大企業のように豊富な資金が手元にあるわけではない。常に資金繰りには悩むはずだ。つまりは、時間をかけて育成ができない。個々の社員に仕事を担当させても、その進捗や成果いかんではある程度のところで見切りをつけて、社長や役員らが独自の判断で進めていかざるを得ない。そうしないと、資金ショートに陥るかもしれない。

これが、10億円以下の多くのベンチャー企業の実態である。この壁を乗り越えようとするならば、リーダーとはどうあるべきかと考えざるを得ない。そこで今回は、職場のリーダーを検証するうえで、たたき台になりうる事例を紹介したい。この事例には、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の多くが直面している問題が凝縮している。特定できないように、事例の一部を加工したことをあらかじめ伝えておく。


02 ―――

2人のリーダーをどう捉えるか

 

column_yoshida_11_1まず、2人のリーダーを紹介したい。
舞台は、正社員数60人、パート社員200人程の清掃会社。創業15年で、売上は9億円前後。今後2~3年以内に10億円を超えるのが、確実視されている。首都圏のビルや役所、出先機関の公的施設、公園や体育館、会館、ホール、大学や高校の清掃を請け負う。

2人の管理職について説明をしよう。2人は、有名私立大学Mが10数年前に設けたキャンパス内の清掃を担当するチームのリーダーであり、所長だ。チームは正社員が所長と副所長の2人で、パート社員は23人。パートの平均年齢が、71歳。そのうち外国人は6人。ミャンマーが4人で、ベトナムが2人。慢性的な人材不足、人材難の業界であり、パート社員は高齢者や外国人が大半を占める。

ひとりめの所長は、A。

40代後半の男性で、役職は課長。30代前半に中途採用を経て入社し、主に大学や高校の清掃を担当してきた。M大学では3年間、所長を務め、この4月に人事異動でほかの大学の清掃になった。

ふたりめは、B。

40代後半の男性で、役職は課長。30代半ばに中途採用で入社。ビルや公的機関の清掃を担当する機会が多かった。Aが人事異動でほかの大学に異動となった後、所長としてM大学に赴任。現在、2年目。



03 ―――

Aは仕事への姿勢がいいが、チームビルディングができない

 

Aは、仕事への姿勢が社内でも有名なほどによかった。M大学に赴任当初から、プレイヤーとして20を超える教室の清掃を担当した。250を超える各教室の清掃はパート社員が分担するものであり、所長はその管理を行うのだが、ひとりで20を抱え込んだ。過去に赴任した所長は、最大でも10前後の教室を担当していた。

Aは違った。赴任前の所長(前任者)は大学側と予算や清掃の仕方をめぐり、小競り合いを繰り返した。一時期、大学側が不満を持ち、この清掃会社との契約を解約しようとした。清掃会社の役員らはそれを知り、新たな所長として赴任させたのが、Aだった。それまでの所長は、人事異動となった。

Aは大学側と話し合いをして契約継続にこぎつけた。そして、所長をしながらひとりの清掃員として多くの教室や廊下、階段、トイレの掃除をした。正社員は、午前6時半から午後3時が就業時間だが、週3日は自らの判断で午後6時まで残業をした。

猛烈であるがゆえに、30代半ばの副所長のことを物足りないと感じていた。「経験が浅く、未熟」とパート社員たちの前でも言い、高くは評価しなかった。

本来は、所長と副所長の2人が組んで20数人のパート社員を動かさないといけない。しかし、Aはプレイヤーとしてひたすら動き、マネージャー(所長)として、たったひとりであらゆることを決めた。結果として、副所長はパート社員と同じような扱いになる。つまり、ひたすら清掃だけをする。パート社員の管理やチームビルディングに関わったことは、限りなくゼロだ。

パート社員の中には、こうつぶやく人もいた。

「所長は、プレイヤーとしては立派。我々も、頭が下がる。一方で、マネージャーとしては疑問。副所長の働きを認めず、独断専行で物事を決める。あれでは、副所長が伸びないだろう」

それでも、大学側からは常に敬意を払われていた。ひたむきな姿勢が好印象を与えたようだ。前任の所長とは、雲泥の差だった。清掃の会社の役員たちからも一目を置かれていた。

だが、チームをつくろうとする意識は希薄で、独断専行で判断し、進めていく。副所長以下、パート社員のほぼ全員がまるでAの手足のごとく、掃除をする。そこでは、よりよき清掃をするために話し合いはない。意見を言ったところで、Aはことごとく却下した。皆がしだいに委縮し、意見を言わなくなる。職場の空気は、常にまったりとしていた。


04 ―――

Bは部下への権限移譲をするが、チームが機能しない

 

一方、BはAの後任として赴任した直後から副所長に大幅に権限を委譲した。例えば、20数人のパート社員がどこの教室の清掃を担当するか、どのように清掃をするかについて指導や育成まですべてを委ねた。以前は、Aが全権を握り、対処していたことだ。

あるいは、パート社員の前で副所長を軽く扱うことをやめた。機会あるごとに、副所長をそばに置き、意見を聞いた。安心したのか、副所長は踏み込んだ発言をするようになる。Aの時には大きな声を出して笑うことはほとんどなかったが、柔和な表情になってきた。

以前は、Aがそれぞれのパート社員に直接、指示をしていた。Bのもとでは、Bから副所長へ、副所長から個々のパート社員に伝えた。指揮命令系統が明確になり、責任の所在がはっきりとする。チームビルディングの基本と言えよう。

当初、パート社員らはAよりはBに好感を持つ人が多くなった。職場の雰囲気も明るい感じになる。

しかし、短期間で大幅に権限を委譲した結果、問題が生じる。副所長のパート社員らへの態度が横柄になり、小ばかにした言葉を使うようにもなった。「こんなこともできないの?」「さっき、言ったばかりでしょう?」…。

平均年齢71歳のパート社員の中には不愉快に思う者も現れた。30代の副所長に軽く扱われると、おもしろくはないのだろう。しかもついこの間までパート社員と同じことをしていたのだから、なおさらだった。

副所長はAの下で否定されていた時のうっぷんを晴らすかのように、パート社員をけなし、格下として接した。言葉も態度も、別人になったかのごとく。

本来は、Bは副所長がパート社員を統率する力がないことを見抜き、早急に軌道修正をしないといけない。だが、しようとしない。むしろ、副所長を必要以上にかわいがった。

2人は、1時間に3~5回も喫煙所に一緒に行き、煙草を吸う。一回につき、約10分。1日で喫煙の時間は、1時間30分を超える。もはや、なあなあの関係となり、上司と部下の関係とは言えない状況になる。

パート社員らは、不満を持つようになる。「煙草ばかり吸って、仕事をしない」「偉そうに」…。職場は、Aの時よりも暗い雰囲気になりつつある。



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05 ―――

AとBの問題点

 

さて、AとBの所長をどう捉えるかー。

結論から言えば、唯一の正解はないはずだ。双方にいいところもあれば、問題点もある。大きな減点と言える部分もあるだろう。

1つのポイントになるのは、副所長の扱いだ。チームビルディングの根幹だ。Aは正社員というよりは、パート社員のように扱った。これでは人件費の観点から採算が合わない。さらには、指揮命令系統があいまいになり、チームがつくれない。Aのワンマンチームでしかない。Bは副所長に短い期間に大幅に権限をしたが、裏目に出てしまった。

A,B双方ともプレイング・マネジャーであるのだが、マネジャーとしては課題が多い。それぞれの問題点を以下にまとめた。

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A:ひとりであらゆることをしようしたが、チームをつくることができていない。そもそも、役割分担や権限移譲を正確に理解していない。

 

B:チームをつくろうとしたのかもしれないが、権限移譲が大胆すぎる。本来は、計画的段階的に進めるのだが、それがまったくできていない。

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06 ―――

リーダーのあり方はステージによって変える

 

ここで考えたいのは、AとBが赴任した時の状況である。つまりは、ステージ(成長段階)だ。リーダーのあり方は、ステージによって変える必要がある。ここが、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業にとっても大切なところだ。

 

Aが赴任した当時は、大学側との契約が切れそうになっていた。そのため、いわば抜擢をされて赴任した。そして、プレイヤーとして猛烈に取り組んだ。そうせざるを得ない状況でもあったのだろう。高齢者や意思疎通が十分ではない外国人が多数を占める以上、その判断はある意味では正しいのではないだろうか。しかも、その頃は副所長の経験が浅く、頼もしい存在ではなかった。

Bが着任にした時は大学側との関係は比較的落ち着き、契約はスムーズに更新がされるようになった。Aの功績とも言える。パート社員の高年齢化や外国人が意思疎通ができない点はさほど変わらない。だが、副所長は多少の経験を積んでいた。

双方は、ステージが明らかに異なる時期に赴任している。ここに着眼したい。

10億円の壁にぶつかるベンチャー企業にも同じようなことが言える。売上5~7億円までくらいは、Aのようなリーダーシップでもいいのかもしれない。だが、このままではチームがつくれないがゆえにゆきづまるはずだ。全員でレベルの高い仕事をしてそれに見合う報酬を受ける態勢になっていないために、10億円を超えるのは難しいだろう。

本シリーズで1回目から強調してきたように、10億円を突破するためにはいかにチームで、組織でハイレベルの仕事ができるか否かなのだ。ここができていないのに、営業力強化をしようとするのは本末転倒と言える。


07 ―――

安心して仕事ができるような環境

 

では、10億円の壁を超えようとする時、何をどうすればよいのかー。少なくとも、以下のことは早急にチームや部署のメンバー(部下)に伝え、共有するべきだ。たった1回伝えたところで全員の意識には浸透しない。したがって、機会あるごとに繰り返し説明し、きちんとした行動ができるまで共有をする必要がある。

 

  • チームの使命、目標

  • 目標を達成するための戦略、戦術

  • チームの現状、課題、問題点

  • チームの実績、過去の課題、問題点

  • チームの強さ、弱さ、リスク

  • メンバーのおおまかなプロフィール

  • それぞれの実績、得意、不得手

  • 個々がチームでの役割や期待されていること、担当する仕事(できるだけ詳しく)、責任の所在

  • 全員が守るべきルールや秩序

 

おそらく、多くの職場ではチームでのそれぞれのメンバーの役割や期待されていること、責任のあり方が全員で確実に共有できていないのではないだろうか。ここがあいまいなまま、「情報共有」と称して会議や打ち合わせをしても大きな効果はないに違いない。各自が最も知りたいのは、自分の役割や期待値、それにともなう結果に誰がどう責任をとるのかなのだ。

リーダーはここをきちんと整理し、皆で共有する仕組みをつくらないと、大半のメンバーは安心ができない。心の奥深くで冷めた思いや疑いの念を持っている可能性が高い。

メンバーが安心して仕事ができるような環境をつくりたい。労働時間や賃金など労働条件の改善もさることながら、心理や意識の面で納得感や満足感を高めるようにしたい。そのためにも、何よりも各自の役割や期待値、責任のあり方には常に気を配りたい。

10億円を超えるためには、チームや組織の仕組みをつくることに尽きる。それをつくるのは、社員たちの意識にほかならない。




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著者: JOB Scope編集部
新しい働き方、DX環境下での人的資本経営を実現し、キャリアマネジメント、組織変革、企業強化から経営変革するグローバル標準人事クラウドサービス【JOB Scope】を運営しています。
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