営業やモノづくりのスキルには自信があっても、経理や会計には疎い経営者は意外と多かったりする。簿記や財務諸表の話をされただけでも、「勘弁してほしい。数字は苦手だ」と逃げ出してしまう方も珍しくない。ましてや、管理会計と聞くとどういったものだかまったく想像ができなかったりするかもしれない。そういった企業経営者にこそ、管理会計を学ぶ意味を体感してほしいとアピールするのが、管理会計・原価計算の第一人者である大阪府立大学名誉教授・大阪学院大学 経営学部教授の山本 浩二氏だ。インタビューの前編では、管理会計と組織文化の関係やマネジメントを学ぶ意味合いなどを語ってもらった。
もともと学生時代は、将来公認会計士の仕事をしようと考えていました。そのため、大学では商学部に入り、会計学の先生のゼミを選びました。そのとき、ゼミの恩師から「君は公認会計士よりも研究者になったらどうか」とアドバイスされ、大学を卒業した後研究者を数多く輩出している大学院に進学しました。具体的には神戸大学です。その大学院で管理会計(経営者や管理者が自社の経営状況を把握し、意思決定に活用することを目的とした社内向けの会計)の恩師のゼミに入りました。そのときに、大学院の授業の中で私が報告したところ、恩師とは別の先生が「君はやはり研究者に向いている」と言われたのです。なぜそう言われたのか、私もまったくわかりませんが、今までこうして大学の教授として研究者の道を歩んできたわけなので間違いではなかったと思っています。
大学の学部では、財務会計(社外の利害関係者に財務諸表に基づいて自社の財務状況を報告するための会計)という分野の卒業論文を書きました。大学院ではそういった国の制度や法律に影響される財務会計よりも管理会計に興味を持ちました。当時、米国会計学会でASOBAT (A Statement Of Basic Accounting Theory:基礎的会計理論に関する報告書)が示されました。それが、日本でも翻訳されて盛んに議論されていた時期でした。そこでは、「会計とは情報の利用者が判断や意思決定を行うにあたって、事情に精通した上で、それができるように経済的な情報を識別し、測定し伝達する過程である」と定義されていました。そういった形で会計の情報を意思決定に役立つ情報であると位置付けて学んでいたわけです。財務会計、簿記会計(企業の経済活動を管理するためのベーシックな技術)の会計という情報を拡大して管理会計という目的の情報としての位置付けが重視されたということです。そこで私も、実際の企業の経営に役立つ管理会計を研究する方が面白いと感じて、興味を持ったというのが大きなきっかけとなっています。
私は研究者になって以来、公認会計士試験の管理会計分野の出題委員も歴任してまいりました。それと研究者になってすぐに入った日本原価計算研究学会(The Japan Cost Accounting Association:原価計算の理論および実践の研究を促進し、原価計算の進歩と発展に貢献するとともに、会員相互の交流を図る学会)でも理事や副会長などの役員を歴任し、原価計算(工業簿記上のルールに則り、製品を製造するために掛かった原価を計算する手続き)や管理会計などの分野の研究を続けて来ました。その一方、会計学の大元となる日本会計研究学会(Japan Accounting Association:会計学の研究およびその普及を図る学術研究組織)では課題研究委員会の委員長を務め、日本で原価計算が導入されてきた歴史的な研究も一部で手掛けていました。
そこのテーマとしてトピックとなっていたのが、原価計算基準のほか米国から入ってきた活動基準原価計算(Activity Based Costing、略称ABC:製品に掛かる間接費を正確に把握するための計算方法)と言われるものでした。それから日本のトヨタ自動車で生まれた日本発の考え方というか、日本が最初に発信した原価企画(製品開発プロセスの初期となる企画開発段階で、あらかじめ原価を管理して見積もり低減する仕組み)という戦略的な管理会計に位置づけられる概念があり、それを研究していました。そうした原価計算や管理会計を日本の企業に展開することが、メインのテーマでした。
現在も原価計算そのものではないのですが、公益社団法人日本バリューエンジニアリング協会(Japan Value Engineering Association:VE活動の普及促進、VE理論・技術の開発、情報発信等の事業活動を推進するVEの総合研究・普及促進機関)にも参画しています。そこでも実際の企業でこういった原価企画という戦略的な管理会計を実施したいものの、なかなか上手くいかないということで、色々な問題・課題を論じる研究会が継続して活動しています。そうした研究会の顧問として、学術的な面から意見を述べています。研究会は製造業が中心です。どうすれば原価企画の導入と定着を自分の会社でもできるようになるのかを主な課題として研究会で議論しています。そういった分野の研究も行っています。
この原価企画という活動は、結局は新製品の開発段階、つまり普通原価管理と言えば、ものを作る段階でのコストを下げようという活動なのですが、そうではなくて、まだ作っていない、これから作る企画、それから設計段階で原価の低減を図っていこうという活動を指します。結局それは会社の目標利益を確保するための活動となります。いわゆる企業の色々な部門の方々が協働して価値を創造して行こうという活動と位置付けるものです。それをどうやったら企業で上手くやっていけるのか。現実的には苦労されている企業が多いので、そういった研究会で一緒に研究しています。そこでは、上手く管理会計を導入して会社に定着させることを目指しており、そのためにはどうすれば良いのかという問題点を、企業の方と議論しています。そこでは組織の風土や組織文化と会計との関連が大きなテーマとなっています。
また、バランスト・スコアカード(BSC:経営ビジョンや戦略を効果的に推進するために、財務業績の数字だけでなくさまざまな視点を用いて多角的に分析・評価する経営管理方法)や VE活動は従来製造業が中心だったのですが、それをサービス業に適用・展開する研究も手掛けています。その代表的な領域が医療というサービスです。具体的には病院そのものというよりも、訪問看護ステーション(住み慣れた自宅で医療的なケアを必要とする方が受けられる事業所)といった組織を対象とした研究も今取り組んでいます。
他にも、管理会計には色々なテーマがあります。その一つが、制約理論(TOC/Theory of Constraints:組織全体のパフォーマンスを最大化するために、制約を特定しマネジメントしていく理論)です。これは全体最適を図っていくというもので、最初の段階は在庫管理が問題意識としてありました。実際、企業の全体利益を獲得するために何が制約となっているのかを見つけて、それを改善、あるいは無くしていこうという、そういう制約理論も研究しています。私が関与している企業の中でも生産性向上という目的で、業務プロセスを改善するお手伝いもしています。これが今の私の活動になります。
結局、こういった仕組みを会社の中に取り入れていくには従来の組織文化が邪魔をしてなかなか定着していかないというのが現実です。そのために組織文化や組織風土を変えていかないといけません。そうしないと上手く機能しないと言えるし、逆にこういった新しいシステムや管理会計を組織を変える手段として使うということも十分考えられます。どちらにしても、やはり人の組織が仕組みを回していくためには重要となってきます。どうしても組織の問題が切り離せないと言えます。
それは、現実的に日本の産業におけるサービス業の割合が大きくなっているということです。従来管理会計は、大手の製造業を中心として展開してきました。それが日本経済を引っ張っていたからです。特に戦後は、そういう状況にありました。しかし、現在は日本の産業の7割がサービス業だと言われるような状況です。そうした中で製造業では管理がかなり進んでいるのに対して、サービス業ではいわゆる経営管理がまだ十分に行われていません。そこで、このサービス業をテーマにするというのも重要な課題だと思います。
経緯として一つは、究極のサービス業としての医療という位置付けが、従来医療分野ではあまり重視されていなかったのですが、やはり認識される必要性が出てきたということです。それと研究センターで講演したきっかけというのは、私から投げかけたというよりも、その研究センターが大阪学院大学と同様に大阪府吹田市にあるものですからお隣同士みたいな位置付けになります。そこで研究センターと大阪学院大学が包括連携協定(大学が協力し、地域の活性化や地域住民サービスの向上などの課題の解決に向けて包括的に連携するための協定)を結びました。ただ、大阪学院大学には医療系の学部はないので、「包括連携協定をして何をするのか」といったときに、例えば病院で入院している小児の患者さんとうちの学生との交流をするとか、そういった活動をして来たようです。そういったものだけではなくて、せっかく経営学部があるわけですから、経営という視点で、研究センターとの包括連携の実を作りたいと思い、「こういった取り組みができないか」と考えたのがきっかけになります。
病院経営というと良くご存じだと思うのですが、特に公立病院や大学病院などの多くが赤字だとマスコミで報道されています。この研究センターでも同様の状況です。そこで、診療報酬(一つひとつの診療行為に対して厚生労働省が定めた点数。それが医療機関の報酬として算出される)のアップを国に求めようというのは政治的な話になってきます。その前に、研究センターとしてしっかりとした経営をしているのかどうかを私から問題提起したいということで、あの講演を行いました。
連携協定を結んでいる組織だという意義は、それなりにあると思っています。実際、講演した結果、そこに参加されていた看護師の方々から「講演の内容にとても興味を持った」という声を多数いただきました。だから、本当に単に「診療報酬を上げてくれ」みたいな形の提案をするだけではなく、組織として明確な意識を持って経営をされているのかと投げかけをしたということです。「何かアクションを起こす意欲があるのであれば、いつでもお手伝いしますよ」という想いを伝えたいと思いました。
一方で、訪問看護ステーションはこれまでの流れもあって手掛けているテーマとなります。元々は、私の前任の大阪府立大学(現・大阪公立大学。以下同様)在任時に大阪府から依頼されたことに端を発しています。なので、実はかなり以前から関わっていました。それが継続しているという状況です。この場合も、サービス業としての訪問看護ステーションという位置付けをしています。
このサービスをご利用された方が身近にいらっしゃれば事業内容はわかると思うのですが、ヘルパーによる訪問介護ステーションと違って、介護もするものの実際には医師の指示のもとで利用者(契約に基づいてビジネスをすることになるので患者ではなく利用者と表現される)の居宅に訪問して看護をするのが事業の目的となります。当然ながら、すべて医師の指示書に基づかないと医療行為はできません。例えば、酸素吸入器などの医療機器を管理する、あるいは点滴や服薬ですね。薬をしっかりと飲んでいるかどうかを管理するとか、あるいは利用者の病状観察をすることによって、在宅で過ごすことを継続するための在宅医療を担う役割を果たしています。
訪問看護ステーションは、とても小規模なビジネス経営形態です。別に経営者がいて会社が経営をしているケースもあるのですが、看護師が管理者でなければならないということもあり、しかも最低 2.5人の常勤換算の看護師がいればステーションを開業できるので規模がどうしても小さかったりします。
実は、訪問看護ステーションは全国に15,697箇所(2023年4月1日時点)あり、2010年と比べると約3倍も増えています。都道府県別で見ると大阪府が1769箇所で一番多いです。その次が東京都で1539箇所(いずれも、2023年4月1日時点)です。一方、東北や中部、中国・四国、九州(福岡を除く)などの地方になると極端に数が少なくなります。
大阪がダントツに多く、しかも需要も大きいだけに管理者は本来経営に専念しないといけないのですが、スタッフとして走り回っているステーションも数多くあったりします。ここで問題なのは、その管理者のほとんどが看護師という医療職ではあっても、経営に関しては素人だということです。ですから、経営のことがわかっていません。やはり訪問看護ステーションの経営を考えないと、今後潰れてしまう可能性があります。そうなってくると在宅医療も難しくなってきます。
そこで事業収入を増やして経営基盤を強くしていき、事業を伸ばしていくことが重要になってくるわけです。その意味で実は大阪府も「何とか機能強化をしてほしい」「経営指導をしてほしい」と大阪府立大学に依頼してきました。同学に看護学部があったからです。そこで私だけではなく、もう一人、人材育成のプロパーの経営学者が入って訪問看護ステーションの経営を見ていこうということで活動をスタートしました。
多くの訪問看護ステーションがある中で、やはり競争となるため、利用者が選んでくれるよう質を高める必要があります。いわゆるサービスの価値を高めるというのが大きな課題になってきます。そういったサービスの価値向上に寄与することが求められているので、そこで管理会計の手法を使ってお手伝いをしているわけです。
医師は高度な医療知識・技術を持った方々です。しかし、経営という視点で考えたことはないと思います。しかも、医師界独特の構造もあったりします。例えば、大学の医学部の医局から病院に派遣されていく医師が派遣先の病院の経営を立て直していこうというような意識が湧いてくるはずがありません。もちろん、どこかの民間病院で一生勤務するんだという方にとっては、経営という意識はあるかもしれませんが、基本的に大学病院や公立病院に勤務していたら、そこの経営を良くするというような発想は医師にはまず期待できないだろうと思います。しかし、元々知的レベルは高いのですから、経営もしっかり関わってほしいという気持ちになります。意識を持ってやってくれたら、病院経営にも寄与するような医療活動になると思っています。
この本自体は、実は私が大阪府立大学を退任するときの記念として、経営学関連の教員が同学でマネジメントを専攻する学生のテキストを作成しようということで着手したものです。当時は大学に現代システム科学専攻マネジメント学類があり、経営学関連のスタッフが揃っていました。それで、こちらの本では狭義の経営学に加え、会計学やマーケティング、商学、生産システム科学といった経営に関わる幅広い知識を意識した章立ての編集内容にしました。その中で経営戦略や組織論、組織づくりとかですね。あるいは昔は労務管理という表現をしていましたが、人材のマネジメントや、それから財務会計、経営分析、原価計算、管理会計、さらには実際の経営管理、マネジメントコントロール(組織の目標達成のために、メンバーが本来持っているパフォーマンスを最大限に引き出すための管理手法)と言われるような領域をカバーしています。
そもそも、経営というのは何かというと、結局は一人でできないこと、個人でできないことを組織として皆で実現・達成していこうということです。それが、経営学を学ぶポイントになるわけです。皆でそういった会社の組織を上手くマネジメントしていく大切さ、これが経営学を学ぶ真髄ではないかと思います。ですから、このマネジメントを学ぶというのは、組織規模の大小に関わらず、一人でできないことを皆で一緒に共通の目的を達していこうという、その大切さや面白さ、もちろん困難もありますけどもね。それを学んでほしいというのが、この『マネジメント講義ノート』を作成した目的でした。
もちろんです。実際に会社との関係、仕事との関わりとしても、非常に重要な知識になってきます。当然ながら個人のキャリアや人生においても役立つものです。
特に、管理会計は意思決定と業績評価が大きな目的になります。なので、我々個人としての生活においても、とても役立つものだと考えています。例えば、我々は普段生活している中で強く意識はしていないものの、毎日必ず色々な意思決定をしているはずです。例えば、「お腹がすいた。何か食べないといけない」「何を食べようか」というのも意思決定です。「今度の週末に旅行に行きたい。どこに行こうか」「どうやって行こうか」「どこのホテルに泊まるか」などと考えるのもすべて意思決定になるわけです。そのときにいわゆる金額、料金ですね。料金等の関係で決定している部分もあれば、あるいは金額的な情報だけではなくて、質的な情報も考えています。「どうすれば一番楽しいか」「楽であるか」とかですね。例えば、「飛行機で行ったら時間が掛からないけれど空港までにアクセスが面倒だ」「新幹線で行くともう少し時間が掛かるけれど、コストが安い」「もっと安く行こうと思ったら高速バスという選択もあるけれど、体力的につらい」などとあれこれ考えることがあると思います。
やはり、我々は普段概念として意思決定というような意識はしていないかもしれませんが、そういった金額や時間、快適さ、利便性などの質的な要素も含めて意思決定をしているわけです。こういったものをやはり合理的と言いますかね。最終判断はその意思決定者の判断ということになるわけで、いつも安い金額のものが最適とは限らないわけです。それでも、金額という情報を踏まえた上で最終的にどうするかと決めています。そういった決定に至るまでに、いわゆる管理会計の知識といいますか、意思決定のプロセスや業績の評価のプロセスといった知識が、実は役立つと言えます。
もっと言えば、マネジメント論を学ぶことで家庭内において平和かつ良好な人間関係を築くこともできます。結局、マネジメントの視点が必要だということです。だから、単にビジネスでの話だけではなくて、個人のキャリアや人生においても役立つ知識になっていると思います。
そうです。先ほど制約理論という概念を取り挙げました。もう少し説明すると、これはイスラエルの物理学者であるエリヤフ・ゴールドラット博士が1984年に米国で出版された著書『ザ・ゴール』によって提唱された理論です。日本でも17年後に出版され、話題を呼びました。ここでは、組織のパフォーマンスを向上させるためにボトルネック(制約)に焦点を当てる重要性が提示されています。実は、ゴールドラット博士が書いた本は、ビジネスマンの問題解決がテーマなのですが、そこでは本人の家庭での問題の話が良く出て来ます。奥さんや子供との関係、それを結局良好にしていく必要がある。「ならば、どうしたら良いのか」「どういうふうにすれば目的が達成できるのか」というようなことも語られていたりしています。
山本 浩二氏
大阪府立大学名誉教授・
大阪学院大学
経営学部教授
1983年神戸大学大学院経営学研究科修了。香川大学商業短期大学部 助教授 や大阪府立大学 助教授 などを経て、1996年に大阪府立大学教授に就任。以後、同学で経済学部長や現代システム科学域 副学域長・マネジメント学類長、特命副学長などを歴任する。2017年に大阪学院大学経営学部教授に就任。大学院商学研究科長、大学院部長、経営学部長を歴任する。公認会計士試験委員、大阪府代表監査委員など公職も多数歴任。