日本は自給率の低い島国であり、食料や石油など多くを海外に依存している。「米は有り余っているから心配ない」との認識は、令和の米騒動によって“幻想”に過ぎなかったことが露呈した。「今後、日本の農業はいかなる方向に進むべきか」「農業政策を担うリーダーはいかにあるべきか」。農業が経済の一分野である以上、ビジネスパーソンにとっても看過できない重要な論点である。
こうした問題意識のもと、本メディアでは元農林水産事務次官・奥原正明氏にインタビューを行った。議論は、日本農業の構造改革の実態から、組織を動かすリーダーシップの本質にまで及んだ。ドイツ統一期の経験を原点に自由化を志向した農政改革は、一定の成果を上げた一方で、農地や流通をはじめとする構造的課題をなお残している。また、DX時代においては、環境変化を的確に捉えた意思決定と、抵抗を乗り越える覚悟が不可欠である。さらに、農業を経済全体の中で再定位し、企業および国民の関与を促す視点も提示される。本特集は、停滞する日本に求められる「責任あるリーダー像」を多角的に提示するものである。中編では、変革に挑む際のリーダーの心構えなどを聞いた。
【中編のエッセンス】
奥原氏は、DX時代の変革においてリーダーには闘争心と警戒心が不可欠だと説く。環境変化を見極め、自組織の将来を考え抜き、先手を打つことが責任である。また、改革には抵抗が伴うため、徹底した議論によって納得感を醸成する姿勢が重要と指摘。さらに、改革内容に応じて「慎重に構想すべき領域」と「試行を重ねる領域」を使い分けるべきとする。ハラスメント時代のマネジメントでは、配慮しつつも指導を怠らないバランスが必要であり、組織秩序の維持が前提となる。最後に、経営者は責任感を軸に変革を断行し、適材適所の人事で戦略を実行する重要性を強調する。
【中編のキーメッセージ】
①DX時代の変革には闘争心と警戒心を持ち、環境変化を見極めて先手を打つことがリーダーの責任である。
②改革は抵抗を伴うため、徹底した議論で納得感を高め、逃げずに向き合う姿勢が成果を左右する。
③経営の成否は人事で決まり、責任感を軸に能力本位で適材適所を徹底することが不可欠である。
リーダーに求められる資質として、「責任感」が最も重要ですが、「闘争心」と「警戒心」も大切です。今までの仕事の進め方が今の時代に合っていれば、それを続ければ良いのですが、どうしても時代に合わなくなるものが出てきます。その時に何も手を打たなければ、他の企業に仕事を取られて、自社の経営は悪化するかもしれません。
自分の組織、会社の経営を発展させようと思ったら、時代の変化を踏まえて「自分の会社の仕事をこう変えよう」と決断して実行しなければいけません。それが組織に対する責任を果たすということです。そういう意味で、色々な世の中の動きに対して「警戒心」を持ってしっかりと見て、それに対してどうやって対抗するかと考え抜くことが大事です。それが、結果的には色々なことを変えていくことになるわけです。
「このままでは組織がダメになる」と思ったら、早め早めに次の手を考えて打っていく必要があります。 つまり、「時代との関係で自分の仕事がどういう位置にあるのか」「これからどうなっていきそうなのか」などと常に色々な角度から考え続けていくことが改革や変革の基本だと思います。
そして改革を実行しようと思えば、それに抵抗する人も出てきますが、それを乗り越えていかなければ改革は実行できません。そうした抵抗や反対にめげないことが重要で、その意味で「闘争心」も必要不可欠です。
抵抗勢力は組織の外にもいますが、自分の組織の中にもいます。組織の中の方について言えば、例えば「こういう改革をしたらどうか」ということを、私が自分の部下に提案するとします。そうすると、これまでの仕事の仕方が良いという意見が山ほど出てきます。
その時にどうするかと言ったら、徹底して議論することです。とにかく、議論を重ねること。 これが大事なことなのです。部下は仕事の仕方を変えると色々面倒だと思っています。もちろん、中には本当に変えることができないものもあります。それを無理に変えたらおかしなことになってしまうのでダメなのですが、「そこをこうやったらクリアできるよね」「こうしたらもっと良い仕事になるよね」ということをしっかりとわかるところまで議論することがものすごく大事なのです。
ここが、勝負の分かれ目です。本当は改革した方が良いのに、部下が「やってもダメだ」とか「できない」などと言うので諦めてしまったら、結局チャンスを失い、大きな失敗につながるかもしれないのです。だからこそ、ここのところを徹底して議論することが一番大事だと思います、とにかく議論することに尽きます。
実務的に「ここは問題だ」というところがあるのであれば、徹底してそれをクリアする方法を考えなければいけません。
そういうことです。やるべきことができなくなるのですから。
それは改革しようとする中身によります。抜本的な改革なら、じっくり考えなければいけないと思います。役所の場合には法律改正などの大きな話になることが多いので、簡単に撤退はできませんから、考え抜いて始めることが必要になります。
抜本的なことでなければ、やれることはどんどんやってみて、うまく行きそうなものを伸ばしていくというやり方もあると思います。それは、改革のテーマ次第だと思います。
そういうことです。根幹に関わる大きな話はじっくり考えておかないといけません。走り始めてから撤退することは難しくなりますから。
しかし、幾らでも撤退できることであれば、色々なチャレンジをして、その中から今後やっていく道を見出すということは十分あり得る方法だと思います。それは最終決断のための情報収集の一環ともいえます。
例えば、その会社の人事制度を変えるといったことを思いつきだけでやってしまうと、とんでもないことになるかもしれません。
試してもいつでも戻れる、別の方法に転換することもできるようなものであれば、どんどん試してみたら良いと思います。そうでないものは精査しないといけません。
これは色々な問題を含んでいます。世の中が段々と細かいことに厳しくなってきていて、パワハラ・セクハラなど、さまざまなハラスメントが問題視されるようになってきています。セクハラはやってはいけないことが明確だと思います。しかし、パワハラと上司の部下に対する指導というのは、ある意味で紙一重のところがあります。
私自身、農林水産省では人事担当の秘書課長も務めましたし、事務次官も人事担当です。そういう意味で人事については相当経験してきているのですが、パワハラ問題はかなり微妙なところがあります。
農林水産省では上司が行う人事評価だけではなくて、360度評価も導入しています。これは、部下が上司を評価するというものですが、これをやると、誰がパワハラをしているかが明確にわかります。そうした上司を改善指導するのは良いことなのですが、360度評価を行ったことによって、上司が部下からの評価を気にしすぎるようになるという問題もありました。部下からよく思われるために、必要な指導もしなくなるということです。これは要注意です。
やはり、組織は上司と部下という関係性があり、方針についての議論は必要ですが、最終的に上司が決めたことは部下も従わないといけません。これを崩してしまうと、組織にならなくなります。パワハラにならないように注意しながらも、指導は徹底してやらなければいけません。実際には、ここがなかなか微妙で、難しいところだと思います。
私はそのつもりでしたが、部下がどう受け止めていたかは分かりません。上司は注意をしながら指導するしかないですね。
確かに難しい時代なのだと思います。
上からの評価と下からの評価の扱いは、かなり差をつけて扱わなければいけません。組織運営上は上からの評価が基本で、下からの評価はパワハラのチェックのために使うということかと思います。そういう意味で、下からの評価は「調査」と呼ぶのも一つの考え方だと思います。
下からの評価でパワハラは一発でわかります。特に大きな組織になると、一人の上司のもとにかなりの数の部下がいます。パワハラによってメンタル問題を抱える職員が多くなれば、組織全体の戦力が確実に低下します。それを避けるためにも360度評価は必要です。
それはあります。しかし、我々の若い頃も、自分の仕事を終えたら、本当は帰りたかったですよ。ただ、言えない雰囲気だったから残っていたわけです。今は、世の中の風潮が変わったので、言いやすくなったわけで、それは良いことだと思います。
経営者にとって一番大事なのは、その会社に対する責任感です。会社の将来、従業員の人も含めて、きちんと発展させるという責任感を持って毎日の仕事をやっていくしかありません。それには、時代の変化を自分でしっかり把握して、それに合うように自分の会社の仕事を変えていくことです。これをやらないといけません。
もちろん、抵抗はあるでしょう。会社の中にあるかもしれないし、外部にもあるかもしれませんが、そこで怯んでいたらダメです。 議論はしなければいけませんが、「こうやったら絶対良くなる」という確信を持ったら、それを説得する努力をして、批判されてもやるべきことをきちんとやることです。この責任感が一番大事だと思います。
大きな改革をやる時には人事という話が必ずついてきます。人事は、経営方針と別のものではありません。その経営方針を実行するためにどういう人事配置が必要かということです。
私は農林水産省で大臣秘書官を務めたことがあります。大臣と一日中一緒に動いていました。私が付いた大臣は農林水産省の事務次官を経て国会議員になり、さらに大臣になった人でした。その人が農林水産省の幹部職員に対して言っていたセリフで一番印象に残っているのは、「政策は人だ」という言葉です。難しい政策をやろうと思ったら、誰をその責任者につけるかが最も重要で、それによってその政策が上手くいくかどうかは決まるということです。
役所であれば政策、会社であれば経営方針ですが、これには優先順位があります。この優先順位を的確につけて、優先度が高い方からそれに相応しい人材を配置していくことが重要です。人材は限られていますから、優先度の低い仕事には最適の人材は配置できないかもしれませんが、それは仕方ありません。それがその組織の実力ということであり、日頃から人材の採用・育成に力を入れていくしか改善策はありません。
こうした人事を行う場面で、「仲間内の人事」や「好き嫌い人事」をしていたら、その組織はダメになります。常に能力主義で、優先順位を決めて的確な人をつけていくという人事を徹底する。これが大事なことだと思います
そういうことです。
奥原 正明 氏
前東京大学
公共政策大学院
客員教授/
元農林水産省事務次官
1955年生まれ。79年東京大学法学部卒業、農林水産省入省。在ドイツ大使館一等書記官(東西ドイツ統一時)、大臣秘書官、大臣官房秘書課長等を経て、2011年経営局長(5年間在任)、16年農林水産事務次官就任、18年退官。この間に、農地の集積・集約化のための農地バンク制度の創設、農協改革、林業改革、水産業改革などに取り組む。その後、東京大学公共政策大学院客員教授を2026年3月まで務める。
『農政改革 行政官の仕事と責任』『農政改革の原点 政策は反省の上に成り立つ』(いずれも、日本経済新聞出版)、『組織はリーダー次第 ― 失敗する9タイプ』『農業政策は消費者のためにある』(いずれも、信山社)など著書多数。