日本は自給率の低い島国であり、食料や石油など多くを海外に依存している。「米は有り余っているから心配ない」との認識は、令和の米騒動によって“幻想”に過ぎなかったことが露呈した。「今後、日本の農業はいかなる方向に進むべきか」「農業政策を担うリーダーはいかにあるべきか」。農業が経済の一分野である以上、ビジネスパーソンにとっても看過できない重要な論点である。
こうした問題意識のもと、本メディアでは元農林水産事務次官・奥原正明氏にインタビューを行った。議論は、日本農業の構造改革の実態から、組織を動かすリーダーシップの本質にまで及んだ。ドイツ統一期の経験を原点に自由化を志向した農政改革は、一定の成果を上げた一方で、農地や流通をはじめとする構造的課題をなお残している。また、DX時代においては、環境変化を的確に捉えた意思決定と、抵抗を乗り越える覚悟が不可欠である。さらに、農業を経済全体の中で再定位し、企業および国民の関与を促す視点も提示される。本特集は、停滞する日本に求められる「責任あるリーダー像」を多角的に提示するものである。後編では、経営者やビジネスパーソンが農業に興味・関心を持つ重要性などを聞いた。

 

【後編のエッセンス】 
奥原氏は、農業への理解不足を問題視し、ビジネスパーソン向けに実態や制度、歴史を伝える著書を執筆したと語る。近年は農政改革の後退や「令和の米騒動」を踏まえ、農業政策は消費者を含む経済全体の視点で再構築すべきと強調。米不足の背景には生産調整や備蓄運用の問題があると指摘する。また、農業は大規模化と農地集約により成長産業になり得るとし、中山間地とは別の政策設計が必要と提言。さらに、企業や国民が正しい知識を持ち関与する重要性を説き、制度改革と責任あるリーダーシップによる変革を日本全体に求めている。

【後編のキーメッセージ】 
①農業の実態理解が不足する中、正しい知識を持つことがビジネス参入や政策議論の前提となる。
②農政は生産者だけでなく消費者と経済全体の視点で再設計すべきであり、現行制度には課題が多い。
③農業は集約化と適切な政策で成長産業化が可能であり、企業と国民の関与が不可欠である。

01農業理解の欠如を埋める―ビジネスパーソン向け執筆の狙い   

ここからは、農業関連の著書についてお聞きしていきます。まずは、著書『ビジネスパーソンのための日本農業の基礎知識』(信山社新書)を執筆された意図もお聞かせください。 

農林水産省在職中は農業関係のさまざまな情報やデータが入ってくるのですが、退官すると入ってくる情報のほとんどはマスコミ報道ということになります。そして報道を見ていると、情報の量も質も脆弱で、これでは、一般国民の方は農業について十分理解できないのではないかと思うようになりました。皆さん、毎日スーパーで食料品を買って食べているので、農業のことはわかったような感覚になっているのかもしれませんが、その実、本当に「農業生産の現場がどうなっているのか」「流通がどうなっているのか」など、よく分かっていないことが多いのではないでしょうか。  

ですから、一般の国民の方、特に経済界の方々にも農業の実態がどうなっていて、どういう方向に行ったら農業は発展するか、そして生産者と消費者にとって良くなるかを考えていただくための基礎的な材料があった方が良いのではないかということで書いたのが、この本です。

ビジネスパーソンも日本の農業を理解する、知ることによって、自身のビジネスにも何らかのメリット、プラスアルファがあるということですか。 

私も農林水産省の現役時代に経団連に呼ばれて、農業政策について説明する機会が何度もありましたが、そうすると、会場には百社、二百社もの企業が集まりました。 そのぐらい一般の企業も農業に関心を持っているということだと思います。

農産物を原料として使っている企業もあれば、先端的な技術を農業の世界で使ってもらいたいと思っている企業など色々ですが、農業に関心がある企業は山ほどあります。ただ、農業全体の状況を分からないで事業を展開しようとすると、結局失敗してしまいます。ですから、「農業全体の状況がこうなっている」「ここの分野に参入しようと思ったら、こういう手続が必要になる」「この制度にはこういった歴史的な背景がある」と言ったことを知っていた方がよいし、その方が事業をやりやすくなると思います。

02「令和の米騒動」が問う農政の本質と消費者視点の重要性 

2025年6月には、『農業政策は消費者のためにある』 (信山社新書)も執筆されました。こちらの著書を通じて、読者に伝えたかったポイントは何でしょうか。 

実は、『ビジネスパーソンのための日本農業の基礎知識』の改訂版を出そうと思っていたのですが、ここ数年で日本の農業を巡る状況がかなり変わってきていました。安倍内閣の頃までは、農業政策を時代に合わせて改革しようという動きがありました。しかし、安倍内閣が終わってからは、改革の精神がどんどん後退しています。その象徴が、2024年の農業基本法(国の農業政策の基本方針を定めた法律)の改正です。改正と言いますけれど、これは要するに改悪で、農業の構造改革や農協改革の足を引っ張るような規定が追加されました。 

そして、基本法改正直後の2024年の夏にはスーパーの店頭で米がなくなるという事態が生じました。いわゆる「令和の米騒動」です。政府の備蓄米が百万トンもありながら、スーパーの店頭からは米がなくなる。そんな状況になりました。

こういった最近の状況も含めて、もう一回ビジネスパーソンの方、消費者の方に日本の農業の実態を理解してもらう本を書こうと考えて作ったのが、『農業政策は消費者のためにある』です。 

農業の世界だけで、農業の在り方を考えても意味がありません。「日本経済全体の中で農業はどうあるべきなのか」「生産者も消費者も含めた経済全体の中で農業をどう位置付けるか」をきちんと考えていく必要があるということで、前著の改定版に留めず、タイトルも変えて作ることにしました。 

今、「令和の米騒動」の話がありました。良いか悪いかは別ですが、日本人の特性として喉元を過ぎるとすぐに忘れてしまいがちです。この米騒動も数年経つと忘れ去られる可能性があります。それも、怖いことだと思ってしまいます。一方では、「あの米騒動は日本の食料安全保障を考えるきっかけになった」という指摘もあります。「農業の問題にもっと興味や関心を持たないと、日本はこれから先どうなるかわからない」という警告さえ聞こえてきます。奥原先生は、どうお考えですか。

戦後の食料難から脱した後の日本は飽食を謳歌してきましたが、その前提であった「安定した国際秩序」と「日本の強い経済力」は、ここにきてどちらも崩れています。また、地球温暖化は、日本でも外国でも、農業生産に大きな影響を与えるようになってきています。

ですから、日本の食料安全保障を真剣に考えるべきタイミングになっていると思いますし、「令和の米騒動」をそのきっかけにしなければいけないと思います。しかし、実際はどうかと言えば、2025年の参議院選挙があり、自民党の総裁選があり、それから今回の衆議院選と、この流れの中でどんどん問題意識が薄れてきているような気がします。

新聞、テレビの報道もしかりです。もはや、米問題が忘れられたようになっており、もう一回きちんと考えてもらわなければいけないと思います。何と言っても、米は日本人の主食です。スーパーの店頭に米が2カ月もなくなれば、これは大変な問題です。食料問題・農業問題をきちんと考えてもらうために何が必要か。それに必要な情報は何かを考えて執筆したのが、『農業政策は消費者のためにある』です。

令和の米騒動の原因の一つは、米の生産調整を長く続けてきていることにあります。国内の需要に合わせたギリギリの生産量の調整を毎年繰り返してきたわけですが、ギリギリですからちょっとしたことで、供給不足が起こり得ます。この生産調整を続けていることが、一つの問題点です。  

もう一つは、米の政府備蓄の運営の問題です。「平成の米騒動」(1993年の記録的な冷夏による米の大凶作と、それに伴う米不足・社会混乱の一連の現象)の反省を踏まえて、国産米の政府備蓄制度が整備され、政府は約百万トンの備蓄米を保有していました。

ところが、スーパーの店頭から米がなくなったにも関わらず、政府は備蓄米を一切放出しませんでした。年が明けてからようやく放出したものの、その放出の仕方は、川上のJA全農(全国農業協同組合連合会)に買戻し条件付きで、しかも入札で販売するというものでした。これでは、政府は「米価を高く吊り上げることを、消費者への安定供給よりも優先した」と言われても仕方ありません。備蓄制度の運営の問題点をきちんと反省し、今後の運営方針を明確にしていくことが必要です。

03成長産業化への道筋―農地集約と地域別政策の必要性 

地方で農業に従事している大半は、高齢者であったりします。今後、農業が成長産業になる可能性はあるのでしょうか。

確かに日本では依然として兼業農家が多く、高齢化によりどんどんリタイアしています。これは事実です。その一方で、法人経営や大規模な家族経営といったプロ農家の数は増加しつつありますし、そのシェアは非常に大きくなってきています。プロ農家が、農地の6割を利用していますし、販売金額でいうと農産物全体の8割をこの人たちが生産している状態です。

問題は、「これを今後どうしていくのか」「プロ農家がもっと生産性を上げるような方向に持っていくためにはどうするか」です。高齢の方がリタイアした時に、その農地をプロ農家の方にきちんと利用権を移して、しかもまとまった面積で使えるようにしてあげるということが非常に大事です。これをやれば農業機械も効率的に使えるし、ドローンで農薬を撒くこともでき、コストがかなり下がります。こうやって生産性の高い「強い農業」を作っていけば、輸出も拡大することができ、農業は成長産業になると思います。プロ農家の方と話していると、皆「そういう農地政策を強力に進めてほしい」という話になります。 

一方で、段々畑など中山間地域といわれるところもあり、ここは農地を集約化することはできないので、農地制度の改革に反対する声もあります。私は、農地の集約化・大区画化ができる平地とそれができない中山間地とは、政策体系をきちんと分けなければいけないと思っています。平地は徹底して農地の集約化を進め、それができない中山間地は、平地とは生産性の格差があるわけですから、その格差を埋める補助金をきちんと出さないといけません。

中山間地の補助金はこれまでも出ているのですが、その出し方が今までは「皆で共同で何かやったら出します」といった条件付のもので、格差を埋めるという形になっていません。こういったところをきちんと見直して、中山間は生産性が低くてもやっていける政策体系を作ってあげる必要があります。

その上で、平地では農地の集約化をスピード感をもって徹底していくことが重要で、これができれば、日本の農業は成長産業になっていくと思います。

ビジネスパーソンを含め、日本人は今後農業にどう関わっていけば良いとお考えですか。

食料の安定供給はすべての国民にとって必要なことです。ですから、農業界任せにせずに、経済界の方も消費者の方も、自分の問題として考え、特に経済界の方は積極的に関与していただくことが必要だと思います。

それには、まず、農業や農業政策についてきちんとした知識を持っていただくことが必要です。きちんと整理したデータで農業の現状を正確に理解していただき、これまでの農業政策の歴史を踏まえて、どこをどう改革すればさらに良くなるか、そのためにどんな関与ができるのかを考えていただくことが重要です。  

そのためには、マスコミが必要な情報をきちんと報道することも必要です。問題は農業生産の部分だけではありません。流通や輸出の話も同様です。

日本には、農産物の流通・加工などに関連する企業が山ほどあります。流通の合理化は、生産者にとっても消費者にとっても必要なことですから、積極的に取り組んでいただきたいと思っています。食品加工業界の方、外食産業の方には、農業現場との直接の結びつきを強めていただきたいと思います。中間流通が全く不要というわけではありませんが、それは必要最小限にしなければいけません。その上で、実需者の立場から、農業の現場に改善の注文を出していただくことも必要です。

また、輸出関連企業には、農産物の本格的な輸出に取り組んでいただきたいと思っています。農業界と経済界が連携して対応していくことが非常に重要です。

奥原先生は企業経営者の方々に、「農業は成長産業の一つです」「農業にもビジネスチャンスがあります。考えてみませんか」と呼び掛けておられる印象があります。

そうですね。高市首相は、所信表明の中で「強い経済」と盛んに言われています。私もそのとおりだと思います。日本が今の地盤沈下している状態から本当に浮上するためには、「強い経済」を作っていかなければいけません。その経済の中には、農業も含まれます。高市首相が農業も経済の一部として認識されているかは、わかりませんが、農業も経済の一部として、「強い農業」を作っていかなければなりません。 

食料の供給が不足する状態になれば、経済の足を大きく引っ張ることになります。食料を安定供給できる体制をきちんと作っておくことが、経済の安定にとっても非常に重要なポイントになると思います。「強い農業」を一緒になって作っていくことを国民の皆さん、経済界の方々にも考えていただきたいと思います。

04日本再成長へ―農業と制度改革を担うリーダーの責任

最後に、中小、中堅企業の経営者や人事責任者にメッセージをお願いいたします。

繰り返しになるかもしれませんが、日本を世界の中で輝く国にするためには、仕事の仕方をかなり変えていかなければいけないと思います。これは、農業の話だけではありません。

私自身、2026年3月で定年退官しましたが、それまで東京大学公共政策大学院で教えていました。そこでは「霞ヶ関における政策改革の手法」というタイトルで、政策形成過程論を担当しており、政策改革を進める際の基礎的な知識、改革の具体的なノウハウ、要するに、改革アジェンダの設定の仕方、改革内容の詰め方、資料の作り方、スケジュールの立て方、抵抗勢力との調整の仕方などを説明していました。具体例としては、私自身が担当してきた農業政策の改革を取り上げましたが、あらゆる政策分野の改革に適用できるものです。

農業分野に限らず、各省庁の政策分野で、時代遅れの政策をどう改革するかという問題は山積しています。年金制度や健康保険制度などは典型です。経済・社会の発展の足かせになっている旧態依然の制度が数多くあります。これもきちんと直していかなければいけません。もっと時代に合ったものに変える、日本が発展できる形に変えていかなければいけないのです。

そのためにも、役所は色々な工夫していかないといけませんが、経済界も同様です。企業が工夫することも必要ですし、足かせになっている法制度があるのであれば、国に対して「ここを直してくれ」ともっと大きい声で言うべきです。

新しい時代に向けて、変化に対応できるよう、仕事の仕方を切り替えるという努力を、日本全体が、役所も民間企業も、リーダーが責任を持って進めていくことが非常に大事だと思います。それには、リーダーの責任感が非常に大事ですし、リーダーが警戒心と闘争心を持って、情報を収集しながら、大胆かつ的確な決断をし、実行していくことが必要だと思います。

―奥原先生、貴重なお話をいただきありがとうございました。「日本の農業を強くしたい」という奥原先生の想い、そしてそれを実現していくのは農業従事者だけではなく、ビジネスパーソンを含めた国民全員であると理解しました。

【編集後記】
本インタビューを通じて浮かび上がるのは、「責任」と「覚悟」を軸にした一貫した思想である。奥原氏は農政改革の実務を担った立場から、日本農業の構造的課題と改革の進展・限界を冷静に分析しつつ、その本質を「自由化」と「生産性向上」に見据えている。同時に、DX時代の組織論やリーダー論にも通底するのは、変化を先取りし、抵抗を恐れず決断する姿勢の重要性だ。さらに後編では、農業を経済全体の中で捉え直し、消費者視点や企業の関与の必要性を強く訴える。農業、組織、国家運営と領域は異なれど、いずれも停滞の要因は「責任の曖昧さにある」という指摘は重い。変革が求められる今、個々のリーダーが自らの責任を引き受け、行動できるかが問われている。

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奥原 正明

前東京大学
公共政策大学院
客員教授/
元農林水産省事務次官  

1955年生まれ。79年東京大学法学部卒業、農林水産省入省。在ドイツ大使館一等書記官(東西ドイツ統一時)、大臣秘書官、大臣官房秘書課長等を経て、2011年経営局長(5年間在任)、16年農林水産事務次官就任、18年退官。この間に、農地の集積・集約化のための農地バンク制度の創設、農協改革、林業改革、水産業改革などに取り組む。その後、東京大学公共政策大学院客員教授を2026年3月まで務める。
『農政改革 行政官の仕事と責任』『農政改革の原点 政策は反省の上に成り立つ』(いずれも、日本経済新聞出版)、『組織はリーダー次第 ― 失敗する9タイプ』『農業政策は消費者のためにある』(いずれも、信山社)など著書多数。

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