>自律して働くとは何か――裁量と責任を両立させ、誰もが幸せに働ける組織をどうつくるか(中編)
働き方改革が進み、時間や場所に縛られない働き方が広がる一方、「自律して働く」とは何を意味するのかが改めて問われている。関西大学教授・森田雅也氏は、長年にわたり裁量労働制や自律的な働き方を研究し、現場への聞き取りを重ねてきた。その知見から見えてくるのは、自由を与えるだけでは自律は生まれないという現実である。企業には過重労働を防ぐ自己規制と納得感のある評価が、管理職には部下の個性を見極め、目的と裁量を明確にした上で信頼して任せる姿勢が求められる。そして働く側にも、自己決定だけでなく周囲への配慮と結果への責任が必要だ。学生の就労観や「かしこく働く」という考え方にも触れながら、森田氏に、これからの人的資源管理と「良い会社」のあり方を聞いた。中編では森田氏が、部下の自律性を高めるマネージャー像や共著書『経験から学ぶ人的資源管理』でアップデートされたポイントなどを語る。
【中編のエッセンス】
本編では、部下の自律性を引き出すマネジメントのポイントと、著書『経験から学ぶ』シリーズを通じた経営学・人的資源管理の学び方が語られる。自律的労働の実現には、個々の見極めや教育、目的と裁量の明確化、信頼構築、そして管理職自身の柔軟な姿勢が不可欠であると提示される。また、ロングセラーを続けるテキストの背景として、理論と実践のバランスや、「うたかた」の流行にとらわれず本流の理論へと誘導する工夫、経験を抽象化し応用する学問的思考サイクルの重要性が示される。
【中編のキーメッセージ】
① 自律性を引き出すマネジメント:部下の意欲や能力を見極めた上で教育し、目的と裁量を明確化して信頼関係を築くこと、管理職が異なる考えを受け入れる姿勢が自律的労働を促す。
② 理論と実践を結ぶ学びの提示:ベストセラーテキストの背景には、学生の日常経験から出発しつつ理論と実践の絶妙なバランスを保ち、表層の流行から本流の理論へ繋げる工夫がある。
③ 経験と抽象化のサイクル。学問の本質は、具体的な経験から出発して抽象化し、新たな具体へと適用する思考サイクルを回すことであり、未経験の事象への想像力も重要となる。
目次

01部下の自律性を育む5つのマネジメント原則と管理職に求められる姿勢
「部下に自律的に働いてもらいたい」と考えている管理職の方から、「上司としてどのように接すればよいのでしょうか」というご相談を受けたとしたら、森田先生はどのようにお答えになりますか。
そうですね。「自律的に働け」と言われて働くのは、それはもう自律ではないですよね。
確かにそうですね。それでも、お伺いさせてください。部下に自律的に働いてもらうために、上司としてはどのような点に気をつければよいでしょうか。
かつて甲南大学の熊沢誠先生(現・甲南大学名誉教授)が、日本の職場を指して「強制された自発性」という、一見矛盾した言葉で表現されたことがあります。自律的に動けるようにしていくためには、いくつかのポイントがあると思います。
一つ目は「見極め」です。自律的に働きたい人か、自律的に働く力を持っている人かということを見極めなければなりません。失礼な言い方になりますが、そういうことができない方もいらっしゃれば、そういう働き方をしたくない方もいらっしゃいます。したくない人にまでさせるのはどうかと思いますし、力を持ちえない方に対しては、育てていくということをしなければなりません。部下が十人いれば十人とも自律的に働かせるというのは、少し横暴で、良くないやり方だと思います。
二つ目は教育、つまり働きかけです。自律的に働くとこういうプラスアルファがありますよ、ということを教えて、自己変革をサポートしていく。自律的に働けない人に対しては、たとえば技術的なサポートをすることも必要です。今であれば、ICTの使い方さえ分かれば時間も空間も超えて自律的に働けるのに、それが分からないために働けない人もいますので、そうした方には技術的なサポートをして、こうすればこういう仕事ができますよ、という教育をしていくことが大事だと思います。
三つ目は、目的と裁量範囲の明確化です。何をしなければならないか、そしてどこまでは自分で決められるのかということを、はっきりと両者で認識しておく。これをきちんとしたうえで任せないと、初めから曖昧なまま任せるようでは、任せられたほうも困ってしまいます。任せられたと思ってやったのに、後から「それはやってはいけないところだった」と言われたら、信頼関係にも関わってきますので、目的と裁量範囲の明確化はしっかりしておく必要があります。そのうえで、当然、任せた以上は失敗を認めるけれども、結果は曖昧にしない。仮に失敗したとしても、頭ごなしに叱責するのではなく、なぜそう考えたのか、それによって結局誰に迷惑をかけることになったのか、次はどうするのか、ということを話し合い、確認する。このフィードバックが大事だと思います。
四つ目が信頼構築です。三つ目で申し上げたようなことをしておけば、自然と信頼関係は生まれてきます。裁量労働で働いている方にお話を伺うと、「梯子を外されないか不安だった」という言葉を使う方が結構いらっしゃいます。自由にやっていいと言われたけれども、実際にやったら駄目だと言われるのではないかと思っていた、と。実際に就業時間中に歯医者に行っても、それをきちんと認めてもらえて良かった、とおっしゃる方もいます。信頼関係を作るということは、裁量労働に限らず、マネジメントの基本だと思います。
そして、順番で言えばこれが一番初めかもしれませんが、管理者自身が、自分とは違う考え方を受け入れられる人になるということです。任せるということは、当然、自分では思いつかないようなやり方をすることも起こってきます。そもそも、いつどこで働くかというのは組織の専決事項であったものを、それを部下に委ねるわけですから、「それを決めるのが自分の力の源なのに、なぜ渡さなければならないのか」というようなことを管理者が思っているとすれば、それはまず成功しないと思います。自分とは違う考えを受け入れられる姿勢を持つということが、大切だと思います。
※参考:「強制された自発性」に関しては、以下のURLもご覧ください。
https://kumazawa.main.jp/?p=2030
今のお話は、マネージャーにとってとても重要なポイントだと思いました。部下も人それぞれですから、十把一絡げでマネジメントするのではなく、一人ひとりを見なければならないという重要性を改めて感じます。ただ、プレイングマネージャーで時間的な余裕がないというマネージャーの声もありますが、この点についてはいかがお考えですか。
それはそうだと思います。私は実際に現場にいるわけではないので、偉そうなことを言えた立場ではないのですが、ただ、それをやれる力があるから管理職に就いておられるのでしょうし、それをやるからこそ高い報酬を得ておられるのだとも思います。この時代、ICTを使えばいろいろな形でコミュニケーションが取れるはずですから、そこをどう工夫していくかを考えていく必要があると思います。なかなか難しいことではあります。私自身も、学生とコミュニケーションを取るのにいろいろと苦労はしていますが。

02累計7.5万部超のテキスト、『経験から学ぶ経営学入門』が支持される理由とは
ここからは森田先生の共著書についてお伺いします。ベストセラー『経験から学ぶ経営学入門』(有斐閣)は、累計七万五千部を超える売れ行きとのことですが、なぜこれほど圧倒的な支持を得られているのか、森田先生はどのように分析されていますか。
分析したことはないのですが、まず間違いなく言えるのは出版社の力とご努力、それから共著者のネームバリューです。奥林康司先生(神戸大学名誉教授)や上林憲雄先生(神戸大学 大学院経営学研究科 経営学専攻 教授)といった、近しい関係にある先生方のお名前の力は大きいと思います。それから、この本は初版の頃からパナソニック社のご協力を得て、資料や情報を多くいただいて書いていますので、それも大きな要因だと思います。この三つが一番大きいでしょうね。
それからもう一つ、我々が書く側として意識したのは、理論と実践、具体と抽象の適切なバランスです。理論ばかりでは学生は飽きてしまいますし、かといって事実ばかり並べても面白くありませんし、事実だけを知ってもらうのは大学がすることではありません。そのあたりのバランスがうまくいっていたのではないかと思います。
それと、初版は2007年なのですが、当時は経営学のテキストは今よりもかなり数が少なかったので、早い段階から使ってくださった読者が、版を改めるたびに継続して使い続けてくださっているという面もあると思います。それから、読んでくださった方が誰かに薦めてくださったり、上林先生が育てられた多くの研究者の方々が、それぞれの現場でこの本を使ってくださったりする、ということもあるかと思います。
森田先生は関西大学では社会学部の先生でいらっしゃいますね。
社会学部に所属してはいますが、私自身は経営学部の出身ですし、専門も経営学ですので、社会学者だという認識はまったくありません。所属している学部も、社会学部の中の社会システムデザイン専攻というところです。そこは経営学や経済学、社会学、技術論、国際開発論など、さまざまな分野の教員がおり、多面的なものの見方をすることを売りにしている専攻です。ですので、私はあくまで経営学者であって、社会学者が語る経営学というのとは少し違うと思います。

03時代変化を捉えつつ「本流」の理論へ導く『人的資源管理』の改訂視点
『経験から学ぶ経営学入門』のシリーズ本となるのが、共著書『経験から学ぶ人的資源管理』(有斐閣)です。こちらも増版が続いて好調だと伺っていますが、どのような本なのか、この機会に概要をご説明いただけますか。
タイトルからもお分かりいただけるとおり、『経験から学ぶ経営学入門』の姉妹書として作ったもので、初版のはしがきにもそのことを謳っています。「経験から学ぶ」というのは、はしがきの言葉をそのまま用いると、大学生レベルの日常経験や感覚からしても、経営や人事の世界の面白さや重要性が十分理解できるように、という考え方に基づいています。
この本も、章のタイトルの付け方を工夫していて、たとえば「採用・異動」というような一般的な言い方ではなく、「採用・異動」の章では「組織は人をどのように雇い入れるのか」、賃金のところでは「組織は人にどのような報酬を与えるのか」というように、平易な日本語でタイトルをつけることで、馴染みやすくなるようにしています。
この『経験から学ぶ人的資源管理』の第三版では、近年の新たな動向を取り入れてアップデートされたとのことですが、森田先生がご担当されている七章、九章、十章、十一章、十四章では、どのようなトピックを織り込まれたのでしょうか。
データの差し替えはもちろんですが、たとえば十一章のリテンションマネジメントやキャリア開発の支援、退職管理のあり方などについては、表現を見直しています。働く場所の多様化を扱った部分では、テレワークについて、コロナ禍の後に書いていますので内容を変えています。
他の章でも新しいトピックを取り入れていますが、共著者の上林先生や厨子先生とも意識しているのは、表面に現れる事象だけでなく、その基盤にあるものは何かを考えてもらえるようにすることです。学生は新しい言葉に関心を持ちますので、そうした新しいワードを入れるとぐっと引き込まれますが、新しいワードだけを追いかけていても意味がありません。川の流れにたとえてみると、、世の中には川の表面に浮かぶ泡のように、現れては消えていくうたかたのようなものがたくさんある一方で、本当に重要なものは、時が経っても変わらずに、川の深いところを本流として滔々と流れ続けています。もちろん、表面に出てきたものの中には、本流になっていくものも幾つかはありますが。いきなり本流の話をしても難しいので、本流に気づいてもらうために、表層にある新しい事象を入り口として持ってくる、ということを意識して書いています。

04著者推奨の「コーヒーブレイク」と具体と抽象を往還する学びのサイクル
森田先生が担当された章は、七章が昇進・昇格、九章が安全衛生、十章が労使関係・労働組合、十一章が退職、十四章が本日もお話に出ている裁量労働・在宅勤務ということです。読者の方に、ここはぜひ読んでほしいというポイントはどこになりますか。
つまみ読みをされるのであれば、各章にある「コーヒーブレイク」のほうが面白いのではないかと思います。本文はあまり自分の思いだけを前面に出して書くわけにはいきませんが、「コーヒーブレイク」は自分が思っていることを書ききれる、「ちょっと考えてみて」というようなことを書ける場所なので、そちらがおすすめです。
裁量労働のところでは、これまでも何度か申し上げてきた「自己規制」という言葉を入れていますし、十一章では「転職支援制度の危うさ」ということで、30年ほど前、1996年の古い新聞記事も引きながら、読者に考えてもらうような内容にしています。もし読者の方と対話をするならば、「コーヒーブレイクを読んでどう思いましたか」、というところからお話ししたいですね。
先ほど少し触れていただきましたが、「経験から学ぶ」というタイトルに込められた狙いについて、さらに補足いただけることはありますか。
少し堅苦しい話になりますが、経験という具体から出発して、それを抽象化して考える。先ほどの「うたかた」という言葉で言えば、経験は表層にある事象であり、本流にあたるのが抽象化された部分です。そして、抽象化したところで考え、それを新たな具体に適用する。そこでまた新たな経験をする。こうしたサイクルを回してもらいたいと思っています。これは経営学に限らず、あらゆる学問に共通することだと思いますが、自分自身の経験だけでなく、想像力も働かせて、まだ経験していない具体から抽象へと考えを引き上げていく、そうした思考をぜひしてもらいたいと思っています。

森田 雅也 氏
関西大学
社会学部 教授
1987年 神戸大学経営学部卒業
1989年 神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)
1992年 神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程 単位取得退学
1992年 関西大学 社会学部 専任講師
1995年 関西大学社会学部 助教授
1996年 神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了 博士(経営学)
2002年 関西大学 社会学部 教授(現在に至る)

