近年、日本企業でもジョブ型導入に向けた議論が活発化している。リモートワークの定着、働き方の多様化を踏まえると、ジョブ型は管理職にとって部下へのマネジメントがしやすいだけに受け入れやすいかもしれない。しかし、これが自律的なキャリア形成を加速するのか、日本企業もすべてがジョブ型雇用に移行するのかというと、法政大学キャリアデザイン学部教授の坂爪 洋美氏はまだまだ議論の余地があると指摘する。

インタビュー後編では、同氏に管理職に期待される役割の変化や日本企業におけるジョブ型雇用の行方などを聞いた。

01優秀な人材を
繋ぎ止める努力が不可欠

自信や覚悟を持てない若手や女性の意識を変えていくには、どうしたら良いとお考えですか。

企業は基本的に存続していくためには、次世代を担ってくれる人材を育てていかないといけません。そういう意味では、しっかりとアプローチをしていくことが大事だと思います。

終身雇用を必ずしも前提としない中でのキャリア形成を意識している今の若手は、労働市場において自分の価値を上げることに対する意欲が高いです。それが「この会社で働き続けて大丈夫なのか」という疑問や不安につながります。つまり、流動性の高い人材が社員であるという点を、経営や人事も理解することが大事になってきます。

仕事でのチャレンジを提供していくことも大事です。団塊ジュニアが役職定年の年齢に到達するようになりますので、この機会を使って若手でも優秀な人材には一度管理職に挑戦してみる、仮にまだ難しいようであれば、一度ポストから外して、再度挑戦の機会を与えるといったことができるようになるといいのではと考えています。

逃げられないようにするには、どうすれば良いのですか。

前の話とつながりますが、管理職への昇進といったキャリアパスは、すべての人に魅力的であるかどうかは別として、社内の魅力的なキャリアパスの1つであることには違いありません。その実現可能性を具体的に示していく、そのために必要ならば今の昇進昇格の仕組みを見直すことも必要でしょう。年功序列的なものは随分なくなってきていると思いますが、仮に課長として必要な能力要件を満たしていても、主任になってから何年か経たないと課長になれないといった縛りがあるならば、外していく必要があります。ジョブ型は、上手くいけばそれができると思います。

もう一つ提案するならば、降格が極めて例外なものでも、懲罰的なものでなく、1つの方法として根付くといいと考えています。残念ながら、この意見はどこでお話してもほとんど受け入れてはもらえません。課長としての力量が足りなかったとしても、余程のことがない限り難しいようです。降格の難しさを実感しています。ただ、例えば登用してみたものの、課長としての業務を担う実力が不足であることが明らかなのであれば、ポジションから外し、能力・スキルを高めてもらった上で、再チャレンジしてもらった方が、本人にとっても組織にとっても健全ではないでしょうか。それだけに、降格は例外的なこととしないという考え方があっても良いのではと思います。

02ジョブ型の浸透が
人事部のパワーダウンを
もたらすことも

この先、ジョブ型雇用が進展するとなると、「管理職」に期待される役割に変化が起こり得るのでしょうか。

管理職からみたジョブ型という点では、「ジョブ型の方が評価がしやすい」という声もあります。職務内容が明示されることで、評価がしやすくなる側面もあるようです。

日本企業のジョブ型雇用がどのようなものとなるかまだ明確にはなっておりませんが、現時点で即座に管理職の役割が大きく変わるというイメージは持っていません。ただ、今後の展開によっては役割変化が生じうると考えています。例えば、ジョブ型の浸透とともに、職場が今まで以上に部下を選ぶ裁量権を持つようになる可能性があります。あるジョブに必要な経験や能力・スキルを有しているかの判断は、職場の方がより適切にできる可能性が高いからです。今、課長レベルで部下の異動についての裁量権を持っている方は少ないですが、今後この役割が新たに追加される可能性はあると考えています。人事部が決めた部下を受け取るのではなく、自分で選んだ部下で要員を構成できるようになれば、マネジメントはやりやすくなる、もしくはマネジメントする上で腹がくくれるといったことにつながるのではないでしょうか。

これを人事部からみると、人事権の部門への部分的な移譲になります。部分最適だけでなく全体最適も大事ですから、人事部が全く社員の異動に関わらないということはないでしょうが、部門の意見を今まで以上に聞く、もっと言えば部門の意見を尊重した異動とするという形になれば、人事部のパワーが低下することも考えられます。ただ、企業の方とお話すると、今でさえ忙しい管理職に裁量権を持たせる、つまり仕事を増やすことに対しては、慎重というか否定的な方が多いですね。

今は転職も珍しくなく、若手社員に十分な教育投資をしなくなってきています。それでは、ジョブ型雇用のもとで仕事ができる力も身に付かないのではないでしょうか。

それはないと思います。前提として、そもそも若手社員の獲得が難しくなっていること、そして今後もその傾向が続くことがあります。必要なスキルを持っている人材を好きなだけ確保できるならば、自社では育成せず、中途採用で獲得を狙うという方針に舵を切り切れるでしょうが、多くの会社はそうはならないでしょう。採用が難しい限り、育成はせざるを得ないというのが一つ目の答えです。

一方で、キャリア自律は、能力の向上に個人も責任を持ちましょう」というスタンスに立つ考え方です。その意味では、能力獲得にむけた教育投資を、企業と個人が分け合うようになるという形はありえると思います。

03自社に適した形での
ジョブ型雇用の模索が続く

入社して2年、3年前後の層に向けては、ジョブ型雇用は成立しにくいのではと考えます。いかがですか。

私もそう思っています。ジョブ型雇用に合わせる形で新卒採用を放棄するという方向に、日本の特に大企業が大きく舵を切ることはないはずです。入社後一定年限までは、当面ジョブ型の議論に入ってこない気がします。

日本企業にジョブ型雇用が定着したとしても、一定の若手層には入ってこない。その上の層が対象になるということで良いですか。

この質問に答えるには、ジョブ型雇用とは何かに立ち戻る必要があります。少なくとも、一定の年齢以上では、職務やポジションと給与との連動は既に入ってきていますし、今後広がると考えます。一方で、年齢や職位がより上の層であっても、ジョブと雇用を直結させることにはならないのではないでしょうか。

一方で、ジョブ型雇用の中でも、職務内容や求める要件などを記述する「Job Description」の話は年齢を問わない話です。なぜなら、年齢を問う話ではないからです。まとめると、大企業では、新卒採用を中心とした人員確保は維持され、ジョブディスクリプションを前提としたキャリア形成が進めながら、一定年齢や職位以上では、ジョブと給与を連動させると考えられます。しかしながら、ジョブと雇用を直結することは進まないでしょう。

中小・中堅企業には、ジョブ型雇用が広がっていくのでしょうか。

ジョブに必要なスキルを既に持っている人材を確保したいというニーズは大企業以上に高いという点でジョブ型雇用に対するニーズは高いという意味で広がっていく土壌はあると考えます。ただし、人材採用の厳しさが増していく中で、必要なスキルをいつも確保することは難しいかもしれません。同様に、ジョブと雇用を直結させるといった取り組みは、人材確保という観点からプラスにもマイナスにも働くでしょう。市場における人材獲得力は業種や職種によって異なりますが、人材獲得力によってジョブ型雇用の導入状況に違いが出てくるのではないでしょうか。

04女性に責任を
押し付けるのは疑問

「キャリアビジョンを持たない女性が多い」という指摘があります。坂爪先生の見解をお聞かせいただけますか。

現時点では、女性の方が男性よりもキャリアビジョンを持ちにくいのかもしれません。それは育児や介護といった仕事以外の要因でキャリアが流動的になりやすいからです。本来であれば、育児や介護といった役割を男性が担っても良いのですが、現時点では女性が担うことが多いです。そういう中で、キャリアのビジョンを描くことが男性と比べて難しいという気がしています。

また、男性と比べると女性にはロールモデルが少ないという現状もあります。キャリアビジョンを描く際の情報が少ないということですね。さらに、今まで長らく女性社員に「キャリアビジョンを持ってほしい」とは言ってこなかったのに、急に「キャリアビジョンを持つように」といきなり言われても、なかなか難しいという問題もあります。「キャリアビジョンを持っていない」という問題が、女性自身に起因する問題なのか、そういう女性を生み出した会社の問題なのか、判断が分かれると思います。私としては、「女性だけに責任を押し付けない」という視点が必要な気がします。

キャリアビジョンを持っていないという現状があるのであれば、会社の女性活躍推進に取り組んでいくなかで、変わっていくのではないかとイメージしています。

企業内で女性もセンター(中心)に立てる場を作り上げていくためには、どうすれば良いとお考えですか。

今の時代、「男性と比べて女性の能力が低い」と公言する人は、さすがに少なくなってきているでしょう。ただ、「負荷が高いが、非常にいい経験ができる仕事が1つだけある」と言った場面で、能力やスキルが同等な男性・女性どちらにアサインするかという場合、「まずは男性」「女性に無理をさせるのは」といった理由で男性にアサインすることがまだまだあるのではないでしょうか。悪意はなく、むしろ優しさをもって、そうしてしまう企業が多いと思います。昇格でも同様のことが起こりえます。こういった些細な場面で紛れ込むに敏感になり、なくしていくことが大事です。

もう1つは、それと矛盾するかもしれませんが、「女性部下に対する追加のサポートを提供する」ことです。「課長職にチャレンジしてみてはどうか」と言われた際、「私には無理です」という確率は、男性よりも女性が圧倒的に高いです。こういう時に「やる気がないなら結構」と切り捨てずに、「いやいやそう言わずにやってみよう」「私は君ならできると思う」といった一押しをすることも必要だと思います。この話をすると企業の方から、「平等だと言いながらも手厚くしないといけないのですか」と批判をいただいてしまいますが、今の段階では矛盾を飲み込んで両方やっていくことが大切です。



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05自社の魅力を語る経営者、
管理職の負担軽減に
努める人事を期待

中小・中堅企業の経営者や人事責任者へのメッセージをお願いいたします。

今、人材確保がすごく難しくなって来ています。その中で経営者は、「うちの会社はここが素晴らしい」としっかり明示をしていく必要があります。会社の外にいる人にとって、「この会社の魅力がどこにあるのか」、会社の中にいる人にとって「うちの会社はこんなに良いところがある」、その両方がないと人は確保できません。それを示すのは、経営者だと思っています。

「うちの会社はこういうことをやっていて、こういう働きがいがある。こんなキャリアの可能性がある」と発信していくことが、まずは何よりも求められます。働き手のキャリア自律が進んだり、ダイバーシティ経営が浸透し、多様な人材が多様な働き方をするようになると、会社や職場の求心力はどうしても低下しがちです。会社で働く人々が組織の一員としてまとまるための仕組みや情報発信は、経営者がやらないといけないことだと思っています。

人事の責任者に対しては、自社の人材育成のあり方の再構築をお願いしたいです。社員の育成は以前と比べて格段に難しくなっています。ハラスメントへの対応や、年上部下のリスキリング、短い労働時間の中での若手の育成など、様々なハードルが今までに育成を難しくしています。そのような条件下で、どうやって育成、特に若手を育成していくかについて考えることがとても大事です。

もう一点は、ミドルシニアの人たちのマネジメントのあり方の整備です。再雇用制度の導入などを通じて、職場の平均年齢は上がっています。また、年上の部下を持つ管理職も増え、管理職の負担感が高まる一因になっています。その辺りをどうしていくのか、いかに管理職のマネジメントのしやすさを高めていくのかを、考えることも大事です。

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坂爪 洋美

法政大学 キャリアデザイン学部 教授

慶應義塾大学文学部卒業。民間の人材サービス会社の勤務を経て、同大学大学院経営管理研究科博士課程単位取得退学。博士(経営学)。和光大学を経て2015年から現職。専門は人的資源管理・組織行動論。近著に『シリーズダイバーシティ経営 管理職の役割』(中央経済社、2020年、共著)、「管理職の役割の変化とその課題 ──文献レビューによる検討」(『日本労働研究雑誌』、2020年、単著)などがある。

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