JOB Scope マガジン - インタビュー記事

関西学院大学商学部教授松本雄一氏 /孤立する学びを超えて――実践共同体が切り拓く人材育成と組織変革の新潮流(前編)

作成者: JOB Scope編集部|2026/04/28

「自律的に学べ」と求められる一方で、その方法は個人任せ――。多くの企業で見られるこの状況に対し、関西学院大学・松本雄一教授は強い問題意識を抱いている。人的資源管理論を専門とする同氏が提唱するのは、人が一人で学ぶのではなく、仲間と共に学び合う「実践共同体」という考え方だ。共通のテーマのもとで実践を共有しながら学ぶこの仕組みは、個人の成長だけでなく、組織全体の学びの質や文化そのものを変えていく可能性を持つ。本インタビューでは、実践共同体の基本概念から導入のポイント、成功の鍵、そして自律型人材育成やキャリア形成への影響までを多角的に紐解く。孤立しがちな現代の学びを問い直し、これからの人材育成のあり方を考えるヒントがここにある。前編では、松本先生の専門分野やメインの研究テーマなどを聞いた。 

 

【こんな方に、ぜひ読んでいただきたい】 
①社員の自律的成長を促したいが、具体策に悩む経営者・人事責任者の方 
②研修やOJTだけでは限界を感じ、学びの文化を根付かせたい組織リーダー 
③一人での学びに行き詰まり、仲間と成長する新しい方法を模索するビジネスパーソン 

【前編のエッセンス】 
人的資源管理論を専門とする松本雄一氏は、「一人で学ぶ」ことが前提となった現代の人材育成に疑問を投げかける。学びの孤立を乗り越える鍵として提唱するのが「実践共同体」であり、人々が共通のテーマのもと実践を共有しながら学び合う場である。自宅や職場に加わる「第3の学びの場」として機能し、個人と組織の学びをつなぐ役割を果たす。演劇部での原体験や研究の蓄積を背景に、松本氏は「楽しく共に学ぶ」ことの重要性を強調し、従来の育成手法に加える新たなアプローチとして、その意義を提示している。 

01「一人で学ぶ」時代への違和感と人材育成の再考 

松本先生のご専門分野をお聞かせください。

専門は、人的資源管理論と経営組織論です。ただ、自分の研究テーマの中では、人材育成をメインに手掛けています。基本的には、人材育成を一人で勝手にやらせず、皆でやろうというスタンスです。 

昨今は、自律的に学んで成長する時代と言われています。それが結局、人の孤立を生んでしまっているような気がします。仕事の中で学んで成長する方法を、自分一人で考えなくてはいけないことになっているからです。とても大事なことであるのに、「それで良いのか」と思ってしまいます。 

私自身、もうすぐ大学の講義が始まります(2026年4月上旬に取材)。私が受け持つ「人材開発論」という授業は、基本的に「人材を育成するための理論」です。ただ、話を聞く学生たちは、当分誰かを育成する側には立つことはないでしょう。そういう時には、これを裏返しして、「自分を成長させるための理論」だという風に考えてほしいのです。人を成長させるための理論であるなら、自分を成長させることと一緒です。「そういう観点で、この授業を聞くと自分の問題として捉えることできます」と言うと、「確かにそういうことですよね」と思ってくれるので、学生の評判は割と良いですね。  

共通するのは、自分だけで自分を成長させる必要はないということです。何しろ、一人で学ぶことには限界があります。だから、皆が皆お互いに成長させ合っていく。そんな環境、あるいは考え方をどうやって作っていくかを研究しています。それは結局、人的資源管理論的に考えても、人的資源の質の向上や資源を活かすことにつながると捉えて研究しています。私の論点としては、そのような感じだと考えていただければと思います。

人的資源管理論の中でも、特に松本先生が人材育成に興味を持たれたきっかけは何だったのですか。

大学院で人材育成を研究することになったきっかけは、師事していた故・加護野忠夫先生(元・神戸大学名誉教授)から勧められたことです。「こういうのをやってみたらどうか」というような感じでした。 

経営学における人材育成は、OJTと研修、自己啓発などのOff-JTという、三つの枠組みが基本になっています。その下に、いろいろな考え方があるのですが、「ざっくりしすぎていないか」「心理学や教育学などの分野では、人のスキルや技能を高めることに関してどういう考え方があるのか」「もう少ししっかりと研究した方が良いのではないか」と言われ、「確かにそうですよね」と思ったのが、そもそものきっかけでした。 

割とパーソナルなことを話すと、私、大学の時には演劇部に在籍していたんです。演劇部では部員一人ひとりが、自分のやり方で後輩を育てていました。しかし、私からすると、「もう少し上手いやり方があるのではないか」とずっと思っていました。 

実際、自分で演技ができるようになるために、定評のあるやり方は幾つかあります。そういうものではなくて、演劇部では個人個人が考えた育成の方法が採用されていて、結局私もそうやって育てられてしまったのです。「もう少し真面なやり方が必要であったのはないか」という問題意識が学生時代からありました。それで、「やってみるか」と思い立ち、今に至るということです。

在籍された演劇部での育成法に対する不満が松本先生の研究の原点にあったのですね。ところで、松本先生は演劇部では演者をされていらしたのですか。それとも、脚本や演出志向だったのですか。どちらのタイプでしたか。

脚本を書いて演出をするのは、演劇部の中でも限られた人しかできないので、大抵は役者になるか、あとは大道具とかのスタッフですよね。私もその両方をやっていました。 今流に言えば、「二刀流」ですよ。基本的に皆そういった感じでした。 

私はどちらかというと役者よりも大道具がメインだったのですが、大道具チームをマネジメントすることにも結構関心がありました。そのため、「皆が楽しく働けるためには何をしたら良いのか」と学生時代から良く考えていました。その辺りは、今の研究に続いているのかもしれません。「どうせ仕事をするなら楽しくやろう」というのが、私のモットーです。 

02原体験と問題意識が導いた人材育成研究の道 

今回のインタビューも楽しく行わせていただいています。ところで、松本先生の研究テーマに「実践共同体」による人材育成があります。また、2024年8月には著書『学びのコミュニティづくり ―仲間との自律的な学習を促進する「実践共同体」のすすめ』(同文館出版)も出版されました。そもそも、「実践共同体」とは何を意味するのでしょうか。松本先生が興味を持った理由も教えてください

  

ありがとうございます。本を買っていただいたのですね。助かります。実践共同体とは、基本的には学びのためにみんなで集まって活動するコミュニティのことです。 「学びのコミュニティ」と言い換えていただいても大丈夫です。 

基本的に皆で集まって学び合うことなのですが、ただ単にみんなで集まって知識をやりとりするというよりも、何かにみんなで取り組んで、その結果を共有し合う、実践を共有するコミュニティなので実践共同体と言っています。 

整理すると実践共同体を構成する要素としては、3つあります。 

1.  領域:ある共通のテーマについて学び合う。最初から決まっている必要はない 
2.  共同体:互いに交流しながら作用しあいながら学ぶ。モチベーションを生み出す 
3. 実践:みんなで一定の活動に取り組み実践し成果物をもたらす 

ということです。 

ただ単に仲間で集まって話をしているだけであれば、その程度の関係です。しかし、例えば、野球部で3年間ずっと野球をやってきたみたいな感じだと、もう一生ものの絆ができます。 それは、みんなが仲良くしているからというよりも、みんなで野球に取り組んでいるからです。  

それと同じように、ただ単に知識をやりとりするだけではなくて、みんなで学びのための活動を積極的にやっていき、最初はそうでもなかったとしても徐々に積極的になっていって、「ここってすごく大事な場所だよね」とみんなが感じるような学びのコミュニティを通じて学ぶ方が、学びにとっても、その他にとってもよいことがあるということです。基本的には、みんなで集まって学ぼうというような感じのコミュニティだと捉えていただければ結構です。

03学び合いで成長する「実践共同体」とは何か 

はい、わかりました。松本先生は、以前の取材記事の中で「実践共同体とは学習の第3の場所となる」とコメントされていました。それはどういう位置づけなのか補足いただけますか。

そうですね。「学びの第3の場所」というのは、米国の社会学者であるレイ・オルデンバーグが提唱した「サードプレイス」という概念から来ています。サードプレイスについて説明すると、ファーストプレイスが自宅、セカンドプレイスが職場です。そしてサードプレイスは、家でも職場でもない自分の居場所みたいなところを指します。そこは、人生を充実させるためにとても重要だという研究です。 

「学びの第3の場所」は、「家と職場でしか学ぶことはできないのではない」と言いたいのです。家だと一人ぼっちです。職場だと仕事をしながら学ぶのは結構大変ですよね。 だから第3の場所が必要なのです。そこには学びに関心のある人たちが集まって、お互いにやっていること、頑張っていることを共有し合い、それに対してみんなが突っ込んでいったりする。そういう場所があることで、自宅の学びも職場の学びも活性化していきます。それで、私は「学習の第3の場所」という言い方をしています。 

そうすると、自宅・自分・個人と言いますか、その輪が一つあるとします。それから職場・会社という輪があるとすると、この実践共同体は、それらの2つの輪が重なる部分を増やすというか、場合によっては懸け橋になるみたいな、そういう捉え方で良いのですか。

おっしゃる通りです。それを、私は「3つの輪モデル」と名付けています。結局、3つの輪が重なっている部分と重なってない部分があり、重なっていない部分は自分では大事だと思っているけれども、職場はそれに関心がない、あるいは職場は大事だと思っているけれども、個人はあまりそこに関心がないという状態です。   

その学びのミスマッチを解消するには、そこの2つの輪の上に実践共同体で学べるという輪を重ねることで、お互いに手の届かないところの学びを介抱していくことが大切です。 そして、関与していく。個人は同時に幾つもの実践共同体に所属できます。 だから、そういうのをポンポンと個人や職場に重ねていくと、今まで手が届かなかった学びを促進することができるというのが、「3つの輪モデル」です。言い換えれば、実践共同体を個人と組織の懸け橋とすることで、両者が近づくことができ、学びの方向性を一緒に考えることができるようになっていくのです。  

04個人と組織をつなぐ「第3の学びの場」という視点 

この「実践共同体」という概念は、松本先生がお考えになられたというよりも、以前からあったということでよいですか。 

そうですね。1990年代に「実践共同体」は認知心理学者のエティエンヌ・ウェンガーによって提唱されたものなので研究蓄積も結構あります。2000年代初めぐらいに経営の中で知識や技能を共有し合うというような感じの概念として変わり、そこから経営学の研究が進んできました。なので、経営学の中でも研究の蓄積がかなりあると言って良いでしょう。 

松本先生は大学の頃、演劇部のみんなと一つの作品を作り上げようと、いろいろ議論されたことでしょう。そして、大学院での研究の中では人材育成をメインにということで、実践共同体に注目されたと思います。「これって面白そうだ」「極めてみたい」と決めたのはいつ頃の話ですか。  

やはり、大学院生の時ですね。実践共同体と言う概念を師匠に紹介され、各企業の事例を目にするに従って、「これって結構面白い考えだな」とより一層思うようになりました。 そこから自分でも事例研究をするようになり、やはり上手く実践共同体を活用して学んでいるところは、その活動自体が楽しそうですし、みんなが生き生きと学び合っていました。「これをみんながもっとやったらいいんじゃないか」と感じどんどん研究していったということです。 

松本先生は、2019年に著書『実践共同体の学習』(白桃書房)を執筆されていますが、実践共同体への着目はかなり前からということなのですね。何十年もの研究の蓄積を集大成したのが、その一冊だったのですか。

  正直言いますと、『実践共同体の学習』を執筆する前に、『組織と技能―技能伝承の組織論』(白桃書房)などの本も出しています。そこではいろいろな理論を取り上げたのですが、その中でも「実践共同体が面白そうだ」と感じ、「しばらく研究してみるか」という感じで、そこにフォーカスして研究を進めて現在に至っています。  

05孤立する学びを超え、共に成長する時代へ 

松本先生は、昨今も「実践共同体」関連の著書を続々と執筆されていますし、多くのメディアの取材をお受けになられています。なぜ今、「実践共同体」が重要になっているのでしょうか。その必要性を紐解いていただけますでしょう。 

そうですね、みんな「自分が成長しなければならない」というプレッシャーを感じているのではないかと思います。しかし、「それをどうやってやったらよいのか」は、「自分で考えろ」と言われてしまっています。しかも、「自分一人でそれをやらなくてはいけない」。 そして「学ぶことは苦しいものだ」と思い込んでいます。 

こんなことで、日本企業の人材育成が進んで行くのかというと、疑問でなりません。そこで私は、「どうして、そんな辛いと思っていることをやらなければいけないのか」「学びのコミュニティを作り楽しくやっていきませんか」と企業で働くビジネスパーソンに話をすると、「嫌です」という人が出てきます。 

「どうして嫌なのですか」に聞くと、その理由は二つあるというのです。一つは、大学で勉強は卒業したから、もう勉強は嫌だ」ということ。これは「勉強が嫌なものだ」という固定観念を持っている方です。もう一つは、「一人で勉強をやるのはもう嫌だ」です。これは学びには積極的なのですが、一人ぼっちでずっとインプットばかり繰り返しているうちに、モチベーションがなくなってしまうという方です。  

こういうようなケースで、結局企業の中の人材資源の質がなかなか高まらなくなってきています。それならば、どうやって学んだら良いのか。自分には良くわからない。ただ、「自分一人で学ぶのは嫌」「嫌々学ぶのももうしたくない」というわけです。 

これを解決するためには、どうしたら良いのかと言えば、学びたい人たちがお互いに集まって、一緒に学ぶことです。 一緒に学ぶと楽しいし、みんながやっているんだからという関係思考的(組織や個人の関係を構築し、より良い結果を生むための重要な考え方)な学びの動機も手伝って、一緒に学ぼう、そしてお互いにそれを成長させ合う環境を作り出すことができます。  

もちろん、「従来から存在するOJTや研修、e-ラーニングなどのOFF-JCTといった学習のやり方を変えて、すべて実践共同体に変えてください」と言うつもりはありません。今までのやり方にもそれなりに合理性がありますし、わかりやすいので続けてもらってよいのです。 

むしろ、「そこに実践共同体という考えをアドオンしてみませんか」というのが、私からの提案です。「実践共同体の意義を考えていただきたい」というような感じですかね。  

実践共同体に着目する必要性は、嫌々一人で学ぶことにもう限界が来ていて、そこを変える一つの方法になるということです。それを訴えたいと思います。  

松本 雄一

関西学院大学

商学部 教授  

関西学院大学商学部教授。博士(経営学)。北九州市立大学経済学部経営情報学科助教授、関西学院大学商学部准教授を経て現職。専門は経営組織論、人的資源管理論。主な研究テーマは実践共同体による人材育成、組織における技能形成。『ベーシックテキスト 人材マネジメント論Lite』『ベーシックテキスト 人材開発論Lite』(同文舘出版)、『学びのコミュニティづくり ―仲間との自律的な学習を促進する「実践共同体」のすすめ』(同文館出版)ほか、著書多数。『実践共同体の学習』(白桃書房)が2019年度日本経営学会賞(著書部門)研究奨励賞を受賞。 

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