日本人は生真面目な民族だ。それが、プラスに出る場合とマイナスに出る場合にわかれる。イノベーションの創出に向けてはどうか。過去は違ったかもしれないが、ここ数十年では間違いなくマイナス面が大きい。今持っている技術力を活かして、新たな市場を切り拓けないかと律儀に考え続けているものの、突破口を見出せないでいるのが実情だ。一方、世界を見ると、日本人には信じられないほどのダイナミズムで新市場を創出している企業家がいる。実際、非合法取引/非合法市場で生まれた製品やサービスを洗浄し、合法化してしまっている例が数え切れない。そうした経営技術に日本人経営者やビジネスパースンも着目すべきだと提言する経営学者がいる。東京都立大学大学院 経営学研究科 准教授の高橋 勅徳氏だ。名付けて、「イ・リーガル・アントレプレナーシップ」。どのような概念なのか、『イ・リーガル・アントレプレナーシップ 法と倫理のはざまを漂う企業家精神』(同文館出版)の出版を記念して3回シリーズでインタビューしてみた。後編では、高橋教授が目指す経営学像をクローズアップする。

 

【後編のエッセンス】 
後編では、法と倫理を「守る対象」から「付き合う対象」へと捉え直すことの重要性が語られる。ブラック企業や未承認薬の個人輸入代行など、一見問題視されがちな事例も、法律の構造を深く理解することで市場が生まれるメカニズムが見えてくる。iHerbやLUUPに代表されるように、規制や制度の壁によって抑えられたニーズは、合法化の設計次第で巨大な市場へと転換可能だ。一方で、その技術は悪用すれば社会的余裕を削り取る危険性も孕む。だからこそ、法律と倫理の境界を読み解き、社会的価値へと接続する視点が不可欠であり、それ自体が現代における最も具体的な経営技術なのだと結論づけられる。

【後編のキーメッセージ】 
①法律はビジネスを縛る鎖ではない。構造を理解すれば、市場創出を導く地図となる。
②非合法市場は排除すべき対象ではなく、合法化によって社会価値へ転換し得る資源である。
③同じ技術でも使い方次第で社会を豊かにも貧しくもする。倫理意識が経営の前提条件だ。

01法と倫理は守るものではなく使いこなすもの 

「人の上に立つものは法と倫理を守らないといけない」と、誰もがもう子供の頃から親や周囲に言われて育ってきました。このご時世、大手企業は特にコンプライアンスに対する意識が強くなっています。でも、これからは法と倫理に守るではなく、付き合っていくという時代。そこが大事だと高橋先生はご指摘になられています。自分たちのビジネスにいかに応用、実践していけば良いのか、何からどうアクションしていけば良いのか、ヒントを頂けませんか。 

例えばの話ですが、法と倫理のはざまにあるイ・リーガル・アントレプレナーシップは皆、素のところでいっぱいやっています。過去の事例でも沢山あります。悪い代表例でいうとブラック企業がそれです。労働関係の法とかだと、今法律上労働時間が法律でも規則でも決められているので、それを越える残業ができません。もし、それをやった場合は当然残業代も払わなければいけません。だとした時に、ブラック企業の経営者は法律を見た時にどう考えるかというと、法律上では管理職は労働者に該当しません。だったら、どんどん見かけ上の管理者を増やせば、タダで残業をさせ放題だよねということになります。大手ファストフードチェーンでも、社員の大部分を管理職にするなどとして問題になったことがありましたよね。

人件費がある程度固定されたコストだと考えた時に、給与に対する生産性を可能な限り上げようと思うのであれば、タダ働きさせる労働時間を増やすしかありません。しかも、できれば毎年のように経営者が給料の賃下げ交渉ができる状態を作れば良いのですが、普通に雇用していたら難しいと言わざるを得ません。だとしたら、従業員との関係を基本的に今までの普通の雇用契約から事業委託の契約にしていく、従業を個人事業主にすると社会保険料も払わなくて良くなるということを思いついて、実際にやってしまった会社がありました。

どういった会社ですか。

どこと言ったら訴えられかねませんので、あるブラック企業ということにしておきます(笑)。要は、悪い奴らほどそういう法律との付き合い方に長けているという見方ができます。私は本の中でそういう使い方をする人はイ・リーガル、本物の非合法取引という言い方をしています。ですが、先ほど言ったように、この世には法律との付き合い方に注目していくと、手に入らないニーズをいかに合法化するのかという、一つの考え方にたどり着きます。

手に入らないものほど、実はニーズというものが発生するという一つのメカニズムがあるのです。このように考えていくと、本の中でも書かせていただきましたが、アナボリックステロイド(主要な男性ホルモンであるテストステロンを人工的に改良した合成ホルモン)の密輸という話があります。あれは何かというと、日本で保険認証されていない薬は、基本的に病院で処方することもできません。薬局で売ることもできません。それは何かっていうと、薬事法という法律でそれを取り扱える人々と、薬の種類が決められているからです。しかし、現在の法律では、海外の薬の一部は個人で輸入して利用する分には、基本的に麻薬でない限り、自己責任のもとで利用は自由であるとされています。

実は、今から20~30年前ぐらいにインターネットで通販ビジネスが始まった時から、日本で未承認の薬を個人輸入で代行するビジネスが成立していました。これも個人で買ったやつを売ったら、これは違反になるので、注文を受けてからお金を預かって決済の代行をするという形にすると法律違反にはならないということまで読み切った上でやっているビジネスです。これは、グレーゾーンのビジネスなのですが、手に入らない薬であったり、法律上や流通の壁、制度の壁で手に入らない薬だったり、サプリメントを欲しいというニーズをいかに合法的に行っていくのかという制度の壁がある、法律の壁があるから市場が生まれました。

ならば、その市場があるとすれば、どういうふうにそれを合法的に商売するのかというのは、法律との関係で初めて見えてくることができます。実は、そういう形で可能な限り合法で、日本では取り扱っていないサプリメントを合法的にビジネスとして成立させているのは何かというと、今結構多くの若い人から老人まで色々使っている「iHerb(アイハーブ)」というサイトです。

どんなサイトなのですか。

日本だと薬事法や業界の自主規制の関係で、ビタミンやミネラル、アミノ酸の上限値がある程度決まっています。しかし、それより高濃度なサプリメントが、海外では普通に売られています。それを輸入代行するポータルサイトとして、「iHerb」が成立していて、筋トレが好きな私も良く使っています。「iHerb」で海外のプロテインを買いますし、日本のサプリメント会社では提供されていないようなミネラル系のサプリやアミノ酸系のサプリを買っています。「iHerb」のほうが安いという理由もあるのですが。

仕組みとして考えていくと、薬事法との関係で日本国内では売れないのですが、輸入代行の形を取ってしまえばビジネスとしては可能になると考えると、法律と上手く付き合うことで出来上がっていったグレーゾーンやアンダーグラウンドの市場を合法にしていく手続きをきっちり踏んで言った先に、「iHerb」があります。これがビジネスとしてどれぐらい大きくなっているかというと、日本国内ではヤマト運輸や佐川の宅急便が通販を担っているのですが、あまりにも量が多すぎて、業務が過多になるぐらいの法人流通量があります。Amazonに次ぐくらいの流通量を提供するまでの会社になっています。

本書は、特に悪いほうで使うと先ほどのブラック企業製造装置みたいな製造マニュアルみたいに使われてしまう可能性があります。他方でこの考え方が特に有用になるのは、新規事業を作ろうとする時です。隠れたニーズはどこにあるのかというのは、どんなマーケティング調査をしても探すのは難しいです。しかし、法律で取引が禁じられているものとか、制限されているものから調べていくと、簡単に隠れたニーズが見つかります。

だとすると、そこから満たされないニーズは具体的に何なのかは、流通量が法律上限られているか、禁止されているか、倫理的に認められていないためアンダーグラウンドマーケットや非合法取引グレーゾーンで取引されているものから、初めてリアルなお客さんを想定して商品の企画を作ることができます。同時に、それを合法的に流通させようとすると、要はベンチャーとして成立させようとすると、それをいかに流通させるための、洗浄・公然化・合法化という手順が必要になってきます。

02非合法市場に眠るニーズを読むための視点 

高橋先生、非合法市場に宿る確かなインスピレーションを得るには、どうすれば良いのでしょうか。言葉を変えると、非合法市場に潜んでいるビジネスチャンスを見つけ出すにはどうしたら良いのかというノウハウ論でいくと、自分たちのビジネスを取り巻いている法律を知ること、理解することに尽きますか。 

恐らく一部の業界の人たちは、自分の関連している法律について詳しいと思いますが、その法律をどう使うのか、どう付き合うのか。守るだけではなくて、それとどう付き合うのかを一生懸命考えていくことが、実はクリエイティビティであったり、イノベーションであったり、新規事業開発の一つの手段であると考えた方が良いのです。これがイノベーションを生み出すための、具体的な経営技術の第一歩であるのではないでしょうか。

だとしたら、今自分たちの事業を縛っている法律は何なのか。自分たちのお客さんが取り扱っている商品に関わる法律が何なのかを見ていくと、必ずそこで流通がストップしていたり、供給量が限られてしまったり、性能が限られているという不均衡が絶対見つかるはずです。いきなり不均衡を探そう、いきなり満たされていないものを探そうと思うと本当に難しいのですが、法律や倫理を補助線にするだけでものすごく見つけやすくなります。なので、冷静に言って、私ここが技術なのではないかと思います。

法律や倫理で何が規制されているか、何が抑えられているのかを知ると、その逆に非合法市場があることがわかります。その影に。なぜ規制されているかというと、ニーズがあったからです。ニーズがあったけど、そのニーズの立ち方に問題があったから規制されているのです。

そこのニーズは確かにあるとしたら、そこをいかに合法化するのかを考えていったほうが、絶対ニーズペインシェアを得ることができます。要は、そこに潜んでいるニーズを市場化して、企業家的な利潤を獲得する一番近道になると思います。

03グレーを白に変える合法化プロセスの実例

法律を知っただけではなく、またロビー活動もしなければいけなかったりする可能性もありそうです。

LUUP(ループ:電動モバイルアビリティのシェアリングサービス)は、まさに成功例と言って良いでしょう。上手く行きすぎて、皆は「けしからん」と思っているくらいです。経営学者として、バイク乗りとして私も個人的には「けしからん」と思ったのですが、経営技術として評価していくと、LUUPがベンチャー企業としてグレーゾーンを合法化していくプロセスは、本当に経営の教科書に載せたいくらいのお手本です。あれを本当に法律と倫理の境界にどう向き合っていくのか、要は綺麗な合法的な取引にしていくのかに関して、私はこの本を執筆してその卓越性を初めて理解しました。私は個人として、そのサービス使うかどうかは置いていて、そう思っています。あのLUUPの社長と経営者グループは非常に若いです。今の30代前半の世代は、あの感覚を身につけた経営者が出始めていると思った方が良いです。ああいう人たちとこの先、年齢に関わらず競争をしなければいけない社会が来るはずです。だとしたら、このイ・リーガル・アントレプレナーシップで、法律と倫理との付き合い方、そしてグレーなものをクリーンにする、しかもそれがクリーンにしていく過程で、必ず倫理的にこれは経済に貢献していますという状態にしなければいけません。

一方で、この点で一線を越えて摘発されてしまったのが、退職代行サービスのモームリであると思います。日本の雇用慣行と労働関係の法律では、自主退職に関する規定が曖昧です。プロスポーツ競技の場合は、選手側から契約解除するための条件がある程度定まっていますが、会社の従業員が退職するとなると「今日で辞めます!」と言っても、引き継ぎが云々とか、迷惑をかけるなとか、時には損害賠償をチラつかせながら無理やり引き止められることが多発していました。いわば経営者側が法律の曖昧さを武器にしつつ、「辞めたくてもやめられない人たち」を生み出して、退職代行という市場を生み出した先駆けがモームリでした。

もちろん、会社側も損害賠償をはじめて訴訟をチラつかせて来るわけですから、弁護士と連携することは必須となります。とはいえ、弁護士法72条の規定でもあるのでモームリは「◯◯さんが退職します」という意志を伝える業務だけしかできず、その後に企業と〇〇さんの間で有給休暇の消化や未払賃金の支払いなどの交渉については、弁護士の業務となります。そしてこの交渉の依頼は、法律上は〇〇さんが弁護士に依頼せねばならないし、モームリが報酬を得る形で◯◯さんに弁護士を斡旋することは禁止されています。

とはいえ、退職代行ビジネスをやっていると、弁護士による交渉業務は頻繁に発生するわけですから、クライアントに弁護士を斡旋して紹介料を得るチャンスを逃したくはない。そこで抜け道として、モームリは提携する団体への賛助金や、アファリエイト広告の業務委託名目で、弁護士に振り込んでもらう形式で、法の抜け道を作りました。

実は資金の流れを迂回する団体や企業を作り、名目を変える形で法律に引っかからないようにする手法は、あちこちで行われています。政治家の政治資金集めでもこの方法がよく用いられますし、ソーシャルビジネスでも偶に見受けられます。

法律的には適法、しかし倫理的には黒に近いグレーの手法であり、これが摘発されるのはある種の政治的力学で決まっていくのではないかと思います。政治家の場合ですと、その手法を通じて資金を提供している側が社会的に問題のある団体や個人である場合、ソーシャルビジネスの場合はこの手法で集めた資金を、ソーシャルビジネス以外の個人的用途に利用した場合に事件化され、摘発の対象になります。

そう考えるとモームリの事例は、経済界的にも、法曹界的にも「適法ではある」という形で許容できないレベルの悪影響を与えてしまったことが、摘発に至った経緯なのではないかと思います。本書の表現を使えば、法律的には合法化不可能な弁護士への斡旋を、公然化する手段を作り上げたものの、公然の状態を維持する技術が足りなかったと考えることができなかったと言えるのではないでしょうか。その公然化を維持する方法としては、『イ・リーガル・アントレプレナーシップ』ではパチンコの三店方式の事例を通じて解き明かしていますので、参考にしていただければよいかと思います。

しかし、この内容については、あくまで社会に貢献するための技術として、この本で書いている経営技術のところをしっかり学んでいただきたいというのが、私としてはメッセージになります。悪用は禁止です。これはだけは、やめてほしいです。

04悪用厳禁の理由と経営技術の倫理的限界

今回の記事タイトルに「悪用禁止」を入れましょうか。

本当にそうなのですが、今出版社からこの本のPRになるような追補の原稿を書いてくださいと言われています。そこでは悪用のパターンを書こうと思っています。先ほどのLUUPは絶賛しましたけれど、イノベーションを起こし、新市場を作り、雇用を生み出すというこの本で書いた公正化から合法化へというプロセスの本当にお手本と言って良いことをやり遂げました。おそらく、この手法を狙ってやれる若い経営者の世代がこの先増えてくるだろうと思っていますし、先の衆院選で躍進したチームみらいなどは、その現れじゃないかと思います。

もう 1個増えているのが合法的な制度を利用しながら資源を獲得して、利益も獲得して、その利益を非合法な形でポケットに入れてしまうという、いわゆる中抜きですね。それを私は、某大手代理店や某政党のスキームだと言ったりしています。法律を使って合法的に違法利潤を獲得するというやり方もあります。実は、この本でも先行研究でも触れてなかった手法です。イ・リーガル・アントレプレナーシップのうち、唯一非合法の取引が公然に認められるのは、それが必要悪としてプラスになっている紛争地域の闇市場ケースです。この場合にのみ、非合法の状態でも認められますし、社会の中でも可能な限り合法の手続きを取ってくれたら認めてあげるという優しさや余裕が出てきます。変な言い方ですが、その優しさや余裕がある限り、私はこの日本社会はまだ発展の余地があると思っています。他方でそのリソースを削ってしまうの、合法的な仕組みを使いながら、非倫理的な、あるいは非合法的な利子を獲得するバイパスを作る人たちです。

例えば、コロナ禍で流行った補助金を懐に入れるスキームを、色々な業者が作ってしまいました。ああいうのは、社会から余裕をなくしてしまいます。少しでも怪しい稼ぎ方をしている人がいたら、社会のリソースを削るのではないかと疑ってしまいます。だとしたら、私は正義感の判断で可能な限り避けたいけど、アントレプレナーシップという観点から考えた時に、もう一個考えなきゃいけないのがイ・リーガルだけど倫理的な商売と、リーガルだけど非倫理的な稼ぎ方がこの世にはあって、この2つを混在して排除するとそれは実は社会全体の不幸を招く、互いに余裕をなくしてリソースを削っていくやり方になります。リーガルだけど非倫理的な稼ぎ方は、私がこの本で書いたイ・リーガル・アントレプレナーシップの方法とほとんど変わりません。なので、これに関しても注意を喚起しなければいけないというのは、本を出して読んでいただいた先生とディスカッションしている中で出てきたものでした。できれば早急にそれが公開できたら良いと思って、今一生懸命書いているところです(取材当時時点)

05「野生の経営学」と「養殖の経営学」の違い

こちらの本の帯に「野生の経営学」という言葉があります。また、高橋先生の「note」( https://note.com › dobunkan )では「ゴンゾー経営学」という言葉も記されています。高橋先生が目指されている経営学の研究家像というか、アントレプレナーシップ研究家としての像、さらには今どんなテーマの本を書こうとお考えなのかもお聞かせください。

一つは「野生の経営学」は、私がこの本の編集者と出会った時から、「先生の肩書はこれでいきたい」とずっと言われていました。それを、私が『アナーキー経営学 街中に潜むビジネス感覚』(NHK出版新書)という著書の中で、「野生の経営感覚」という概念を入れています。従来の経営学が、どんどん科学として洗練されていき合理的なものになっていく。これをフランスの人類学者であるレヴィ・ストロースの著作に基づいて「養殖された経営感覚」と指摘し、それに対置する概念として「野生の経営感覚」と提唱しました。野生の経営感覚とは何かというと、人間は生きている限り、例えば人間が農業を始めた時から「これ来年どうするか」、「この畑をこれから田植えするために人の配置をどうするか」、「これからどれぐらい収穫できて、その収穫から何人ぐらいが生活できるか」という経営感覚がずっとあったわけです。多くの人、江戸時代も明治時代も、自営業の人たちは沢山いました。そういう人たちは、そういう野生の経営感覚を持っていたし、現代では企業家と言われる人たち、あるいは自営業者と言われる人たちは、経営学を勉強する前からそういう感覚があったわけです。この感覚を捉えるために、私は「野生の経営感覚」という言い方をしています。「これを突き詰めると『野生の経営学』としてシリーズ化できますよね」と言い出したのが、この本の編集者の方だったんです。

 「野生」と「養殖」ですか。 

経営者という専門職業が出て来てしまったのが、この100年ぐらいの話です。その専門経営者が学ぶべき学問として成立したのが経営学という学問です。あくまで学問として成立したので、どんどん科学的に洗練されて非常に高度になっていゆき、「養殖された経営感覚」が生み出されました。その高度な学問を勉強した人がビジネススクールとかで勉強した人が管理職になっていくという社会が、この20年、30年の日本が目指しているところですし、世界、特に米国やヨーロッパではそれよりさらに前から、会社で取締役になろうと思ったらMBAを持っていないといけない、あるいはファイナンスを学び専門の科学的技能を身につけた人が経営者や企業家になるというのが、当たり前になっていまます。経営学はこういう実社会の変化とともに育ってきたわけです。その結果、見落として来てしまったのが、「野生の経営感覚」なのです。私は企業家研究をやっている限り、どうしてもそこに向き合わざるを得ません。

なぜなら、大学在学中にベンチャー企業を起業したり、会社を辞めて全く違う分野でベンチャー企業を起業した結果、全く勉強していない人たちが、ある種の発想とかを生み出して、それこそ経営技法や経営ビジネスモデルを見い出していく様を今まで見てきた中で、科学的な経営学ももちろんあるのですけれど、それ以外に現場の人たちがやっている経営学、経営感覚が確実にあることを肌で学んできました。だとしたらこの経営学、この野生の経営感覚も学問の対象にできるはずなのではないかというのが、私のこの5年ぐらいの研究テーマになっています。だから、そういう意味で「野生の経営学」をやりましょうという編集者の提案は非常に的を得ていると私は思います。

最近改めて気づいたのが、この野生の経営学というものは、経営人類学(経営学と文化人類学の融合を目指す学際的な学問)という領域で、既に取り組まれていたことです。日本でも元京都大学教授の日置弘一郎先生が取り組まれていて、私が大学生か大学院生になったぐらいの時に、経営人類学の入門書が日本でも出版されました。海外では経営人類学を専門とする学会もあるのですが、残念なことに日本では取り組んでいる人がは、ほとんどいない状態です。 

経営人類学というジャンルは、初めて聞きました。

最近ある学会に行った時に行った時に、私の報告を聞いた先生に「高橋がやっていることは経営人類学だよね」という言葉を頂きました。それを聞いて、「私が野生の経営学をやりたい、やるんだ」と『アナーキー経営学 街中に潜むビジネス感覚』を出してから特に言ってきたことは、これだったのか思ったのです。要は市民の中、あるいは日常生活を送っている人たちの中にも経営という感覚があって、それがそのまま経営学の対象になる。するとできるだけ経営に遠い人の中に経営という感覚を見い出していくのが、経営学という学問の幅を広げていくきっかけになるのではないのかと思いました。

私は経営学を学問として発展させていく方向は二つあると思っています。一つが、学問として洗練させる、頂点を高くしていくというやり方です。もう一つが、その頂点を前提にしながらどんどん横に広げていく。例えば今まで管理職のための学問だったのを、実は私の師匠である金井壽宏先生(神戸大学名誉教授)が、キャリアという概念を入れることによって、働く人一人ひとりのための経営学になりました。キャリアマネジメントは、働かされる従業員の側にとっても重要です。だから、キャリアって概念ができたことで、経営学が管理職の学問から働く人すべての学問になりました。

だとしたら、「野生の経営学」という言い方をしたら、この社会で生きている人すべての人のための学問になります。それを目指すというのはありだなと思いました。その多分第1弾が『婚活戦略 - 商品化する男女と市場の力学』(中央経済社)だったと思います。要は婚活も経営だということです。

06「ゴンゾー経営学」をシリーズ化したい

すごいですよね、発想が。

そうしたらなんかキャラ付けとして、ただの経営学者じゃないという状態にした方が良いだろと思って、「ゴンゾー経営学」と言い出しました。要は、ならず者の経営学者だと言い張ったわけです。でも、これは同時にゴンゾージャーナリズムを提唱したハンターという非常に有名なジャーナリストの執筆スタイルへの憧れもあります。『ハリウッドをぶっ飛ばせ』という映画にもなった人です。

ゴンゾージャーナリズムというのは現場の中、今までジャーナリストが注目してこなかったような現場の中に当事者として参加すること、参加した体験から自分のこととして書くという、独自の執筆スタイルをとります。いわゆる社会思想であり、政治思想を、現場感覚からジャーナリズムで表現していくことが、ゴンゾージャーナリズムが目指してることではないかと思います。経営学として、科学的にアンケートや統計技法をどんどん洗練させていって、現場から距離を取ることによって成立する客観性や科学性もあると思うのですが、同時にゴンゾージャーナリストみたいにゴンゾー経営学者としてもっと現場に関与していって、もっと現場に近いところから、私たちが見落としてきた経営学があると自らの体験を通して書くというスタイルは、経営の科学化に対して、もう一個新しい研究の方法の軸を提唱できるのではないかというのが、現在の私が目指していることになります。

ゴンゾージャーナリズム的なスタイルで、学術的・理論的な内容を私の体験として書くというのは、実は読み手にとってすごい説得力が出るはずです。「これあるよね」とか、「こういう場面に自分も出会った」という感覚が湧きやすいからです。そうすると、そこで書かれている理論的な話が、経営学を全く知らない人にとってもリアリティを持って理解できるし、同時にツールとして理解して利用していくこともできるし、学問に対する心理的なハードルや知識的なハードルもぐっと下げることができます。それが、経営学という学問が良くも悪くも社会を変えていく一つのきっかけになるのではないのかと思っています。

私はゴンゾー経営学シリーズと銘打っていますが、今年上手くいけば 2冊ぐらい出せるのではないか、と思っています。

一冊は、よく言うクリエイティブとかインスピレーションになりたいあなたのためにという啓蒙書本に対して、経営学における同型化という概念に注目して、模倣することの重要性を誰もが知っている事例を通じて釘を差していく本です。もう一つは、働き方に関するものです。経営学というのは、実は社会を苦しませている一つの原因だったかもしれない。だからこそ経営学を知っておけば、皆楽しく生きていけるはずだみたいな内容の本を今書いています。

 はい、わかりました。 

 それを書きながら、実は学術書も並行して書いています。 

 ということは、今年もまた 3冊ぐらいのペースになりそうですね。 

3冊出ます。

すごいですね。

私のプライベートのライフスタイルが破綻しそうですが、私は研究活動において書くという作業が一番楽しいで、皆さんにお付き合いいただけたらと思います。

―高橋先生、貴重なお話をありがとうございました。次なる著書も楽しみにしております。

【編集後記】
本連載を通じて見えてきたのは、イノベーションとは「新しいことを考える力」ではなく、「既にある制約をどう読むか」という技術であるという事実です。法律や倫理は、単に守るべき壁ではなく、市場の歪みや満たされないニーズを教えてくれるレンズでもあります。ぜひ読者の皆さんには、自分たちの事業や関心領域を縛っている法律や業界ルールを一度洗い出してみてください。どこで流通が止まり、何が制限されているのか。その不均衡の先に、まだ名前のついていない市場があります。重要なのは、抜け道を探すことではなく、社会にとって意味のある形へと「合法化」する想像力です。法と倫理と向き合うことを恐れず、問い続けること。それ自体が、次の時代の企業家精神なのだと、本連載は静かに示しています。 

23d493b1-f972-4d4d-89b2-3f96880b2d72-optimized

高橋 勅徳

東京都立大学大学院
経営学研究科 准教授

神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(経営学)。沖縄大学法経学部専任講師(2002‐2003年度)。滋賀大学経済学部准教授(2004‐2008年度)。首都大学東京大学院社会科学研究科准教授(2009年‐2017年度)を経て現職。専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。第17回日本NPO学会賞優秀賞受賞。『ライフスタイル起業~ちょっと働き、ほどよく稼いで、ごきげんに生きる。』(大和書房)、『アナーキー経営学:街中に潜むビジネス感覚』(NHK出版)、『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか? 異端の経営学者と学ぶ「そこそこ起業」』(集英社)、『婚活戦略 - 商品化する男女と市場の力学』(中央経済社)、『大学教授がマッチングアプリに挑戦してみたら、経営学から経済学、マーケティングまで学べた件について。』(クロスメディアパブリッシング)など著書多数。

JOB Scope メディアでは人事マネジメントに役立つさまざまな情報を発信しています。

経営・人事に役立つ情報をメールでお届けします