日本経済が「失われた20年、30年」と嘆いているうちに、中国や韓国の企業は競争力を高め、日本企業を大きく凌ぐ存在感を確立してしまっている。その流れを加速させる一つの原動力となったのが、日本企業を離れ韓国や中国等の企業に転身したエンジニアだ。自らが培ってきた技術やスキルを活かし、転職先企業の業績拡大に貢献したケースが少なくない。今度は、逆に日本が外国人エンジニアから学ぶべき時代が来ているのかもしれないが、越えるべきハードルは高い気がする。どんなマネジメントをしていけば良いのか。技術経営戦略論やイノベーション論を専門とする東北大学大学院の藤原 綾乃・准教授に聞いた。インタビューの後編では、日本企業における労働生産性やイノベーション加速への要因などについて語ってもらった。

 

01日本企業にはもはや優秀な人材を引き付ける力がない

今後、日本では労働力の増加は見込みにくいです。ならば、労働生産性を上げようという議論になってきますが、日本生産性本部が2024年12月に発表した「労働生産性の国際比較2024」によると、2023年の日本の時間当たり労働生産性は、OECD加盟38カ国中29位。就業者一人当たり労働生産性は、OECD加盟38カ国中32位となっています。現状をどうご覧になられていますか。

「やはり下がっている」と感じています。特に特許データで分析をしていても、日本企業の強みであった技術力がだいぶ薄れてきている印象があります。私の新著「技術獲得のグローバルダイナミクス」の中では、かなりの部分を割いて半導体産業に着目して分析をしています。半導体産業は、これからの世界全体にとって非常に重要な分野です。まさに、世界レベルで人が動いています。

特にトップエンジニアと言われるような、上位1%に該当するような優秀な人たちは世界を、特に半導体の主要国である米国や中国・台湾・オランダといった国を移動するのですが、日本だけがその蚊帳の外に置かれてしまっているのが実状です。日本パッシングというのでしょうか。日本を通り過ぎて他の国に行ってしまうということが、結構見られました。

特に欧米の方にとっては、「アジアに行く」と考えたときに、もう日本ではなくて中国・韓国・台湾に行こうと思っていて、結局優秀な人たちは日本に来ないどころか、日本から出ていく、そんな状況になっています。そういう意味で言っても、日本企業全体の吸引力というか、優秀な人を惹きつける力が、日本人に対してだけでなく、外国人に対しても機能していません。それが、日本の技術力や生産力の低下の一因になってしまっていると感じています。

日本企業のイノベーションは、なかなか加速していません。どこに課題があるとお考えですか。

一つは、やはり研究資金がどんどん下がってしまっていることです。それは、かなり大きいと感じています。大学も同様ですが、どんどん研究費が削減されています。その中で「良い研究をしなさい」と言われているものの、なかなか成果が出せなかったりします。あるいは、色々な制約があって、突飛なというか独自な研究成果を出そうというインセンティブが働かず、結局今までやってきたことの延長上で研究するといった形になってしまっている気がします。

02人材の配置・活用を工夫しないと日本企業に勝ち目はない

どうすれば、日本企業のイノベーションを加速するのか。ご提言をお願いします。

人材に着目して言えば、人材をどういう形で活用するのが一番良いのかをデータで分析をするというのが有効だと思います。日本企業は、データで分析をして優秀な人をどう配置するのかを考えるという取り組みをあまりしていないと思います。ITを上手に活用していけば、きっと生産性が向上するきっかけになると考えています。

というのも、中国や韓国の企業がものすごい勢いで急成長を遂げた時期においては、まさに外国人エンジニアを上手に活用していました。その活用の仕方が、本当に巧みで上手に人を組み合わせて、さらには上手に人を採用してきていました。その結果、わずか10年足らずの間に日本企業に追いついて、追い越していったわけです。今や世界のリーディングカンパニーになっていることを考えると、マネジメントのあり方をどれだけ効率良くできるのか。今持っている人材をどのように配置をしてマネジメントしていくのかというところを、もう少し工夫していけば勝ち目があるのではないかと感じています。

それは、従業員一人ひとりが持っている経験やスキルを正確に把握し、適正な配置を行う、いわゆるタレントマネジメントが重要だということでしょうか。

そうですね。そこの部分の要素は、非常に大きいと感じています。

ところで、藤原先生はジョブ型雇用に関してどのような見解をお持ちでいらっしゃいますか。

どちらかというと賛成です。データ分析を行って、きちんと配置すべきではないかという観点にもかなり通じるものがあると思うのですが、この従業員にはこういう能力やスキルがあるときちんと見極めた上で、ジョブ型雇用をするというのはあり得ます。

特に、外国人従業員を即戦力として採用する際には、ジョブ型雇用は非常に有効です。個々の職務に必要な具体的なスキルセットを事前に定義することで、企業は国籍に関わらず最適な才能を迅速に見つけ出し、活用することが可能になります。

また、海外経験者が日本企業に戻る際のハードルを低減する一助ともなりえます。前編で触れたように、一度国外で働いた人材が再び日本でキャリアを築く際には多くの障壁がありますが、ジョブ型雇用はこの過渡期に役立つのではないかと考えます。

このように、ジョブ型雇用はただの労働形態の一つではなく、多様な背景を持つ人材がその能力を最大限発揮できるプラットフォームを提供するものだと考えます。ジョブ型雇用を戦略的に取り入れることで、柔軟かつダイナミックな労働市場の創出を目指すべきだと考えます。

03中小・中堅企業も外国人エンジニアの採用を検討する価値がある


最後に、中小・中堅企業の経営者や人事責任者にメッセージをお願いいたします。

中小・中堅企業の方たちにとっては、データを分析して人事施策を行うのは、現実問題としては非常に難しいかもしれません。しかも、従業員の数も限られていますからね。ただ、例えば、私の新著「技術獲得のグローバルダイナミクス」でも書きましたが、「どの国のエンジニアをどういうふうに活用すると一番効果が出るのか」「出身国によってどんな違いがあるのか」を明らかにしています。

人材についても、「このエンジニアにはこれが良いのでは」という形でフィットするやり方がきっとあると思っています。それぞれの人材の強みを上手に発揮できるような環境を作っていくという点は非常に大事だと思います。

もちろん、中小企業だと外国人エンジニアを採用するかどうかは、難しい部分もあるかもしれないですし、たとえ採用したとしても一人か二人と非常に小規模になると思います。しかし、その場合であっても、「こういうタイプの人を採用した方が良い」という像もデータ分析から見えてきました。それから採用した人を「こういうふうにマネジメントした方が良い」というのもデータ分析からある程度は見えてきています。その辺りにも解決策があると思っていますので、ぜひ活用していただき、日本企業が強くなればと願っています。

確かに、中小・中堅企業にとっては外国人エンジニアの雇用は、まだまだハードルが高い印象があります。

そうですね。中小・中堅企業だと、環境整備や手続き面など外国人エンジニアを採用する初期の段階で面倒くささを感じてしまい、なかなか採用が進まない状況があると思います。ただ、世界には優秀な方が沢山いるのに勿体ないです。

先日も、大手電機メーカーの研究員の方とお話をする機会がありましたが、「外国人エンジニア、しかも途上国出身の方が素晴らしい研究業績を上げている」と指摘されていました。「若手であっても、ものすごく頭が良い。日本人よりも遥かに優秀だ」というのです。そういう意味でいくと、実は途上国の技術者は狙い目かもしれません。

事実、最近では多くの大手企業が積極的に外国人人材の採用を進めています。例えば、学会やインターンシップを活用して東大など有名大学に来ているといった外国人学生をどんどんスカウトしているそうです。大手企業であれば、そういう途上国出身者の方たちをどういうふうにマネジメントするかとか、あるいは手続きをどうすれば良いのかに関しても、ノウハウをお持ちでしょうし、外部にはブレーンもいるはずなので、上手くやっていけます。その部分では、中小・中堅企業は不利な立場にあるのは否めません。

ただし、「この学生は優秀だ」とか、「この若手のエンジニアはポテンシャルがある」といった目利き力は、中小・中堅企業の方もお持ちだと思います。手続きや環境面を克服していく一方で、そうした目利き力を活かしていけば、きっと日本のイノベーションに繋げられると感じています。

―藤原先生、貴重なお話をありがとうございました。新著「技術獲得のグローバルダイナミクス」の発売は、2025年7月でしたね。そちらもぜひ楽しみにしたいと思います。よろしければ、その際にもまたお話をお聞かせください。

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 藤原 綾乃

 東北大学 

 大学院経済学研究科  准教授 

東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(技術経営戦略学専攻)。東京大学で博士(工学)を取得後、大阪大学大学院国際公共政策研究科・特任助教、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 主任研究官、日本経済大学・准教授を経て現職。専門は、技術経営戦略論、国際経営論。主に技術者・研究者の国際流動化やイノベーション、知識移転を研究しており、著書に『技術流出の構図: エンジニアたちは世界へとどう動いたか』(白桃書房、2016年2月)がある。



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