人的資本経営への注目度がますます高まるなか、改めて人材マネジメントの在り方がそれぞれの企業に問われている。企業のパーパスやビジョンを実現するためにも、重要な経営資源である「ヒト」をいかに管理・活用していくか。その重要性を理解できていない経営者や人事責任者はいないといっても良いだろう。だが、環境が大きく変わりゆくだけに求められるマネジメントスキルはより高度になっており、キャッチアップしきれていないのが実態だ。ならば、何に重きを置けば良いのか。神戸大学大学院経営学研究科准教授の庭本 佳子氏は、「人材マネジメントの根本に目を向けること」だと指摘する。その意味合いを語ってもらった。後編では、戦略人事を実現するポイントや女性活躍推進の現状・課題などを伺いました。

01戦略人事の実現に向け、
人事には高度な
スキルが求められる

企業の戦略や事業の方向性と人事管理業務を連携させるためのポイントを教えていただけますか。

戦略の方向性と人事管理業務を連携させるという人事部の仕事で言うと、人事の役割として求められるレベルが高くなるだろうと見ています。つまり、戦略や事業の方向性に近づけるというのは、経営のトップ層やボードメンバーと説得的に話をしていく必要があります。人事戦略と経営を結びつけ、それらをエビデンスに紐づけて対等に話していかないといけないのです。

そこでのコミュニケーションというか、共通言語としての数値やファイナンスについての知識が非常に大事になってくると思っています。一方で、人事管理として大事なことは従業員の声を聞くことです。職場では生身の人間が働いています。その声を誰が聞くのかといえば、人事以外にはいません。そこは重要な意義としてあると思います。だから、求められるものや要求度が高くなっていて難しいという印象です。エビデンスや数値になっているものに生身の人間の声を織り込ませていく、そんな高度なスキルが人事には求められています。そうしないと、戦略や事業の方向性と人事管理業務を連携させていく上での中味が伴っていかないと思います。

余談ですが、私は三年ほど前に論文検索サイトデータベースのCiNii Articlesで、ビジネス雑誌が「戦略人事」という言葉をどれくらい使っているのかを5年ごとの単位で調べたことがあります。

1980年代までは当然に言葉としては全然なかったです。それが、1990年代になって概念として紹介されたこともあって、1990年代後半に一気に増えていました。ただ、2000年代の初めになって下がり2010年代後半にまた増えてきていました。そのように上がり下がりを繰り返しています。人的資本経営がバズワード化している関連で言うと、昨今は「戦略人事」が再び関心を集めて、ビジネス雑誌で取り上げられる頻度が高まっている気がします。

人事としては、どう工夫すれば良いのでしょうか。

人事が事業を経験する、あるいは事業の視点を養うことです。それは必須だと思います。事業の目から見た人事管理が自然にできるようにならなければいけないからです。あとは、やはり会計やファイナンス系の知識も必要になってくると思います。

人事部門と事業部門や財務部門などとのローテーションも意味がありそうですね。

そういう方向性が一つとしてはあると思います。一方では、人事のプロになるにはどうしても相当量の人事知識が必要なので、人事一本でという人も必要だと思います。もちろん、そうした方であっても人事管理業務の知識だけでなく、もう少し知識の種類を増やしていく必要があると感じています。それが、会計やファイナンス、あるいは事業的な知識というところです。

庭本先生は、女性管理職や管理職を目指されている女性を対象にしたセミナーの講師も務めておられます。女性の活躍推進の現状をどうご覧になられますか。

女性活躍の声が聞かれて久しいと思います。それでも世界と比較すると、日本は女性活躍がまだまだ遅れています。それは、疑いようのない事実です。実際、日本社会は男性正社員優位です。歴史的にずっとそうなっています。今でも、付加価値を高める仕事についている女性は少ないといえます。そういう意味で、女性活躍がなかなか進んでいないのが実状と言って良いでしょう。

言い方が適切かわかりませんが、育児をしながらパートの業務をされている方は、すごく増えました。ただ、仕事の内容や種類も同時にきちんと見ていかないといけません。単純に仕事についている、働きに出ているから女性活躍が進んできている。そういう乱暴な議論はしてはいけないと思います。

女性管理職比率という見えやすい数字を各社は意識されています。当然ながら、数字が独り歩きするのは良くないと思いますが、日本社会の現状で言うと、数字を見て上げていくところからまずスタートせざるを得ない気がします。女性管理職やその職を目指されてる方の話を聞くと、やはり厳しい現実があります。なかには、数字を増やすことがある種のアファーマティブアクション(積極的な格差是正措置)というか、救ってあげているみたいに取られて、「優秀な男性の候補者が下げられている代わりに女性が上がるんだ」というような男性側の批判もあるかもしれません。

ただ、そうした批判は恐らく表面の政策や運用しか見ないものであって、極めて浅いというか筋違いだと私は捉えています。つまり、女性が背負ってきた、そしてこれからも背負っていくであろう背景や社会構造などが、日本社会においては当たり前の規範、価値観として植え付けられてしまっています。例えば、出産や育児は一つのライフイベントなのですが、そのイベントに至るまでの心身の負担や見えにくい家事負担などを全部背負って女性は、そこに立っているわけです。そうした背景に想像力を働かせれば、女性活躍を推進していくには数字を増やしていくという取り組みは、今の日本社会では充分に意義があるといえるのではないでしょうか。

02環境変化に適応するために
も「ダイナミック・ケイパ
ビリティ」に着目

庭本先生は、組織能力に関わる研究を手掛けておられます。その内容をお聞かせいただけますか。

学術的には、「ダイナミック・ケイパビリティ」という概念になります。急速に変化する環境にしっかりと適応していくために、組織内部の経営資源のこれまでの活用だけでは上手くいかない場合、外部の資源も合わせてとにかく手持ちの資源をきちんと使い組み合わせ直して再構成していく、そういう能力が大事だと言ってるのが、この「ダイナミック・ケイパビリティ」という組織の能力です。私は、この概念をレンズに組織能力の研究をしています。

企業の競争優位は、経営者が優秀であればそれで良いとして、経営者個人の能力によると捉える向きがあります。しかし、経営者が変わっても持続的に成長している企業もあるので、そこは組織的なプロセスが内部でしっかりしているからだと捉えようという考えです。「ダイナミック・ケイパビリティ」は組織的な能力です。なので、人的資本との関連で言うと、人的資本が個人の価値を意味するのに対して、それを組織的に高めていくということです。まさにミクロからマクロへという流れのプロセスを中心に研究しています。

庭本先生は、組織が高い成果を出し続けるための新しい考え方として、チームとシェアド・リーダーシップ(組織に所属するメンバー全員がリーダーとしての役割を共有して、リーダーシップを発揮する考え方)の活用を提示されています。その理由をお聞かせいただけますか。

「ダイナミック・ケイパビリティ」の提唱者である米カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールのデイビッド・ティース教授は、「組織が激しい環境変化に適応していくためには、階層型の組織では難しい。組織の権限が分散化していく、そして自律的に動けるようになっていく組織が良い」とも指摘されています。ただ、自律型の組織になっていくには、分散化した小さな組織がそれぞれの現場で臨機応変に柔軟、かつしなやかに適応できる力を身に付ける必要があります。そこで、チームとシェアド・リーダーシップの活用が重要になってくるわけです。

その時その時の状況に適した人がリーダーシップをとって、そして組織を引っ張っていくのがシェアド・リーダーシップの考え方です。そういうリーダーシップのあり方が、自律型の組織には必須になってくると思います。

例えば、チームラボというデジタルコンテンツ開発会社があります。あの会社は究極だと思います。組織が階層型にはほとんどなっていなくて、プロジェクトで組織が動いています。小さなプロジェクト型の組織の中では、それぞれが高い専門性を持って状況に応じてリーダーシップを発揮する人が、メンバーの中でも変わっていきます。それができるのも、多様なスキルを持った人たちの集まりだからです。高いスキルを持って、この状況の時には自分がリーダーシップをとる、別な状況では「あなたがリーダーシップをとるのが適しているから、私はフォローに回るね」というようなリーダーシップ移転が瞬時にできるチーム形態になっています。あのスタイルが、本当に柔軟に状況に対応するという言葉通りなんだと思っています。

03柔軟性という
中小・中堅企業ならではの
強みを発揮してほしい

中小・中堅企業の経営者や人事責任者へのメッセージをお願いいたします。

私も中小・中堅企業の経営者の方々に時々お会いしてお話をさせていただくことがあります。やはり、皆さん求人に関心があるというか、課題意識を感じておられるご様子です。とにかく、人材不足ですからね。「どうしたら人を採用できるか」「従業員の流出を防ぐにはどうすれば良いか」…、そこに最も関心のある方が多いという印象です。正直言って、人的資源管理論で言われているような、「仕事とともに成長していく」などといった綺麗な言葉を口にされる経営者はほとんどおられません。「それよりも日々カツカツです」ということなのでしょう。

いわゆる、「人事制度の中での一貫性が大事です」「戦略との整合性が重要です」といったことは、もう二の次というか、「それどころではない」という状況なのかもしれません。そういう経営者の方や人事責任者の方に、人的資源管理などの理論を語っても全然響かないし、ニーズにも合わないと思います。それが、私自身がすごく感じていることです。

それでも、従業員一人ひとりに向き合うことはできるはずです。結局、それが一番大事だと思います。もっと言えば、人事管理の根本はそこなのです。戦略人事は、組織としてある程度大きくなった、あるいは「現在の体制が長年続いてきたのでこれからはどうしようか」と思い描いていくステージにある会社が策定するものです。それよりも、従業員の個別管理、すなわち一人ひとりに日々向き合ってモチベーションを高めさせていくことが、人のマネジメントとしては重要なことだと思います。

特に中小・中堅企業の経営者や人事責任者の方は、大企業に比べると柔軟に取り組んでいけるはずです。むしろ、そうしないとやっていけないというところもあると思います。なので、その柔軟性を何とか強みに変えていただきたいというのが私からのメッセージです。

その柔軟性は、非常に強力なものには映らないかもしれません。しかし、もしかしたら長期的には会社が生き延びていく術なのではないかと思っています。

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庭本 佳子

神戸大学大学院経営学研究科准教授

2008年、京都大学法学部卒。2010年、京都大学大学院法学研究科法曹養成専攻修了。2015年、神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。摂南大学経営学部講師を経て、2017年より現職。専門は、人的資源管理論、経営管理論。主な論文・著書に「経営戦略論から見る知的熟練の意義」(『日本労務学会誌』第23巻1号、16-23頁、2022年)、『経営組織入門』(編著、文眞堂、2020年)等がある。

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