日経平均が一時は4万円を超えるなど、日本経済が活気づいてきている感があるが、どの企業も経営基盤はまだ脆弱であると言わざるをない。バブル崩壊後の、「失われた10年」が20年に、さらには30年を迎えようとしている。この混迷はいつまで続くのであろうか。強力な組織、強固なリーダーシップを発揮しうる経営者、そしてそれを支える多様なマネージャーが今こそ求められている。そうした中で、不連続で不定形な時代を乗り越えていくためにも、新しい時代ならではの組織とリーダーシップが必要となると説いているのが、法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科 教授の高田 朝子氏だ。インタビューの後編では、経験学習と観察学習の意義や女性活躍推進の行方などを語ってもらった。

01女性後継者育成には学習経験が圧倒的に足りない

近年の高田先生のインタビュー記事を拝見すると、随所に観察学習と経験学習という2つのワードが登場してきます。何か理由があるのでしょうか。

私は女性管理職と後継者に関する研究を長い期間行って来ました。日本だけではありません。まだ数は少ないのですが、海外でも行っています。日本の女性管理職や、後継者たちが男性のそれらと違って何が決定的に違うのかというと幅広い経験の差です。能力の差はありません。

幅広い経験をしてこないことで何が生じるかというと、組織やコミュニティの中での振る舞いや、意思決定に関する学習が幅広くできません。仕事における「些細なこと」の経験値が明らかに違うのです。なので、私は「特に女性の後継者育成には観察学習と経験学習が必要だ」と説いています。

最近は、蔵元を継ぐ女性が増えてきているという話も聞きます。醸造の世界で女性が経験が積むのは大変そうです。

確かに、蔵元を娘さんが継ぐケースが令和の前半と比較して目立ってきています。杜氏を目指して東京農業大学の醸造科学科に進む女性も増えています。昔は、外部から杜氏を呼んでいたのですがね。選択肢が広がってきたということです。

お酒は、その土地を象徴するものですし、昔から多くの人を雇用せざるを得ませんでした。お米を作ってもらうところから始まって、瓶詰めやラベル貼りなどさまざまな製造プロセスがあります。川上から川下までのすべての工程で地域の人を多く雇用します。そして、日本酒は地域の神社に奉納されますから、地域コミュニティの中での繫がりも強固になります。今の若い人たちは地域に役立つ、貢献できることに中高年世代よりも喜びを覚えています。それだけに、日本酒造りが「地域のために頑張りたい」「地域で働き続けたい」と思うモチベーションの源泉になる。蔵元で働くこととの親和性も生まれているのではないでしょうか。

02女性活躍が進まない理由がどこにあるのか

女性活躍が叫ばれているものの、女性の管理職登用はなかなか進行しません。その理由はどこにあるのでしょうか。

それほど管理職になることに対する旨味がないからでしょう。苦しくて、責任を負わされて、そこまでお給料が上がるわけでもなかったりします。人口減少によって国が旗をぶんぶんと「女性頑張れ」と振っても、右肩上がりになるものではありません。じわじわとしか上がりません。で施策を実行し続けると、ある時に角度を付けて上がるかもしれません。ラーニングカーブ(学習曲線。学習時間を横軸、学習成果を縦軸として、その関係性をグラフ化したもの)のような時系列の変化をすると私は思っています。

繰り返しますが、我が国の雇用慣行では、ポジションが上がってももの凄く給料が上がるわけではありません。マネージャーに昇格して苦労している人ばかりを見てしまうと、「あんなに私生活を無駄にしても、それほど給料が上がるわけではないし、楽しそうでもない」と感じてしまい、躊躇している方が多いと思います。それでもマネジメントが回っている会社はまだ平和なのです。

東証に上場している企業であれば、仕組みがほとんどできているので、女性管理職の増加は、もはや時間の問題だと思います。女性社員の数が増えてきていますし、法律で女性管理職比率の開示も義務付けられていますからね。

気になるのは、日本の大多数である中小企業です。これはまだまだ動きが鈍い。女性の登用が進まないポイントは二点あります。一つは、社長の問題です。これは大きい。「女性はすぐ辞めてしまう」「仕事を家に持ち帰るなんて許さない」…、そういう社長が一定数いて、彼らは声が大きいのです。その社長に周囲も何も言えない。このような環境では女性活躍は進んでいきません。

もう一つは、女性たち自身の問題です。現状維持を強く望むのです。声の大きい社長や、それに付随する人が多く居るコミュニティでは、意思決定の場に関わること自体が面倒くさいことだから、やらない。「相談する人がいない、社外のネットワークがない、キャリアの選択肢が他にあまりない」となると、昔気質の社長の下ではお茶を出している女性社員という振る舞いをしている方が得だと考えてしまうのは自然なのかも知れません。この意識も変えないといけません。ただ、それも社長が「このままではうちの会社が回っていかない」と自覚して、自らが女性活躍の旗振り役になってもらうところから始まる気がします。

社長の自覚が足りないですか。

中小企業の多くは全く足りていません。恐らく、ご自身が経営されている時代は何とか会社が持つのでしょうがね。長期的視野に立てば、20年後の自社の未来は現在の延長線上にあるわけがないです。余りにも環境変化のスピードが速すぎる。どの世界でも、一番格好良いと思う人は辞め際が綺麗です。永遠に社長のポストにしがみつこうしてしまうのは良くないです。もちろん、中小企業の社長は、営業の要でもあり、人事、経営企画、製造もこなせたりします。その人に「昔のやり方ではもはや通用しません」「前例踏襲では太刀打ちできません」と言っても、本人は簡単には納得してくれないかもしれません。だから、難しいというのも凄く良くわかりますが、それを誰かが言わないといけない。もっと言えば、社長が覚悟を決めないといけないです。そうでないと前には進みません。

03過渡期を迎える今、トップの意識改革が急務に

女性マネージャー育成講座

高田先生は、『女性マネージャー育成講座』(生産性出版)を執筆されています。今後、日本企業が女性マネージャーの育成を加速するためには、何を考える必要があるのでしょうか。。

間違いなく、トップの意識改革です。トップが「このままではまずい。変えないといけない」と自覚できるかどうかです。あまりにも成功体験が強すぎてしまうと、今までそのやり方でずっとやってきて、今の地位に来たのだから、このままでも良いだろう」と思う割合が高くなってしまいます。トップが本気を出せば、周りの役員たちも変化します。大きくいえば、上司全ての意識改革が不可欠です。この女性に対する意識というのは、現在もの凄く濃淡があります。進んでいるところと、そうでないところの。

日本はもはや、過去の成功体験で生き延びれる時代ではなくなります。本当にトップが変わってくれないと会社の未来は厳しいと言わざるを得ません。

あるシンクタンクが行ったアンケート調査によると、現場で働く女性たちが「一番失望して、この会社を辞めようと思う」のは、トップが言っていることと現場で起きていることが違う時でした。それっぽいことをいっても、現場は全くかわっていません。政府からの外圧もあって、「我が社でも女性活躍推進をしていかなければいけない」とトップが言っていて、仕組みも用意されてはいるものの、絵に描いた餅になっています。いざその仕組みに応募しようとしてみたら、「まだまだテスト中だから」「いやいや推薦制だから、女性はちょっと」とか言われてしまったら、乖離が出てしまいます。

私が言いたいことは、二点です。一つは、トップ自身が気持ちを変えなければいけないということ。もう一つは、トップが気持ちを切り替えたのであれば、現場で本当に運用されているのか、断絶が生じていないか、メンバーはどう動いているのかときっちりと目配りをすることです。この二つを実践する必要があります。


04女性管理職の数が増えれば、流れが確実に加速する

女性社員の昇進意欲は高まって来ているのでしょうか。

私自身、長年多くの企業の女性マネージャーの研修を担当して来ました。ただ、10年ぐらい前までだと、女性マネージャーは少なかったです。受講しているのは、主任クラスがマジョリティでした。全然、マネージャーでもなんでもなかったんです。本人たちも自分が課長になって、次長、部長になるみたいなプランをあまり考えていませんでした。でも、ここ5年、6年は、普通に女性マネージャーが出てきます。「今後のキャリアをどうしたら良いか困っています」とすごく深刻な顔つきをされています。彼女達の何人かは役員クラスへの昇進も、十分視野に入ってきます。

大企業を中心に女性の昇進は増えてきました。全体から見るとまだまだ少ないかもしれませんが今後、加速度はついていく気がしています。私の世代だと女性管理職どころか、総合職の中で女性社員は数人しかいなかったので、もう苦難の連続。伝導師みたいな存在でした。女性は家庭を守り、男性が外で働くという古典的な概念はなくなりつつあります。我が国の経済環境としても当然ですが。こういうのって、イデオロギーではなくて、実利で動きますから。

人間は他人の影響を大きく受ける生き物です。特に、自分と似た要素を持っている人の影響は、すんなりと強く受けます。なぜ、シリコンバレーという土地であれだけ、常に多くの起業家が生まれるかと言えば、「いつか上場したい」と夢見る人たち、つまり似たような要素を持っている人たちが沢山集まっているからです。「あいつといつもハンバーガーを食べていた。あいつは、何度も何度も会社を潰してきたが、とうとう上手くやって上場するらしいよ」みたいな話を身近で見たり、聞いたりしているうちに、「自分もできるのではないか」と思えるようになるのです。

女性管理職を一般的にするためには、まずは意識的に数を増やすことでしょうし、同様に管理職に昇進していく女性が出てきたら、その事実は広報されるべきです。「あの人が管理職になれたのだから私も出来るに違いない」と思う人が出るからです。

数を増やすことは重要です。男性100人が管理職に昇進したとしても、最終的に役員になる人は、その100人のうちの1人か2人程度です。全く同じパターンで、女性管理職も数を作っていけば、その中の1人か2人は役員になるでしょう。まず事例を作ることです。女性管理職は現状では少数派なので注目されやすいです。小さな失敗でも目立ちます。でも、数が増えていけばあまり関係なくなっていきます。なので、無理やりにでも作るべきだと私は思います。何年かはクォーター制(一定数のポストを女性に対して割り当てる制度)を導入するくらいでも良いと判断しています。

05意思決定がリーダーシップの要となる

これからのリーダーシップを考える上で重要となる能力は何でしょうか。

意思決定の能力を研くことだと思います。昔のリーダーシップは、人を統率するリーダーシップでした。もちろん、その要素も大事です。でも、意思決定こそがリーダーシップの要になっていくだろうと私は思います。なぜかというと、社会変化が凄く激しくなってくると、11回上にお伺いできなくなってくるからです。時間的に早く決めた方が良いという話になると、現場で決めることが求められます。その方が社会や企業全体から見ても、合理的ですからね。そうすると決めてもらわないといけません。もちろん、ある程度の範囲はあるのでしょうがね。そもそも、マネージャーは意思決定が仕事なのです。その原点に立ち返ることでしょうか。

決めるというのは、基本的には訓練です。訓練は回数、もっと言えば経験です。なので、決める訓練をリーダーシップの中に評価として落とし込んでいくべきと思います。

そうなると、企業としても権限移譲を進めていく必要がありそうですね。

 権限移譲は進めていかざるを得ないと思います。全てがトップに集中している会社はそういう仕組みになっているのかもしれません。それも悪くはないのですが、状況によっては、考え直す必要があります。例えば、M&Aという話であればトップの話で社員みんなで考える案件ではありません。

大事なのは、意思決定の深さと速さを両立させることです。それを担保するためにも現場で個人が思考実験を繰り返して意思決定をすることは重要でしょう。権限委譲は不可欠ですし、組織は分散型の組織にならざるを得ないと考えます。これだけ人口が減ってしまうと、ピラミッド構造はもともと、分業の仕組みを効率的に回すために生まれた構造ですから、もはやあまり必要ないのかも知れません。 

個人個人がリーダーシップを発揮できる組織とは、どういった組織なのでしょうか。

個人が尊重されている組織でしょうね。ギスギスした組織でリーダーシップを発揮するのは難しい。心理的安全性が担保できる組織でしょう。他人へのリスペクトがない人びとの間でのリーダーシップの発揮は極めて難しい。そのためには、まずお互いが知り合っていることが前提です。リアルにそこまでこだわる必要はありませんが、人間は五感を持つ生き物ですから、リアルで接触している方が理解度合いが高いでしょう。つまり、毎日でなくても、人びとが会って交流をする。この交流というのがミソで、単に居るのではなくてコミュニケーションがリッチな方が組織としては活性化します。そんな中の方がリーダーシップは発揮しやすい。AIの時代に古典的ですが確実です。

もう一つ。個人も「上に決めてもらえば良い」ではなくて、とりあえず自分で考えてみることです。自分で予想してみる。その中で「自分だったらこうする」という自分なりの答えを持って物事に関わる姿勢を持ち続ける中で生まれてくるのがリーダーシップだと思います。

高田先生、貴重なお話をありがとうございました。

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高田 朝子

法政大学

イノベーション・

マネジメント

研究科 教授

立教大学経済学部経済学科卒業、その後モルガン・スタンレー証券会社勤務を経て、留学。1992Thunderbird国際経営大学院修了、国際経営学修士(MIM)。1996年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了、経営学修士(MBA)2002年慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程修了、博士(経営学)。2002年4月高千穂大学経営学部専任講師に就任。2003年月高千穂大学経営学部助教授に。2008年4月法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科准教授に就任。2011年4月現職に就く。専門は組織行動、リーダーシップ、ファミリービジネス。『手間ひまかける経営』(生産性出版)、『女性マネージャーの働き方改革2.0』(生産性出版)など著書多数。イオンディライト株式会社社外取締役

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