>イノベーションとは、試行錯誤なり(後編)
日本のものづくりが世界を席巻した時代が、もはや遠い過去の話のようになって来ている。世界にインパクトをもたらす、画期的なイノベーションが生み出されていない。その原因は、どこにあるのか。突破口はないのか。さまざまな疑問が浮かんでくる。そこで、今回はイノベーション経済学、イノベーション・マネジメントの大家である、神戸大学大学院経営学研究科の原田 勉教授に話を聞いた。インタビューの後編では、イノベーションの確率を高める手法、マネジメントスタイルなどを語ってもらった。
目次

01PDCAと「OODAループ」を両輪で回していこう
原田先生は、いかにイノベーションの確率を高めるかを研究されておられます。研究の具体的な内容を教えていただけますか。
先ほどイノベーションは、創造性プラス制度であるというお話をしました。アカデミックな研究で制度を取り上げても、なかなか新しいことになりません。それは、どちらかというとコンサルタントの領域です。むしろ、創造性をどう高めるかということを研究の対象とすべきです。
そこで、私が何を手掛けているかと言えば、バーチャル化(仮想化)とアクチュアル化(現実化)の相互作用を早くしていくことです。これによって創造性を高めることができると思っているからです。
例えば、開発現場でいうと2次元のCADを使う場合と、3次元のCADを使う場合では効率性が全く違います。なので、バーチャルな空間で作業をしていくことが、すごく大事になってきます。しかし、そうすると色々と捨てている部分も多くなります。だから、それはアクチュアル化することで問題を浮き彫りにしていきます。その辺りの相互作用が非常に重要なのではないかというのが今の研究テーマです。
組織としてイノベーション確率を高める手法について教えてください。特に「OODA(ウーダ)ループ」とは何か。その重要性も紐解いていただけますか
「OODAループ」は、簡単に言うと試行錯誤です。PDCAは試行錯誤ではなくて計画が決まっているわけです。それを遂行することです。でも、そもそも計画が不確かであったり、暫定的なものもあります。それが本当に正しいかどうかもわからないし、場合によっては間違っていることもあったりします。皆さんは、例えば今お仕事されているはずですが、小学校のときに今の仕事をやるとは想像していなかったと思います。恐らく、小学校のときは「パイロットになりたい」「野球選手になりたい」という夢があったかもしれませんが、今は別な仕事に就いていることでしょう。そういう意味では、計画はどんどん変わっているわけです。
だから、予定は未定であってなかなかその通りにはいかないのが実情です。もちろん、例外もあります。生産計画は決めた通りにやらないといけません。でも、それ以外はやはり試行錯誤をしていくべきです。計画通りにいかないから計画を改めていく。そして、またやってみる。それでも上手くいかないなら、改めるということです。そういう試行錯誤を組織的にやっていくことを許容しないといけないわけです。
これが、「OODAループ」と言われるものです。「OODAループ」では、4つのステップを繰り返し行っていきます。まずは、「O:観察 (Observe)」から始まります。そして「O:情勢判断 (Orient)」というのは、直感的な判断と思ってもらったら良いでしょう。次に、「D:意思決定 (Decide)」。最後が、「A:行動(Act)」です。言い換えれば、見て、そして直感的に判断して、行動していこう。これを繰り返していくから、ループなのです。
ループ構造というのは、条件が満たされる限りずっと続けるということです。プログラミングにもwhile文とか、for文などがあります。PDCAは年度で1回回すぐらいでしょうが、それとは違い、一定の条件の範囲内でそれを繰り返していきます。つまり、簡単に言うと試行錯誤なのです。
だから、定型業務であれば、PDCAで良いと思います。しかし、定型業務でない非定型業務に関して言うと、やはり「OODAループ」が必要になってきます。ただ、ここで申し上げておきたいのは、「OODAループ」とPDCAが対立しているわけではないのです。PDCAを上手く回すためにも、「OODAループ」が必要になってきます。というのは、大枠の計画を立てても、詳細な行動手順まで定めていることは少なく、どうしても試行錯誤的な部分が残るからです。
もちろん、計画があったとしても、やり方・手順、すなわちマニュアルが確立していて、その通りにやったら上手くいくという場合もあります。例えば、生産活動もその一つです。工場での生産は改善の余地もありますが、基本的には決められたことをそのままやっていけば上手くいくようになっています。しかし、実際にはそういう仕事ばかりではありません。計画はあるけれど、その通りに上手くいかない。でも何か工夫をしないといけなかったりします。工場でも、生産活動とともに、改善活動も併行して行われる。改善活動には創意工夫、試行錯誤が求められます。
つまり、計画に定められていないようなやり方を考えて、その目標を達成するように努力していかないといけないわけです。これは、まさに「OODAループ」なのです。だから、PDCAを上手く運用しようと思ったら、実は現場で試行錯誤が必要になってきます。トップダウンで「PDCAを実践しろ」と指示されても、その通りにできないのが実情であって、だからこそ「OODAループ」を回していかないといけないということです。
私が、申し上げたいのはPDCAをしっかりと回していくためにも「OODAループ」をやらないといけないということです。
どちらかではなく、両輪で回していくことが大切になってくるということですね。
試行錯誤が必要でない仕事、つまり、完全にマニュアル化されている作業環境ならば、「OODAループ」は要らないでしょう。PDCAだけで十分です。しかし、ほとんどの仕事はマニュアルにしたがうだけではうまく行きません。試行錯誤が必要です。そもそも、試行錯誤が要らないということは、誤りがないということ、間違いがないということです。仕事に間違い、失敗がないということは、まず考えられません。そうなると「OODAループ」は必要になります。

02効率的に試行錯誤を行うためには「OODAマネジメント」が有効
イノベーションを促進するマネジメントのあり方に関する新たな視点についても教えていただけますか。それが、「OODAマネジメント」になってくるのでしょうか。
いわゆる、イノベーションプロセスとは試行錯誤ということになります。試行錯誤によってイノベーションが起こるわけです。実は、私の友人にGAFAの中の一社でプログラマーをやっている人がいます。その彼が言っていた発言がとても印象に残っています。それは、一流のプログラマーと二流のプログラマーの違いについて語ったコメントでした。「二流のプログラマーは10回やって失敗したらそれで諦める。でも、一流のプログラマーは99回やって駄目でも、100回目に成功する」というのです。
つまり、プログラミングというのはバグとの戦いなのです。99回とか100回というのは、あくまでも比喩で言っているだけなのですが、要は過ちや失敗にどれだけ耐えられるかが大切になってきます。10回やってもう諦めるのか、99回までやるか、その差だと言っていました。それは試行錯誤であり、「OODAループ」を続けていくわけですね。でも、10回ではなくて99回トライできるためには、心理的な安全性も必要でしょうし、あるいは予算的なところも必要です。できるだけコストをかけずに試行錯誤をしていかないといけません。
だから、先ほど申し上げたバーチャル化が大事になってきます。実物でやるとお金が掛かります。それをバーチャルな世界でやっていくと試行錯誤がスピーディにできますし、ボトルネックをサバ読みせずに済むので時間も短縮されますから、より多くの試行錯誤ができるようになるわけです。
だから、ポイントを一言で言うと、試行錯誤をできるだけ長くし、成功するまで続けられるかどうか。そのための時間とコストを下げられるかどうか。これがマネジメントにとって重要であり、まさに「OODAループ」を回すこととなります。それが、「OODAマネジメント」なのです。そうしたマネジメント手法を駆使して、試行錯誤をいかに効率良く行うかが、鍵となってきます。詳細は、私が執筆した『ウーダ・マネジメント』(東洋経済新報社)をご覧ください。
10回の失敗で見切りを付けるか、100回目にチャレンジするか。経営者に心の余裕があるかないかで判断が変わって来そうですね。
「両利きの経営」という概念が注目されていますが、これは簡単に言うと儲かっている事業のお金で新しいことを始めるということです。だから、本業が儲かっていないとできません。本業で儲けてその儲かったお金で何か新しいことをやる。それが試行錯誤に繋がってくるわけです。資金繰りに困っているという状況では、試行錯誤ができません。だから、ある程度余裕がないとできない話しになってきます。
スリーエムの15%カルチャー(勤務時間の15%を好きな研究開発などに使うことができる制度)も、余裕がある会社だからこそなのでしょうか。
スリーエムの15%カルチャーはとても有名です。Googleが一時、それを模倣して20%ルールを設けていましたし、日本でも類することをやっている企業もあります。ただ、誤解されているところがあるので指摘しておきたいと思います。
15%カルチャーは、社員が何でも好きなことをやっても良いという話ではありません。まずは、好きなことをやるにはお金が掛かります。そのお金をどうするかというと、スリーエムの場合は自分で取ってこないといけないのです。社内にファンドがあって、それに応募をするとか、事業部に行って自分で交渉してお金を引っ張ってこないと実現できません。だから、お金が降って湧いてくるということではないのです。
15%カルチャーも時間だけ設ければ良いわけではなく、実際に何かをするとお金が掛かります。だから、そこは自分で予算を取ってくるというのが前提になっています。ただ、日本企業だとそうなっていないかもしれません。形式的に整えて申請さえすれば、ほぼ自動的にお金を渡しているケースもあると思います。ここは全然違うということを覚えておいてもらいたいです。

03日本企業にはジョブ型とメンバーシップ型の中間がお勧め
ジョブ型に関する見解をお聞かせいただけますか。
IT系とかモジュール型の仕事であれば、ジョブ型になるのは仕方がないと思います。でも、いわゆる調整型、すり合わせ型になると、なかなかそれをやると色々な問題が生じてくる可能性があります。例えば、この年末に部下が「ハワイに行きたいので1週間ほど有休を取りたいのでお願いします」と言ったとします。そのときに、上司が「こんな忙しいときに何を考えているんだ。組織全体を考えろ」と言いたくなるかもしれません。
でも、ジョブ型だとそれは言えないんです。むしろ、「全体を考えるのはあなたの仕事ですよね。私のジョブ・ディクリプションにはそんなことは一切書かれていません。有休は権利として認められているので、文句を言われる筋合いはないです。組織全体を考えるのは上司の問題ではないですか。自分の問題を人に押し付けないでほしい」と言えるわけです。
普段からテレワークにより個人単位で仕事を進めているIT系だったら、別にジョブ型でも全然問題ないとは思います。しかし、チームでやっていくという場合に、ジョブ型で本当に機能するのかというのは思うところがあります。と言って、メンバーシップ型で良いかというと、そこも問題があります。なので、それぞれの中間のところ、例えば職種によってはジョブ型にしていけば良いのではないでしょうか。
日本企業というのは、機能組織が共同体化して活性化するところがあったわけです。今のZ世代の方はそれを求めていないのかもしれませんが、会社がいわゆる家族みたいになっているところであれば、全体のことを考えて行動する必要があると思います。恐らく、地方の中小企業だと結構その雰囲気がまだ残っているはずです。そういう会社は、職場が本当に共同体のような感じになっています。そこにジョブ型を持って来て良いのかというと疑問です。ただ、何が何でも反対というわけではありません。
ところで、原田先生は生成AIがイノベーションを加速するとお考えですか。
これは、使う人が誰かによると思います。今の小学生、中学生、高校生に生成AIを使わせるのが良いかはわからないです。それによって考える力が低下するかもしれないからです。ただ、20歳を超えたらもう関係ないです。むしろ、生成AIを使うと非常に効率が良いです。うちの大学のMBAの学生さんにも聞いてみると99%が使っています。例えば、もうコーディングを覚える必要もなくてChatGPTがやってくれます。あるいは、今まで会議資料を作るのに2週間も掛かっていたのに、ChatGPTを使ったら2時間で仕上げてくれます。
あまり言いたくないのですが、学生や院生ももうChatGPTを使って論文をまとめることもできてしまいます。だから、本当に効率化はできていると思いますね。ただ、チャットGPTはまだまだ間違いが多いというか、色々な問題点もあります。それでも、非常に役に立つのは間違いないです。
特に、キャッチボールがしやすいのは見事です。ブレーンストーミングもできます。そういう意味では上手く使えば、創造性がプラスに働くと思います。もちろん、知能の成長過程にそれが良いかどうかはわかりません。それでも、ある程度の年齢であればもう関係ないので、活用したら全然違うと思います。

04バリュードライバーで顧客や従業員の心理を洞察する
中小、中堅企業の経営者や人事責任者へのメッセージをお願いいたします。
もし、イノベーションについてもっと詳しく知りたい方がいらしたら、私が2年前に訳した『「価値」こそがすべて!: ハーバード・ビジネス・スクール教授の戦略講義』(東洋経済新報社)をご覧いただいたきです。非常に良い本で戦略について書かれた本では一番優れた本ではないかと思っているぐらいです。
何が重要かというと「WTP」(Willingness to Pay:顧客が製品・サービスに対して支払いたいと思う最大の金額)です。例えば、ボールペンに対して100円ぐらいまでだったら出しても良いけれど、100円以上は出したくないとすると、100円がWTPです。でも、自分の好きなアイドルの持ち物だとなると1万円を出しても良いという方が出てきます。
この「WTP」を決める要因を具体的に特定したのが「バリュードライバー」(WTPに大きな影響をもたらす要因)です。そこをしっかりと把握しておくことが大事です。お客さんは本当に何を求めていて、何に対してお金を払っているのかというところです。それを見極めることが出発点だと思います。これは、技術ではありません。心理なのです。論理でなくて感情です。それを捉えられるかどうかが、非常に重要です。
たとえば、心理学では「プロスペクト理論」(損失回避性)という仮説があります。そこでは、同じ額の利益獲得と損失回避だと損失回避の方が2倍ぐらい価値が高いと言われています。だから、「1万円損するのを防げます」というのと、「1万得します」というのでは、前者のほうが価値が高いのです。要は、そういうリスクや危険、面倒くささを回避できるとアピールした方が、「WTP」は高まるわけです。
だから、「WTP」が何で決まってくるのかという「バリュードライバー」を認識することです。これは技術の問題ではありません。お客さんが何を望んでいるか。お客様の心理によって決まってきます。ここを的確に洞察することが重要になってくると思います。
人事の方にとっては、お客さんは社内の従業員です。かれらの価値は、WTS(Willingness to Sell, 従業員やサプライヤーが企業に部品・サービスなどを提供するのに必要な最低限の報酬額)と呼ばれています。そのWTPのバリュードライバーを把握することがポイントです。それは必ずしもリスキリングとか研修、報酬アップとはかぎりません。通勤の利便性であったり、職場での人間関係、仕事の面白さ、勤務時間の安定性などさまざまです。そのなかから何が特に重要なのかを把握し、それを人事施策に反映させていくことが重要です。実情は、心理的安全性、ダイバーシティ・アンド・インクルージョン、ウェルビーイングといった抽象的な流行語に飛びついているケースが多いのではないでしょうか。流行に飛びつくのはよいのですが、あくまでもWTSのバリュードライバーを踏まえたうえで飛びつくことが大切なのです。

原田 勉氏
神戸大学大学院
経営学研究科 教授
1967年京都府に生まれる。スタンフォード大学よりPh.D.(経済学博士号)、神戸大学より博士(経営学)取得。1997年、神戸大学経営学部助教授。科学技術政策研究所客員研究官(98-99)、INSEAD客員研究員(03~04)、ハーバード大学フルブライト研究員(04~05)を経て、2005年より神戸大学大学院経営学研究科教授。