テレビ番組などで、ドミノ倒しの仕掛けが見事成功した時には爽快感を覚える。だが、組織の不祥事やスキャンダルが立て続けに起こる「負のドミノ倒し」には、むしろ嫌悪感がこみ上げてくる。実はそんな事態が、近年日本のさまざまな組織において起きている。「今なぜなのか」「何か共通した要因はあるのか」「個人にとってどんなリスクがもたらされるのか」「どう改革していけば良いのか」…、気になる点が多い。そんな疑問に応えるために、組織論の第一人者である同志社大学名誉教授の太田 肇氏が、近著『日本型組織のドミノ崩壊はなぜ始まったのか』(集英社新書)を執筆した。読者に何を訴求したかったのかを聞いた。前編では、近著に込めた問題意識や日本型組織の特徴などを語ってもらった。

 

01立て続けに起きた組織スキャンダル

太田先生は、2025年3月に著書『日本型組織のドミノ崩壊はなぜ始まったのか』(集英社新書)を執筆されました。どのような問題意識を持ってお書きになられたのですか。


2023年に旧ジャニーズ事務所や自民党、三菱電機、ビッグモーター、ダイハツ、日本相撲協会など、これまで日本を代表してきた著名な組織が次々と不祥事やスキャンダルを起こし、崩壊の危機に立たされました。それらを見ると、私が今まで日本の組織構造というか、仕組みにおいて問題視してきた点が共通していて、それが機能不全を起こしていると感じました。

しかも、それがこのような名だたる組織だけでなくて、最近問題になっているPTAや町内会、職場、学校、家庭など身近な組織でも起きつつあります。まさに、あらゆる日本の組織に共通している一種の病理現象が現れていると思います。実は、これは今に始まったことではありません。従来からあったわけですけども、それがさらに近年になって、ある共通の変化が加速している印象があります。そこに焦点を当てようと思い、この本を執筆しました。

そもそも、「日本型組織」とはどういった組織なのでしょうか。

「日本型組織」とは、共同体型組織です。これは、いわばキメラ(2つの異なる遺伝子情報のセットを体内に有する生物)的な特徴を持っています。すなわち、一つの表の面としては教科書に書いてあるような公式な組織。他方、もう一つの面として、仲間内の共同体としての側面があります。この両方の顔を持つ組織。これが、共同体型組織だと私は呼んでいます。それが、まさに日本的な特徴ではないかと思っています。

2023年に、組織崩壊や組織を揺るがすスキャンダルが立て続けに起きました。なぜ、このタイミングに集中したのでしょうか。まるで、堤防が決壊したかの状況になりました。

やはり、私はコロナ禍の影響が大きかったと思います。振り返ってみると、2020年にコロナ禍に突入してから、日本はある種の鎖国状態のようになりました。その後も、自粛が続きました。特に日本の場合は島国なので、外国との交流が少なくなり、より一層その閉鎖性が進んでいった感があります。

それは国内外だけではありません。当然ながら、会社の外に対しても内向きになり、さらにまた地域でも「よそ者はもう地域に入れない」というようなことが一時ありました。自粛の盛んな頃には、「自粛警察」(緊急事態宣言下において、外出や営業などの自粛要請に応じない個人や店舗に対して、私的な取り締まりを行う一般市民の行動)もたびたび報道されました。まさに、閉鎖的な風土に一層拍車がかかり、組織が内向きになっていったということです。その体質が一層強くなってきたところで、一応コロナ禍が収束を迎えました。それで2023年辺りになると、今度はSNSや週刊誌などを通じて、日本の組織の弱点というか、病理のようなところを突くようになり、それを周りの色々なメディアなども呼応するようになったわけです。その意味でも、コロナ禍が大きかったと私は捉えています。

旧ジャニーズ事務所のトラブルは、英国の公共放送BBCが報道したことで一気に火がつきました。黒船来襲ではないですが、これも外圧によって重い扉が開かれたと言えるのでしょうか。

そうだと思います。日本の組織というのは、内側からはなかなか変わりません。今までも日本の良い面も、そうでない面でも変わるきっかけは外圧でした。実は、共同体組織は内側から変える力を持っていないのです。なので、外圧が発端になるケースが多いです。今回もその典型だと言えます。

02踏み切れない経営者、ぶらさがるだけの社員

著書の中で、近年「何もしない方が得」という打算が顕著になっていることを指摘されています。また、「対岸の火事」という言葉も印象的でした。こうした傾向は、今後ますます加速していくとお考えですか。

短期的には、それが続くと思います。ただし、長期的には変わっていくと見ています。なぜなら、変わらないと持たなくなるからです。実際、今でも歴史のある大企業や霞が関などの省庁で若い人材が次々と飛び出しています。これは、その先駆けだと思いますね。やはり、内側から崩壊していく可能性が高い気がします。

著書の中で、企業では積極的にチャレンジする人よりも周囲との調和を大事にされる方を採用する傾向がみられることを指摘されていました。企業の経営ビジョンや中期経営計画などでは「挑戦」という言葉が高らかに掲げられているのに、採用スタンスは異なるというのは、経営陣と人事部門とで乖離がある、あるいは「挑戦」は表向きの飾り言葉に過ぎないということも言えるのでしょうか。

これは、経営者自身が葛藤を抱えているのだと思います。割り切れていないということです。確かに「挑戦してくれる人材が必要だ」ということはわかっているのでしょうが、実際問題としては、調和型の人材を採用・重視したいというのは、未だにその辺りが本当にどちらかに踏み切れていない経営者、人事責任者がいるということです。要するに、二兎を追っているんだと思います。

その葛藤は、当面続くのでしょうか。

競争していくためにも、もうこれは挑戦の方に舵を切らないと持たなくなると思いますね。

「よしもう挑戦へとシフトする」と踏み切れるかどうかということですね。

今のところは、誰かが先陣を切るのを待っているということです。要は、様子見という感じでしょうね。

03本音と建前の使い分けは、もはや通用しない


経営者も人事も、本音と建前を使い分けている。本音を語れるようにならないと生き残っていけないということですか。

そうです。ただし、時間は掛かると思います。その原因は本音と建前。まあ言い換えると、組織の利害と個人の利害が一致していないからだと見ています。例えば、「企業に改革やチャレンジが必要だ」といっても、企業にとってはそうであっても個人にとっては、それが利益につながりません。まして、部下が下手に挑戦したり、同僚がどんどん突っ走ったりすると、上司や周囲は却ってしわ寄せを受けてしまい、個人にとっては何もプラスにならなかったりします。

ですから、個人の利害に落とし込んで、改革を進められるリーダーが出てくれば改革は進むと思います。そうでなくて、結果的に個人の本音に耳を貸さずに、そして強引に組織だけで突っ走ると、色々な理由をつけて反対されて何も進まなくなってしまうと思いますね。

調和を重視する考え方は、子供の頃からの教育による影響がかなり大きいのではないでしょうか。小学校でも「皆と仲良くしなさい」「皆と同じ行動をしましょう」みたいな調和志向の強い教育がまだまだ根強い気がします。その辺りが変わらないといけないのではないでしょうか。社会人になったら急に変わるというのは考えにくいところです。この辺り、いかがですか。

おっしゃる通りだと思います。米国もそうですが、特にヨーロッパなどに行ってみるとその辺りの考え方、日本とはが全く違います。私は、昨年の秋もデンマークに行き、働き方だけではなく、教育などについても色々聞いてみました。とにかく、周りと違うことをするようにということを徹底していて、小さい時から教え込まれています。「人と同じことをやっていたら意味がない」とまで言い切っています。ですから、何かを達成するにしても、自分で考えて、自分で他の人と違うことをすると評価されます。逆に、周りと同じことをすると評価されません。それから、黙っているのも評価が低いです。間違っても良いから、とにかく手を挙げて発言する。そうすると、ポイントが付きます。その辺りから、日本とはだいぶ違いますね。

孔子の論語には、「和して同ぜず」という有名な一節があります。道理を外れてまで同調することはないとの意味ですが、どうも日本社会はそうなっていないようです。ところで、最近の管理職は、パワハラ(パワー・ハラスメント)やセクハラ(セクシャル・ハラスメント)、アルハラ(アルコール・ハラスメント)などに対して過敏となっている印象があります。ハラスメントが起きないようにすることは重要ですが、部下と接することを控えるばかりであるのも問題です。太田先生も著書では、「放任型上司と未成熟な部下は不幸な組み合わせだ」と指摘されています。管理職に対して、経営者や人事責任者はいかにアドバイスしていけば良いとお考えですか。

私は、キーワードは「フラット」(対等)だと思います。つまり、日本の組織というのは良い意味でもそうでない意味でも、ある意味で上下関係があります。役割の上下関係は、どこの国でも当然あるわけですが、日本の場合には先輩の方が偉いとか、それから一方的に上から教える、指導する、指図する、そしてそれに対して下が忖度するという、人格的な上下関係が見られます。そうすると、どうしても言動そのものがハラスメントにつながってしまいます。人格的には対等であれば、双方が必要なことは言えるし、適切な指示も出せるので、そうした問題の多くは防げると思います。ある意味、ビジネスライクにと言い換えても良いかもしれませんね。

―対等、フラットが重要だということですね。わかりました。


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太田 肇

同志社大学名誉教授 

兵庫県出身。経営学博士。専門は組織論、神戸大学大学院経営学研究科修了。公務員を経験後、三重大学人文学部助教授、滋賀大学経済学部教授を経て、2004年より同志社大学政策学部教授に就任。2025年4月から現職。個人の能力を引き出す組織のあり方について研究。また猫との暮らしがNHKで紹介されるなど、愛猫家としても知られる。近著は、『日本型組織のドミノ崩壊はなぜ始まったか』(集英社新書、2025年)、『「自営型」で働く時代 -ジョブ型雇用はもう古い!』(プレジデント社、2023年)、『何もしないほうが得な日本 -社会に広がる「消極的利己主義」の構造 』(PHP新書、2022年)、『日本人の承認欲求-テレワークがさらした深層-』(新潮新書、2022年)、『同調圧力の正体』(PHP新書、2021年)、『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書、2019年)。
『プロフェッショナルと組織』で組織学会賞、『仕事人(しごとじん)と組織-インフラ型への企業革新-』で経営科学文献賞、『ベンチャー企業の「仕事」』で中小企業研究奨励賞本賞を受賞。他に著書約40冊。

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