>日本的経営の強さを再考する:組織論の第一人者が語る「やり過ごし」の効能と安易な制度変更への警鐘(後編)
経営学全般、特に組織論の第一人者として長年研究を続けてきた高橋伸夫教授。数多くの研究キーワードやベストセラー著書を持つ同氏が、日本の組織の本質や現代の日本企業が抱える課題を鋭く分析する。広辞苑に新たな意味を加えた「やり過ごし」の概念や、公社民営化・鉄道経営における資金調達の研究成果を振り返るとともに、目的が形骸化しがちな DX 推進の現状に苦言を呈する。さらに、欧米流の徹底的な責任追及とは異なる日本的運用の妙を説き、安易な流行に流されず、歴史に裏打ちされた日本的経営に自信を持つことの重要性を主張する。制度の変更が現場に与える重い責任を浮き彫りにし、経営者や人事責任者へ深い示唆を与える内容である。後編では、高橋氏が精力的に執筆に取り組む意図や流行に捉われない人事制度の重要性などについて聞いた。
【後編のエッセンス】
後編では、高橋伸夫氏が経営学の本質、日本的経営への評価、そして企業や人事が持つべき姿勢について語る。著書執筆の背景には、肩書や立場への遠慮から解放され、自身の考えを率直に発信したいという思いがあるという。高橋氏は、経営学はデータによって検証される「科学」であり、流行のカタカナ概念に頼るのではなく、現場の現象を日本語で理解することの重要性を強調する。また、日本企業の制度や仕組みは長い歴史の中で培われたものであり、安易な流行追随による改革には警鐘を鳴らす。特に人事制度は人の人生に影響を与える重い仕事であり、慎重な判断と責任ある運用が必要だと訴えている。
【キーメッセージ】
① 経営学は流行する理論を紹介するだけでなく、データによって検証される科学として発展させる必要がある。
② 日本企業が培ってきた仕組みには価値があり、理由のない制度変更や流行への追随は避けるべきである。
③ 人事制度の変更は社員の人生に影響するため、経営者や人事責任者は大きな責任を自覚して取り組むべきである。
目次

01肩書から解放され、伝えたい経営学を書き続ける理由
ところで、先ほど来から著書のお話が出ていますが、昨年 1月に発売された『組織の思想史』 (日本経済新聞出版)に続き、今年も続々と著書を執筆されておられます。精力的に発信されている意図をお聞かせいただけますか。やはり、研究者としての集大成ですか。
集大成というと格好良いですが、正直に言えば気が楽な立場になったからです。2023年 3月に長年勤務した東京大学を定年で退職し、同年4月から東京理科大学の教授になりました。もう、年齢的にもあまり失うことはなさそうですし、東京大学という肩書がなくなったら、肩の荷がぐっと下りました。
いわゆる怖いものもあまりなくなりました。だから、書きたいことを書かせてもらいますよという感じです。それを集大成と言うのであれば、そうなのでしょうけれども、とにかく自分の書きたいことを書きやすくなったということです。今までも結構本は書いてきました。さすがに、プレッシャーがあったとまでは言いませんが、それなりに色々遠慮して書いていたつもりです。段々と遠慮するものがなくなったので、書きたいことを書かせてくださいという感じになってきています。

02経営学を科学として捉える、高橋氏の研究哲学
まずは、今年3月に出版された『組織の不都合な真実 経営学は科学なのか?』 (日本経済新聞出版)で読者に最も伝えたかったことは何ですか。
二つあります。一つ目は、経営学はサイエンスだと言いたかったということ。だから、言いたい放題ではなくて、しっかりと検証もできればデータも取れるし、正しいか間違っているかもわかります。
二つ目は、先ほど話した通りなのですが、いわゆるカタカナのままで終わりにしないで、日本語でしっかりとわかるように、目の前の現象を分析しましょうということです。私がそう言っている背景には危機感みたいのがあります。ずっと統計畑だったこともあるために、なおさら危機感が強いのかもしれません。
昨今の若い研究者には、データを集めて、それを統計処理して、統計的に有意だと論文に書くという流れが見られます。そもそも、 「統計的に有意とはどういう意味なのか知っているのか」と聞いてみたい気持ちは大いにあるのですが、それ以前に、そんな低レベルの質のデータを使って、何かすごく複雑なモデルが検証されましたとか言われても、 「そんなことはないだろう」というのが私の印象です。
もっとシンプルなものでも検証できるかどうかわからないのに、そんな複雑なものが検証できるわけがないのです。だいたい追試だってほとんど誰もやってないでしょう。他の論文の追試だと論文になりにくいので、みんなやらないのですよ。おまけに自分で書いた論文の追試は、へたすると否定する結果が出たりするので、そんな結果は誰も論文にしないし、そもそも最初から追試なんてやらない。ということで、若手研究者が手掛けているスタイル自体が危ないのではないかと危惧しているわけです。
「何故科学だと言っているのか」といえば、それは『組織の不都合な真実』でも書いたのですが、要するに、 「データによって否定されるスリルのないところには、科学は存在しない」というのが、私の信念であり主張だからです。
要するに、データを集めた時に今まで正しいと思っていたことが、結局否定されてしまう可能性やリスクがないのであれば、それはもう科学ではないのです。昔、ある経済学者が、データを分析したら、自説とは違う結果になった時、 「データが間違っている」と言ったという実話があるのですが、それは明らかにその人の説が間違っていたのです。それを認められないのであれば、それはもう科学ではない。
数理モデルにのめりこんでいる理論経済学者ではもっと滑稽な話もあります。ある有名な経済学者が唱えている説に従えば、大学で学生たちの最適行動はこうなるという結論になっていた。しかし、実際にやってみたら、学生たちはそんな行動をとらなかった。そうしたら、その調査を担当した若手の経済学者が、 「これは〇〇先生に、君たちの最適行動は△△なんだよ」と説明していただく必要があると真面目な顔をして発言していたので、思わず吹き出しそうになりました。なぜって、これは〇〇先生のモデルが、学生の行動を説明できないことを立証したわけですよ。にもかかわらず、学生の行動をモデルに合うように変えさせるなんて、本末転倒もいいところです。悲しいことに、とかく、そういうことを皆が口にしがちなんですね。
だからデータが間違っているだとか、あるいはモデルが正しいので「お前らの行動がおかしい」だとか、そんなことはないのです。それはモデルが間違っているのです。データによって、モデルが間違っていることを検証したと結論するのがまともな発想だと私は思います。
だから、経営学全般だけでなく、社会科学全般もですが、科学的スタイルを確立しないと段々と何を言っているかわからなくなってしまいます。最新の研究はひどいです。本当に、もう何が結論だかもわからないですし、 「仮説が検証されました」と言われても「どんな仮説を立てていたのか」と逆に聞きたくなるような感じのことが多いです。
そういう意味では、警鐘を鳴らすとまでは言いませんが、 「おかしくないですか」という想いを込めさせていただきました。

03カタカナ経営用語から脱却し、日本語で本質を捉える
テレビのコメンテーターとして経営学者が登場されます。発言を聞いていると、 「これは経営学の分野では、こう表現されています」とカタカナの言葉を持ち出して説明します。それを視聴者も、 「経営学ってそういう学問なのか」と捉えてしまっていて、寂しい気持ちになったりします。
誰を指しているのか、大体察しが付きますよ。でも私も若い頃は、経営学って所詮は輸入学問なので……と思っていたので、大多数の経営学者は似た様なものかと思います。ただし、私自身も色々叩かれながら経営学者としてのキャリアを積んできた今だから言えるのですが、私としては「カタカナの意味をしっかりと日本語で言いなさい」という想いはあります。 「みんなで訳語を考えましょう」と言いたいです。それなのに、実際には訳語も考えないし、皆カタカナで通していたりします。
昔、米国の経営学者であるマイケル・ポーターが唱えた「バリューチェーン」 (企業の各事業活動が連鎖して価値を生み出し、競争力を高める仕組み)と言う概念を翻訳者は「価値連鎖」と訳していたのに、いつの間にか文献によっては価値連鎖の上にバリューチェーンという振り仮名が振られていたりしています。ここまで来ると、なんだかなあという感じですね。悲しいけれど、そういう雰囲気が経営学全般にはありますよね。カタカナで表現した方が高級だと感じてしまう悲しい性。恐らく、他の分野の先生方から言わせると、「せめて訳語くらい考えろよ」という話になるわけです。
そうですよね。
訳語を考えないでカタカナで何だかわけがわからないという類は数多くあります。それは、もう明らかに弊害が出ています。意味をわからないまま使っている人が段々と増えています。カタカナで使っているうちに何だか意味がわからないという感じになってきているとも言えます。そういう意味ではしっかりと訳語を確定するのは重要な作業のはずなのですが、どうしてかあまりやっていなかったりします。

04流行ではなく歴史から学ぶ、日本企業の強み
さらに、今年6月には『知らなかったでは済まされない 経営学の話』 (高橋書店)が出版されました。こちらは、どのような意図で執筆されたのですか。

これは、すごく不思議な作り方をしている本です。私が元の原稿を書きました。それが編集者とやりとりしながら会話調に変わっていくという書き方になっています。なので、私自身も「なるほどね」と思う箇所が結構ありました。具体的に言えば、 「これってどういう意味なのですか」 「どうなっているのですか」という点を対話調に全部切り替えて、かみ砕いて説明しています。
意図としては、わかりやすさを重視しました。それも、私から見てではなく、編集者自身がわかる程度にわかりやすく書いたということです。 「なるほど、それならわかります」。そんなやり取りをしながら作り上げていきました。そういう意味では、100%私がコントロールしているわけではなくて、編集者の意図がかなり強いかなという気がしますね。「なるほど、こういう本の作り方もあるのか」と学ばせてもらいました。
新著は、どのような内容の本なのですか。
編集者自身も中間管理職です。実際「こんな悩みがある、あんな悩みがある」というのを、私が書いた原稿と突き合わせた構成になっています。私自身が元々書いた原稿もそういう内容ではあったのですが、それをより現場目線的に噛み砕いでバラして書いたという感じになりますね。
新著では、 「もしも自分が経営をする立場だったら……」という切り口から、経営学について解説されているとお聞きしています。
それは、章によって違っています。 「もしも自分が経営をする立場だったら……」は第二章で、第一章は「もしも自分が経営学者の立場だったら……」、第三章は「もしも自分がマネージャーの立場だったら……」で、第四章が「もしも自分が人事部長だったら……」という課題設定になっています。
経営学者だったらというのは、私が最初に編集者と会った時に、 「ああだこうだ」 「ああでもないこうでもない」と語った内容が元になっています。また、経営をする立場だったらという章は、意外だったのですが、担当してくれた編集者が文系の人なのですが、ゲーム論に興味があるみたいで、 「そこら辺の話をピックアップしたい」というので、意思決定の話が中心になっています。
第三章のマネージャーの立場だったらというところは、これはどちらかというと協調行動(他者と力を合わせて共通の目標を達成するために行う行動であり、相手の意見や立場を尊重しつつ協力する能力)の話がメインであったりします。要するに、どうやって協力関係や協調行動を引き出すのかという話です。
最後の人事の章は、編集者が成果主義に否定的だったので、 「この学説が今こんな感じになっていますよ」 「これって意外と知られていませんが、昔唱えられていた学説が今否定されていますよ」などといった例が結構沢山あるという話を中心にしています。昔はこんな有名な学説があったけれど、 「実は間違いだった」と今明らかになったという話が数多く出て来ます。その意味では面白いのではないかと思います。
このように、経営学というのは「今は否定されています」という学説や概念がそれなりにあったりします。しかし、通常だと誰もそれを口にしなかったりします。例えば、マズローの欲求段階説(人間の欲求を下位から順に満たすことで自己実現に向かって成長する心理学理論)も 1970年代ぐらいには否定されています。また、米国ハーバード大学のメイヨーやレスリスバーガーによって提唱された人間関係論(職場における人と人との関わりが生産性や満足度に大きな影響を与えるという考え方)も 1960年代ぐらいには否定されています。
そういう意味では、経営学は科学なんですよ。だから、 「もはや否定されていることを教えないのはおかしい」と昔から私は思っていました。あまり声高に叫んだことはないのですが、 「今となったら違うよね」 「言わないといけないのではないか」という気持ちがあります。それを編集者の人が拾ってくれたのは嬉しいなと思っています。その辺りが人事部長だった編ですかね。通説はこうだったと皆思っているけれど、実は違うという話が割と沢山書いてあります。

05日本的経営への自信と、安易な改革への警鐘
ズバリお聞きします。高橋先生は、日本的経営が実は最強の組織であるとお考えですか。
基本的には最強だと思っていますね。もちろん、その時には「日本的経営とは何か」という問題はあります。ただ、多くの日本企業がやっていることはそんなに間違っていないと思っています。
日本の会社は何だかんだ言って歴史が長いです。なので、色々なことをやって来ています。昨日今日できた会社ではなく、何十年・何百年もの歴史の中で生き残っているので、色々な仕組みややり方を理解しています。そのぐらい長く生き残ってきているのですから、最強だと言って良いと思っています。
ただ、何でも日本的経営なのかというと、そんなことはありません。ならば、何を以って日本的経営であるのかを明確に言っておく必要があります。
日本企業は最強の組織であるということですが、実は「日本の企業経営者よ、自信を持て」というメッセージを込めておられるのですか。
もちろんそうです。何か流行っているから変えるというのはやめた方が良いと思います。自分たちがやっていることで、本当にまずいことは変えるべきです。それは、当たり前です。しかし、特にまずいこともないのに、 「こちらの方が新しいから切り替えよう」という考えはやめるべきです。
何か正当な理由があるならばわかります。しかし、特に理由もなく、ただ単に流行に乗ってしまうと大体失敗します。だったら、今までやってきたことをしっかりと見直して、可笑しなところだけ変えればいいわけです。そうではなくて、 「新しいからこちらに変えよう」とするのは疑問です。

06人の人生をも左右する人事制度、その責任の重さ
人事の世界も、経営の世界も「流行に従う」という傾向が強いですよね。
強いですね。そもそも日本で成果主義の導入が加速したきっかけは、日本経済団体連合会(通称:経団連)が『経営労働政策委員会報告』に書いたことです。それで、多くの企業が取り組みを始めました。この報告書は、人事の虎の巻などと言われていますが、 「今年は何をやろうか」と各企業の人事が考える時に、 「ここに書いてある制度にトライしてみるか」というほどの大きな影響力を持っています。
しかし、そういった軽いノリで始めても後々失敗するのが目に見えています。もちろん、毎年テーマがあるのは悪いことではありません。ただ、それで安易に導入してしまう、特に今何も問題がないのに制度を変更してしまうのは愚の骨頂です。やることが違うのではないかと思います。
最後に、中小、中堅企業の経営者や人事責任者にメッセージをお願いいたします。
自信を持ってやっていただきたいと思います。 「会社にこんな人事制度を導入したら組織は劇的に変わるのではないですか」などと発言する学生がいたりすると、私は必ずこう言います。 「君は人事や労務を軽く考えすぎている。将来は、人事の仕事はやらない方がいいよ」 「何しろ、人事は下手をすると人が死んでしまうからね」と。
人事・労務系の仕事が怖いのは、制度を下手にいじった結果、犠牲者が出てしまいかねないことです。メンタルをやられる人もいれば、本当に死んでしまう人もいます。 「本当は怖い」ということは多分担当者は皆わかっているはずです。だから、本当に人事関係の人はそれを理解してやっているので、あまり変なことはしないはずです。
ただ、それをあまり知らない人が人事部にやってきて、ポッと制度を変えてしまったり、上手くいかなかったりしても責任を取らないでどこか別の部署や他社に行ってしまうことがあったりします。そうすると本当に犠牲者が出ます。その意味では人事の責任者の方は本当にしっかりと考えて取り組んでほしいなと思います。
そういう意味では、 「こんな制度をいじったぐらいで何があるのか」と思う人がいますが、本当にそれでメンタルをやられて死んでしまう人が出るので、重たい職務・仕事だということを踏まえて、取り組んでいただきたいです。
高橋先生、貴重な示唆をご提示いただき感謝申し上げます。今後もさらなる著書の執筆を楽しみにしています。
【取材後記】
高橋先生のお話は、経営学という学問の枠を超え、日本の組織が持つ「土着の強さ」と「運用の妙」を再発見させてくれる。特に印象深いのは、私たちが日常的に使う「やり過ごし」という言葉が、先生の 10年に及ぶ緻密な調査を経て広辞苑に採用され、市民権を得たというエピソードである。カタカナ表記が氾濫する現代のビジネス界において、日本語の持つ類推力や現場の感覚にこだわり抜く姿勢には、深く感銘を受けた。また、流行の制度を安易に取り入れては失敗をうやむやにする日本企業の悪癖を指摘しつつも、最後には「人事が制度をいじる恐怖」を知る実務家たちへ、自信を持つようエールを送る姿には温かみを感じる。失敗を隠さず学習の糧とすること、そして制度ではなく最後は「人」であるという本質的なメッセージは、変化の激しい時代を生きるすべてのビジネスパーソンにとって、立ち返るべき座標軸となるに違いない。

高橋 伸夫 氏
東京理科大学経営学部 教授
1957年 北海道小樽市生まれ。1980年 小樽商科大学商学部卒業。1984年 筑波大学大学院社会工学研究科退学。同年 東京大学教養学部助手(統計学)。1987年 東北大学経済学部助教授(経営学総論)。1991年 東京大学教養学部助教授(統計学・経営政策科学)。1994年東京大学経済学部助教授(経営学・経営組織論)。1996年 東京大学大学院経済学研究科助教授(経営学・経営組織論)。1998年 東京大学大学院経済学研究科教授(経営学・経営組織論)。2023年より東京理科大学経営学部経営学科教授(経営学・経営戦略論)・東京大学名誉教授。主要著書に、 Design of Adaptive Organizations: Models and EmpiricalResearch .(組織学会賞「高宮賞」受賞) 『ぬるま湯的経営の研究』 (経営科学文献賞受賞)、 『組織の中の決定理論』 『経営の再生―戦略の時代・組織の時代―』 『日本企業の意思決定原理』 『鉄道経営と資金調達』 (交通図書賞) 『虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ―』 『〈育てる経営〉の戦略―ポスト成果主義への道―』 『組織力―宿す、紡ぐ、磨く、繋ぐ―』 『ダメになる会社―企業はなぜ転落するのか?―』 『殻―脱じり貧の経営―』『経営学で考える』 『大学 4年間の経営学が 10時間でざっと学べる』 『[図解] 大学 4年間の経営学が 10時間でざっと学べる』 『組織の思想史―知的探求のマイルストーン―』 『組織の不都合な真実―経営学は科学なのか?―』 『知らなかったでは済まされない 経営学の話』などがある。
