リーダーシップ論が大きな転換期を迎えている。トップダウン型の指示命令では組織が動かず、多様な人材が主体性を持って関わる“全員戦力化”が求められる時代となった。では、日本企業におけるリーダーシップの本質とは何か。滋賀大学教授・小野善生氏は、長年にわたりフォロワー視点からリーダーシップを研究し、「開眼」「共鳴」感謝」という独自のキーワードを提示している。本インタビューでは、日本型組織の特性、ミドルマネジメントの役割、次世代リーダー育成、そしてシェアードリーダーシップの可能性まで、多角的に掘り下げた。後編は、次世代リーダーの育成や経営者へのメッセージなどを尋ねる。

【後編のエッセンス】 
後編では、次世代リーダー育成の難しさと、日本企業特有の組織課題に焦点が当てられた。小野氏は、育成が上手くいかない背景には、組織文化や価値観の共有不足があると指摘。企業ごとの“らしさ”を見極め、その軸に共鳴できる人材を育てる必要性を説いた。また、50代管理職層には、バブル崩壊後の「撤退戦」を経験した世代特有の慎重さがあると分析。一方で、若い世代には挑戦志向も見られるという。さらに、状況に応じて役割を柔軟に入れ替える「シェアードリーダーシップ」の可能性にも言及し、フォロワーの存在が組織の柔軟性を支えると語った。

 

【キーメッセージ】 
① 次世代リーダー育成には、組織文化や価値観の共有が不可欠である。
② 50代管理職層の慎重さは、バブル崩壊後の経験が大きく影響している。
③シェアードリーダーシップには、主体的なフォロワーの存在が欠かせない。

01次世代リーダー育成は「組織らしさ」の再確認から 

ミドルマネージャーの中から次世代のリーダーを育成していかなければなりません。どう取り組めば良いのでしょうか。どの企業も悩みどころだと思うのですが。

難しいところですね。いわゆる実践的というか、どうするかという話になると。まずは、「なぜ次世代リーダーの育成が上手くいかないのか」、あるいは「上手くいっていない根本的な原因が一体何なのか」という話です。選んでいる人が悪いのか、あるいは、やり方が悪いのか、色々な理由があると思います。意外に全般的というよりも、実は個々の組織によって異なっているような気がします。 

なぜなら、世代交代が上手くいっているところもあるからです。何となく上手くいっていないみたいな空気にはなっていますがね。なので、一つはやはり根本的な原因を明らかにすることです。

二つ目は、次世代のリーダーとはどういった人間なのかという具体的な定義、個々の組織において次世代のリーダーはいかなる人物、人物像かがどこまで詰め切れているのかがあると思います。

三つ目は、勉強会などに行って経営者の話を聞くと、個々の組織にはその組織の歩みがあるというのです。つまり、創業から現在に至るまでの歩みがあると。その中でさまざまな先人が色々な取り組みをしてきています。そこの組織らしさが、すなわち組織文化です。 組織文化を築き上げてきているし、その組織文化から派生する価値観、つまり基軸に対して、本当に次世代のリーダーを議論するにあたり、「どれだけアクセスしているか」「それに基づいてどのような人物を次世代のリーダーとして育てたいのか」。そういった実は根っこというか、芯の部分にどれだけ問いかけられているのかがあると思います。 

何となく次の世代リーダーが育ちにくい、なぜか人がすぐ辞めてしまうことを考えてみれば、これだけ労働市場がどんどんオープンになってさまざまな選択肢もあるのですから、それは一定人数辞めるはずです。だったら、真にそこの組織に共鳴できる人に、やはり次世代リーダーになってもらう必要があると思います。 

しかし、共鳴する、あるいは「この組織で頑張っていこう」と思える芯の部分を、組織の上位者、現リーダーがどれだけ理解し、コンセンサスを取り、それを基軸に打ち出せるかは、まだまだその一考の余地があると思います。そんな魔法の杖、ウルトラCみたいなことはできないはずです。これこそ本当に地に足をつけて、「何が一体我が社の軸にあるのか」、そして我が社が今後存在していくためにはどんな人材、しかもそれも全くパラダイム異なる人材というよりも、本当にエッセンスとしての基軸に基づいた人材をどう育成していきたいのかを考えるべきです。

色々な実務家の人と対話をすると、そこの壁が乗り越えられないような人が多いのではないかと思います。特に、部長や事業部長クラスの勉強会に行って話を聞くと、「経営陣が、ものすごくコントロールをかけてくる」「なかなか新しい動きをわかってもらえない」という声が多かったりします。もちろん、全員がそういうわけではないのでしょうが、乗り越えられないというか、非常に息苦しさがあるような気がします。これは、本当にトップがどう判断するかに掛かっていると思います。やはり、絶対的なトップの存在が求められます。    

02“撤退戦世代”が抱える慎重なリーダーシップ観

ある会社の役員の方が、こんな発言をされていました。「ミドルマネージャーに、『責任はこちらで取るから好きなようにやって良い』と言っても、『失敗しそうだから』と行動をためらい、リーダーシップを発揮してくれない」。その会社のミドルマネージャーは50代が多いというのですが、これは世代格差もあるのでしょうか。若手は意外とチャレンジしてくれるそうです。

これは日本の経済にも影響を受けていると思います。もう今、現役を引退された70代ぐらいの方は、バブルの前ぐらいに入社し、バブルの時には結構良い思いをして、そこでいざ管理職になった時にバブルが崩壊してしまいました。戦でいうところの“しんがり”みたいなことをやったわけです。すなわち、企業の整理です。なので、かなり厳しい決断、ハードなことをやってこられています。 

だから、そういった世代の人たちのリーダーシップは、トップダウンによる決断、そういった学習をされてきています。それで、それなりに仕えられてこられたわけです。

一方、60代から50代の人たちは違います。私は企業の次世代リーダー研修の場で、「あなたは上司からどのような影響を受けましたか」「どんな薫陶を受けたのですか」という課題を提示すると、必ず複数のグループでは「そんなリーダーはいない」と発言していました。

「薫陶を受けるような上司に出会ったことがない」と。むしろ、「手柄は全部持っていく」「人間的には何も尊敬できない」「反面教師なら山のようにいる」など、そんな声が挙がってきます。つまり、撤退戦を経験したトップダウンの冷酷なリーダーシップの下で冷ややかにやってこられた世代なのです。ある意味、少し絶望的な感じになっています。 

それが今、50代ぐらいの方々です。だから、ようやく部長になりかけた層です。その辺りはリーダーシップの学びができてないクラスではないかと思います。それは誰が悪いという問題ではありません。

1985年のプラザ合意(米ドル高是正を目的とする合意)以降、人類史上未見の恐ろしい通貨の円高になり、そこから全ての歯車が狂い出しました。ある意味、その後処理をしてきた世代が引退し、その世代のイレギュラーなリーダーシップの学びの下でフォロワーをやってきた人が仕切ることになりました。

「ミドルの腰が重い」というのは、まさに今50代で今後トップへと上がろうとしている人たちは、バブル崩壊の後の撤退戦をやってきた上司の特殊な学びの下でのフォロワーだったので、余計にある種信頼というか、非常に複雑な関係なのだと思います。
それに対して、最近私が色々とお付き合いしていたり、勉強会に参加していたりする40代ぐらいから50代前半の、今後トップリーダー層になる人たちは、そこからは抜けているというか、撤退戦をやっている血生臭いリーダーシップやってきた世代ではなく、その下の世代ぐらいの人が上司なようです。つまり、人間的に割と“マッチョ”と言いますか、挑戦する姿勢を持ち合わせている気がします。 

彼らは、割とパーソナルです。海外経験、駐在経験が豊富な人も珍しくありません。それだけに、リーダーシップ、フォロワーシップも転機が訪れるかもしれないというのが、個人的な希望的観測としてあります。

03状況で役割が変わる「シェアードリーダーシップ」 

先ほどの「全員戦力化」というキーワードでいくと、状況に応じてリーダーがどんどん変わる。場合によっては、全員がリーダーになり得るかもしれない。そういった形でリーダーシップを全員が分担し合うみたいな組織も結構意味があるのでしょうか。

それは、「シェアードリーダーシップ」(チームメンバーが互いにリーダーシップを発揮し、状況に応じてリーダーが入れ替わる状態)と言われています。これも、前提となる考え方があります。実は、リーダーシップというのは大きく分ければポジションに就く、何らかの権限に紐付いてくる公式的なリーダーシップと、あともう一つはフォロワーがそのリーダーを追い立てることによって生じる自然発生的なリーダーシップがあります。

その組織を運営するヒエラルキーという視点で言えば、ある意味この公式的なリーダーというところが重要になってきます。なぜなら、その状況が刻一刻と変わるからです。状況が変わるとそれに応じてリーダーも変わります。スポーツで譬えれば、ラグビーだとフォワードとかですね。ある程度ユニットがあって、そのユニットの中で自然発生的に仕切るリーダーが出てくる。組織的な活動、いわゆるその状況の変化が激しくて、柔軟性が問われる下においては、自然発生的なリーダーシップが重要になってきます。 

自然発生的なリーダーシップはどのようにして成立するかというと、先ほど申し上げた通り、積極的についてくるフォロワーがいるかどうかに掛かっています。すなわち、その自然発生的なリーダーシップを成り立たせるためには、真の意味でのフォロワーがいないとダメなのです。そうすると、先ほどまでリーダーシップを取っていた人が、今度この局面になっているから「君に頼む」となる。そのリーダーが今度は積極的なフォロワーになるというのも非常に柔軟性が高いと言えます。それができるとかなり組織としては動きやすいです。もちろん、全ての仕事に当てはまるわけではありませんがね。  

かつて、私がある医療系の座談会でゲストとして登壇した時に、一緒にいらした先生が、オペ手術の学会だからということで、学会内だけということで三つケースを見せてくれました。要はメインの執刀医が若手でした。サポートに入っているのが、ベテランの看護師さんとベテランの医師でした。その映像を見ると、本当にメインの執刀医がやりやすいように盛り立てるわけです。ガンガン指示を出すわけではなくて、どの器具を使おうか迷っているところにスッとさりげなくベテランの看護師さんが最適な器具をシュッと渡すとか。角が立たないように上手くミッションをこなせるようにフォロワーシップを発揮して、経験が少ない若手のリーダーがリーダーシップを発揮しやすいようにしてあげていました。 

一方、ベテランのドクターが執刀している場合は、ある種ベテランのドクターが上手くディレクションをしながら、周りがリクエスト通り動いていきます。まさに、その状況に応じて、どれだけ柔軟にリーダー、フォロワーの立ち位置、あるいはフォロワーの振る舞い方を変えられるかどうかが、組織の柔軟性を高めるという意味では重要だと思います。

念のため、ご確認させてください。フォロワー型のリーダーシップは、「サーヴァントリーダーシップ」とどう違うのでしょうか。

「サーヴァントリーダーシップ」は、米国の経営学者ロバート・K・グリーンリーフが、1970年代に提唱したリーダーシップ哲学です。30年ぐらいずっと無視されていたのですが、それが2000年に米国で続々とリーダーの不祥事が起こり出した頃に、「リーダーの倫理性を問う」という議論が出てきて、一気に注目されるようになりました。
「サーヴァントリーダーシップ」はフォロワーの側に立つというところと、もう一つはいかにミッションに忠実であるかみたいな話です。それだけに、「サーヴァントリーダーシップ」は「オーセンティックリーダーシップ」や「倫理的リーダーシップ」の論文では参考文献として良く出て来ます。

もともと哲学的な話だったのですが、これが2000年代ぐらいに入ってフォロワーとどのように成熟した関係を作るかという風に少し議論の風向きが変わってきました。要は思想的なスタートから体系化されるようになり、それでフォロワーの関係性と親密度が高くなってきたのです。

 

 

04経験や立場を越えて支え合う“フォロワー型組織”の力

最後に、中小・中堅企業の経営者や人事責任者にメッセージをお願いいたします。

わかりました。中小・中堅企業だとやはりオーナー系の会社が多いはずです。オーナー系の会社は好むと好まざると、ある意味必然的に上下の関係が出てくると思います。しかし、そこでオーナー側が仮に上下の関係があったとしても、「君たちの力が必要だ」「君たちの力で皆一緒に盛り上げていこう」という、全員協力参加型もトップがどれだけ本気で盛り上げていけるかどうかによると思います。  

技術的な環境やイノベーションが叫ばれている中でいかに周知を結集するかが、やはり生き残る鍵だと思います。そうして考えると、組織メンバーのポテンシャルといいますか、潜在的な能力を発揮できる場を提供することが重要になってきます。 

自分が先頭に立って引っ張るというよりも、個々の能力を発揮できる場を用意する場作りといいますかね。リーダーシップは、メンバーを引っ張るという動きから場を作り、背中を押すに移りつつあります。そういうイメージでリーダーシップを捉えていくことによって、それぞれの能力を上手く引き出していく、プロデュースすることが必要になると思います。 

そこから出てくるフォロワーシップをしっかりキャッチしていくことです。それは、フォロワーの活性化にもなりますし、ミドルマネージャーの場合であれば、次世代リーダーの育成というか、彼らの能力の引き上げという一連の行為につながると、私は考えます。

【編集後記】

本インタビューで印象的だったのは、小野氏が一貫して「フォロワー」の視点からリーダーシップを捉えていた点である。一般的にリーダーシップ論は、“優れたリーダー像”に焦点が当たりやすい。しかし、小野氏は「フォロワーがどう感じ、どう動き、どう支えるか」を起点に組織を見つめていた。その中で語られた「開眼」「共鳴」「感謝」という三つの言葉は、日本企業における人間関係の機微を非常によく表していると感じた。
一方で、オンライン化やコミュニケーション希薄化が進む現代において、こうした“ウェットな組織力”は失われつつあるのかもしれない。それでも、状況に応じて支え合い、役割を柔軟に入れ替える組織の姿には、日本型組織の可能性がなお残されている。本記事が、改めて「組織における人間関係の価値」を見つめ直す契機となれば幸いである。

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小野 善生 

滋賀大学

経済学部 教授  

1974年京都府生まれ。1997年滋賀大学経済学部卒。2003年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。滋賀大学経済学部助手/講師/助教授/准教授、関西大学商学部准教授などを経て、2017年より現職。専門は組織論、リーダーシップ論、組織行動論、経営管理論、経営学。特に、フォロワーの視点からリーダーシップを明らかにする研究に取り組む。主な著書に『最強のリーダーシップ理論集中講義』(日本実業出版社)、『フォロワーが語るリーダーシップ』(有斐閣)、『リーダーシップ徹底講座 第2版』(中央経済社)など、著書・共著書多数。

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