資源が乏しい日本において、人材は貴重な資源と言わざるを得ない。これは、誰にとっても明白なことではあるが、果たして有効に活用できているのであろうか。人的資本経営を単なる流行言葉で終わらせないためにも、「人をどう活かしていくか」という問いにそれぞれの企業が改めて向き合っていく必要がある。その重要性を強調しているのが、北海道大学 高等教育推進機構 高等教育研究部 教授の亀野 淳氏だ。人材育成における高等教育と産業社会とのつながりや高度専門職業人の育成における高等教育機関の役割、企業の人的資源管理のあり方などに関する研究を手掛けている。それらの知見に基づいて、今回のインタビューでは人的資源の高め方を語ってもらった。前編では、人的資本経営やジョブ型雇用に関する見解を聞いた。

01そもそも日本企業は、
人を育てるのが
得意であった

日本においては、人的資本経営がバズワード化しつつあります。この状況をどう捉えておられますか。

経営や人事の世界では、周期的にバズワードが出てきます。今回も私は、そういう傾向があると思っています。人的資本経営という言葉は別として、人をどう育てていくのか、大切にするのかというのは、そもそも日本企業が得意な分野だったと思います。例えば、企業内教育や終身雇用なども、色々なデメリットはあるものの、人を大切にしていこうというのは、欧米諸国と比べても、日本企業の強みだと思います。ただ、経営戦略の中に人的なものをどう組み込んでいくか、どう絡めていくのかであったり、指標や数値化して人事を見ていこうというところは、従来と違うという印象があります。それでも、大元のエッセンスはこれまで日本企業が持っていたものではないかと私は思っています。

人づくりが得意な日本企業ですが、ここに来て新しいキーワードとして人的資本が注目されています。人のマネジメントが、今変わって来ているのでしょうか。

そうですね。人を使うだけでは上手く行かない。人をどう育てていくのか。どう価値を高めていくのか、それを会社の経営戦略や利益にどう結びつけていくのかというところを見える化、あるいは数値化して見ていこう、あるいは見ていかないといけない。そういうふうに少しずつ変わって来ていると思います。

それは、人手不足という要因もありますし、必要となっているスキルや能力がより高度化しているので、誰でも良いわけではなくなっているということも言えます。そういうところで、より人の重要性が高まっている気がします。人的資本経営が、今の日本が置かれている課題にヒットしたために、かなり注目されているのだと思います。

人的資本経営の推進を国も後押ししています。どのような狙いがあるのでしょうか。

どうなのでしょうね。私は良くわからないです。ただ、厚生労働省よりも経済産業省が進めているというところが一つポイントです。どちらかいうと厚生労働省、旧労働省は人事を中心に見ています。一方、経済産業省は経営全般、あるいは企業戦略という視点で見ていて、その中で人事や人づくり、あるいは人事戦略という問題が、日本企業の今の低迷に関わっているのではないかという問題意識で、改革に乗り出しているのではないかと思います。

特に厚生労働省は、終身雇用や年功賃金、企業別組合と言われる、いわゆる日本的雇用慣行の三種の神器といわれるものに対して批判はあるものの、それなりのメリットがあったと考えているはずです。これに対して経済産業省は、そのデメリットをより強く認識していて、今の日本経済や日本企業の低迷の原因の一つとして求めているのではないでしょうか。それを改革しないと、日本経済や日本企業がますます駄目になってしまう。そういう認識なのではないかと思います。

2023年度から上場企業における人的資本の情報開示が義務化されました。この動きを亀野先生はどう捉えてらっしゃいますか。

どんな情報であれ、開示することは決してマイナスではなくて、私はむしろプラスだと思っています。それは悪いことではありません。ただ、プラスがどこまであるかというのは、私には良くわからないというのが正直なところです。というのは、その数字だけで何がわかるのということです。数字が出ても、それをどう解釈するのか、それがなぜなのか、それを解釈する人がまだバラバラですし、その判断基準も不十分な段階だと思っているからです。

特に人事の問題ではそうです。就活生で考えると、彼らが知りたいのはそういった数字だけではありません。社風であったりします。ただ、これは数字で表せないですよね。本当は、そういうものが知りたいんだと思います。だから、開示するのは良いですし、方向性も間違っていると思いませんが、それで、人的資本経営の人的資本のところがオープンになっているのかというと、必ずしもそうではない気がします。

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02ジョブ型の良し悪しは
一概には言えない

ジョブ型雇用に関してはどのような見解をお持ちですか。

ジョブ型雇用の内容が人によってそれぞれ違っているので、なかなか難しいですよね。そもそも、これを言い出したのは、独立行政法人労働政策研究・研修機構所長の濱口桂一郎氏です。実は、私にとっては旧労働省時代の先輩です。濱口氏の考えを、日本経済新聞などが大きく取り上げて広がったものの、何となく皆言うことが違っています。ジョブ型を一口で言うと難しいです。しかも、ジョブ型が良いのか、メンバーシップ型が良いのは、一概には言えないですね。また、ジョブ型に移行していくべきだとか、そういう問題でもない気がしています。

欧米企業がジョブ型だと言われていますが、欧米にも色々な企業があります。同様に、日本にも色々な企業があります。平均すると当然ながら、欧米企業はジョブ型が強いですし、日本企業はメンバーシップ型の方が多いです。企業の中でもメンバーシップ的な要素が日本企業はより強いですし、欧米企業はメンバーシップ的な要素は少しあったとしても、ジョブ型雇用の要素がより強いという間のグレードは沢山あって、一概に0と1というわけではないのです。

だから、どちらが良いとか悪いとか、どちらにすべきだとか、そういう問題ではなくて、国や企業、地域あるいは産業、職種の違いもあるかもしれないです。そういう中で、ジョブ型的な要素、メンバーシップ型的な要素が、どう強いのか、弱いのか、どう組み合わせていくのか、うちの企業はどうあるべきなのかをそれぞれが考えていくべき問題だと思います。ただ、日本の今の状況を考えると、メンバーシップ型のデメリットがより強く出ているので、こういう問題がクローズアップされているのかなと思います。

ジョブ型と言葉はなかったものの、この問題は昔からずっと議論されてきています。数年前であれば、成果主義という言葉が流行りました。その時も、日本企業の年功賃金が問題で、「成果主義にしないといけない」という主張が繰り広げられました。それ以前の日本企業で成果主義的な要素が全くなかったのかと言えば、そんなことはありません。全て年功序列だったわけでもないです。だから、それぞれの時代に応じて色々な問題が出て来るので、それに対応するためにさまざまな概念が生まれています。その繰り返しだと言う気がします。

自社には、どのような雇用形態が合うかを考える際のポイントは何でしょうか。

その会社にとって必要なスキルや今いる従業員のスキル、今後の採用方針、それから賃金体系などが検討の要素になってくると思います。つまり、かなり高度な技術や知識が必要だということであれば、一つの方法として、そういうことをしっかりと学んできた人、あるいはそういう経験がある人をジョブ型で雇用するというのが、一つの方法だと思います。

もう一方の方法としては、メンバーシップ型のもと、企業の中でそういう人材を育てていくというのもあります。どちらが良いか。それは、その企業の中で育成できるのであれば、もしかしたらメンバーシップ型の方が上手くいくかもしれません。いやいや、この変化の激しい中で悠長に育てるのは難しいというのであれば、ジョブ型の方が優れているかもしれません。企業としてそこをどう考えるのかによると思いますね。いわゆるメンバーシップ型で和気あいあいというやり方で行きたいということであれば、メンバーシップ型の方が良いと思いますし、お互いにより成果を意識し合っていきたいならジョブ型の方が良いかもしれません。

いずれにしても、どちらが良いかはなかなか難しいです。ITみたいに技術の変化が激しい業種は、もしかしたらジョブ型の方が良いかも知れないです。でも、そうではない業種であれば、メンバーシップ型の方が良いかもしれません。同じ業種でも、もしかしたらこの企業はメンバーシップ型の方が良いかもしれないし、別の企業はジョブ型の方が良いかもしれないということです。

ちなみに、亀野先生が北海道の経営者の方々とお会いになられた際に、「ジョブ型雇用を検討した方が良いですか」といった質問って寄せられることがありますか。

まだそこまではないですね。やはり、東京と地方はちょっと温度差があるのかなという気がします。地方だと大企業はそれほど多くなくて、中小企業が多いですからね。「果たして、20人ぐらいの企業でジョブ型ができるのか」と言われると、もちろんできますけど、実際には色々な仕事をやらざるを得ません。「あなたの仕事はこれとこれ」と決めてしまうのは難しいという、規模の問題もあると思います。

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03ジョブ型雇用は
確実に広がるものの、
すべての企業が
移行することはない

ジョブ型雇用は今後、日本企業に広がっていくとお考えですか。

私は広がっていくと思います。しかし、ジョブ型が逆転するのかいうと、そこまではいかないと思っています。それはなぜかというと、例えば、人事の制度や教育の制度、しかも人事でも人の育て方であるとか、賃金体系だとか、教育制度、新卒一括採用、それからリスキリングといった教育システムや人事システムがすべて絡み合っているわけです。だから、どこかだけ変える、変わるというのは、実は非常に難しいのです。どこかが変わろうとすると、他も変わらないと上手く回らないと思います。だから、人事だけを変えてもどうしようもないのです。

なので、「これからはジョブ型だ」と国が強制的に変えるとしたら、教育も新卒一括採用も全部変えないと世の中が大混乱になってしまうと思います。そういった力が今のところは、まだ働いていない気がします。もしそういうジョブ型が中心になってくると、教育システムが変わらないといけないと思いますし、あるいは企業の方も色々変わらないといけません。そもそも、ジョブ型に変えて、今の日本社会がすべて上手くいくとは私には思えないですね。だから、完全にジョブ型にはならないというのはそういう意味です。でも、増える可能性はあると思っています。    

大学生はジョブ型雇用をどう捉えているのでしょうか。

多分良くわかっていないと思いますよ。本学の場合では、理系の学生はほとんどが、学部を出て大学院に行き、将来は大手企業の研究開発的な仕事に就きたいと思っています。そこが、マジョリティーですね。そうすると、やはり自分が学んで来たことを活かした仕事に就きたいのです。なので、理系の大学院生の希望で言えば、ジョブ型は比較的マッチングするものだという気はします。

ところが、文系の学生にとってみれば、例えば大学で人事を専門とする先生のゼミに所属していたとしても、企業に入って人事の職種でずっといくかというと疑問です。たかだか2年ぐらい大学で人事を勉強したからといっても、実際に会社で色々な経験をすることによって、自分の向き不向きが新たにわかってくるかもしれません。なので、文系の学生はあまりジョブ型雇用に関しては、否定的とまでは言いませんが、あまりよくわかっていないと思います。ただ、「入社してからどの部署に回されるかわからないのは、不安だ」という声は良く聞きます。いわゆる、配属ガチャです。ジョブ型であれば、不安も軽減されるかもしれませんが、そこはどうなのか、良いのか悪いのかちょっとわからないですね。

もう一つ学生がわかっていないのは、多分ジョブ型になると、新卒採用は不利になるということです。そのジョブによって企業は採用するわけですから、ジョブに対する能力がないと、その職に就けないわけです。今の新卒一括採用は、そのジョブに付ける能力がなくても、会社の中でローテーションを繰り返し育成し、本人に見合った職をその企業の中で見つけていきますよというシステムになっています。だから、ポテンシャルだけで採用してもらえるわけです。それが、ジョブ型になってくると、そういうわけにはいきません。そうすると、特に文系の学生は、新卒一括採用でなくなると不利になってしまう可能性があります。ヨーロッパでは、まさに若者の就職が厳しいと言われているのは、そういうところが大きな要因になっています。

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亀野 淳

北海道大学 高等教育推進機構
高等教育研究部 教授

1987年3月広島大学経済学部を卒業。1987年4月に旧・労働省に入省。職業安定局雇用政策課雇用政策課係長、労働研修所教官などを務める。その後、金融機関系シンクタンクなどで勤務するとともに、北海学園大学大学院経済学研究科でも学ぶ。2001年7月から北海道大学へ。高等教育機能開発総合センター生涯学習計画研究部 助教授を経て、2021年4月高等教育推進機構高等教育研究部 教授に就任する。現在、キャリアセンター センター長や大学院教育学院 教育社会論講座 職業キャリア教育論研究室 教授も兼ねる。

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