資源が乏しい日本において、人材は貴重な資源と言わざるを得ない。これは、誰にとっても明白なことではあるが、果たして有効に活用できているのであろうか。

人的資本経営を単なる流行言葉で終わらせないためにも、「人をどう活かしていくか」という問いにそれぞれの企業が改めて向き合っていく必要がある。その重要性を強調しているのが、北海道大学 高等教育推進機構 高等教育研究部 教授の亀野 淳氏だ。人材育成における高等教育と産業社会とのつながりや高度専門職業人の育成における高等教育機関の役割、企業の人的資源管理のあり方などに関する研究を手掛けている。それらの知見に基づいて、今回のインタビューでは人的資源の高め方を語ってもらった。後編では、大学生のキャリア意識やインターンシップの意義と現状などを聞いた。

01就職先選択の
基準においても
多様化が顕著に

大学生の就職先選択の基準に変化は見られますか。

一つのキーワードは多様化です。例えば、すごく海外志向が強くて「グローバルに活躍したい」という層もいれば、「自分の父親のような会社人間にはなりたくない。地元でのんびりと働きたい」と思っている学生も当然います。どちらが良いか悪いかは、価値観の問題になってきます。それで、日本経済が本当に上手くいくのかと言われると私にもわかりません。ただ、学生の意識がかなり広がって来ているのは直感としてあります。

これも本当にバラバラです。私の時代でも、別に全員が高い志を持っていたかというと、そんなことは全然なかったです。もう大学生の時は、普通に遊びながら勉強して、できれば有名な大企業に就職したいよねという感じでした。そう考えると、色々な価値観が許容され得る社会になって来たという気はします。それが、今後の日本経済にとってプラスなのか、マイナスなのかはわかりません。

多様化以外のキーワードはありますか。

そうですね、結構悩んでいる学生が増えています。自分は何が得意なのかがわからないという学生です。それは、色々な情報が入ってくるから、わからないんだと思っています。それ自体は悪いことではありません。また、若い時に色々なこと悩むのは日本人だけではないのです。キャリア発達について言えば、どこの国であっても青年期は自分の将来のキャリアに関して一番悩む時期なのです。だから、悩んで当然だと言えます。

特に日本は、20歳や22歳でもう答えを出さないといけない社会です。私の時代はあまり考えずに大学を卒業していましたけれどね。今はもう中学や高校でキャリア教育の授業を受けています。それだけ早い時期から考えざるを得なくなっているわけです。要は、多様化していると共に色々なことに悩んで困っている学生が増えている。それが、今の現状だと思います。

亀野先生は大学でキャリアセンター長として、悩める学生にどういうふうに接し、どんなアドバイスをされてらっしゃるのですか。

いろんな方法があります。一番効果的なのは、個別の相談です。多くの学生を一同に集めたセミナーもそれはそれで意味がありますが、問題が多様なので個別に対応せざるを得ません。本学では、学生からのキャリア相談に職員が対応しています。

個別に対応となると大変ですね。

やはり、個別対応が重要だと思っています。ただ問題は、キャリアセンター側のマンパワーです。それは、他学も皆同じだと言えるでしょう。それからもう一つ問題は、相談に来てくれれば、我々は対応できるのですが、本当に一番困っている学生は相談に来なかったりします。これは福祉の問題でも同じです。本当に困っている人は、行政の窓口に顔を出そうとしません。そういう支援制度も知らないし、そういうところに行かなかったりします。我々としても、相談に来ない学生をピックアップして、こちらからアプローチしていくしかありません。そこは、大きな課題であることは間違いないですね。

ほとんどの学生は、悩んだまま結論が出ずに就活に入り、どこかの企業に入って行きます。そして、入社してからも悩み続けている。そういう流れになっているのでしょうか。

それはあると思います。100%満足しているというわけではなくて、「ここでいいのか」と悩んだり妥協しているはずです。その一方、今は逆にキャリア自律という言葉もあります。昔は企業内の教育制度も人事異動も企業任せでした。今は自分が企業を選んで入ったとしても、キャリアをどう歩んでいくかを自分で考えないといけない時代です。なので、就職してからも悩むのは決して悪いことではないと思います。

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02インターンシップの
意義は認めるものの、
現状のあり方には疑問

企業では採用選考にあたり、インターンシップを重視する動きが広がってきています。どうお考えですか。

インターンシップを採用や就職に活用することに対して、反対の意見が結構あります。特に大学関係者には多いです。しかし、私は反対ではありません。それはなぜかというと、学生も企業のことは知らないし、企業もその学生のことはわかっていません。

企業側からすれば、インターンシップに来てもらって、その学生の働きぶりを理解しようとします。そして、その学生が自社に向いているかどうかを判断します。一方、学生もインターンシップに参加してその会社の社風や仕事の進め方を肌で感じ取り、自分に向いているかどうかを見極めることができれば、私はインターンシップを採用や就職に絡めて進めていくのは悪いことではないと思っています。

それは、別に日本に限った話ではなく、世界的にもそういう動きになっています。ただ、日本は新卒一括採用なので短期間のうちに大量に面接をして、なるべく大量に採用しないといけません。ただ、それだと当然間違いもあります。もっと言えば、人事担当者がリスク回避的に大学名だけで採用したりしてしまうわけです。でも、インターンシップがもっと広がれば、学生の色々な点を見て企業も採用できます。従来までの新卒一括採用で面接で大量にというのは、もうなかなか難しくなっていま。とかく、企業の方は「面接をすれば一発で採否を決められる」と指摘されますが、そんなことは絶対にありません。なぜなら、面接には限界があるからです。

それよりも、実際に働いてもらった方が良いと思います。ただ、現実のインターンシップがそういうインターンシップにはなっているかというと、必ずしもそうではなかったりします。本当に1日や2日といった短期間で、要は企業説明に毛が生えたようなインターンシップになっています。しかも、それがどんどん前倒しになって、学生生活、特に勉学に対しての障害になっているのが現実です。そこを何とか変えないと採用や就職に活かせるとは言えません。だから、理想については、私は間違っていないと思うものの、今の現実は理想とはちょっと違う方向に向かってしまっていると思います。

インターンシップの活用が、人材の多様化を生むのでしょうか。

従来、企業は面接をメインにした採用を行っていました。面接で採用するとなると、どうしても多様性がなくなってしまいます。「色々な学生を採りたい」「多様な学生を迎え入れたい」と企業の方がおっしゃいますけれど、実際人事の方が採用している学生を見るとそうではなかったりします。全然多様ではありません。むしろ、ちょっと調子が良くて、話が上手な学生が内定を沢山もらっていて、ちょっと話すのが下手だけれどもすごく真面目だし、頑張り屋だという学生はなかなか内定をもらえていないということもあります。多様性がないのではと思ってしまいます。

それだけに、インターンシップを行うことによって、学生が持つ本来の良さがわかってもらえますし、尖がって学生をインターンシップで働かせてみたところ、意外と上手くいきそうだという発見もある気がします。

03資源が乏しい
日本の未来を
切り開くためにも
大学教育が重要

資源が乏しい日本では人的資源は貴重です。どう高めていけば良いとお考えですか。

やはり、教育の役割が重要だと思っています。「大学で勉強したことは社会で役立たない」と良く言われます。私はそんなことはないと思っています。大学で学んだことは、直接ではなくても、間接的に役立つことがあると思っています。大学の教育を社会に役立てるというと実学的なものばかりではと捉えられがちですが、例えば文学部でシェイクスピアの勉強したいたとします。そんなことは、大学の研究者にならない限りは関係ないですよね。

でも、シェイクスピアを研究して色々な文献や歴史を調べて卒論論文として仕上げるためにはさまざまな資料を調べたり、色々な構成を考え、論理的に自分の言葉でまとめなければいけません。そのプロセスは、仕事の中で必ず活きるはずです。どんな分野であっても私は構わないと思います。役立つと信じています。「大学は別に就職予備校ではない」という意識は、まだまだ大学教員にあります。私も就職予備校ではないと思いますが、大学で勉強したことは社会に出て役立ちます。そうしないと、ますます日本の社会が駄目になってしまうと思います。それだけに、まずは大学でしっかり勉強させる、教育をするということが重要になってきます。そういう意味では、先ほどインターンシップでも少し触れましたが、あまりにも就活が早期化していて勉強する時間がないというのは、これは本末転倒です。就活の早期化も含め、その辺りはもっと社会も、企業も考えないといけないと思っています。

だから、私は大学生にもっと勉強をさせたいし、国の方も支援してほしいです。企業も学生の勉強や研究をサポートしていただきたいです。これは皆で取り組むべき大きな問題だと思っています。

亀野先生は、大学教育の重要性をお感じになられたからこそ、官僚から教授に転身されていらしたのですか。

いや逆かもしれないですね。私は役所にいた時は、大学では学生は遊ぶことも貴重な経験だと思っていました。でも、大学に来てみたらしっかり教育しないと、日本が世界から取り残されてしまうのではないかという危機感が高まりました。米国の学生は、高校時代まではあまり勉強していませんが、大学ではすごく勉強をしています。さらには、社会に出た後に再び大学に戻って勉強したりしています。日本の大学は若者だけの大学なので、まだまだですね。


04自社独自の戦略や
施策を打ち出していく
必要がある

中小、中堅企業の経営者や人事責任者へのメッセージをお願いいたします。

人がますます重要になって来るというのは、もはは私が言わなくても企業の方々、あるいは経営者の皆さん重々承知していると思います。問題は具体的に何をすれば良いのかということです。私は他の企業と同じことをやっていても駄目だと思っています。要は差別化して、自分の会社ではこういうことをやるんだと宣言するなり、対策を講じるなり、その企業に応じた形で人事や経営者の方がしっかり考え、実践していくことが重要になってくると思います。例えば、新卒の採用に関しても他社と同じような方法でやっていても、それでは大企業に勝てるわけがありません。

例えば、インターンシップですごい優秀な学生を採りますとか、初任給を上げますとか、何でも良いのです。そういう風に企業が差別化をして、人をどう活かしていくのかを真剣に考えていただきたいと思います。

独自性を打ち出すためにも、自分たちの会社がどういう会社なのか、何を目指しているのかに向き合う姿勢が大事になってきます。

そうです。それと人事をどう組み合わせていくか、人の育成といかに組み合わせていくかが重要です。それなしに考えてはいけないと思います。



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亀野 淳

北海道大学 高等教育推進機構
高等教育研究部 教授

1987年3月広島大学経済学部を卒業。1987年4月に旧・労働省に入省。職業安定局雇用政策課雇用政策課係長、労働研修所教官などを務める。その後、金融機関系シンクタンクなどで勤務するとともに、北海学園大学大学院経済学研究科でも学ぶ。2001年7月から北海道大学へ。高等教育機能開発総合センター生涯学習計画研究部 助教授を経て、2021年4月高等教育推進機構高等教育研究部 教授に就任する。現在、キャリアセンター センター長や大学院教育学院 教育社会論講座 職業キャリア教育論研究室 教授も兼ねる。

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