バブルの崩壊によって、日本経済は大きな打撃を受けた。その精神的なショックも大きく、日本企業が生み出してきた良さの多くが失われてしまった感がある。特に大きな変化を余儀なくされたのが、人事部門だ。経営戦略と人事戦略を連動すべく手腕を発揮していた時代が、かなり昔の話として語られがちとなっている。再び人事部門が輝きを得ることができるのか。独立行政法人労働政策研究・研修機構 理事長の藤村 博之氏に聞いた。インタビューの後編では、日本企業が直面する人事管理上の課題やジョブ型雇用への見解などを語ってもらった。
目次
01失敗が許されない状況からイノベーションは生まれない
日本企業が直面する人事管理上の問題として、何が挙げられますか。
失敗が許されない状況を何とかしないといけません。経営者は「新しい発想やイノベーションが大事だ」と言います。でも、新しいものを生み出そうとすると失敗がつきものです。失敗をせずにイノベーションはあり得ません。だから、失敗できるだけの余裕を現場に持たさないと、面白いものは出てこないのです。
1980年代の日本企業では、研究開発のエンジニアたちに「闇研」(非公式の事業企画や研究開発)を勧めていた会社が結構ありました。研究開発は会社の方針に従ってそれぞれが役割分担してやっていますから、それはそれでやらなければいけません。でも、自分の労働時間の1割ぐらいは、自分が追いかけたいテーマをやって良かったのです。もちろん、研究所の設備も自由に使えますし、材料の使用もある程度までは許容されました。それぞれが面白いと思える研究ができたわけです。実際、そこから新しい製品が出ていました。
これは、車のハンドルの遊びのようなものです。F1のレーシングカーは違いますが、一般の車のハンドルに遊びがなかったら、却って事故が起こると言われています。だから、そういう余裕を持たせることが、今一番求められています。そこができているかどうかです。
Googleには、かつて20%ルールがありました。勤務時間の20%を自分がやりたいプロジェクトに投下できるというものでした。
別に、日本がやってきたことが全て良かった、正しいとは言いません。でも、やはり変えてはいけないものもあったはずです。自信を失った結果、変えなくてもいいものまで変えてしまいました。その辺りが、今多くの日本企業が元気をなくしている理由なのかもしれません。
02ジョブ型は日本を駄目にする
ところで、藤村先生はジョブ型雇用に対してはどのような見解をお持ちですか。
ジョブ型で何を表現するのかは人によって違うので、慎重であるべきです。私は、はっきり言ってジョブ型は日本を駄目にすると思っています。なぜかというと、これも歴史の話になるのですが、日本企業は1960年代に職務給(業務の内容に応じて給与が決定する制度)を入れようとしました。でも、上手くいきませんでした。その最大の理由は、職場の働き方に合わなかったからです。
例えば、隣の人がたまたま席を空けた時に、その人の仕事を代わってやるとか、あるいはお互いに助け合って職場を運営していく、そういうのは1960年代の製造業の現場ではごく普通のことでした。そういう職場実態と仕事ごとに賃金を決める制度が合わなかったわけです。それでも、電機と鉄鋼の業界は割と熱心に取り組みました。ただ、いずれも最終的には、「これは無理だ」ということで辞めるわけです。
その頃の働き方と今の働き方を比べると、製造現場中心だったのがホワイトカラー中心になっていますが、仕事ごとに賃金を決めて、職場が回るかというと、多分回らないと思います。なぜかというと、例えば隣の席の電話が鳴ったとき、担当者がたまたま席を外していたとしたら、電話を取りますよね。そして、どういう問い合わせなのかを聞いて、できるだけ対応しようとするはずです。
つまり、今のホワイトカラーの事務技術系の職場でも、お客様を待たせないとか、お客様のためにとか、そういう意識で動いているのです。しかし、ジョブ型の世界にはそういう考え方がありません。そうですよね、特定された仕事だけをやっていれば良いのですから。
だから、先程申し上げたようにジョブ型で何を表現するのかが、それを言う人によって全然違ってきます。これは議論が中々かみ合わないところなのですが、私自身はジョブ型で動いている国で長く生活してきました。具体的には、ドイツとクロアチアです。ジョブ型の世界は、働く側の論理で動いています。例えば、良くこんなことが指摘されます。「ヨーロッパの女性は仕事と家庭が両立できるのに、日本の女性にはそれが難しい。それは、会社の働かせ方が悪いからだ」と言われています。
「いやいや、それは違う」と言いたいです。ヨーロッパの世界は、例えば午後5時になると窓口は閉まります。どんな人が待っていても午後5時で窓口を閉めて帰って良いのです。お客さんも、それを受け入れてくれます。「もう5時だよね、明日また来るよ」と言ってくれます。だから、午後5時に終わって帰れるわけです。
日本はどうかと言うと、午後5時までに窓口に並んだ人には対応をしようとするはずです。そうすると、すぐに帰ることはできません。ジョブ型の議論で、日本で一番欠けていると思うのは、お客さんへの対応の部分です。お客さんが待っていれば、最後まで対応しなければいけないとなると、どうしても労働時間は長くなります。そこのところなのです。
ジョブ型雇用の導入は、人材育成にどのような影響をもたらすとお考えですか。
多分人は育たなくなるでしょう。そうなりますよね。要は、この範囲の仕事さえやっていれば良いというふうに人々の気持ちがなってきますからね。そうすると、例えば隣に後輩がいておかしなことをやっていたとしても、「別に良いか」となってしまいます。今はまだ違います。隣の後輩が変なことをしていたら、口を出すはずです。「何をやっているんだ」と。
でも、これだけの仕事をしていればこの金額の給料をもらえるとなると、そういう対応はしなくなるでしょう。上司が新しい案件を振ってきても、事前の取り決めに入っていなかったとしたら、ジョブ型なら「それは私の仕事ではありません」と言っても良いのです。だから、日本の労働実態と合わないと思ってしまいます。
03自社の従業員を信じて、共に考えていく姿勢が大切
VUCAの時代と言われる現代。予期できない事態が次々と起きています。経営者はどう立ち向かっていけば良いとお考えですか。
「自社の従業員を信じましょう」「自社の従業員と一緒に考えるようにしましょう」と言いたいです。そういう組織にしていけば良いと思います。「不確実性が高まっている」と良く言われますけれど、昔から不確実性は高かったのです。明日がどうなるか、予測できる時代なんてありません。
それなのに、最近はあたかも不確実性が非常に高まっているかのように言われますが、いやいや昔から不確実性は高かったのです。つまり、変化が起こった時にそれにいかに上手く対応できるが大事なのです。それには、経営者1人で考えていても限界があります。だから、普段から従業員にも色々なことを考えてもらう必要があります。
先ほど例に出したサカタ製作所のように、皆で考える、長時間労働をどうやったら解決できるか、皆が知恵を出してやってみよう。そういう企業であれば、多分面白い会社だと周りから思ってもらえるので採用もしやすくなるはずです。なので、私のメッセージは「従業員を信じて、従業員と一緒に色々なことを考えましょう」に尽きます。考えるというのは、要は議論することです。議論するためには、時間的余裕が必要です。働き方改革の最大の目的は、そこだと思っています。定時で終わって家に帰り、家族と一緒にご飯を食べる。これも大事です。でも、それだけではないのです。
そうやって生み出された時間を使って、これまでできなかった皆で問題を考える、議論する組織にしていくことが、一番大事だと思います。
もちろん、最終的に決めるのはトップですね。
経営の責任を担うのはトップです。ただ、先ほどのサカタ製作所の社長さんがおっしゃっていたのですが、社長としては「この問題についてはこうやるのが良い」という方針、方向性はあります。でも、従業員から別の案が出て来たとします。その時に、絶対に否定はしないそうです。「それをやってみよう」と言います。ただ、実際にやってみても上手くいかなかったリします。問題は、「次にどうするか」です。また、皆で考えてみる。でも、ここで社長が考えたことを押しつけて実施すると、それが上手くいかなかった時に従業員は社長の責任にしがちです。
でも、自分たちで考えたアイデアであれば、たとえ失敗してもそれは自分たちの責任です。なので、従業員に考えさせないといけません。ここは中々、忍耐が必要になってくるところだと思います。
04経営者と従業員の距離の近さが中小企業の魅力
スキルアップ、キャリアアップと言う観点から見た際の中小企業のメリットは、どこにあるとお考えですか。
中小企業は社長と従業員の距離が近いです。社長が直接語り掛ける。これはとても大事です。「中小企業をなぜ辞めたのですか」という調査で一番多い回答が、「労働条件が良くない」です。確かに、賃金は高くはないでしょう。労働時間も長いかもしれません。でも、それは今はそうかもしれないものの、社長からすれば「我が社を行く行くはこういう会社にしたい」「そのためにも一緒にやってほしい」と呼びかけることができます。従業員も「ならば頑張ってみよう」という気持ちになりやすいです。言ってみれば、従業員は「協力者」なのです。社長がやりたいことを一緒にやってくれる協力者です。だから、社長が従業員に直接働きかけることができるのは、中小企業の良さだと思います。
それから2番目は、社長がOKと言えばやらせてもらえるのも中小企業の良さです。もちろん、厳しい部分もありますけどね。「大きな組織の小さな歯車になるよりも、小さな組織の大きな歯車になった方が面白いぞ」と言われるじゃないですか。要は、自分がやりたいと思ったことをできる可能性が非常に高いのです。これが、中小企業ならではの魅力の二つ目ですね。
3番目は、中小企業はお互いに良く知っている人たちの集まりなので、気心を知れた仲間と一緒に働けることです。もちろん、企業規模が200人、300人になると、さすがに難しいかもしれません。なぜ最近メンタルヘルスが増えているのかというと、私なりの解釈ですが、私たちの社会には2つのタイプの人間がいます。一つは、毎日違う人と会って色々話をして仕事を進めていくことが苦にならない人。もう一つはそれが不得意な人です。
要は新しい人間関係を構築するのが不得意な人たちは、昔は製造現場で働いていました。製造現場であれば、多くても20人ぐらいの人と話せばいいわけです。毎日違う人と話すということはありませんでした。でも、昨今は製造現場がどんどん外に出ています。なので、新しい人間関係を構築するのが不得意な人が、毎日のように違う人と会わなければいけません。恐らく、そこはすごくストレスを感じているんだろうと思います。中小企業は、ある程度の限られた人数の中で働きます。だから、そういう意味での可能性があるのかなと思います。
05日本の良さを評価する一方で、変えるべき点も提示
独立行政法人労働政策研究・研修機構理事長としての今後に向けた抱負をお聞かせただけますか。
労働政策研究・研修機構は政策研究と研修を主軸にしています。政策研究は、厚生労働省が新しい政策を展開する、あるいはその法律の一部を変える、そういう時に実態がどうなっているのかを調査しています。この実態調査が一つの柱です。もう一つは、労働大学校と言いまして、ハローワークや労働基準監督署などで働く職員の皆さんの研修を行っています。
一般に、「日本は外部労働市場が上手くできていなくて、外から人を採用するのが難しい」と言われています。果たしてそうなのでしょうか。OECD8カ国と共同研究を行っている研究員がいるのですが、AIが職場に入ってきた時に仕事がどう変わるのかを8カ国の製造業と金融業を取り上げて、それぞれ第一線の管理職と働いている人たちにインタビューをして、それを比較するというプロジェクトがありました。
その結果を見ると、実はどの国もAIを職場にどう生かすかは内部の人間がAIについて勉強して決めていました。日本の多くのマスコミは、「AIの専門家を日本は外から採用してくるのが難しい」「欧米は外部労働市場があるからそういう人を採用できる」と指摘していますが、実態は違います。なぜかというと、AIを自社の仕事にどう生かすかは、自社の仕事の仕組みがわかっていないとできません。外部のAIの専門家には、そんなことはわからないわけです。だから、内部の人間で、仕事の進め方がわかっている人にAIを勉強してもらう、あるいはAIの専門家に入ってもらってプロジェクトチームを作って、それで仕事にAIをどう生かしていくのかを考えています。どの国もそうでした。
というふうに「日本ができていないけれど、欧米はできている」みたいなことが良く言われています。でも、実際は米国もヨーロッパも実は苦労しているのです。そういうことをしっかり知らせていくのも我々の役割かなと思っています。
もう一つは、日本がやってきたことは悪くない。むしろ、中々良い線を行っているということも伝えていきたいです。先程申し上げた戦略的人事管理もそうです。元々日本でやっていたことを、米国の研究者が概念化して一般化させたわけです。日本は良いことをやってきています。それはそれとしてしっかりと評価した上で、何を変えなければいけないのか、そういう議論ができるような材料を提供していきたいと思っています。
06誰と働くかが重要。初任配属は慎重に臨んでもらいたい
中小、中堅企業の経営者や人事責任者へのメッセージをお願いいたします。
人を育てるには時間と労力が掛かります。なので、それだけの覚悟を持っていただきたいと思います。人はそう簡単には育ちません。まさに試行錯誤の連続です。「こいつは駄目だ」とある瞬間で思った社員が別の部署で花開くこともあり得ます。決めつけてしまうのではなく、人は色々な可能性があるので、それをできるだけ追求してほしいと思います。
この文脈で私が例として挙げるのが、イチローです。彼は、1991年にドラフト4位でプロ野球チームのオリックスに指名されました。当時は土井正三監督でした。残念ながら、イチローは土井監督からは全く評価されませんでした。でも、94年に仰木彬氏が監督になってからは、一気に活躍し始めました。プロ野球のドラフトは、高校・大学・社会人野球で選りすぐられた人たちが対象になります。そういう世界でさえ、誰と一緒に働くかで活躍できるかどうかが決まるわけです。ましてや、企業の新卒採用だとポテンシャルを期待して人材を迎え入れます。そこでその人の本当の力を引き出せるかどうかは、誰と一緒に働くかがとても大事になってきます。
なので、人事の方々にお願いしているのは、初任配属を慎重にやってほしいということです。どこに配属するかも同様です。そうしないと、元々可能性がある人材なのに駄目になってしまうもことあるからです。
配属にあたってのアドバイスがございますか。
例えば、新卒を50人ぐらい採用する会社であれば、新入社員がほしい部署との集団面接を行ってみるのも一つのアイデアです。実際、やっている会社があります。その部署の課長ともう1名現場社員が出て来て、「うちではこういう仕事をしています」と説明して、興味がある人と面接を行うわけです。
10人以下の採用であれば、やはり人事部がどこに配属するかを決めることになるでしょう。その際には、部下を育てるのが上手い上司と下手な上司がいるので、やはり部下育成が上手い人のところに配属するようにしていただきたいです。
藤村先生、貴重なお話しをありがとうございました。
藤村 博之氏
独立行政法人
労働政策研究・研修機構 理事長
1990年4月滋賀大学経済学部助教授に就任。1996年同学教授に昇進。1997年10月から法政大学経営学部教授に。2004年4月に同学大学院イノベーション・マネジメント研究科教授に就任。2023年4月から現職。専門は人的資源論、労働関係論。