労働力人口の減少や高齢化が加速する日本社会。地方では、さらに人口流出も加わるなど事態はより深刻だ。もはや、旧態依然のビジネスモデルや組織形態では生き残ることはできなくなっている。そうした局面に地域企業の経営者はどう立ち向かっていけば良いのか。

限られた「ヒト」という資本を有効に活用したイノベ―ティブな経営・事業を展開し、地域経済に貢献していくことを期待される。それを実現していくには、「経営者自らが学ぶ姿勢を持たなければいけない」と指摘するのが、東北大学大学院経済学研究科 教授の藤本 雅彦氏だ。事業革新(イノベーション)が新たな雇用機会を創出し、光輝く地域社会を創造していくと信じ、精力的に支援活動を行っている。インタビューの後編では、同氏がライフワークとして取り組む経営者の育成プロジェクトの概要や経営者が学ぶ意義、従業員が幸せになれる会社のあり方などを聞いた。

01地域企業の事業革新を
目指し、経営者を育成

藤本先生は、東北大学で地域イノベーション研究センター長も務めておられます。どのような活動をされているのですか。

地域イノベーション研究センターは、東北大学の経済学研究科の附属組織です。10数年前に設立されました。私が正式にセンター長に就任したのは、東日本大震災の直後です。以来、東北地域のイノベーション能力の向上を目指して、地域に関する調査研究と地域の人材育成に取り組んでいます。具体的には、前者に関しては震災復興の調査研究プロジェクトを大々的に展開しました。後者に関しては、地域企業の事業革新を促進して経営者を育成する地域イノベーションプロデューサー塾(以下、RIPS)、地域企業のイノベーションを支援する人材を育成する地域イノベーションアドバイザー塾(以下、RIAS)を開講しています。

RIPSのスタートは、2012年。これまでに340名ほどの卒塾生がいます。その約7割が地元の中小企業の二代目や三代目です。もはや、父親から継承した事業だけでは経営がシュリンクしてしまうので、新規事業計画の策定に向けて金融機関などの支援者と一緒に共同学習を進めています。しかも、卒塾後も新規事業の実現を支援しており、7割ぐらいは新規事業に着手しています。実際に事業計画を練り上げ、カタチにしていくという意味では、MBAプログラムとは全く違う位置付けにあると言って良いでしょう。

地域企業の事業革新に関する現状をどう捉えておられますか。

事業革新には、圧倒的なマーケティング力が欠かせません。それがないと、新しい事業は作っていけないといっても過言ではないでしょう。ほとんどの中小企業は、画期的な技術や製品を持っているわけではなく、新しいビジネスモデルを作っていくことになります。ただ、これが難しいのです。

例えば、本学でも大学発ベンチャー支援にかなり注力していますが、理系の先生方は技術力は持ち合わせていても、マーケティング力はありません。そうした人たちだけだと、製品開発には皆喜んで参画するものの、事業開発にまで至らなかったりします。「こんな製品を作ったら良いよね」というアイデア交換では盛り上がっても、それがどういう顧客にどんな価値やメリットを提供することができるのか、どれほどの市場規模があるのを誰も考えようとしなかったりします。それでは製品開発フェーズで終わってしまうので、事業としてはそれほど成功しません。ただ、理系の先生にマーケティング力まで求めるのは酷というものですよね。

02支援者の協力も得て、
地域の経営者が
実践的に学べる場を提供

地域イノベーション研究センターでは、どう支援されているのですか。藤本先生もマーケティングの勘所をアドバイスされておられるのですか。

いやいや、大学の研究者が中小企業の経営者を相手に実践的な事業計画書の作成やマーケティングの手法を指導していくのは、難易度が高すぎます。私は学生に経営学、特にヒューマンリソースマネジメントを教えることができても、経営全般を指導するとなると自信がないです。まさに、経営は総合技ですからね。

なので、地域イノベーション研究センターでは日本政策金融公庫総合研究所の副所長などの実務家を招き、RIASの卒塾生の一部が塾にアドバイザーとして加わり、RIPS生の事業実現をサポートしてくれています。RIASの塾生の多くは地元の金融機関に勤務しており、日頃から支援者として経営者に近いところで仕事をしているだけに心強いです。
カリキュラムはそれぞれ3か月のベーシックコースとアドバンストコースで構成されていますが、現時点はアドバンストコースの真最中です。隔週の土曜日にバーチャルの経営企画会議を開催しています。会社の事業課題を支援者がヒアリングして、翌々週の会議にそれをぶつけて、ターゲットはどこにすべきか、どうやって差別化をするかを議論していきます。

中小企業の経営者には大企業の経営企画室スタッフといった参謀がいなかったりします。なので、結局一人で悶々と考えるだけになりがちです。それでは、なかなか新しい事業はできません。なので、RIPSではRIASの支援者に左腕的な存在として参画してもらい、一緒に経営企画会議をしながら新規事業計画を作っていくようにしています。

地方の中小企業の経営者の方にとって、良い学びの場となりそうですね。

支援者のRIAS生も融資先のお客様相手だと融資以外の突っ込んだ話はできません。事業戦略や経営の話は上辺だけになりがちです。ですから、RIPSの塾に来るときには、勤務先の社員バッジは外してもらっています。全員私服で言いたいことを言い合う、「これではダメですよ」と厳しい言葉も言ってもらうようにしています。それぐらい真摯な姿勢で取り組んでいかないと本当の支援はできませんからね。そういう意味では、支援機関のメンバーもここを卒塾すると皆さんかなり出世をされています。経営の話を真剣にできるからです。

もう200人ぐらい支援者がRIASを卒塾していますが、その中でも特に優秀なメンバーには本学の特任准教授(客員)になってもらい、塾でのグループの司会進行アドバイザーや毎週火曜日夜の講義での講師も担っていただいています。そういった仲間にも支えられながら、経営者が実践的に学べる場を運営しているところです。

03メリハリのある
重点的な支援が企業の
雇用創出につながる

日本の中小企業の雇用創出効果をどう捉えておられますか。

地域イノベーション研究センターを始めるきっかけみたいなところに絡んでくるのですが、震災復興に向けていかに雇用を開発していくかが、地域経済にとっての課題であるとの議論が重ねられました。そのときに、実際に中小企業がどのぐらい雇用創出効果があるのかということで、先行研究を調べてみたのです。私が注目したのが、一橋大学の先生による研究でした。

536社の中小企業が10年後にどのぐらい雇用を創出することができるのかを調査したのです。その結果を見ると、536社が生み出した雇用の合計は約2831人。一社平均で5.3人でした。ただ、中央値は1人なのです。どういうことかと言えば、大半の会社は10年経っても社員が1人増えただけ。全体のわずか5.6%に過ぎない上位30社が、64%もの雇用を生み出していたのです。

つまり、雇用創出にすごく貢献できた会社と存続してはいるが1人ぐらいは増えたという会社に分かれたわけです。ということは、地域での雇用開発で重要なのは事業を大きく発展させることができる会社の経営者を発掘し、重点的に支援をして新規事業や事業革新を実現させ大きな雇用機会を作ってもらうことです。そういう方向に私は焦点を当てました。

それで、行政の経済政策担当者などにも「少しえこひいきな政策を行うべきだ」という話をしていたりします。万遍なく、どの会社も支援しますでは、雇用創出効果はあまり期待できません。重点的に支援する会社を選別すべきであると思っています。

変革の時代において、組織パフォーマンスの向上やイノベーションの創出を目指していくには、企業経営者や人事責任者がリーダーシップを発揮しなければいけません。現状をどう捉えていますか。

人によりますよね。リーダーシップとは、何らかの目標達成に向けて人々を巻き込む影響力のことです。なので、マネジメントとリーダーシップは厳密に言うと違います。大きな影響力を発揮できるかどうかという点でいうと、皆がそれほど発揮できているとは思えないですね。

RIPSやRIASなどの塾で学びあう中で、リーダーシップも身に付いていくのではないですか。

それはあると思いますよ。隔週土曜日の終日はRIPS塾生各社の経営企画会議になっています。かなりディスカッション中心で進んでいきますから、そこでは自分が思い描いている事業の形やビジョンを表現しなければいけませんし、新規事業のプレゼンテーションも行います。最終的には、投資家を相手にプレゼンするピッチコンテスト(自らの事業計画をプレゼンテーションするイベント)みたいな場もあるので、リーダーシップ力やプレゼンテーション力はかなり鍛えられると思います。

04幸せの最大公約数は絆。
新たな絆づくりが
重要となる

藤本先生は、講演などで「幸せな生き方の要件」についても語られています。従業員一人ひとりにそうした生き方を実感してもらえるようにするには、企業経営者や人事責任者は何に注力していくべきでしょうか。

幸せについては、震災復興のプロジェクトから始まりました。結局、経済的に完全再生することは現実的にはかなり難しいだろうと感じたからです。むしろ、地域で暮らしている人が幸せな人生、幸せな生活を送れるかどうかの方が重要なのではないか。それで、幸せとは何かを少し研究してみようと思ったのです。

経営学の組織論には、マクロ組織論とミクロ組織論があります。前者では、企業が目的を達成していくための組織構造や機能をどのように設計するかという理論を研究します。後者は、個人や小集団を分析単位に置き、個人の態度や特性、集団における相互作用を研究します。ミクロ組織論にはリーダーシップやモチベーションが入っていて、そのモチベーションの延長線上にポジティブ心理学(個人の幸福や社会の繁栄に向けて心理学に何ができるかを研究する学問)があります。

その先行研究を紐解きながら、幸せや幸福とは何かを考察していきました。結局、私が行き着いたのは、最終的には幸せかどうかの最大公約数は「絆」だということでした。震災復興のときにも、絆という言葉が良く出ていましたよね。やはり、社会的な人間関係としての絆が人間の幸せにとって最も重要なことだと気付いたのです。コミュニティにおいても地域においても、絆がすごく大事だと。

もう一つポジティブ心理学の知見に、人に親切にすると実は自分も幸せになれるという考えがあります。震災復興調査で現地に行ってみると、ご自身が被災されてかなり不幸な状況になられたものの、その後いち早く立ち直ることができた人は、やはり何らかの形で被災者の人たちに対してボランティア活動をしていたり、奉仕活動をしていたりしていたのです。新たな絆を作っていくと感謝され、それが人間にとってすごく幸せなことなんだろうということでした。

05職場のコミュニティ性
向上が従業員の
満足度・幸福度を高める

従業員が幸せになれるような会社づくりに向けて、藤本先生のお考えをお聞かせいただけますか。

企業で働く人たちも幸せになってほしいと思っています。元々日本企業はコミュニティ(共同体)のようなものだったのです。高度成長期に地域のコミュニティの大部分を会社の中に持ってきてしまいました。そのために、多くの地域のコミュニティが壊れてしまったのです。会社の中だけでコミュニティが作られていったからです。それで、ある意味ではすごく愛社精神であるとか、皆で和気あいあいとした雰囲気が出来上っていきました。ここ数年は、コロナ禍などもあって段々と薄れつつありますが…。

コミュニティでは、人々がそこの中で語らい、社会的な関係性があって恩義を尊重してお裾分けなどもあったりする。ここがとても重要なことなのです。会社としては今もコミュニティづくりには取り組んでいると思いますが、改めて従業員がコミュニティとしての会社・職場を意識することで、自身の幸せな生き方が助長されていく気がします。

仕事に対するモチベーション理論の一つに、「ハーズバーグの二要因理論」があります。これは、米国の臨床心理学者であるフレデリック・ハーズバーグが提唱した理論です。具体的には、職務満足度をもたらす要因を給与などの処遇や職場の方針などの「衛生要因」と仕事での達成感や承認・責任などの「動機付け要因」に大別するとともに、その二つは補完関係にあると位置づけました。結局、どういうときに仕事の満足度が高いかというと、後者の「動機付け要因」だったわけです。

しかし、今日の日本で私の知り合いの研究者が改めて調査してみたところ、米国の仕事満足度調査では出てこなかった職務満足度をもたらす要因の項目が上がってきたのです。それが、「職場の人間関係」でした。私が若い頃在籍していたリクルートも非常にコミュニティ性が高い会社でした。

従業員のワークライフにおける幸せを願うならば、これからの企業経営者も職場のコミュニティ性を高めていく必要があります。社会的な関係ですよね。そこを高めていくことで仕事の満足度も上がっていきますし、従業員も幸せになることができると考えています。

06経営者の器以上の人間は
採れない

今のコメントにも経営者へのメッセージが込められていた気がします。最後に何か追加で伝えたいことがございますか。

経営者は自ら学習し成長していかなければいけません。今、人手がかなり不足していて人材確保もままならない状況にありますが、基本的には経営者の器以上に優秀な人材を採用することはできないのです。私がリクルートに入社した頃にはもう、創業者の江副浩正氏は雲の上の人でした。それでも経営者として、常日頃から自分でどんどん学習しながら成長していました。当時の採用担当者は、「自分よりもすごい人間を採れ」と江副氏から厳しく言われていたようですが…。それでも、繰り返しますが、経営者の器以上の人間は採れないのです。

だからこそ、経営者が自ら学習して常に成長していく姿を見せないといけません。それが、結局は優秀な人材の獲得や強い会社づくりに繋がっていくことをぜひ理解していただきたいと思います。

藤本先生、貴重なお話をどうもありがとうございました。

 

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藤本 雅彦

東北大学大学院

経済学研究科 教授

東北大学 総長特別補佐、大学院経済学研究科 教授、地域イノベーション研究センター長 北海道大学 客員教授
1959年、北海道生まれ。1983年、東北大学教育学部卒業。1999年、東北大学大学院経済学研究科博士課程修了(博士[経済学])。株式会社リクルートおよび関連会社、IT企業などを経て、2004年、東北大学大学院経済学研究科助教授。2007年、同教授。2011年度より経済学研究科地域イノベーション研究センター長を兼務。著書に『若手社員を一人前に育てる』『人事管理の戦略的再構築』『ケースに学ぶ経営学 第3版』(共著)『経営学の基本視座』(編著)などがある。

【お役立ち資料】
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