産業人口が減少する中、日本企業は新たな人材の採用が厳しくなっている。ならば、現有戦力の能力を最大限に引き出そうと考えるのは当然のことだろう。ここで重要なテーマとなって来るのが、ミドル・シニア世代にいかに活躍してもらうかだ。キャリアの転換期といえるタイミングとなると共に、ともすると「もはやこれが自分の限界ではないのか」「これからの成長を期待できない」と諦め始めていたりするからである。そんな課題に対して、ジョブ・クラフティングを行うことが有効な手立てとなると強調するのが、京都産業大学経営学部教授の高尾義明氏だ。インタビューでは、ジョブ・クラフティングの意義を聞いた。中編では、ジョブ・クラフティングの進め方や、その際の人事の役割などを語ってもらった。
【中編のエッセンス】
ジョブ・クラフティングは本質的に個人の自主性に基づく行為であり、強制や制度化には限界がある。しかし、周囲や組織が「やらせる」のではなく「支援する」姿勢を取ることで、その実践は十分に促進できる。業務の自律性や心理的安全性を高め、主体性を後押しする職場風土を整えることが重要であり、人事・経営層と現場マネージャーが連動して支援することが求められる。ジョブ・クラフティングは、仕事の意義づけやミスマッチ感の低減を通じてエンゲージメントやウェルビーイングを高め、組織成果にもつながる。また、経験やスキルを多く持つミドルシニア世代にとっては実践余地が大きく、年齢にとらわれない評価や同世代の成功事例の共有が鍵となる。さらに、越境経験は自分の「ひと匙」を発見する契機となり、ジョブ・クラフティングを支援・加速させる有効な手段である。
【中編のキーメッセージ】
キーメッセージ①
ジョブ・クラフティングは個人の自発性が前提だが、職場の自律性や心理的安全性、周囲の支援によって実践は促進できる。「やりなさい」ではなく「支える」姿勢が重要である。
キーメッセージ②
ジョブ・クラフティングは仕事の意義深さを高め、エンゲージメントやウェルビーイング、組織成果の向上につながる。特に経験豊富なミドルシニア世代では活性化の余地が大きい。
キーメッセージ③
越境経験は、自分のWillや強み=「ひと匙」を発見する機会となり、ジョブ・クラフティングを後押しする。副業や越境学習は主体的変化を生む有効な支援策である。
ジョブ・クラフティングを公式的に導入するには難しいところがあります。それは、ジョブ・クラフティングが働く人たち一人ひとりが主体的に実践することであるため、個人の意欲がその出発点になるからです。
なので、目標管理制度に基づいてジョブ・クラフティングを〇件実施するという目標を立てて、その達成度を測定するといったやり方は、本来の趣旨とは少しずれてしまいます。とはいえ、周囲や組織が何もできないわけではありません。本人が主体的に何かを変えようとして動こうというときに、それを後押しする、受け止める、あるいは一緒に考える。そうしたサポートは十分に可能です。逆に、何か提案をしても聞く耳を持ってもらえない、意見を出すと否定される、といった環境では、「仕事を少し変えてみよう」という気持ち自体が生まれにくくなってしまいます。
研究でも、周囲からのサポートがある職場や、業務の裁量や自律性が高いほど、ジョブ・クラフティングが促進されやすいことが示されています。ですから、「やりなさい」と指示するのではなく、「やってみたいなら支援します」というスタンスを組織として示すことが重要だと考えています。
また、ジョブ・クラフティングへの意欲やマインドセットは、ジョブ・クラフティングの実践を通じて高まっていくという面があることも、サポートの重要性を示唆しています。業務における自律性を高める、主体性の発揮を後押しする職場風土を育む、ジョブ・クラフティングに対するマインドセットを醸成する、こうした取り組みを通じて、ジョブ・クラフティングの実践が生まれ、仕事の経験が変わり、再びジョブ・クラフティングの意欲につながっていく、このサイクルを回していくことが、実践と継続を促す上でのベストなプロセスだと考えています。
そうした取り組みは、個々の職場と組織全体という2つのレベルで考える必要があり、後者において人事が特に大きな役割を果たします。
まず、現場のマネージャーがどのような空気感や関係性を醸成しているか、という点です。最近は心理的安全性といった言葉がよく語られますが、部下が「少し工夫してみよう」「意見を出してみよう」と思えるかどうかは、マネージャーの姿勢や考え方に大きく左右されます。特に重要なのは、マネージャー自身が「部下がジョブ・クラフティングを行うことは、最終的にチームの成果につながる」という信念を持っているかどうかです。チームの創造性が高まる、仕事への主体性が増す、といったリターンにつながるという信念があれば、自然と支援的な関わり方になります。
ただし、現場レベルで理解があっても、組織としての後ろ盾がなければ、マネージャーにとっては負担が大きくなります。そこで二つ目の視点として、会社全体として「個人が主体的に仕事を変えていくことは望ましい」というメッセージを発信できているかどうかが重要になります。この役割を担うのが、人事であり、さらに言えば経営層です。人事制度や評価、経営者の言動を通じて、その姿勢が一貫して示されているかどうかが、ジョブ・クラフティングの広がりを左右すると考えています。
ジョブ・クラフティングがどのような影響や効果をもたらすのかということですね。まず、これまでの多くの研究によって、ジョブ・クラフティングは直接的な影響としては、仕事とのミスマッチ感の縮小と仕事の意義深さの実感の向上を引き起こし、それによってワークエンゲージメントが向上することが検証されています。そこから、期待される効果として、チーム/組織成果の向上や個人のウェルビーイングの向上などがあります。
最近はジョブ・クラフティングについての研修も増えてきています。研修実施後のフォローアップでは、「モチベーションが上がった」といった声は良く聞いています。私自身が研修を数年間担当している大手商社の若手向け研修でも、その後のフォローアップの段階で「仕事に対する見方が変わった」といった感想を良く耳にします。
私が最近アドバイザーに就任したある大手素材メーカーは、全社的にジョブ・クラフティングを推進するための組織を立ち上げられました。そのように会社全体として取り組むところが今後増えてくると、今のご質問により明確にお答えできるようになるだろうと思っています。
会社によってかなりばらつきがありますが、経営層の中でもCHRO(最高人事責任者) の方々は割と関心を持たれている方が多いという実感があります。先ほど若手の研修の話をしましたが、どちらかというとミドル・シニア(ミドル世代からシニア世代全般を指す言葉)の活性化みたいなところでジョブ・クラフティングが上手くいくのではないか、そういう期待を持たれている経営層の方が増えている印象があります。もっとも事業ユニットの責任者を務められる経営層の方々の理解はまだまだです。たとえば、先ほど挙げた素材メーカーでも、経営層向け勉強会で私がジョブ・クラフティングについての講演を実施しました。
10年と言わず、この3,4年間でもだいぶ状況が違います。3,4年前だとジョブ・クラフティングという考え方はそれほど皆さんに知られておれず、先端的な新しい考え方としてセミナーで紹介させてもらっていたという感じでした。今だと、それよりはもう少し広がっており、主要な研修ベンター各社はいずれもジョブ・クラフティング研修をメニューに取り入れています。
少子高齢化で労働人口が減ってきて、今まで以上にミドル・シニア世代を活性化しないといけないという会社側のニーズが高まっています。しかし、ミドル・シニアは昇進や報酬といったインセンティブが適用しにくく、ジョブ・クラフティングが注目されているという面もあります。本来は、人事制度面の改革も必要で、先端的な会社は取組みつつありますが。
先ほど、Will(やりたいこと)・Can(自分にできること)・ Must(自分の役割)というキャリアデザインを考える際に用いるフレームワークの話をしました。ミドル・シニアは、例えばCanに関して言えば、それまでに培ってきた色々なスキルなり、経験や知識みたいなものがあるわけです。「こういうスキルを使える」とか、「こういう仕事をしたい」など、自分が持っているものはミドル・シニア世代の方が多い分、ジョブ・クラフティングをやれる余地は大きいといえます。それだけに、エンゲージメント向上に対する大きな効果が期待できる部分もあります。
そうですね、基本は世代を問わず共通で、先ほど言及したようにいかにサポートをしていくかがカギになってきます。ただ、ミドル・シニア世代をサポートする発想は、これまであまりなかったことだと思います。「若手を支援しよう」という話は昔からあり、先輩や上司が若手をサポートするということは多くの企業と当たり前に実践されてきました。しかし、ミドル・シニア世代に対しては、そういったサポートは当たり前にはなされていません。
とりわけ、日本的だと思うのは、年上・年下という関係性ですね。年上の部下を年下の上司がマネジメントする際に、お互いにやりにくさみたいなことを感じることが少なくありません。そういったやりにくさがある分、関係性クラフティングでいかにカバーするかが大事だと思っています。
なので、ミドル・シニア世代への支援は難しいのですが、押さえておくべき基本的な見方として二つあると思っています。一つは、いかに年齢だけで人を見ないようにするかです。エイジズム(年齢に基づく偏見や差別。米国の老年医学者、ロバート・ニール・バトラー氏が1969年に提唱した)という言葉もあり、年齢で人を判断するのは差別だという考え方もなくはありません。エイジズムに陥らないようにするには、年齢をもとにステレオタイプを当てはめるのではなく、その人が実際に仕事として何をやっているのか、どんな能力をどのように発揮しようとしているのかで評価をすることです。そういった年齢だけで人を判断しない風土や制度があるかないかが、やはり一つ大きなところだと思っています。
もう一つは、これも日本的だと思うのですが、自分の同期の人や自分と同じ世代の人たちがどうしているかみたいなことに、日本のミドル・シニア世代は影響されがちであることです。それを踏まえると、成功事例というと大げさですが、ジョブ・クラフティングを積極的に取り組んでいる人たちが出て来て、それが取り上げられるようになれば同じ世代の他の人に広がっていきやすくなると思います。このように同期入社のネットワークを中心とした同じ世代での伝播を意識することは、企業としての支援の際に意識してよいと思います。
確かにそうなのですが、実際にはなかなか難しいものです。自分から一歩を踏み出すよりは、周りが一歩を踏み出していくのを見て、「自分も踏み出してみるか」みたいなことが多いようにと思います。
そうですね。先ほどのひと匙みたいな話や「Will・Canを入れましょう」みたいな話をすると、「私のひと匙が何なのか良くわかりません」とおっしゃる方が少なからずいらっしゃいます。でも、越境することはそれを見つかるきっかけになると思っています。
越境というのは、自分が普段いる場と違う、アウェイの場に行くことです。そうすると、そこの当たり前が自分にとって当たり前でないとか、逆に自分にとって「こんなことができる」のは当たり前であることに、すごく驚かれたりします。越境でそういう経験をすることは、自分のひと匙を見つけることにすごく役立つと思います。
副業も中身によりますが、とりわけ副業を始めた頃は少なくとも越境になることが多いと思います。
そうですね。経済産業省が越境学習を推進していることなどから、段々と広まってきた気がしています。
※以下を参照
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/shukkokigyo/jireisyu.pdf
高尾 義明 氏
東京都立大学名誉教授
京都産業大学経営学部教授
1967年生まれ、大阪市出身。京都大学教育学部で教育社会学を専攻。同大学卒業後、神戸製鋼所に就職。東京本社でアルミ・銅事業本部企画管理部で4年間勤務。その後、同社を休職して京都大学大学院経済学研究科修士課程に入学し、経営学を学び始める。博士課程への編入試験合格を機に同社を退職し、組織論研究者への道に専念。九州国際大学経済学部専任講師、流通科学大学情報学部専任講師・助教授、東京都立大学(旧名称:首都大学東京)大学院社会科学研究科経営学専攻准教授・教授、同大学大学院経営学研究科経営学専攻教授などを経て、2025年4月より京都産業大学経営学部教授(東京都立大学名誉教授)。現在に至る。専門は組織論、組織行動論。組織学会理事、経営行動科学学会理事なども務める。著書に『50代からの幸せな働き方 働きがいを自ら高める「ジョブ・クラフティング」という技法』(ダイヤモンド社)など多数。