社会環境、経済環境が著しく変化する中、既存のビジネスモデルを維持しにくくなってきた。それに伴い、会社と従業員との関係性も変わって来ている。会社としては、従業員に自律を期待する。一方、従業員は会社にもっと人を大切にした経営をと、強く希望している。果たして、それを一致させることができるのであろうか。「個を活かす組織」の研究で知られる専修大学の馬塲教授に、昨今の企業や個を巡る論点を聞いた。後編では、自律的な社員の育成法やジョブ型雇用に対する見解などについて語ってもらった。

01帰属意識を高めることが、社員の自律を促す

近年は、自律というワードももてはやされています。自律的な社員を作るためのご提言をいただけますか。

これも難しい質問ですね。まさに、私自身は教育的な側面にも携わっていて、自分で考えることのできる学生さんを育てていきたいという想いで取り組んでいます。でも、なかなか上手くはいかないのです。

「どこに問題があるのか」と毎年のように考えています。人それぞれの想いとか目標、目的が、どうしても希薄というか、変わっていくのは人間だから仕方がないことなのですが、本人もわかっていない形で組織に入ってきたり、そういう学びのコミュニティに入ってくるのですが、当初の狙っていたところとは違った形で学び始めていったり、違うところに興味を持つようになっていくということが、日常的に起きていきます。そうした中で、なかなか自律的にしっかりと考えることができる学生さんを育てることが、できていない自分がいたりします。そんな自分にアドバイスできるのかという意味で難しいとお答えしました。

上手くいかないなりの経験から言えることは、そこに所属をする意義・意識を一緒になって高めていくことです。何をやる必要があるのか、何をやっていかなくてはいけないと思っているのか、どうしていくことが良いのかという意識を高めていくことが、まず第一歩です。

ただ、会社としてはそれが本当に良いかどうかわからないことが少なくないのも事実です。自我というか、自律的に動いてしまったために、「もうこの会社にはいられない」と判断してしまうこともあったりします。そういう人たちばかりになっていくと、結構マネジメントが大変になってきます。

恐らく、そういうような形になっていく過程では、色々な軋轢みたいなものがあったりするはずです。「どうして自分が考えなければいけないのか」「それを考えるのが経営者の役割ではないか」という疑問を持ってしまうからです。そういう内容に関して誠実に答え、続けていく姿勢も欠かせなくなってくると思います。

中小企業の経営者にとっては、事業承継も大きな問題です。事業承継を成功へと導く要因は何だと思われますか。

これは、関わる可能性のある人たちと価値観を共有するとか、対話を重ねるとか、そういうところから解決策を見いだしていく必要性があると思います。選択肢は結構色々あると考えられます。

いわゆる欧米のファミリービジネスは、日本に比べると遥かに内向きの承継を目指しています。だからこそ、長続きしているところが少ないのではないでしょうか。日本はいざとなったら、娘婿や養子とか、そういうオプションを結構頻繁に利用しています。あくまでも相対的ですがね。また、昨今は外部の方の承継を模索している経営者の方も多いです。

さまざま例を見てみると、やはり対話が欠かせません。何よりも価値観や方向性を共有して、継承をしていくことが求められているからです。時々外部の方にバトンを渡しながら、またバトンを戻すということもオプションの1つです。サントリーなんかもそうですね。ホールディングスの新浪剛史社長が代表権のある会長に就き、創業家出身の鳥井信宏副社長が社長に昇格する人事が、2024年12月に発表されました。鳥居氏は、今年59歳。もう、そろそろバトンを渡せそうな状況になっているように見えます。

02すべてをジョブ型にシフトするとイノベーションが起きにくくなる

ジョブ型雇用に関する馬塲先生の個人的な見解をお聞かせいただけますか。

いわゆる日本の人事の仕組みは、年功序列終身雇用スタイルのフィット感が高すぎたがために変革が難しくなっています。今は、まさに、ジョブ型かメンバーシップ型かが問題提起されています。しかし強いジョブ型が普及すると旧来のスタイルとは真逆な形になっていきます。ジョブ型を採用したことによるデメリットもすごく大きいため、即答が難しいです。

僕が最も気にしているのは、いわゆるジョブ型に完全に振り切ったときに、企業が「君はもういらないよ」と言ったら、「もう明日から来なくていいよ」となるかどうかだと思います。例えば、その企業をM&Aのような形で切り売りするとなったときに、事業ごと切り離すのだから、「その人は向こう側に行きなさいよ」ということは、ジョブ型であればある程度許容される話です。それをもう閉じてしまうということになったときに、解雇が必然的に行われ、それを許容できる文化をどのくらい醸成しているのかどうかがすごく気になります。

ある程度のバッファーというか、合意が得られている限りにおいては、パーセンテージは業種にもよるのかもしれないのですが、一定程度の割合をジョブ型にした方がずっと効率的だとは思います。

ただ、すべてをジョブ型にしてしまうと、恐らくイノベーションが起きる機会が激減する可能性が高いです。そこをわかった上で運用していく必要性があるのではないでしょうか。つまり、ジョブ型になると専門的な1つの分野の仕事のみに従事することになります。私の研究データからすると、分野を越えた交流がイノベーションを起こすという結果がでています。もちろん、色々なタイプでイノベーションがあるのですがね。

いずれにしても、分野を越えてどういう交流を果たすことができるのかといったときに、ジョブ型だとどうしても自分たちの仕事だけをやっていこうっていうような形になりがちです。だから、結果的にクローズな世界を形成し、そこの中ではもうやることはわかっている。そこの中では極めて効率的に良いパフォーマンスを出す一方で、長期的に新しいことに取り組んでいかなければいけないときの気づく機会が減ってしまいます。それだけに、全面的にジョブ型というのは、かなり限られるのではないかと思います。

単純に、ジョブ型かメンバーシップ型かの二者択一というわけにはいかないということですね。

欧米の企業でも、いわゆる幹部候補生みたいなキャリアパターンだと、すごくローテーションをします。決してジョブ型ではありません。欧米が全部ジョブ型かというと違います。マネージャーによって採用された担当業務の人たちはジョブ型の採用ですが、いわゆる幹部候補生は、ジョブ型ではなくメンバーシップ型の雇用を前提にして採用されている人たちも一定程度います。大企業であれば、イノベーション力が心配だという側面においては、恐らくイノベーション担当の役割を担う役職が機能するように設定していると思います。

ジョブ型雇用とリスキリングを同時に実施する企業は総じて生産性が高いとの指摘があります。どうお考えですか。

生産性は上がると思います。分業効果が効くからです。要はジョブ型雇用というのは、業界全体だけでなく社会全体で分業しましょうという考え方なのです。分業することで専門性が上がり、そして上手にできるようになっていくことで、生産性が向上するというのは、この主張の理論的な背景だと思います。

ただ、難しいのはそこで言う生産性の向上だけが、日本企業の将来を開いていくかというとそうではないという点です。社会全体で見ていったときに色々新しいものが出てきたり、変えていかなくてはいけないといった場面においては、そういう分業とは全く違うパワーが働いていきます。そこを誰が担うのかということを考えていかなくてはいけません。

03まだまだ開花し切れていない才能や能力がある


最後に、中小・中堅企業の経営者や人事責任者にメッセージをお願いいたします。

これも難しい質問ですね。大企業向けの方がメッセージとして一般化しやすいんです。中小企業は本当に個別的で、一般化できないからこそ学問として成り立ちにくい側面があります。結局、アートの側面が強くなってしまいます。サイエンスの側面がどうしても中堅・中小の場合は、割合がどんどん小さくなっていくので難しいと言ったわけです。私自身は、どちらかというと、「一般化を目指してこうしていくことが望ましいよね」ということを見い出してアドバイスをしたいと思っていますからね。

中堅・中小に関しては、それとは真逆の立場に置かれています。状況をしっかりと観察しながら、人の力を信じて彼ら彼女たちがハッピーで、もちろん会社もハッピーになれるよう一緒になって考えて努力をしていただきたいと思います。

私自身は時々無力さを感じる一方で、まだまだ開花しきれていない才能や能力が沢山あると思っています。きっと中堅中小企業で働いてらっしゃる方々もまだまだ眠っておられるパフォーマンスがあるのではないでしょうか。彼ら彼女たちと対話をしながら、組織そして社会に貢献できる内容を一緒になって考えていただければと思います。

―馬塲先生、貴重なお話をありがとうございました。

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馬塲 杉夫

専修大学  
経営学部 教授  

1966年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。現在、専修大学経営学部教授。専門は戦略経営論。日本経営学会、組織学会、日本労務学会Academy of Management, Strategic Management Societyなどの学会に所属。三建設備工業監査役、日本学生自転車競技連盟評議員も務める。著書に、『「組織力」の経営―日本のマネジメントは有効か』(共著)中央経済社、2002。『個の主体性尊重のマネジメント』白桃書房、2005。『なぜ組織は個を活かせないのか』中央経済社、2019ほか。

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