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慶應義塾大学大学院政策メディア研究科特任教授 岩本 隆氏インタビュー(後編)/中小企業も人事マネジメントを大胆に切り替えていく必要がある

作成者: JOB Scope編集部|2023/05/2

近年、産業構造が大きく変化する中、「戦略人事」というキーワードが注目されている。これは企業の経営者や人事責任者にどのような意識改革を求めているのであろうか。人的資本経営やHRテクノロジーに造詣が深く、人的資本報告の国際規格「ISO 30414リードコンサルタント/ アセッサー認証」も日本で初めて取得された慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授の岩本 隆氏に伺いました。後編では、「戦略人事」の実現に向けたステップや乗り越えるべき課題などをお聞きしました。(前編はこちら

01データとテクノロジーの
活用なしには
戦略人事はあり得ない

最近では、人事部門にマーケティング部門出身の方も多くなってきました。

元々人事のテクノロジーは、技術的には難しくありません。マーケティングテックの方がずっと複雑でテクノロジーを使うのが当たり前になっています。従業員をクライアントとして見ると、マーケティングテックがそのまま転用できてしまいます。マーケティングでテクノロジーを活用するのは当たり前なのに対して、人材マネジメントでは全然やっていなかったりしています。マーケターにとってはデータを使って分析して施策を打つのは当たり前の話です。会社としてはHRテクノロジーを推進しないといけないので、今度は人事部門に異動して行っているという流れなのではないでしょうか。

そういう意味では、データとテクノロジーの活用は非常に重要ですね

戦略の定義を日本人はあまり良くわかっていません。客観性と論理性と定量性がないと戦略とは呼べないのです。しかし、日本企業では定量化していないものを戦略と良く言っていたりします。客観性や論理性、定量性は実は戦略のベースです。戦略人事と言う限りは、データになっていないといけません。データの活用なしには戦略人事というのはあり得ないと言うこと。戦略自体が定量化されていないと戦略ではないというのが、本当の定義です。

02自社における「企業は人なり」を議論し直すことが最初のステップ

戦略人事の実現に向けて、どのようなステップで進めていけば良いとお考えでしょうか。

私は最近、人的資本経営の文脈での講演が多いです。人的資本経営とは、要は全ての従業員に活躍してもらうと言うことです。それは松下幸之助氏が言っていた、「企業は人なり」につながります。その言葉自体は、今どの企業も多分使っていると思います。実際、経営トップにお会いすると皆さん、「企業は人なり」とおっしゃられます。問題は、その中身です。「『企業は人なり』とは、どういうことですか」と聞くと「雇用を守ること」だと言う会社が多いです。

これって、松下幸之助氏が言い出した時とは意味が変わっている気がします。なので、私は「もう一度原点に立ち返って、『企業は人なり』とはどういう意味で使っているのかを考えてみませんか」と提起するようにしています。本来の意味は、全ての従業員が活躍していくと言うことです。「皆さんの企業では全ての従業員が活躍できていますか」と言う問いかけをすると、何人かしか活躍している人の名前が上がってこなかったりします。それなら、「現場の従業員全てが活躍できていない理由は何ですか」と言うことを考えてもらうと、課題が次々と出て来ます。「うちの会社のこういうところが悪い」という意見が…。

去年ある企業で講演をさせていただきました。割とデータ活用をしてる会社です。具体的には、成長実感みたいなことをサーベイで全従業員に取っていました。ただ、成長実感が低いと言う結果が出ていたのです。何故なら、サーベイを取っていてもアクションを何も行っていなかったからです。それで、アクションをしっかりとやりましょうと言う結論になりました。サーベイをしていくなかで成長実感が得られにくい要因は顕著であったはずです。それに対して経営として何も議論できていなかったのが、課題の根源でした。要は、経営に人材の議題が上がってこなかったのです。それは至極当然な話でして、データがないと議論にならないですからね。

このように経営会議で議論していないと言うケースがものすごく多いです。だからこそ、「企業は人なり」ということを一回議論してもらいたいのです。30分ぐらい議論しただけでも結構課題が明確になります。それに経営としてしっかりと取り組んでいきましょうと言いたいのです。

まずはそういうシンプルなところから始めていくこと。「『企業は人なり』の現状はどうですか」と「これからの皆さんのビジネスを考えた時に、『企業は人なり』がどうあるべきだと思いますか」と言う、この二つを経営幹部、あるいは従業員を含めてぜひ議論していただいたいです。割と議論は収束することが多いです。構造的にここは課題だと言うところに落とし込めれば、皆さん積極的に発言してくれると思います。

実際に議論すると何か変化が生まれてくるものでしょうか。

課題が明確になります。それこそ戦略人事の戦略とは、課題に優先順位をつけて取り組むことです。その優先順位が割とすぐにつきますね。うちはこれに取り組もうと経営陣が意識するだけでだいぶ違うと思います。

最近色々な企業のホームページやIR(インベスター・リレーションズ)の資料を見ると、働きがい改革や全員活躍、成長実感、キャリア自律といった言葉がものすごく出て来ます。そこが、優先順位の高い企業が多いんだと思います。いずれも、一人ひとりが生き生きと働くためにというワードです。まさに、戦略人事なのです。

背景には産業構造の変化があります。製造業全盛の時代では、人間が機械のように働いていました。しかも、皆が同じものを同じように作っていました。そういう産業は、もはやほとんどアジアの国に流れて行ったので、日本に残っていません。それこそ、ソフトウェアのビジネスでは年功序列の話ではなくて、若い人の方ができたりします。私はプロスポーツ型に変わると言っているのですが、まさに従業員一人ひとりがプロとして活躍するというようなビジネスが多くなってきています。

昔はマクドナルドが接客をマニュアル化していましたが、スターバックスとかが出てきて、一人ひとりが工夫をして接客する方が物が売れる時代です。まさに、色々な領域で一人ひとりが活躍していかないとビジネスが成り立たなくなって来ています。産業構造が変化する中で、これからのビジネスを運営していくには、そういう人材マネジメントをしないと競争に勝てないとお伝えしたいです。

03企業が生き残るには、
トツプダウンからボトムアップへの転換が鍵

実際に戦略人事の実現に向けて取り組んでいく上では、どんな課題が想定されるとお考えですか。

データをベースに議論するのが戦略なのですが、やはり人は複雑なのでデータで全部説明をできません。脳神経科学を使ったり、遺伝子を分析するとある程度体系化ができるとは思うものの、なかなか人の心はそこまでいっていないので、ヒューマンなところをサポートする必要があります。ここはどうしても残ってしまうので、人間とはどういうものかを理解している人が経営幹部の中にいないといけません。戦略人事も人材マネジメントなので、それをどう実行していくべきかがイメージつかなくなってしまいます。結構そうした会社があって、気づいたら人がどんどん辞めていたりします。

人事部側で言うと、管理業務から脱却できるのか、メンバーに戦略人事を担える能力があるのかも課題になりそうです。

だから、まずはテクノロジーを導入しましょうと言う話です。あとは、日本企業は会社都合で辞めてもらうのは難しいので、配置換えするしかないでしょう。

何年か前に人事のトップを集めてラウンドテーブルを行いました。たまたまだと思いますが、ほぼ全ての人が人事部上がりではなかったのです。こんな話を聞きました。違う畑から人事のトップになっているので、アサインされたばかりの頃は、部下が自分の言うことを一切聞かないということがあったようです。「人事はそんなものではない」と赴任したトップに教えようとしたのかもしれません。なので、緊張感を持ちながら仕事をしていたものの、部下の仕事をよくよく見ているとクラウドアプリで対応できることに気づき、段々と強気に接するようにしたようです。さらには、自分のことを理解する部下を一人ずつ入れていき、主流派に仕立て、3年で全メンバーを入れ替えたと言っていました。本当はそういう荒療治が必要かもしれないですね。

逆に若い人事マンは、事務作業で時間を潰されるのを嫌がる傾向にあります。なので、テクノロジーの導入には割とウェルカムです。あと、人間科学的なところをもっと勉強したいという想いが強いので、それをテーマとしたセミナーや研修、講座に意欲的に参加しています。問題は、ずっと人事畑に居続けてきた人です。そういう人が古株として残っていたりすると、別部署から人事のトップになった人とバトルになりがちです。

中小・中堅企業に戦略人事を取り入れていこうとする考えが広がらない、最大の障壁は何だとお考えですか。

「俺の言う通りにやれば良い」みたいな創業オーナーが多いことです。そうしたオーナーが残っている会社の方とお話をすると、「戦略人事の重要性はわかりますが、オーナー社長が理解してくれない。どう説明すれば良いですか」と悩まれています。そこが一番のボトルネックになっていると思います。全国を見渡すと、そういう会社が結構多い気がします。

その障壁の越え方と絡めて、最後に中小・中堅企業の経営者や人事責任者へのメッセージをお願いいたします。

今まではトップダウンで「これをやってくれ」と指示し、従業員が動けば良かったです。でも、これからは下請けの仕事がなくなるので、新しいマーケットや新しい商品を作っていかないといけません。ボトムアップのエネルギーと言ったら良いでしょうか。若い従業員も含めてどんどんアイデアを出していく。そういう企業文化にしていかないと生き残っていけないと思います。

創業者は割とトップダウンの人が多いのですが、2代目はあまりカリスマ性がなかったりします。父親と同じことができないため、従業員の力を借りてやるんだと言うことで、人材マネジメントのあり方をガラッと変えたりします。そういう会社は意外に上手くいっています。それは今後のビジネスを考えた時に重要です。言ったことをやる人ではなくて、全ての従業員が自律的に色々なアイデアを出していかないと新しいビジネスはできません。なので、人材マネジメントも大胆に切り替えていくべきです。それを推進するためのツールは今市場に沢山出て来ています。それらを活用することで体系的にできるようになります。しかも、今ならIT導入補助金で半額で導入できたりします。ぜひ取り組んでいただきたいです。


岩本 隆氏

慶應義塾大学大学院政策

メディア研究科特任教授

東京大学工学部金属工学科卒業、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。 日本モトローラ(株)、日本ルーセント・テクノロジー(株)、ノキア・ジャパン(株)、(株)ドリームインキュベータを経て、2012年6月より2022年3月まで慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授。2023年4月より同研究科講師。2018年9月より山形大学学術研究院産学連携教授。2023年4月より同客員教授。 2022年12月より慶應義塾大学大学院大学院政策・メディア研究科特任教授。岩本隆氏のオフィシャルウェブサイトはこちら

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