>戦略的余白が強い組織づくりのポイント(後編)
行動経済学では、「人間は常に合理的な判断を下す」という考えに疑問を呈する。ならば、個人の集合体である会社や組織も、合理的であるとは考えにくい。それは、どれほど優秀なメンバーが集まり、自分たちは合理的な意思決定したとしても結果は変わらなかったりする。いわゆる、「合理性の落とし穴」。どうしても、組織は不合理な判断をしてしまうというわけだ。
そうした中、組織的な意思決定の合理性を限定する状況と、その状況下での意思決定の結果を解明する研究を進めているのが、鹿児島大学 法文教育学域法文学系 法文学部 法経社会学科 助教の安藤 良祐氏だ。むしろ、人間が持つ心理的特性を踏まえた上での組織づくりを進めていく意義を説いている。インタビューの前編では、組織論を研究するに至った原点や研究活動のアプローチなどを聞いた。インタビューの後編では、組織の意識決定に影響を与える要因や組織作りのポイントなどを聞いた。
目次

01組織は個人や制度にも影響を受ける
マクロ的にはどうですか。
マクロ的なところでは、新制度派組織論で説明されるように組織は様々な制度から影響を受け合いながら存在しています。結局、会社は身勝手に存在しているわけではありません。規制的な法律や文化的な慣習などがあったりします。新制度派組織論は幅が広く、例えば組織が制度やルール、文化などの環境的・社会的要因から影響を受けながら、その成り立ちや行動パターンを説明しています。
なぜ、そういった話が出て来たのかと言えば、模倣化の議論があります。例えば、JRは全国で7つの旅客・貨物会社があるのですが、いずれの会社も何となく似ていると思いませんか。なぜ似てくるのかと言えば、やはり制度に各社が依拠しているからです。その制度をベースに運営しているからと言い換えても良いでしょう。どうしても同じ業界や領域で展開している会社は、制度に影響されてしまうので、それぞれ合理的に模倣していくという考えがあります。
ここでいう“制度”とは、人や組織が行動する中で形作られる行動パターンで、会社にある職務規則やルールのようなものだけでなく、いわゆる認知的・文化的な枠組みも含むものです。こういった制度が複数存在する中で意思決定しなければなりませんし、みなさんも“制度”やそのコンフリクトに意思決定が影響を受けていると実感することが多いのではないでしょうか。
前回お話ししたように組織の意思決定は、ミクロ的には個人に、マクロ的には制度に影響を受けていると考えるのが自然でしょう。ですので、マクロ的・ミクロ的な視点と現代の不安定な状況を組み合わせると組織の意思決定に関する面白い分析ができるのではないかと考えているところです。
実際いかがですか。面白い分析ができそうですか。
面白い分析ができていると思っています。ただ、現在はマクロ的というより、ミクロ的な個人の選好に焦点を当てた組織の意思決定研究を主にしています。具体的には不安定な状況での組織の意思決定モデルであるゴミ箱モデルを参考にしたシミュレーションモデルを開発し、どういった意思決定傾向が見られるのか分析しています。ミクロ的というのは、そのシミュレーションの登場人物に個人の選好を考慮しているわけです。

02ゴミ箱モデルをベースに意思決定をシミュレーションする
そのお話を詳しくお聞きしたいと思います。ゴミ箱モデルを参考にシミュレーションモデルを開発し、バーチャルで組織の意思決定がどうなっているのかという分析を行っているということですね。そもそも、ゴミ箱モデルとは何なのでしょうか。
ゴミ箱モデルとは、米国の研究者であるCohen, March, Olsenの三氏が1972年に発表した“組織化された無政府状態”での意思決定モデルです3 。組織化された無政府状態とは、①問題のある選好、②不明確な技術、③流動的な参加によって特徴づけられた組織のことであり、いわば不確実性、あいまい性がある状況での意思決定モデルと言えるでしょう。このモデルでは、組織が意思決定を行う機会である「選択機会」、選択機会に入り意思決定を行う「参加者」、人間の様々な関心事である「問題」、そして問題とは無関係に生み出された「解決策」を仮定しており、「選択機会」に「参加者」「問題」「解決策」がランダムに出入りする中で、たまたま決定条件が整った際に、意思決定が行われるという意思決定の偶然性を表現するモデルになっています。このモデルはシミュレーションで分析されており、組織の意思決定では、問題が選択機会に入ってくる前に意思決定してしまう“見過ごし”、選択機会内に問題が多くなかなか決定できないでいたが、気が付けば問題が選択機会から出て行ってしまい、結果的に意思決定に至る“やり過ごし”がノーマルな決定スタイルであると指摘しています。つまりは、こういった環境では、受動的な意思決定になりがちだと言えるでしょう。実はCohenらのシミュレーションには欠陥があり、批判もされているのですが、広く普及している意思決定モデルになっています。
ゴミ箱モデルに着目された経緯もお聞かせいただけますか。
経緯としては自分の経験からですね。前回お話ししたように、組織で意思決定をすると、カオティックな状況であることが多く、責任者が誰なのか、誰が担当しているのか、問題は何なのか、解決策が何なのか、明確でないケースが多いです。みなさんもこういった状況に悩まされることが多いのではないでしょうか。例えば、最初から明確に別の部署の方針や抱える問題などがわかっていて、その情報をもとに、「我々は明確にこう動こう」と決定できるケースは稀でしょう。
このように、組織の意思決定があいまい性や不確実性の中で行われているという実感をずっと持っていました。その中でゴミ箱モデルが、まさにそのあいまい性の中の決定モデルとして確立されていたので、これを利用したということです。
ゴミ箱モデルをベースにしたシミュレーションモデルには、欠陥や批判があるとのことですが、安藤先生はその欠陥を受け入れた上で参考にされているのですか。それとも欠陥を克服するような取り組みをされて研究に応用されているのですか。
そういう意味だと両方です。これは1970年代の論文で、当時の高水準言語である「FORTRAN(フォートラン) 」という数値計算向けのプログラムコードで書かれていたものの、自由度高くモデルを表現するのは難しい面があったようです。今回、私は新たにマルチエージェントシミュレーション(コンピュータ上で複数の自律的なエージェントが相互作用しあう環境を作り、マクロ現象を再現する手法)というモデルを使っています。「FORTRAN」の限界を越えていけるプログラム言語ですが、批判されていたすべてに対応できているわけではありません。とは言え、大事なところは対応したモデルになったと考えています。
3.脚注2と同じ

03人間の心理的性質が組織の意思決定に影響をもたらす
安藤先生は、個人の時間選好が組織的意思決定のプロセスに及ぼす影響を明らかにする研究もされています。個人の時間選好や双曲割引とは何ですか。それらが、意思決定のプロセスにどのような影響をもたらすのでしょうか。
時間選好とは、目先の利益と将来の利益のどちらを選ぶかという価値判断を指します。人はしばしば、将来の大きな利益よりも、今すぐ得られる小さな利益を選んでしまいます。これを説明するのが双曲割引です4 。例えば、夏休みの宿題を早めに計画的にやろうと思っても、実際には旅行に行ったり、友達と遊びに行ったりなど、さまざまな目先の楽しみに流されて、先延ばしにしてしまうことがあります。この時の時間経過に伴う時間割引率を表す関数が双曲関数で表されるため、特に双曲割引と呼ばれています。
この性質はハトを用いた実験から発見されており、現在では人間を含む生物が持つ生理的な性質だと考えられています。この性質を持つがゆえに、当初は将来の利益を選好するものの、いざ目先の利益が目前に迫ると、将来の利益ではなく、目先の利益を選んでしまいます。つまり、選好が時間によって変化してしまう「選好の逆転」を説明します。
このように、個人の双曲割引は、組織全体の意思決定にも影響を与えることが考えられます。例えば、企業が長期的な研究開発や人材育成に投資する必要があっても、メンバー一人ひとりが「今期の成果」や「目先の数字」に引っ張られると、短期志向の意思決定に偏ってしまう可能性があります。その一方で、短期志向そのものが悪いわけではありません。経営環境が厳しい中で当座の資金繰りを優先するのは合理的ですし、現場の士気を高める効果もあります。重要なのは、組織が意識的に「短期」と「長期」の両方を見据えられる仕組みをどう設計するかです。つまり、経営者や管理者にとって大事なのは「人は将来より目先を選びやすい」という人間の性質を前提にした上で、長期志向を補う制度やルールを組織に埋め込むことだと言えるでしょう。なお、双曲割引は行動経済学・神経経済学(神経科学と経済学が融合した学際的な学問)といった領域で研究が進められています。
この性質は組織の意思決定にも影響を与えることが予想されます。例えば、組織で意思決定を行うリーダー社員の選好だと、組織に大きな影響を与えていることは自ずと推察できるでしょう。この点に着目して、開発したシミュレーションモデルに登場する意思決定者に双曲割引の選好をもたせて分析を行いました。すると、双曲割引は全体の意思決定回数・見過ごし・やり過ごしの受動的な意思決定割合を減少させる一方で、能動的な意思決定割合・何も決められない期限超過割合を増やすとの結果を得ました5 。目先の利益を追う双曲割引が能動的な意思決定割合を増やすことは意外でしたが、全体の意思決定回数が減少し、最も回避すべき期限超過が増加していることから、双曲割引は組織にネガティブな影響を与えている可能性があります。一見回避すべきに見える受動的な意思決定である“見過ごし”・“やり過ごし”が、実は組織のリソース効率にポジティブな影響を与えていたとも考えられるでしょう。
また、双曲割引を考慮していない別のシミュレーション結果ではありますが、期限超過では想定以上にリソース効率に影響を与えている可能性も示唆されています 6。全体の決定回数に対して数%の期限超過が、実は数十%のリソースを消費しているとの結果を得ています。こうした結果も踏まえると、個人の選好が表面的な決定割合だけでなく、組織のリソース効率に大きな影響を与えているのではと考えています。
このように、人間の心理的性質は、組織の意思決定を表面的な「どの案を選ぶか」という次元にとどまらず、組織のリソース配分や効率性そのものを左右していると考えられます。言い換えると、組織がどれだけ長期的に合理的な戦略を描いても、メンバー個人の「時間に対する選好」が積み重なることで、結果として意思決定の質やリソース活用のあり方に歪みが生じうる、ということです。この知見は学術的にも重要ですが、実務的にはさらに意味を持ちます。経営者や管理者にとっては、「人は将来よりも今を優先しやすい」という前提を踏まえた仕組みづくり、すなわち
• 長期投資を確実に進めるための制度設計
• 期限超過やリソース浪費を防ぐための意思決定プロセス管理
• 受動的な意思決定も戦略的に活用する視点
といった工夫が不可欠だと示唆しているからです。
4. ジョージ・エインズリー: 誘惑される意志 人はなぜ自滅的行動をするのか (山形浩生訳, NTT出版, 2006)
5. 採択済出版前論文 安藤良祐: 個人の時間選好と組織の意思決定:マルチエージェント・シミュレーションを活用した組織の意思決定分析. 九州経済学会年報, 63 (2025).
6. 安藤良祐, 津留﨑和義: コスト・タイムパフォーマンス観点による組織的意思決定の分析:マルチエージェントシミュレーションを利用した Active なゴミ箱モデルの開発. 日本オペレーションズ・リサーチ学会和文論文誌, 68 (2025), 1-26.

04組織として長期的な利益を狙う仕組み作りが重要
改めてお伺いします。人間は目先の利益を追いがち、目の前にあるものを手にしたくなるということですね。それは人間の“性”でもあるのでしょうか。
“性”なのだと考えます。具体的なエビデンスがあるわけではないのですが、一説には世間の8割程度の人に双曲割引が見られるとの指摘もあります。そもそも動物に備わる生理的な性質であるため、目先の利益に心を奪われやすいのは、動物だけでなく人間も同じでしょう。
ただし、双曲割引を持つ人にも賢明な人はいます。賢明な人たちは、将来の自分が誘惑に負けないように、予めコミットメントを用意しておこうと考えたりするわけです。それによって、自滅する選択を避ける人も一定数存在するのです。
人間は短期的な利益を追いがちであるからこそ、組織としては長期的な利益を狙う仕組みを作っていく必要があるわけですね。
そうなります。将来の生き残りのためにも長期的な利益は重要です。ただし、このような研究をしていると「目先の利益を求めるのは駄目なのか」といったコメントをいただくことがあります。私は全くそんなことはないと考えています。明日倒産するかもしれない厳しい状況ならば、とにかく稼げるところからお金を稼ぐようになるのは当然ですし、それは十分に合理的です。
先ほども触れましたが、大事なのは長期と短期をどう両立させるかという視点です。経営では当面の運転資金を確保しつつ、将来の成長につながる種を撒いておく必要があります。この両立をうまく説明したのが、いわゆる「両利きの経営」です。ここでは、知の探索と深化という概念が示されています。探索とは新規事業や技術開発で未来に備えること、深化とは既存事業の改善や効率化を進めること。この両輪のバランスが持続的な成長につながる、というのが経営戦略論の基本的な考え方です。
“見過ごし”や “やり過ごし”が、実は組織のリソース効率にポジティブな影響を与えてくれるというのは、意外でした。
もしすべての意思決定を正当に対処したならば、間違いなくリソース効率が悪化します。期限超過(特定の期限や締め切りが過ぎてしまうこと)する可能性も高まり、まともに意思決定ができなくなってしまうでしょう。リソースを費やしたのに何も決められない状況は絶対に避けなければいけません。意思決定に投下したリソースがサンクコスト(埋没費用。将来的に回収できる見込みのないコスト)になってしまいます。
そこで受動的な“見過ごし”、“やり過ごし”といった意思決定も許容するのです。合理的とは言えないかもしれませんが、組織として意思決定回数は増やすことができます。そうすれば、会社をしっかりと動かせますよね。こういった現象は、日本企業でよく見られる現象とされ、企業の“やり過ごし”研究もなされています 7。
7.高橋伸夫: できる社員は「やり過ごす」 (ネスコ/文藝春秋, 1996).

05人間が動かす組織を理解し、実効性のある仕組みを作るべき
ところで、組織構造は企業等の意思決定にどのような影響を与えているのでしょうか。
私のシミュレーションベースの研究では、例えば、組織サイズが小さくかつ意思決定者の管理範囲が狭いと“見過ごし”の割合が多くなり、組織サイズが大きくかつ意思決定者の管理範囲が広いと“やり過ごし”の割合が多くなるとの結果を得ています 。また最も回避すべき期限超過は、組織サイズが小さく意思決定者の管理範囲が広いと多くなることもわかっています。
さらにヒエラルキー的な構造がある場合、意思決定者の管理範囲が広いほど、リソース効率を悪化させるとの結果も得ています。このようにシミュレーションからは組織構造と意思決定には関係性があるように見えます。ただし、あくまでシミュレーションであるため、現実の意思決定がどのようなものか検討する必要があります。
そこで質問票調査などの手法を使って、仮想と現実のギャップを埋める研究も行っています。未刊行でありますが、組織の意思決定傾向に関する心理的・行動的な構成要素と組織の人数、組織の存続期間、組織構造、意思決定者の職位といった構造的特性を組み合わせた分析も進めており、構造的特性に応じて組織の意思決定傾向が異なるのではとの示唆も得ています。
行動経済学の理論で組織の意思決定プロセスの解明に挑む意義を教えてください。
従来の組織論は「合理的な組織」や「組織の正当性」を前提にどちらかというとマクロ的な視点で展開されてきたように思いますが、行動経済学で人間の本質的な性質にフォーカスが当たってきたように、上述してきたような人間の性質も組織の意思決定に大きな影響を与えていると推察されます。
従来の組織論により個人にフォーカスを当てた分析を加えることで、組織の意思決定がなぜ時に非合理な結果に陥るのか、その具体的なメカニズムを明らかにすることができます。従来の組織論では説明しきれなかった「なぜ計画通りに実行されないのか」「なぜ現場の判断が戦略とずれていくのか」といった現象を、人間の認知バイアスや時間選好の傾向から説明できるかもしれません。さらに、これは単なる学術的探究にとどまりません。実務においては、組織の仕組みや制度を設計する際に、人間が持つ“非合理性”を織り込むことが可能になるからです。例えば、
• 期限超過や意思決定の先送りを防ぐためのルール設計
• 短期志向に流されすぎないための評価制度やインセンティブ設計
• バイアスを逆手に取った行動デザイン(ナッジ)の導入
といった具体的施策につなげることができるでしょう。要するに、行動経済学の理論を組織論に応用する意義は、「人間を理想化した組織」ではなく「実際の人間が動かす組織」の理解を深め、その上でより実効性のある仕組みや戦略を考えることができる点にあると考えています。
8.脚注6と同じ

06組織の制度や仕組みづくりに“ゆらぎ”を織り込むべき
改めてお伺いします。安藤先生は日本企業における組織的な意思決定の合理性に関して、どのような課題があるとお考えですか。
これまでの研究や実務経験などを含めて思うところですが、良くも悪くも「形式美へのこだわり」という点が大きいように思います。規定に則った手続きや稟議の整合性を図ることは安定的な組織運営に重要だと思いますが、結果的にスピードや創造性といった将来の利益につながりうるモノを犠牲にしてしまうことが多いのではないでしょうか。それでは、手続き的なルールや制度を二の次にして、現場任せの柔軟性を重視してしまうと、組織としての戦略的な一貫性を欠くことになります。ここから、安定性と柔軟性のバランスに注意を払うことが本質的な課題なのではないかと考えています。
硬直化してしまった意思決定は環境変化に耐えることはできませんし、逆に柔軟過ぎても組織としてまとまらないと言えます。そこで、組織の制度・仕組みとして、ある程度の“ゆらぎ”を許容し、全体として合理性を保てる構造を実現するのかが、日本企業の課題なのではないでしょうか。
例えば、会議・意思決定の場面では、重要な方向性は多数決や代表者判断でまずは動き出し、後から修正や異論を吸収するような仕組みづくり、経営計画やプロジェクト計画の場面では、当初計画をベースにしつつも、計画進捗に応じて徐々にKPIを精緻化する仕組みや、外部環境が急変した場合へのオプション対応の組み込みなど、“ゆらぎ”を設計に織り込む制度・仕組みづくりが有効なのではないかと考えています。
安藤先生から、「“ゆらぎ”を設計に織り込むべきである」というお話を伺いました。イノベーション論を研究されておられる、ある先生も「日本企業が低迷しているのは“余白”がなくなっているからだ」と指摘されていらしたことを思い出しました。
ご指摘のとおりです。何をするにしても“ゆらぎ”を持っておくことは、非常に大事だと感じています。野球の話で言えば、1戦1戦で常に結果を求められ、勝たなければいけない、打率を残さないといけない、防御率を残さないといけないということも大切だとは思いますが、それではどうしても個人や組織は疲弊します。そうすると、結局組織全体のパフォーマンスが下がってしまいます。なので、いかに仕事や業務の中に“ゆらぎ”を入れていくかが、一つの重要なポイントなのではと考えているところです。
ただ、“ゆらぎ”と言っても、単純に遊びとかバッファーとか、要は社員が楽をするという話ではありません。どちらかというと私の指摘する“ゆらぎ”というのは、「制度に“ゆらぎ”を入れましょう」ということです。人間はやはり真面目ですから、制度やルールに巻かれて仕事をするのは普通だと思います。それゆえに、制度の中に“ゆらぎ”を入れておくのです。そういったことで、組織的にもバッファーや余裕が生まれるでしょう。

07人間も組織も決して合理的ではいかない
組織が意思決定の迷宮に陥らないためのアドバイスをお願いします。
私のシミュレーションベースの研究では、上述した通り、組織サイズが小さくかつ意思決定者の管理範囲が狭いと“見過ごし”の割合が多くなり、組織サイズが大きく、かつ意思決定者の管理範囲が広いと“やり過ごし”の割合が多くなるとの結果を得ています。また最も回避すべき期限超過は、組織サイズが小さく意思決定者の管理範囲が広いと多くなることもわかっています。さらにヒエラルキー的な構造がある場合、意思決定者の管理範囲が広いほど、リソース効率を悪化させるとの結果も得ています。
ここから考えられるインプリケーションとしては、
① 期限超過のリソース消耗を企図した損切り:多少の期限超過でも甚大なリソース消耗につながるため、意思決定期間の損切りルール(何を決める、何を諦める)を定める
② 意思決定者の管理範囲の適切化とその維持:不要に管理範囲が拡大すると組織パフォーマンスの悪化につながるため、必要最低限の管理範囲となるよう努める
③ 受動的な意思決定の有効活用:組織としての意思決定効率を高めるためには受動的な意思決定の取り扱いがキーであるため、戦略的に見過ごし・やり過ごしできる体制を整える、が挙げられます。
中小、中堅企業の経営者や人事責任者にメッセージもお願いします。
経営者や人事のみなさまにお伝えしたいのは、人間も組織も決して合理的ではないという前提を受け入れ、そのための緩衝材となる“ゆらぎ”、つまり「戦略的余白」を作ることが強い組織づくりのポイントになることです。人は目先の利益に流され、判断を先送りし、時には誤った選択もします。それを“ダメだ”と切り捨てるのではなく、制度作り・構造的特性を工夫してカバーすることが重要です。しかしながら、そもそも社内リソースに限界がある企業も多いのではと思います。そういった場合でも、まずは小さな仕組みづくりから少しずつ取り組んでみる。そうした工夫の積み重ねが組織変革のうねりを生み出し、持続的な成長を達成できるでしょう。
安藤先生に敢えてお伺いします。「小さな仕組みづくりから少しずつ取り組みましょう」とのことでしたが、実際何から始めれば良いですか。仕組みづくりに向けた第一歩を教えてください。
第一歩ですか。なかなか難しいですね。企業には様々なケースや要因があると思いますから。「これが正解」というものはないのですが、例えば、計画段階で戦略的余白を設ける仕組みを作ることでしょう。企業はプロジェクトや経営計画を立てる際に、最初からゴールやKPI(重要業績評価指標)をきっちりと定めることが多いと思います。しかし、そのチェックはどうでしょう。年度単位でしかチェックしないため、年度末に慌てて帳尻を合わせ、本質的な目標達成になっていないケースが多かったりしませんか。
そこで計画時から戦略的余白となるバッファーを織り込んでおくのです。計画から何%のブレであれば許容するとのルールを最初に設定し、それを定期的にチェックしながら、数字のブレの精度を上げていくのです。こうしたバッファーを持たせて計画を回すと、無理に完璧を目指すよりも柔軟に修正が効き、結果的に上手くいくことが多いと思います。プロジェクトマネジメントに近い発想かもしれませんが、そういった仕組みや制度を考えることが、第一歩として有効だと思います。
このように最初から全て硬直的に決めてしまうのではなく、不確実性を前提に余白を設けること。このようなアイデアが不安定な時代の組織・社員の幸せにつながるのではないでしょうか。
安藤先生は、令和7年度大学連携による繁盛店づくりコンサルティング事業業務にも取り組まれています。地域における商業サービス業の活性化に向けた鍵は何だとお考えですか。
この事業は、若者の視点を取り入れた魅力ある繁盛店づくりと、若者の育成・地元定着を図るため、鹿児島市が事業を推進する大学連携による繁盛店づくりコンサルティング事業で、大学生が鹿児島市内の小売・卸売・飲食サービス業を営む中小企業様に対して、コンサルティング提案を行うというものです。弊学では同僚の馬場武先生を中心に進められており、私は今年度から参画させていただいています。
今までの研究からは少しずれますし、専門外ではあるのですが、お店のある地域全体での盛り上がりを作り、顧客にとっての魅力をどう高めるのかということになってきます。国内ではどこも人口減少、地域経済の衰退に苦しんでいる地域が多く、それを行政側も補助するとの構図があると思います。しかし、行政側が一律に同じような支援を行ってしまうと、似通ったお店・サービスが増え、結果的には多様性が失われ、地域としての魅力が減少する可能性も考えられます。いわば制度的同型化の圧力がそこにかかってしまうわけです。そこで、一律支援といった形ではなく、差別化や独自性を持った取り組みを後押しする仕組みを導入すると、多様性ある地域づくりが実現できるかもしれません。そういった意味でこの事業は地域活性化に一役買っているのではと思っています。
―安藤先生、本日は貴重なお話をありがとうございました。

安藤 良祐氏
鹿児島大学
法文教育学域法文学系
法文学部 法経社会学科 助教
1985年、宮崎県生まれ。鹿児島大学法文学部法経社会学科(経済コース)助教。専門は経営組織論、経営修士(MBA)。
北海道大学理学部物理学科を卒業後、同大学大学院理学院宇宙理学専攻を修了。修了後は九州旅客鉄道株式会社に入社し、信号通信関連の業務に従事。その後、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社にて、主にシステム開発領域におけるプロジェクトマネジメントを担当。九州旅客鉄道在職中に九州大学大学院経済学府産業マネジメント専攻(ビジネススクール)を修了し、MBAを取得。「組織が不合理な意思決定に至るプロセスの解明」を主題とした修士論文により、「南賞・優秀賞(優秀論文賞)」を受賞。現在は、長崎大学大学院経済学研究科博士後期課程(DBA)に在籍し、組織の意思決定過程における不確実性・あいまい性・個人の時間選好に着目した研究を展開。シミュレーションや質的・量的分析を用いて、多面的な観点から組織の意思決定を探る。