>戦略を実行するための組織に組み直そう(後編)「組織設計とリーダーシップとの関係とは」
人材の流動化が加速し、外部労働市場が徐々に整備されつつある日本。企業経営における人材戦略の重要性はかつてないほど高まっている。そうした中、前編では「組織は戦略に従う」という経営学の基本命題を手がかりに、戦略と組織の“フィット”の重要性、そして企業に内在する「組織イナーシャ(惰性)」をいかに乗り越えるかについて、中央大学大学院戦略経営研究科教授・犬飼知徳氏と議論してきた。では、その“戦略を実行する組織”の中で、実際に変革を推進し、判断し、動かすのは誰なのか。
当然ながら、それはリーダーである。いかに巧みな戦略を描いても、それを現場で具現化するリーダー人材が存在しなければ、戦略は絵に描いた餅にすぎない。経営者が考えるべきは、どのようにして「戦略を実現できる人」を育て、組織に定着させていくかという視点である。
そこで後編では、犬飼知徳教授に、リーダーシップの本質と次世代リーダーの育成法について話を伺った。
目次

01リーダーシップとは何か:理論ではなく実践の中に宿る
そもそも論としてお伺いしますが、犬飼先生はリーダーシップというものは育成可能なものだとお考えですか。それとも、生まれつきの資質のようなものなのでしょうか。
良くある問いですね。結論から申し上げると、私は「リーダーシップは育成可能である」と考えています。もちろん、誰もが同じタイプのリーダーになれるわけではありませんし、すべての人が組織を引っ張るような牽引型リーダーになる必要もありません。大切なのは、「その人に合ったスタイル」でリーダーシップを発揮できるようになることです。たとえば、声が大きくカリスマ性を前面に出すタイプの人がいれば、対話力や傾聴力を武器に人を動かす調整型・支援型の人もいる。リーダーシップは、個性や価値観と深く結びついているので、「これが正解」という型にはめようとするのではなく、自分なりのやり方を見つけることが重要なんです。
なるほど。「育てられる」とはいっても、全員が同じ型のリーダーになるのではない、ということですね。
その通りです。そして、自分らしいリーダーシップを見つけていくには、やはり「実践」と「振り返り」の反復が不可欠です。私は、リーダーシップはスポーツに似ているとよく言います。理想のフォームを教わることも必要ですが、結局は試合に出て、自分なりに体感して、試行錯誤していく中でしか身につきません。たとえば、「なぜその判断をしたのか」「結果はどうだったか」「次はどう改善するか」といったことを、その都度自分に問い直す。つまり、「行動→内省→改善」というサイクルを習慣化していくことが、リーダーとしての成熟につながるのです。私はこの「振り返る力(リフレクション)」こそが、リーダーシップ育成の核心だと考えています。何かに挑戦して、うまくいった/いかなかったという結果だけで終わるのではなく、そこから「意味」を引き出せるかどうか。たとえば、「なぜうまくいかなかったのか」「自分の思考や行動にどんな傾向があるのか」といったことを言語化していくプロセスが、その人の成長を大きく左右します。
「リーダーになる素質」よりも、「経験から学ぶ姿勢」が問われるということでしょうか。
まさにその通りです。実際、リーダーとして成功している人の多くは、「自分を振り返る力」が非常に高い。これは、経営学や教育学の世界でも理論的に裏付けられています。たとえば、デイヴィッド・コルブが提唱した「経験学習モデル(Experiential Learning Cycle)」という理論では、人は学習する際に以下の4つのステップを循環的にたどるとされます。
その4つとは、①具体的経験(Concrete Experience)と、②内省的観察(Reflective Observation)、③抽象的概念化(Abstract Conceptualization)、④能動的実験(Active Experimentation)です。つまり、経験をして終わりではなく、それを振り返って意味を見出し、理論的に理解し、次の行動に活かす。これを繰り返すことで、初めて学びが深まるんです。リーダーシップの育成も、まさにこのプロセスの中で行われます。
さらに言えば、MITのドナルド・ショーンが提唱した「リフレクティブ・プラクティショナー(reflective practitioner)」という考え方ともつながります。これは、専門職や実務家が自らの行動を省察し、そこから学び続けていく存在を指しますが、私はこれをそのままリーダーにも当てはめられると思っています。つまり、環境や状況が常に変化するなかで、固定的な知識やスキルだけに頼るのではなく、自分の行動を観察し、調整し、学び直す力。これを持っている人が、本当の意味でリーダーになっていくのです。そして、企業がリーダーを育成しようとするなら、知識やスキルを一方的に教えるだけでなく、「経験をどう振り返らせるか」にも目を向ける必要があります。研修や制度がどれだけ充実していても、本人が振り返る習慣を持っていなければ、成長は限定的です。結局のところ、「学べる人」こそがリーダーになれる。そして、「学び続けようとする限り、誰もがリーダーとして育っていける」。この考え方が、私はこれからの人材育成の出発点になると信じています。

02若手が管理職を避ける時代:リーダーシップ育成の構造的課題
リーダーシップは育成可能である。ただし、そのためには実践と振り返りの機会が欠かせない、というお話でした。ただ現実を見ると、「そもそも管理職になりたくない」と考える若手社員が増えているように感じます。こうした傾向について、先生はどのようにお考えですか。
非常に重要なテーマですね。実際、多くの企業で「若手が管理職になりたがらない」という声を聞きます。これにはいくつかの背景があります。第一に、責任に見合う裁量や報酬が与えられていないという問題があります。役職が上がっても仕事量や心理的プレッシャーばかりが増えて、裁量は限られたまま。報酬面でも納得感が乏しければ、若手にとっては「割に合わない役割」に映ってしまいます。
責任は重いのに、自由度がない。そうなると、挑戦したいとは思えませんね。
その通りです。二つ目の理由は、管理職の仕事が「価値を生み出す仕事」ではなく「調整役」として見られていることです。会議のスケジューリングや、上から降ってくる情報の伝達、部門間の板挟みといった仕事が中心になると、「自分で何かを生み出すより、雑務をこなす係」というイメージになってしまう。これは非常にもったいないことです。
三つ目は、部下との関係性に対する不安です。最近は働き方も価値観も多様化していて、「年齢が近い部下にどう接すればいいかわからない」「指導やフィードバックがハラスメントと受け取られないか心配」という声をよく聞きます。そうした心理的なハードルも、マネジメント職に対してネガティブな印象を与えていると思います。
たしかに、現場で手応えを感じている人ほど、わざわざ管理職になって「自分のやりがいを手放す」ことに躊躇するのかもしれませんね。
おっしゃるとおりです。最近の若手は、組織に忠誠を尽くすことよりも、「自分の価値をどう発揮するか」「どう成長できるか」に関心が高い。ですから、「管理職になることが成長の機会である」と納得できなければ、無理にマネジメント職を目指そうとは思わないでしょう。
では、企業はどのようにこの課題に対応すべきなのでしょうか。
まず必要なのは、管理職の役割を再定義することです。単なる「業務調整係」ではなく、「組織に変化を起こす担い手」として位置づける。そしてその上で、実際に裁量を持たせ、やりがいや影響力を感じられるような仕組みを整えることが重要です。たとえば、若手のうちから新規プロジェクトの立ち上げや、部署の方向性を考えるような実務を経験させる。そして、そこで自分の判断が組織に与える影響を実感させる。こうしたプロセスを通じて、「マネジメントには面白さがある」と本人が気づくことが大切なんです。
なるほど、やらされる管理職ではなく、「自ら手を挙げたくなるような役割設計」が必要ということですね。
その通りです。そしてもう一つ大切なのが、キャリアパスの複線化です。今でも多くの企業では、「出世=マネジメント」という単線的な構造が主流ですが、それでは自分に合わないと感じた瞬間に離職やモチベーション低下につながってしまいます。ですから、「一度マネジメントを経験した後に専門職へ戻る」「管理職を経て経営企画に進む」といった多様な選択肢があることを明示する必要があります。これにより、「管理職になることがキャリアの袋小路ではない」という安心感が生まれます。
そう考えると、リーダーシップを育てるためには、制度だけでなく企業文化も変えていく必要がありそうですね。
まさに、そこが本質です。管理職をポジティブに語れる企業文化。挑戦や失敗を肯定する風土。部下と信頼関係を築くことが評価されるマネジメント。こうした要素が揃って初めて、若手が「自分もやってみたい」と思えるようになります。たとえばある企業では、若手社員がマネジメント職を敬遠していたのですが、「調整業務」ではなく「戦略的意思決定」を任せるように職務定義を変更したところ、手を挙げる人が増えたという事例があります。つまり、「管理職=やらされる役割」ではなく、「組織を動かす仕事」であるという認識を、現場のリアリティを伴って共有することが、変化の出発点になるのです。
ありがとうございます。ここまでの議論から、リーダーシップ育成の前提として、まずは「挑戦の場」「裁量の設計」「キャリアの選択肢」が整っている必要があると感じました。
その通りです。そして、それらを整えることは、単なる制度設計ではなく、組織の哲学にかかわる問題でもあります。「どういう人材に成長してほしいのか」「そのためにどんな経験を積ませるのか」という問いに真剣に向き合うこと。それが、これからの企業に求められるリーダーシップ開発の第一歩だと思います。

03解決策とそれを育成するためのCBSの取り組み:実践と内省の循環をどう設計するか
リーダーシップを育てるには、実践の機会と裁量、そして多様なキャリアパスの設計が必要である、というお話でした。そうした考え方を、具体的な育成の仕組みに落とし込むにはどうすればよいのでしょうか。
大きなポイントは二つあります。一つは、「早期に本物の意思決定権限を与えること」。もう一つは、「その経験を内省させる仕組みを用意すること」です。この二つを同時に設計しなければ、リーダーは育ちません。
まず一つ目の「早期に権限を与える」についてですが、やはり若手のうちから任せることが重要なのでしょうか?
そうですね。たとえば30代前半の段階で、一定の事業やプロジェクトの責任者を経験させることが望ましいと思います。3年〜5年のスパンで、成功も失敗も含めて、リアルな経営判断を下す場に立たせる。そのような「本物の責任」を担う経験こそが、リーダーとしての地力をつけていくのです。もちろん、放任するのではありません。周囲が支援しながら、しかし最終判断は本人に委ねる。この「見守られながらの挑戦環境」を設計することが大切です。
ただ、権限を与えるだけでは不十分です。そこで重要になるのが二つ目のポイント――内省を促す仕組みです。つまり、経験しただけで終わるのではなく、「なぜこうした判断をしたのか」「結果をどう捉えているのか」「次にどう活かすか」といった問いを自らに向け直し、言語化していくプロセスが不可欠です。この「アクション&リフレクション(行動と振り返り)」の循環を意図的に設計し、学びに転化させる仕組みがないと、経験は単なる「通過点」になってしまう。だからこそ、教育や育成の現場では、振り返りを支援する機会と場づくりがとても重要なんです。
まさに、その「アクション&リフレクション」の考え方を、中央大学ビジネススクール(CBS)ではリーダー育成の中核に据えていると伺いました。
はい。CBSのMBAプログラムでは、「実践と内省の往復」を体系的に組み込んでいます。たとえば、入学直後に全員が履修する「リーダーシップ・コア」という必修科目では、まず自分自身の価値観や強み、リーダーとしての目標などを徹底的に言語化します。ここからすでに、内省のプロセスが始まっているんですね。その後、職場での実践フェーズに入ります。学生たちは、業務の中で意図的にリーダーシップを発揮する行動を繰り返しながら、「自分は今、どんなリーダーであろうとしているのか」「どこがうまくいき、どこに課題があるのか」を日々考え続けます。
その行動と振り返りのプロセスは、どのように支援しているのですか?
半年ごとに「リフレクション・セミナー」を実施し、学生たちは自分の行動・結果・気づきを整理して提出し、それをもとに他の受講者と対話を行います。このフィードバックのプロセスが非常に大きな学びになります。他者との対話によって、自分では気づけなかった思考パターンや行動のクセが浮き彫りになる。そしてまた新しい行動に挑戦する。この「アクション→リフレクション→アクション」のループを、2年間で4回繰り返すのがCBSの設計です。
かなり体系的にリーダーシップの自己開発ができるようになっているのですね。
まさにそれが狙いです。知識を詰め込むのではなく、行動を通じて「変化を自分の内側から起こす」ことが、私たちの目指すリーダー育成です。そしてこのアプローチは、ドナルド・ショーンの「リフレクティブ・プラクティショナー」や、コルブの「経験学習モデル」にも通じています。
特にコルブのモデルでは、「具体的経験→内省的観察→抽象的概念化→能動的実験」という4段階のサイクルが提唱されています。このサイクルを回し続けることで、経験が知識に、知識が行動に変わり、リーダーとしての習慣が育っていくのです。このサイクルを「自分で回せるようになる」ことが、本質的な意味でのリーダー育成だと私は考えています。環境が変化し続けるなかで、リーダーに必要なのは固定化されたスキルではありません。むしろ、自分の行動を問い直し、次の一手を考え続ける力。つまり、学びを止めない力です。そして企業にとっての課題は、この「学び続ける習慣」をいかに現場に根づかせるか。どれだけ立派な研修を導入しても、日々の仕事にその学びを生かせなければ意味がありません。重要なのは、制度よりも、「経験から意味を引き出す文化」をどう醸成するかだと思います。

04中小企業経営者への示唆:制度よりも「経験密度」の設計を
これまでのお話は、大企業の組織設計や研修制度を前提とする側面もありました。一方で、リソースが限られた中小企業では、同じようなリーダー育成を実践するのは難しいという声もあります。中小企業における現実的なアプローチについて、どのようにお考えでしょうか。
たしかに、中小企業では人員や予算の面で制約がある分、体系的な育成制度を整えるのは難しいかもしれません。でも、私は中小企業こそ、リーダーシップ育成の土壌に恵まれているとも思っています。大企業では、役割が細分化されすぎていて、若手が全体像を把握しにくい。裁量も限定されがちです。その点、中小企業では、一人の社員が複数の役割を兼ねていたり、経営に近い現場で意思決定に関わるチャンスも多い。つまり、若手が「濃い経験」を早く積める環境があるんです。ただし、無計画に任せると、本人も組織もリスクを抱えてしまう。そこで重要なのは、「段階的に任せる」ことです。
段階的に任せる、というのは具体的にはどういった方法ですか。
まずは、プロジェクト単位でのリーダー経験を積ませることが効果的です。たとえば、業務改善、新製品の試作、展示会出展など、比較的リスクの低いプロジェクトを任せてみる。これによって、目標設定、メンバーの巻き込み、意思決定といったリーダーシップの基本動作を体験できます。次に、実務においても「小さな意思決定」を任せること。たとえば仕入れ先の選定や、営業施策の企画など、一定の判断を要する仕事を、上司が伴走しながら担わせる。ポイントは、「失敗してもリカバリーできる範囲」で経験させることです。
もう一つ強調したいのが、プロセスを評価する文化です。成果や業績ばかりに注目するのではなく、「どう考え、どう判断し、どう振る舞ったか」といったプロセスにフィードバックを行う。これは中小企業のような小規模組織だからこそ、日々の対話を通じて実践しやすいんです。たとえば、週1回のミーティングで「今週やってうまくいかなかったこと」「そのときどう考えていたか」を聞くだけでも、学びの密度は大きく変わります。重要なのは、経験を経験で終わらせず、意味を引き出す場と対話を持つことなんです。
たしかに、「意味を引き出す対話」は、組織の規模に関係なく実践できる大きなヒントですね。
おっしゃる通りです。むしろ、大企業以上に「人を見る目」「日常の言葉かけ」「意思決定の現場」が育成の鍵になるのが中小企業です。派手な制度ではなく、日々の仕事の中に育成機会を埋め込む。そこに意識を向けるだけで、リーダーシップ開発の成果は大きく変わると思います。

05クロージング:誰もがリーダーとして育つ可能性を持っている
ここまで、リーダーシップとは何か、どう育てるかについて伺ってきました。最後に、あらためて企業経営者や実務家に向けて、メッセージがあればお願いします。
リーダーシップは、生まれ持った資質ではなく、実践と内省のサイクルによって育つものです。そして、誰もが「自分なりのスタイル」でリーダーになれる可能性を持っています。重要なのは、「その人らしいリーダーシップを引き出す環境を、組織がどう設計するか」です。これからの時代、正解のない複雑な問題に向き合いながら組織を導くには、マニュアル的なリーダーではなく、「問い、考え、学び続ける人」が必要です。だからこそ、「学べる人」を育てることが、企業の競争力に直結すると私は考えています。派手な制度でなくても構いません。まずは「任せてみる」、そして「一緒に振り返る」。その小さな繰り返しが、やがて大きなリーダーシップを生み出すのだと思います。
本日は、リーダーシップ育成の本質に迫る貴重なお話をありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました。

犬飼 知徳氏
中央大学大学院
戦略経営研究科 教授
愛知県名古屋市出身。1975年生まれ。1999年一橋大学商学部卒業。2004年一橋大学商学研究科博士後期課程単位取得退学。2009年博士学位取得(一橋大学、商学)。香川大学経済学部講師、准教授を経て、2013年4月より中央大学大学院戦略経営研究科准教授に就任。2019年4月から現職。2022年9月からUC Berkeley 客員研究員。