劇的なスピード感で、しかもダイナミックに変わりゆく現代社会。もはや、未来は見通せず不確実となっている。その状況下で、いかに人と組織のパフォーマンスを最大化させていくか。経営者や人事マネジャーの悩みは尽きない。そうした課題を解決するためにも、「人とチームのブレイクスルーを科学する」をテーマに、人的資源管理論・組織行動論の立場から実証的な研究に取り組んでいるのが、立教大学 経営学部 ╱ 大学院経営学研究科 准教授の田中 聡氏だ。経営人材の育成、チームワーク、人事パーソンの学びとキャリアなどに関する専門家としても広く知られている。その田中氏にインタビューの後編では、チームづくりの要件や人事パーソンの課題などを聞いた。

01優れたチームをつくるためには、OSをアップグレードする必要がある

田中先生はチームワークについても研究されています。優れたチームをつくるための要件を教えていただけますか。

優れたチームをつくるための要件は、立教大学経営学部の中原 淳教授との共著である『ケースとデータで学ぶ「最強チーム』のつくり方 チームワーキング』(日本能率協会マネジメントセンター)でも述べています。まずは、OSとアプリがあると思います。チームワークの本を見ると、いわゆるアプリで解決しましょう、という話が多い気がします。ここで言うアプリとは、我々(中原教授と田中教授)の言葉で言えば、「行動原理」です。要するに、どういうアクションをすれば良いかです。例えば、目標はどう設定すれば良いのか、役割をどう分担するのか、実際に動き始めたチームはどういうふうにフィードバックをし合ったり、あるいは成果をモニタリングすれば良いのか。それらがアプリの話です。

一方、OSはそもそもチームをどういうふうに見立てるのかという認識レベルの話です。チームワークに関する本が沢山あるにも関わらず、それどおりに実践しても職場がなかなか機能していないのは何故かというと、アプリを変える前のベースとなるOSが変わっていないからではないかと我々は考えました。そのOSとは一体何なのかというと、「チーム視点」(「チームの全体像」を常に捉える視点)や「全員リーダー視点」(自らもリーダーたるべく当事者意識を持ってチームの活動に貢献する視点)で物事を考えることもしかりですが、一番根っこにあるのは、我々の言葉で言う「動的視点」(チームを「動き続けるもの、変わり続けるもの」として捉える視点)です。

例えば、優れたチームというと、サッカーが好きな人であればスペイン1部リーグのFCバルセロナ(スペイン・カタルーニャ州バルセロナに本拠地を置くサッカークラブ)や、ラグビーワールドカップで活躍した日本代表チームなど、何かある特定のチームを想像し、その理想の状態をスナップショットで切り取って、「こんなチームが理想だ」と思いがちです。しかし、実はどのようなチームであっても、その内部を注意深く観察してみると、実はすごく複雑に変化しているのです。人と人の有機的な関わり合いの中で成立するものなので当然のことです。なので、チームを静的なものとして捉えるのではなくて、目まぐるしく動いていて変わり続けている、やっかいな存在であると見立てる発想が大事になってきます。

要するに、予測不能でアンコントロールなものなのです。だから、チーム視点が大事で、「自分から見ると今チームがこういうふうに見えています」と景色をお互いにシェアしあう必要があります。もしかしたら、リーダーから見えている今のチームの状態と一人ひとりが見ている同じチームの状況が全く違うかもしれません。

一般的には、チームというのはメンバー同士が共にする時間に比例して関係性やチームのパフォーマンスが右肩で上がっていくものだと捉えがちですが、実際にはそんなことはありません。常に、コンディションは上昇と下降を激しく繰り返しています。だから、リーダーだけにチームの舵取りを任せるのではなく、そこにいるメンバー全員がリーダーの意識を持って「私からはこう見える」「あなたからはどう見えますか」みたいにチーム視点でチーム全体を眺め、お互いの認識を確認し合う。そういうふうにチームの認識をアップデートするところから始める必要があると思います。

既存の書籍には、「まずはチームとしての目標が大事です。目標を掲げて、それを皆にわかりやすく伝えましょう」と書かれています。その次は大抵、「その目標を達成するために、役割をきちんと分割して、一人ひとりの役割に合った仕事をアサインしましょう」とか、さらには、「その人たちがしっかり遂行できるような環境を整えましょう」「評価はこういうふうにやると良いですよ」というステップが書かれています。

でも、実際の職場ではそういうステップ通りに順調に物事が進んでいくことはまずありません。例えば、キックオフ・ミーティングでどれだけ素晴らしいプレゼンを行ったとしても、1週間も経てば、多くの現場メンバーはその内容を忘れています。確かに、目標はビジョナリ―であればあるほど、その瞬間は感化されて良い話を聞いたと思うかも知れません。経営者もそういうメンバーの反応を見て、「よし伝わったぞ」と思うはずです。でも、翌日からまた仕事が普通に始まっていくと、会社が掲げているビジョンや経営者から発信された目標よりも、メンバーにとっては目の前のお客様から寄せられる課題の方が遥かに大事なわけです。そんなことをやっていると、1週間も経たないうちに2割ぐらいしか記憶が定着されません。要するに、目標は設定したその瞬間から忘れ去られていく運命にあるのです。と考えれば、目標を設定したら、その次は役割分担だというステップは実は現実にはそぐわないわけです。

ではどうすればいいか。目標はずっと言い続けなければいけません。役割も常に変わるかもしれないので、役割をずっとマネジメントしていかないといけないのです。つまり、全てのアクションはずっと同時並行的に続いていくわけで、完了系は存在しないと言うことです。なので、「これやったよね」「次これだよね」というステップ論ではなく、チームは動的に変化し続ける存在だからこそ、常に現在進行形(〜ing)で関わっていかないといけません。

例えば、目標設定において重要なのは、的確な目標を設定するのではなく、その目標を常に握り続ける(「ゴールホールディング」)ことです。目標はホールドし続けなければいけないのです。

フィードバックもそうです。一度フィードバックして終わりではなく、繰り返しお互いにフィードバックし続けないといけません。まさに、「フィードバッキング」です。さらには、動きながら解くべき課題を探し続けることも欠かせません。それが、「タスク・ワーキング」です。そういうふうにingでチームを見て、あらゆるアクションを常に現在進行形で語ることが必要なのではないでしょうか。

02人と組織の課題解決には、人事パーソンの働き方・考え方が変わらなければいけない

シン・人事の大研究

田中先生は中原先生と共同で、2022年に人事パーソンの実態を調査されました。そもそもどのような問題意識をお持ちであったのですか。

今世の中には「人事部とは何か」とか、特に人と組織の課題・問題みたいなものが溢れ出ています。どう考えても、「人と組織の時代」だと実感せざるを得ません。ただ、今なされている議論の多くは、「これからの人事部がどうあるべきか」みたいな抽象的で漠然とした解像度の低い問いばかりです。しかし、よく考えてみれば、人事部という行為主体者がいるわけではありません。そこにいるのは、一人ひとりの人事パーソンなのです。なので、問うべきは「人事部がどうあるべきか」ではなく、「人事パーソンとして、一人ひとりがどのように仕事に向き合うか」ではないか。そう考え、一人ひとりの人事パーソンを対象ととした実践的な研究をしたいと思ったのです。

実は、人事パーソンのみなさんはかなり疲弊してします。私の研究室にも良くお見えになって、「うちの会社でワークエンゲージメントサーベイを取ったので見ていただけますか。この部門のスコアが低くて気になっています」と説明されたりするのですが、「こちらの部門の方がもっと低いですよね」とお聞きすると、「実はそれは人事部なんです」などといったやりとりが頻繁にあったりします。

つまり、「エンゲージメントを高めよう」と言っている人事パーソンが、本当にエンゲージメントを持って仕事ができているのですか、「働きやすさが大事だ」と各部署に発信している人事パーソン自身がそういう仕事ができているのですかと問いかけたくなってしまいます。人を育成するのも同様です。人と組織の問題は特定の部門に限った話ではありませんが、課題解決の優先順位はいつも事業部門が最優先。最後の最後に人事部門の話となります。そういう状況下に置かれているのです。

つまり、人事部門にいる一人ひとりの人事パーソンが本当にヘルシーな状態ではなくて、どうやって人と組織にまつわる課題を解決していけるのかという、大きな問題意識が我々にありました。端的に言うと、人と組織の課題を解決していくためにも、人事パーソンがもっと元気になって、もっと生き生きと自分の仕事に取り組めるような状況を、何かしら研究の力を使ってできないか、現実を変えていけないかという意識を持っていました。

でも、人事パーソンに関する実態調査は、これまであまり成されていませんでした。なので、人事総合メディアである「日本の人事部」編集長である長谷波慶彦さんのご協力を得て、「シン・人事の大研究」という名のプロジェクトを立ち上げ、1514名もの人事パーソンの方々に今の働き方や仕事の状況であったり、その中でどう学んでいるのか、あるいは今後のキャリアをどう考えているのかを調査させていただきました。その大規模な調査の結果が、2024年7月にダイヤモンド社から書籍化される予定になっています。タイトルも、ズバリ『シン・人事の大研究:人事パーソンの学びとキャリアを科学する』です。

03新たな課題にエンドレスで取り組み続ける。それが当たり前とされる人事パーソン

調査の結果としてどのような課題が見えてきたのですか。差し障りのない範囲で教えていただけますか。

人事パーソンを取り巻く仕事環境の特徴は三点に集約されます。一つ目が、「新規課題解決の沼」にハマっていることです。要するに、常に新しい課題に対処しなければならないのです。最近では先ほどお話しした人的資本経営やジョブ型雇用への対応といった話もそうですが、リスキリングやDX対応、ダイバーシティ、ウェルビーイング、ミドル・シニア活用、働き方改革など、いずれも難易度が高く、複雑な課題です。常に新しい課題に追われているという状況は、他の職種の一般ビジネスパーソンと比較した人事パーソンの特徴です。

二つ目が、仕事の終わりが見えないということ。とにかく、エンドレスワークなのです。人事の仕事の多くは締め切りも納期もありません。なので、やろうと思えばいつまでもやれてしまいます。逆に、何が達成されればOKなのかを決めにくい職種であるがゆえに、仕事の終わりが見えず、それがストレスになって、最終的にバーンアウト(仕事に燃え尽きた状態)してしまうという状況も珍しくありません。そういう負の側面を抱えがちな仕事であるということです。

三つ目は、そうした状況の中に身を置いているにも関わらず、周りから見ると「やって当たり前」だと見られていることです。まるで、「社内ぼっち」です。人事はステレオタイプで語られがちな仕事だと思います。社員であれば誰もが一度はどこかで人事部門と関わりを持ったことがあるものの、実際に人事の仕事に従事している人は少ないし、また人事パーソンとしても今どんな仕事をしているのかを事業部門の人たちになかなかオープンにできないところがあります。そのような人事部門と他部門との間の相互理解が進まない中で、「社内ぼっち」化が進み、それがさまざまなボタンの掛け違いを生んでしまっていると言うことです。そうした点も課題として浮き彫りになってきました。

04経営者と人事が一緒になって会社の未来をつくりあげてほしい

「詳細は、新刊をご覧ください」ということですね。最後に中小・中堅企業の経営者や人事責任者へのメッセージをお願いいたします。

やはり、これからは人と組織の時代です。人的資本経営やジョブ型といった言葉にあまり踊らされないことです。そもそも、課題とは何かと言えば、自社にとってあるべき姿と現状とのギャップから生まれて来るものです。こういう時代だからこそ隣の会社が何をやっているのか気になるのかもしれませんが、他社比較から課題は生まれません。自社がどういう方向に進んでいきたいのか。自社が歩む道は何なのかを、それこそ人事の責任者と経営者がきちんと膝を突き合わせながら、対話を重ねていき、そこで腹落ちできたあるべき姿に対して、現状とのギャップを人事と一緒になって会社の経営者が考えていかないといけません。

「会社の経営としてこうなったから、ひいては来年までにどれぐらいの人が足りなくなるので、採用をよろしく」。そういうコミュニケーションではなくて、あらゆるところに人と組織が付きまとうので、経営者の悩みに本当に寄り添う人事にならないといけません。経営者としてはもっと人事を頼りながら、一緒になって会社の未来を作っていく、そういうまさにチームワークが経営レベルで求められていると思います。

田中先生、貴重なお話をありがとうございました。


 

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田中 聡氏

立教大学 経営学部 /大学院経営学研究科 准教授 

1983年 山口県周南市生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程 修了。東京大学・博士(学際情報学)。慶應義塾大学商学部卒業後、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。大手総合商社とのジョイントベンチャーに出向して事業部門を経験した後、人と組織に関する調査研究・コンサルティング事業を専門とする株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)の立ち上げに参画。同社リサーチ室長・主任研究員・フェローなどを務め、2018年より現職。専門は人的資源管理論・組織行動論。人材開発・チーム開発について研究している。著書に『経営人材育成論』(東京大学出版会)、『チームワーキング』(共著:日本能率協会マネジメントセンター)、『「事業を創る人」の大研究』(共著:クロスメディア・パブリッシング)など。

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