>日本企業再生の鍵は技術流動性(後編)
プロスポーツの世界でもこんなことが良くある。チームが連敗し始めた時には、「これはいけない」「何とかしなくては」と危機感を高めるが、10連敗ぐらい続くと戦う前から、「今日も負けるんだろう」「もう勝てないのではないか」など思い込んでしまう。いわゆる、負け癖が付くということだ。これは、今の日本経済や日本企業の停滞ぶりにも言えることかもしれない。競争力の目安となる世界GDPランキングの順位は、下がる一方。坂道を転げ落ちている。もはや、日本企業に未来はないのか。その問いかけに対して、膨大なデータと実証分析に基づき、日本企業の道筋を提言しているのが、技術経営戦略論やイノベーション論を専門とする東北大学大学院の藤原 綾乃・准教授だ。新著『技術獲得のグローバルダイナミクス』(白桃社)の発刊を記念して、話を聞いた。インタビューの後編では、自社内での技術流動性の高め方や外国人技術者を迎え入れるポイントなどについて語ってもらった。
目次

01熱い想いを証明するために膨大なデータと実証を分析
藤原先生は、著書を執筆される際には常に膨大なデータと実証を分析されておられます。新著ではどのようなご苦労があったのかお聞かせいただけますか。
そうですね、まさに沢山苦労はありました。よく「データ分析」と聞くと、どちらかというと機械的にデータクレンジング(データ連携やシステム連携を行う前に、データの誤りや不備を修正し、データの正確性を高める作業)して、プログラムを回して分析するみたいな、淡々と機械的な作業をこなしているイメージを持たれるかもしれません。でも、実際にはそんなに単純ではなくて。特に特許データのような膨大なデータを扱う場合、名前の表記揺れや同姓同名の人物の識別など、目視しながら問題点を一つ一つ修正し、また元に戻ってやり直すというような地道な作業がたくさん出てきますし、エラーも本当に多いんです。
しかも、私が最初にこのテーマに取り組んだときには、あまり参考になる前例がなく、自分でやり方をゼロから組み立てる必要がありました。「こうすればいい」という教科書もない中で、条件設定やデータの見方を試行錯誤しながら何度も組み直しました。最終的にはパソコン6台を自分で用意して、24時間フル稼働させて、ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが3カ月以上ほとんど寝ずに作業をしていた時期もあります。しかし、決して苦痛ではなかったんです。
というのも、実は前著『技術流出の構図:エンジニアたちは世界へとどう動いたか』を書いたときのお話をすると、執筆当時、メディアでは日本企業から海外に移る技術者を、まるで裏切り者かのように描く報道が見られました。それを見たときに、私自身は「実はそうではないのではないか」「優秀な人ほど日本企業の追い出し部屋(企業が不必要になった従業員を自主退職に追い込むために用意する部署や部屋)のようなやり方に反発をして、ここから出ていこう。もっと必要とされる場所に行こう」と思っているのではと考えました。「むしろ、優秀な人の方が海外の企業に移っているのではないか」「優秀な人から出て行くのではないか」ということをデータで証明したいと思って調べ始めました。なので、淡々とデータ分析をするというよりは、割と熱い想いを持って、そうした仮説を「データで証明してみせたい」という気持ちで、膨大なデータと格闘していたというのが実感です。
実は、今回の新著も同じような形で熱い想いを持ってデータ分析に取り組みました。近年、日本の様々な国際的順位が後退し、技術力や研究力の低下が指摘されています。かつて技術立国と呼ばれた日本ですが、近年では社会全体に内向きな空気が漂い、意図せぬかたちで閉じたイノベーション環境に陥りつつあるのではないかという危機感が出発点にありました。日本の再興のためには、どのようなイノベーションの形がありうるのか。本当に力のある人材が活躍できる場を、どのように築くことができるのか。そうした問いに対する一つの提言を、データを通じて示したいという強い思いをもって分析を行いました。その意味では、いわゆる淡々とデータを分析していたというのではなく、熱い想いを証明するために分析をしているという点が、一つ面白い点かなと思っています。
藤原先生がお持ちの熱い想いの原点は、どこにあるのでしょうか。
私の研究の出発点には、個人的な原体験があります。実は私の父が、企業内研究者でした。子どもの頃、父が週末も家で英語の論文を書いている姿を何度も見てきました。学部生・院生の頃から続く企業とのつながりの中で、同じテーマに何十年も向き合い続ける研究者としての姿勢には、言葉にせずとも、研究への誇りや覚悟のようなものがにじみ出ていたように思います。その姿は、私にとって研究者という職業の恰好良さそのものでした。
だからこそ近年、企業内の研究者や技術者が「成果」という名のもとに消耗品のように扱われたり、異動や制度変更の波に埋もれてしまったりする現状に、違和感と危機感を抱かずにはいられません。
研究も技術も、最終的には「人」によってつくられるものです。目に見えにくいその努力や継続性を、どうすれば正当に評価し、技術者や研究者が納得してキャリアを全うできる社会をつくれるのか。その問いが、本書全体を通底するテーマになっています。

02外国人技術者が持つ良さを生かす視点が重要
企業経営者が自社内で技術流動性を高めていくには、まずは何から着手すれば良いのでしょうか。
まず大切なのは、多様な視点を交わす「対話の場」を意識的に設けることです。これは外国人に限らず、日本人同士の間でも重要なことですが、特に異なる文化的・技術的背景を持つ人材が集まる場では、その効果がいっそう大きくなります。
私の新著『技術獲得のグローバルダイナミクス』では、こうした背景のもとで、日本人技術者と外国人技術者の双方にアンケートを実施しました。日本人側には「外国人技術者と働くうえで重視すること」、外国人側には「日本企業で働くうえで困難と感じることや活かせたこと」について尋ねました。
結果として、ある印象的な“ズレ”が見えてきました。日本人技術者の多くは、「外国人に早く職場に馴染んでほしい」と考えており、「日本語能力」や「社風への順応性」を重視しています。一方で、外国人技術者自身は、「自分の専門知識や母国での経験がどれだけ生かされるか」に強い関心を持っていました。
こうしたズレを放置したままでは、せっかくの異能が埋もれてしまいます。必要なのは、「日本になじませる」ことではなく、「その人の強みをどう引き出すか」という発想の転換です。企業にとっては、外国人技術者の個性を尊重し、それを組織の中で最大限に生かす工夫こそが、真の多様性の実現につながるのではないでしょうか。
基本的な話、外国人技術者を迎え入れる際には、単独ではなく複数の方が良いのでしょうか。
そうですね。前著『技術流出の構図:エンジニアたちは世界へとどう動いたか』で明らかになったことですが、日本企業出身者が中国や韓国などの企業に移った際、パフォーマンスが高まるのは、単独で移るよりも複数名で同じグループに所属した場合でした。やはり、グループの中に1人だけポンと異文化環境に置かれるよりも、何人かいた方が、その人が持つポテンシャルや知識、経験をより活かしやすくなるのです。
これを逆に応用すれば、日本企業も外国人技術者を受け入れる際にも、一人きりでなく複数名を迎え入れた方が、より高いパフォーマンスを引き出せる可能性があることを示唆しています。特に、同じ言語圏や出身国の人を組み合わせて配置することで、心理的な安心感を高めることができるかもしれません。
実際、まだ外国人の数が少ない企業では、「自分以外にも外国人がいる」というだけでも、心の負担や孤独感は大きく軽減されるといいます。技術者の能力を活かすには、制度だけでなく、現場での配慮や寄り添いの姿勢が重要なのだと思います。

03外国人技術者の活用に向けたハードルをいかに乗り越えるか
海外に拠点を構え、そこで外国人エンジニアに働いてもらい、マネジメントは日本人が行うというスタイルも考えられます。
もちろん、それもとても効果的です。実際、韓国や中国などの企業も横浜や京都などに研究所を作って日本人を雇いながらも、本国からも人が来てお互いに交流しつつ研究開発を行っているケースがあります。それで効果を発揮した部分もたくさんありました。特に、自国以外に研究開発拠点を設けることで、子育て中や親の介護などの事情で海外には行きづらいけれど、非常に優秀な人材を雇用できるチャンスが広がるというメリットがあることが、前著で行ったインタビュー調査からも明らかになっています。
逆パターンで、日本がインドやベトナムなどの国々に研究所や拠点を構えて、そこで一緒にやっていくことは有効だと思います。
ズバリお聞きします。迎え入れるなら、どこの国の技術者が良いのでしょうか。
日本企業で働く外国人技術者の中で、最も多い国籍はアメリカです。日米は長年にわたって技術的な連携関係があり、日本が米国から多くの知識や技術を吸収してきた歴史的な背景があります。米国は今も日本にとって極めて重要なパートナーですが、最近では、米国出身の技術者が日本で働く数が減ってきている傾向も見られます。日本経済の伸び悩みや相対的な賃金水準の変化、あるいは近隣アジア諸国の台頭といった複合的な要因が背景にあると考えられます。
一方で、特定の国の出身者が、ある産業分野で特に高い貢献を示しているケースも明らかになってきました。たとえば、情報通信分野では中国出身の技術者が非常に高い成果をあげており、化学や機械などの分野ではインドやヨーロッパの技術者が際立った活躍を見せていることもあります。もちろん、これは個人の能力に依る部分も大きいのですが、国や分野ごとの傾向として、興味深い違いが見えてきたのです。
詳しくは新著『技術獲得のグローバルダイナミクス』でも取り上げましたが、国際的な人材活用を進めるうえでは、単なる人数や国籍だけでなく、「どの分野にどのような人材がフィットするのか」を丁寧に見ていくことが重要だと感じています。
実際に、企業が外国人技術者を職場に迎え入れるにあたっては、さまざまなハードルがあると思われます。どう取り組んでいけば良いのでしょうか。
これまでお話ししてきたように、言語や文化、働き方のスタイルの違いといった要素は、外国人技術者を受け入れる際に避けて通れないポイントです。ただ、最近ではそうした課題に柔軟に対応している企業も増えてきており、大手企業の中には、研究所内の共通言語が英語になっていたり、外国人比率が非常に高い部署もあると聞いています。
一方で、外国人技術者の側にも「日本で働きたい理由」が多様化してきています。近年では、国際的に見て日本の報酬水準が相対的に目立たなくなってきている一方で、日本のアニメやゲームなどの文化や治安の良さ、人との関係性を大事にする職場風土に惹かれて来日を希望する方は増加傾向にあります。こうした傾向は、新著の中で紹介したアンケート調査の結果からも明らかになっており、必ずしも報酬だけが動機ではないという点は、今後の人材戦略を考えるうえで重要な示唆を含んでいると感じています。
技術的な能力だけでなく、「なぜ日本で働きたいと思うのか」「どのような環境がパフォーマンスを引き出すのか」といった文脈を理解し、文化的な背景にも敬意を払う姿勢が、企業にとっても社会にとっても、今後いっそう求められていくのではないかと感じています。

04試行錯誤を繰り返し、技術流動性を高めていきたい
技術流動性を高めるためには、外国人エンジニアの意見にもっと耳を傾ける必要性もありそうです。
やはり、話しやすい雰囲気は大事だと思います。最近では、Googleなどの企業も「心理的安全性(チーム内で自分の意見や感情を安心して表現・行動できる状態)」という概念の重要性を指摘しています。たとえば、「こう言ったら怒られるかも」「場の空気を壊すかも」といった不安を感じることなく、自由に話せる雰囲気があるかどうかは、チームの協働や創造性に大きな影響を与えます。
私自身も、ゼミなどで多くの留学生と接することがありますが、こうした“話しやすい雰囲気”の大切さを実感しています。最初は、学生さんとの間に距離や緊張、あるいは萎縮したような空気を感じることもありますが、こちらから少しずつ話しかけたり、相手が関心を持っていそうな話題を探していくうちに、徐々にその壁が溶けていく――そうした変化の瞬間を、これまでに何度も経験してきました。“話しやすい雰囲気”や“文化の違いへの配慮”に加えて、色々な話題を日頃からストックしておく姿勢も、大学に限らず企業においても重要なのではないかと思います。
ただ、重要なのは「相手の意見をすべて受け入れる」ことではなく、多様な意見が自由に出せる空気を保つことです。そのうえで議論を交わし、より良い方向に進んでいける土壌を作る――そうした環境づくりが、今後さらに求められていくように思います。
藤原先生からご覧になって、日本企業は外国人技術者を迎え入れるレベルが高まって来ているとお感じになられますか。
外国人技術者が日本企業で働くケースは確かに増えてきていますが、それに伴って企業側の受け入れ体制が十分に進化しているとは言い難い部分もあります。たとえば、職場で日本語を使うかどうかにかかわらず、日本語能力の証明書を求めるケースはいまだに多く見られます。グローバルな人材獲得競争が激しくなる中で、こうした姿勢は見直すべき時期に来ているのではないかと感じています。
まだまだ試行錯誤が続きそうですね。
そうですね。実際、私のゼミを卒業して日本企業に就職した留学生の中にも、「語学力の証明」を形式的に求められて戸惑ったという声がありました。業務では英語が中心で、日常会話にも支障がないにもかかわらず、N1の取得を強く要請されたようです。もちろん、企業側にも事情はあると思いますが、形式的な要件が優秀な人材の採用の壁になってしまっては本末転倒です。
最近では、生成AIの進化によって、こうしたコミュニケーションのハードルは技術的にはかなり低くなっています。たとえば、ドキュメント作成ひとつとっても、日本語で書いた内容を多言語に即時かつ高精度で翻訳できるため、語学力に不安があっても、やり取りの質を落とさずに済む場面が増えてきました。加えて、文化的な違いや社風のギャップについても、AIによる文脈理解の精度が上がってきていることで、従来よりも円滑にコミュニケーションを図ることができるようになっています。
ここでも、生成AIが良い役割を果たしてくれそうです。
生成AIは日本企業にとって大きなチャンスをもたらしてくれると考えています。ゼロからすべてをやっていくのは大変ですが、アイデアや考え方がしっかりしていれば、さまざまなツールを活用してジャンプアップすることも可能になってきます。特に、日本のように言語の壁が高く、これまで海外情報へのアクセスや発信にハードルがあった環境では、生成AIの活用によってそのバリアが一気に下がり、グローバル市場に挑戦するハードルが大きく下がったと感じています。今では通訳や翻訳者に頼らずとも世界と直接つながることが可能になり、日本の中小企業がグローバルカンパニーへと成長することも、決して不可能ではありません。そういう意味でも、生成AIもうまく活用しながら、日本企業にはぜひもう一段の飛躍を遂げていただきたいと思います。
外国人技術者は日本企業で働くことを魅力と感じているのでしょうか。
はい、先ほどもお話しした通り、日本企業で働く外国人技術者は増加傾向にあり、現在でも多くの外国人技術者にとって、日本企業で働くことは魅力的に映っているようです。ただし、その顔ぶれには変化が見られます。かつては欧米を中心とする先進国からの人材が多く見られましたが、近年ではアフリカをはじめとするグローバルサウスの成長著しい地域から、意欲的で優秀な技術者が日本企業に強い関心を寄せるケースが増えています。彼らにとって、日本の技術水準や現場での学びの機会は大きな魅力であり、自国の発展にその経験を還元したいという声も多く聞かれます。今後、こうした人材と共に価値を共創していくことが、日本企業にとって新たな可能性を拓く鍵になるでしょう。
外国人技術者に日本企業の魅力を高めるために、企業経営者がすべきことは何でしょうか。
たしかに、GDPの順位低下に象徴されるように、社会や経済には閉塞感が漂っています。そうしたなかで、人々が変化を避け、内向きになるのも無理はないかもしれません。それでも私は、多様性を諦めるべきではないと思っています。世界的に鎖国的な傾向が見え隠れするなかで、日本までが内向きになるのではなく、むしろ“外に開き、つながりに行く”姿勢がこれまで以上に求められていると感じます。
実際、これまで日本にとって最大の障壁とされてきた“言語の壁”も、AIの進化によって急速に乗り越えられるようになっています。加えて、日本にはアニメやゲームといった世界に誇れるカルチャーや、世界でも稀な治安の良さなど、他国にはない多くの魅力が備わっています。
そう考えると、今はむしろ“知のダイナミズムの中心地を取り戻す”絶好のチャンスです。他国が壁を築くなら、日本は橋を架けにいく。そんな気概と行動力を持って、未来を切り拓いていっていただきたいと思います。
―藤原先生、貴重なお話をありがとうございました。

藤原 綾乃氏
東北大学大学院
経済学研究科 准教授
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(技術経営戦略学専攻)。東京大学で博士(工学)を取得後、大阪大学大学院国際公共政策研究科・特任助教、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 主任研究官、日本経済大学・准教授を経て現職。専門は、技術経営戦略論、国際経営論。主に技術者・研究者の国際流動化やイノベーション、知識移転を研究しており、著書に『技術流出の構図: エンジニアたちは世界へとどう動いたか』(白桃書房、2016年2月)、『技術獲得のグローバルダイナミクス』(白桃社)がある。