ジョブ型とメンバーシップ型のどちらがよいかに、唯一の正解はありません。早稲田大学ビジネススクールの池上重輔教授は、自社がどんな戦略で勝とうとしているのか、そしてどんな組織構造をとるのかによって、ふさわしい人事の型は変わると指摘します。
ジョブ型雇用を導入する日本企業が増えています。しかし、経営戦略の研究者から見ると、「ジョブ型」は定義も目的もわかりにくい「謎の言語」に映るといいます。
本記事では、経営戦略を専門とする池上教授へのインタビューをもとに、人事が「戦略とは何か」を理解すべき理由、最低限知っておきたい戦略の2つの流派、戦略と組織を整合させる「アラインメント・フレームワーク」、そして戦略ごとにふさわしい組織構造と人事の型について解説します。
この記事でわかること
・人事が「戦略とは何か」を理解すべき理由
・戦略人事の前提となる「共通言語」と、戦略側との双方向の対話
・最低限知っておきたい戦略の2つの流派
・ジョブ型が経営戦略側から「謎の言語」に見える理由
・アラインメント・フレームワークで考える、戦略に合った組織構造と人事の型
取材協力:池上 重輔(いけがみ じゅうすけ)氏
早稲田大学大学院 経営管理研究科(早稲田大学ビジネススクール)教授(取材時)。早稲田大学商学部卒業。一橋大学博士(経営学)。英国ケンブリッジ大学ジャッジ経営大学院MBA、英国シェフィールド大学大学院・英国ケント大学大学院にて国際関係学修士。ボストン・コンサルティング・グループ、MARS JAPAN、ソフトバンクECホールディングス、ニッセイ・キャピタルを経て、2016年より早稲田大学ビジネススクール教授。早稲田ブルー・オーシャン戦略研究所 所長。専門は経営戦略、国際経営、グローバルリーダーシップ、インバウンドビジネス。著書に『シチュエーショナル・ストラテジー』(中央経済社)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
人事はなぜ「戦略とは何か」を理解すべきなのか
池上教授は、会社にはまずパーパス(存在意義)と戦略がフィットしていること、そして戦略と組織能力がフィットしていることが欠かせないと言います。パーパスは会社の存在意義であり、戦略はそれをどう実行するかです。戦略と組織能力が一致しなければ、ミスマッチが起きてしまいます。
組織能力とは、組織の構造(アーキテクチャ)と、それを誰がどのように実行・管理するかというシステムによって形づくられる、組織としての力です。その組織能力を形づくる最も重要な機能を担っているのが人事です。人事が戦略を理解していなければ、組織能力を戦略にフィットさせようがありません。
| 要素 | 役割 |
|---|---|
| パーパス | 会社の存在意義 |
| 戦略 | パーパスをどのように実行するか |
| 組織能力 | 組織構造と、それを誰がどう実行・管理するかのシステムがつくる組織の力 |
| 人事 | 組織能力を形づくる中心的な機能 |
戦略人事の前提は「共通言語」と双方向の対話
一方で、戦略をつくる側が「この組織能力を構築しろ」と一方通行で伝えるだけでは、組織の実態を考慮しない非現実的な戦略になるおそれがあります。池上教授は、人事が戦略を理解するだけでなく、戦略をつくる側も組織や人事の基本を理解し、双方向で議論することが戦略人事の前提だと強調します。
「お互いに建設的なキャッチボールをしなければいけません。」
――池上教授
そのためには、人事が組織や人事の現状と意図を、戦略側にわかるように説明できなければなりません。これがとても上手な会社もあれば、正直あまり上手ではない会社もあるといいます(戦略人事の基本的な考え方は、守島基博教授の解説記事でも紹介しています)。
まず取り組みたい3つのこと
- 「戦略とは何か」を社内で定義する:例えば「目的を達成するための資源配分の意思決定」のように、議論の出発点となる作業上の定義を、人事と戦略側で共有する
- 戦略の大まかな流派を一緒に学ぶ:日本企業では戦略をつくる側も理解が十分でないことがあるため、戦略側と人事側が相互に学ぶ
- 一緒に考える場をつくる:戦略側も人事に歩み寄り、「戦略から逆算すると、こんな人材や評価の仕組みが必要では」と、よい意味での「領空侵犯」をし合う
池上教授自身、早稲田大学ビジネススクールで企業向けの大規模なプログラムを提供する際は、知見が偏らないよう人事・組織系の教員と組むようにしているといいます。
最低限知っておきたい戦略の2つの流派
戦略にはさまざまな考え方がありますが、池上教授はまず大枠で次の2つを押さえることを勧めています。
| アウトサイドイン型 | インサイドアウト型 | |
|---|---|---|
| 代表的な考え方 | ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授の戦略論 | 資源立脚型(リソース・ベースト・ビュー)の戦略論 |
| 戦略の要点 | 「戦略とは立地選択である」。利益を上げやすい業界を選ぶ、または定義する | 自社の強みや資産をいかに生かすか |
| 事業領域 | 有望な領域へ資源を配分し直す(ポートフォリオ・マネジメント) | よって立つ事業領域を大きく変えず、強みを磨く |
| ひと言でいえば | 立地選択型 | 一所懸命型 |
最初は、自社が今どちらの流派で戦略を考えているのかを共有するだけでもよいと池上教授は言います。「最近は立地選択型になってきている」「いつも強みから考えている」――戦略を変えているのであれば、そのことを自覚していないと、人事と戦略側の話がかみ合わなくなるからです。
戦略側と人事側が同じ前提に立てれば、人事制度の議論も戦略と結びついたものになります。
戦略と整合した人事制度を、制度設計から運用まで
人事制度を戦略と整合させるには、戦略から求められる役割や組織能力を整理し、それを評価・育成・配置の仕組みに落とし込むことが欠かせません。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援する人事制度改革プラットフォームです。
ジョブ型は経営戦略側から見ると「謎の言語」
池上教授は、「ジョブ型雇用」という言葉の生みの親である濱口桂一郎氏の『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)をはじめ、関連書籍を何冊も読んできたものの、ジョブ型が何なのか、本当に意味があるのかは正直よくわからないと語ります。人事・組織側から見ると、戦略の分野で次々と出てくる新しいキーワードがわかりにくいのと同じことだといいます。
実際に企業の人事担当者に話を聞くと、ジョブ型の定義や適用の仕方は会社によって大きく異なります。
- 採用や評価の一部のツールとして限定的にジョブ型を使っている会社
- 組織全体をジョブ型で再構築しようとしている会社
- 基本は終身雇用・メンバーシップ型で育成し、ある階層からジョブ型にする「折衷型」の会社
- 一部の専門職だけジョブ型の呼称と評価を使い、実態はほぼメンバーシップ型の会社
池上教授が関心を持つのは、ジョブ型かどうかではなく、その人事施策が狙っている戦略や組織構造とフィットしているかどうかです。その整合を考えるための枠組みが、次に紹介するアラインメント・フレームワークです。
アラインメント・フレームワークとは?――戦略を4つに分けて考える
アラインメント・フレームワークとは、パーパス、事業戦略、組織能力、組織構造、マネジメントシステムを一貫させるための枠組みです。英オックスフォード大学サイード・ビジネススクールのジョナサン・トレバー博士が提唱しています。
このフレームワークでは、「その市場で勝つために大事なのは、連携性か自律性か」と、「俊敏性か安定性か」という2つの軸で、戦略を4つのパターンに分けます。連携性と自律性、俊敏性と安定性は、それぞれトレードオフの関係にあり、同時に追うのは困難です。すべてを狙えば中途半端になり、明確な優位性を失います。
「4軸の全て全部やろうというと中途半端になってしまい、明確な優位性が無くなります。」
――池上教授
戦略ごとに、ふさわしい組織構造と人事の型は違う
「ピラミッド型組織はもう古い、これからはネットワーク型だ」という声をよく耳にしますが、池上教授は、それも戦略によって変わると言います。インタビューで紹介された3つの戦略パターンを整理すると、次のようになります。
| 戦略パターン | 重視する軸 | 適した組織構造 | 求められる人材・人事の型(池上教授の見立て) |
|---|---|---|---|
| エフィシエンシー・マキシマイザー | 安定性×自律性 | 官僚型の階層的なピラミッド組織 | 決められた役割や業務を確実にこなす人材。メンバーシップ型が合い、一部にプロフェッショナル人材を置く |
| ポートフォリオ・インテグレーター | 安定性×連携性 | マトリックス型組織 | 外部とうまく連携できる「バウンダリー・スパナー」人材。ジョブ型が合う可能性 |
| ネットワーク・エクスプロイター | 俊敏性×連携性 | ネットワーク型組織 | 起業家精神とネットワークの仲介能力を持つ専門人材。必要に応じてジョブ型で採用 |
出典:池上教授への取材より(ジョナサン・トレバー博士のアラインメント・フレームワークに基づく)。4つ目の組み合わせ(俊敏性×自律性)については、インタビューでは触れられていない
つまり、ジョブ型やメンバーシップ型が採用や評価の仕組みだとすれば、どちらがフィットするかは、前提となる戦略や組織構造によって変わるのです。戦略に必要な組織能力を担保してくれる人事の仕組みであれば、ジョブ型であろうと何型であろうと構わない――池上教授の目には、多くの企業が戦略より先に「仕組み」だけをつくっているように見えるといいます。
よくある質問(FAQ)
Q. ジョブ型とメンバーシップ型はどちらがよいのですか?
A. 池上教授は、唯一の正解はなく、自社の戦略と組織構造によって決まると指摘しています。例えば、安定性と自律性を重視する戦略ではピラミッド型組織とメンバーシップ型が合い、連携性を重視する戦略ではジョブ型が合う可能性があります。大切なのは、人事の仕組みが戦略に必要な組織能力を担保しているかどうかです。
Q. なぜ人事は戦略を理解する必要があるのですか?
A. 戦略と組織能力がフィットしていなければミスマッチが起き、その組織能力を形づくる中心的な機能を担っているのが人事だからです。池上教授は、人事が戦略を理解するとともに、戦略をつくる側も組織や人事を理解し、共通言語で双方向に議論することが戦略人事の前提だとしています。
Q. 戦略の2つの流派とは何ですか?
A. 1つは、利益を上げやすい業界を選ぶ「立地選択」を重視するアウトサイドイン型で、マイケル・ポーター教授の戦略論が代表例です。もう1つは、自社の強みや資産をいかに生かすかを重視するインサイドアウト型(資源立脚型)です。池上教授は、まず自社がどちらで戦略を考えているかを共有することを勧めています。
Q. アラインメント・フレームワークとは何ですか?
A. オックスフォード大学のジョナサン・トレバー博士が提唱する、パーパス、事業戦略、組織能力、組織構造、マネジメントシステムを一貫させるための枠組みです。「連携性か自律性か」「俊敏性か安定性か」の2軸で戦略を4つに分け、それぞれにふさわしい組織構造や人材を考えます。
Q. ネットワーク型組織はピラミッド型組織より優れていますか?
A. 池上教授は、どちらが優れているかは戦略によると述べています。安定性と自律性を重視する効率追求型の戦略では階層的なピラミッド組織が合い、俊敏性と連携性を重視する戦略ではネットワーク型組織が合います。
まとめ:人事の型は「戦略」と「組織構造」から選ぶ
- 会社はパーパスと戦略、戦略と組織能力がフィットしている必要がある。組織能力を形づくる中心は人事
- 戦略人事の前提は、人事と戦略側が共通言語を持ち、双方向に議論すること
- 戦略にはアウトサイドイン型(立地選択)とインサイドアウト型(資源立脚)の2つの流派がある
- アラインメント・フレームワークでは、連携性か自律性か、俊敏性か安定性かの2軸で戦略を4つに分ける
- ジョブ型とメンバーシップ型のどちらが合うかは、戦略と組織構造によって変わる
後編では、状況によって変わるリーダーシップ、人事が組織変革の「ストッパー」になってしまう理由と古いパラダイムからの脱却法、日本企業の将来戦略としてのインバウンドビジネス、そして中小・中堅企業に求められる「観察に基づく承認」について解説します。
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