アンラーニングとは、環境の変化に合わせて、自分の仕事の型やスタイルのうち通用しなくなった知識やスキルを捨て、新しいものに入れ替える「入れ替え学習」です。経験学習研究の第一人者である青山学院大学の松尾睦教授は、リスキリングやアップスキリングを進めるうえで、その土台としてアンラーニングが欠かせないと語ります。
政府が「人への投資」を掲げてリスキリングを後押しし、取り組む企業が増えています。しかし松尾教授は、「リスキリングの前にアンラーニングをすべき」だと説いています。
本記事では、松尾教授へのインタビューをもとに、経験学習とは何か、アンラーニングの意味、リスキリング・アップスキリングとの関係、過去の成功にしがみつく「コンピテンシー・トラップ」、組織のアンラーニングの進め方と事例、そしてアンラーニングの2つのレベルについて解説します。
この記事でわかること
・経験学習とは何か、成長を分ける「経験から学ぶ力」
・アンラーニングとは何か――「捨てる学習」ではなく「入れ替え学習」
・リスキリング・アップスキリングとアンラーニングの関係
・過去の成功にしがみつく「コンピテンシー・トラップ」と組織のアンラーニング
・表層的アンラーニングと中核的(ディープ)アンラーニング
取材協力:松尾 睦(まつお まこと)氏
青山学院大学 経営学部 教授(取材時)。1988年小樽商科大学商学部卒業。1992年北海道大学大学院文学研究科(行動科学専攻)修士課程修了。1999年東京工業大学大学院社会理工学研究科(人間行動システム専攻)博士課程修了、博士(学術)。2004年英国ランカスター大学でPh.D.(Management Learning)取得。製薬会社、民間シンクタンクでの勤務を経て、岡山商科大学助教授、小樽商科大学教授、神戸大学大学院経営学研究科教授、北海道大学大学院経済学研究院教授などを歴任し、2023年より現職。経験学習研究の第一人者。著書に『職場が生きる 人が育つ「経験学習」入門』『部下の強みを引き出す 経験学習リーダーシップ』(いずれもダイヤモンド社)、『仕事のアンラーニング 働き方を学びほぐす』(同文舘出版)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
経験学習とは?――成長を分ける「経験から学ぶ力」
松尾教授は、新卒で入社した製薬会社で営業を2年経験しました。売れずに怒られてばかりだった経験から、「どうすれば売れるのか」を解き明かしたいと研究の道に入りました。営業担当者がどう育つのかを研究するうちに、金井壽宏氏(当時・神戸大学教授)の「一皮むける経験」からリーダーシップ開発を探る研究に出会い、経験学習が研究の中心になっていったといいます。
経験学習とは、仕事などの具体的な経験を振り返り、そこから得た気づきを次の行動に生かすことで成長していくプロセスです。代表的な理論が、米国の教育理論家デービッド・コルブが提唱したモデルです。
- 具体的な経験をする
- その内容を振り返る(内省)
- 気づきを教訓として概念化する
- その教訓を新しい状況で試す
このほか、米国の研究者モーガン・マッコールらは、優れたリーダーの経験学習を「出来事」と「そこから得た教訓」の観点から分析しました。松尾教授も同様のアプローチで、営業担当者、プロジェクトマネージャー、ITコンサルタントなどがどんな経験から何を学んでいるかを研究してきました。
経験するだけでは成長しない――「経験から学ぶ力」
研究の結果わかったのは、経験するだけで自動的に成長するわけではなく、経験から吸収する力が欠かせないということです。
| 経験から学ぶ力を支えるもの | 内容 |
|---|---|
| 自己と他者への思いのバランス | 「自分が成長したい」という思いと、「お客様に貢献したい」という他者への思いのバランスをとる信念やマインドセット |
| 学習志向性 | 他人から高い評価を得たい「業績志向性」ではなく、自分の能力を高めることを重視する傾向。学習志向性が強い人ほど経験から学び取る力があり、アンラーニングも進みやすい |
出典:松尾教授への取材をもとに編集部作成
アンラーニングとは?――「捨てる学習」ではなく「入れ替え学習」
人は仕事の経験を積むにつれ、自分なりの型やスタイルをつくり上げます。しかし、社会環境、顧客のニーズ、競合や製品が変わると、その型やスタイルの効果は徐々に低下していきます。
アンラーニングとは、状況に適応するために、自分の型やスタイルを構成する知識やスキルのうち、通用しなくなったパーツを新しく有用なものに入れ替えて、アップデートしていくことです。日本語では「学びほぐし」とも訳されます。
松尾教授はこれをソフトウェアのアップデートにたとえます。ソフトそのものは基本的に変わらず、部分的に今のニーズに合わせて更新されます。人の知識やノウハウも同じです。アンラーニングは「捨てる」部分が強調されて「捨てる学習」と呼ばれがちですが、正確には「入れ替え学習」だと松尾教授は言います。
なぜ今アンラーニングが必要なのか――リスキリングとの関係
アンラーニングが必要な最大の理由は、環境変化のスピードが速くなっていることです。AIや自動化が進めば、多くの仕事が不要になります。
| 学びの種類 | 意味 | 限界・ポイント |
|---|---|---|
| リスキリング | 別の職種に移るために、新しいスキルを獲得する | 移った先の職種もAIで自動化される可能性がある |
| アップスキリング | より高いレベルの知識やスキルを身につける | AIで代替しにくい高いスキルを得られれば、職を奪われにくい |
| アンラーニング | 通用しなくなった知識やスキルを、新しいものに入れ替える | リスキリングやアップスキリングの過程で欠かせない「土台」 |
出典:松尾教授への取材をもとに編集部作成
スキルをレベルアップするには、単なる積み上げではなく、今までの考え方やアプローチを根本から見直す必要があります。その過程で、アンラーニングが欠かせないのです。
アンラーニングの具体例
| ケース | アンラーニングの内容 |
|---|---|
| 部下指導の方法を変えた人 | 1から10まで指示して教える「ティーチング型」に限界を感じ、ヒントを与えて部下に考えさせる「コーチング型」に切り替えた。習得が難しくレベルも高いため、指導スキルのアップスキリングにもなる |
| マーケティング部門から人事部門に移った人 | 人事の知識を学ぶリスキリングの過程で、仕事の考え方や進め方を一から見直すアンラーニングを行った。さらに採用方法にマーケティングの要素を取り入れて成果を上げ、アップスキリングにもつなげた |
出典:松尾教授への取材をもとに編集部作成
自分の信念、仕事の進め方、情報の取り方や決め方が「このままでよいのか」と振り返り、時代遅れになりつつある部分に気づくこと――それがアンラーニングの出発点です。
一人ひとりの仕事の型やスキルのうち、何を入れ替えるべきかを考えるには、まず今のスキルや役割を見える化しておくことが役立ちます。
社員のスキルと仕事の型を見える化する
アンラーニングやリスキリングを進めるには、社員一人ひとりが今どんなスキルや仕事の型を持ち、何を入れ替えるべきかを見える化することが出発点になります。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援する人事制度改革プラットフォームです。
コンピテンシー・トラップにはまるな――組織のアンラーニング
アンラーニングは、もともと組織がどう成長するかを研究する「組織学習論」で提唱された概念です。
コンピテンシー・トラップとは、過去の成功体験にとらわれ、そのやり方にしがみついて新しい方法や可能性を探さなくなってしまう状態です。例えばヒット商品が出ると、企業はそのコンセプトや業務プロセスから抜け出せなくなりがちです。個人でも同じことが起こります。
個人なら自分の考え方次第で変えられるかもしれませんが、組織には昔から受け継がれた業務の進め方や情報共有の方法があります。複数の人が関わり、規範や風土として定着しているため、組織やチームのアンラーニングは個人より難しいのです。
組織のアンラーニングは「実験」から
既存事業を改善しながら新しい事業にも挑む「両利きの経営」も、新しいことをしようとすると古い慣習が足かせになるため、実践は簡単ではありません。組織学習論で重視されているのが、既存事業の影響を受けない形で新しいやり方を試す「実験」です(両立の考え方については、関口倫紀教授の解説記事でも紹介しています)。
- 既存部門から干渉されない、自由度の高い体制で実験する
- 実験で成果が上がったら、他の部門に新しいやり方を広める
- 個人でも、新しい習慣を実験的に取り入れ、徐々に定着させる
事例:富士フイルムとコダック
| 富士フイルム | コダック | |
|---|---|---|
| 判断 | フィルム事業に未来はないと判断 | 新たな領域に着手 |
| 取り組み | M&Aも活用しながら、化粧品や医薬などの領域に事業を入れ替えた | 成果が出るまで取り組みを続けられなかった(短期的な成果を求められた) |
| 結果 | 新領域で業績を伸ばした | 経営破綻した |
出典:松尾教授への取材をもとに編集部作成
富士フイルムは、事業の入れ替え、つまり組織レベルのアンラーニングがうまくできた事例だと松尾教授は言います。
アンラーニングには2つのレベルがある
松尾教授は、ある金融機関で役員が「今後アンラーニングに取り組む」と社内に宣言した例を紹介します。草の根的な実験もありますが、トップから変わるのが最もインパクトが大きい。役員が宣言すれば、従業員もやる気が出て、実験もしやすくなります。松尾教授はこの金融機関で役員向けのワークショップを行い、過去のアンラーニング経験を共有してもらいました。そこでも伝えたのが、アンラーニングの2つのレベルです。
| 表層的アンラーニング(浅い学習) | 中核的アンラーニング(深い学習) | |
|---|---|---|
| 入れ替えるもの | 細かな知識やスキル、テクニック | 根本的な仕事の考え方や進め方 |
| 別名 | ― | ディープ・アンラーニング |
| 成長への影響 | 小さな改善 | 大きな成長につながる |
出典:松尾教授への取材をもとに編集部作成
大きな成長のためには、ディープ・アンラーニングが必要です。金融機関の役員が発表した過去の経験は、どれも中核的アンラーニングに当たるものだったといいます。
よくある質問(FAQ)
Q. アンラーニングとは何ですか?
A. アンラーニングとは、環境の変化に合わせて、自分の仕事の型やスタイルを構成する知識やスキルのうち、通用しなくなった部分を新しく有用なものに入れ替えてアップデートすることです。松尾教授は「捨てる学習」と呼ばれがちだが、正確には「入れ替え学習」だとしています。
Q. アンラーニングとリスキリングの違いは何ですか?
A. リスキリングは別の職種に移るために新しいスキルを獲得すること、アップスキリングはより高いレベルのスキルを身につけることです。アンラーニングは通用しなくなった知識やスキルを入れ替えることで、松尾教授は、リスキリングやアップスキリングの過程で欠かせない土台だとしています。
Q. 経験学習とは何ですか?
A. 具体的な経験を振り返り、気づきを教訓にして次の行動で試すことで成長していくプロセスです。デービッド・コルブのモデルが有名です。松尾教授は、経験するだけで成長するわけではなく、経験から学び取る力が欠かせないとしています。
Q. コンピテンシー・トラップとは何ですか?
A. 過去の成功体験にとらわれ、そのやり方にしがみついて新しい方法や可能性を探さなくなる状態です。ヒット商品を出した企業がそのコンセプトから抜け出せなくなる例などがあり、組織だけでなく個人にも起こります。
Q. 組織のアンラーニングはどう進めればよいですか?
A. 松尾教授は、既存事業から干渉されない自由度の高い体制で新しいやり方を「実験」し、成果が出たら他の部門に広めるのがスタンダードなアプローチだとしています。また、トップがアンラーニングに取り組むと宣言すると、最もインパクトが大きいとしています。
まとめ:アンラーニングは、変化の時代の「学びの土台」
- 経験学習では、経験するだけでなく、経験から学び取る力(学習志向性など)が成長を分ける
- アンラーニングとは、通用しなくなった知識やスキルを入れ替えてアップデートする「入れ替え学習」
- リスキリングやアップスキリングの過程では、考え方を根本から見直すアンラーニングが欠かせない
- 過去の成功にしがみつくコンピテンシー・トラップを避け、組織は「実験」からアンラーニングを進める
- 大きな成長には、根本的な考え方や進め方を変えるディープ・アンラーニングが必要
後編では、管理職(ミドルマネジャー)のアンラーニング、「ゴリゴリ系」から「育成系」への転換、育て上手なマネジャーの共通点、能力と精神の両面の成長、ジョブ型とアンラーニング、そして人事部門が先陣を切る方法について解説します。
人材育成の仕組みを、実際の画面で確かめる
社員一人ひとりのスキルや役割、学びの状況を一元的に把握できれば、アンラーニングやリスキリングの取り組みを計画的に進めやすくなります。DEFiDEの「JOB Scope」では、実際の画面を見ながら説明を受けられる個別オンラインデモを行っています。
▶ 後編:管理職のアンラーニングとは?「ゴリゴリ系」から「育成系」へ変わる方法と、育て上手なマネジャーの共通点(内部リンク)
▶ インタビュー全文:今こそ、仕事のアンラーニングに着手しよう(前編)(JOB Scopeマガジン)