第24回
「創業者は感性で、2代目はロジカルで躍進」
~業績拡大を続けるテープ起こし会社の“事業継承”~
2024/10/25
目次
本シリーズでは、前シリーズ「ベンチャー企業がぶつかる「10億円の壁」をどう乗り越えるか!」「売上10億円を超えたベンチャー企業の管理職たちの奮闘!」の続編として、業界・業種を問わず、中小企業の2代目もしくは3代目の経営者の経営改革をテーマにする。特に「DX(デジタルトランスフォーメーション)への挑戦にフォーカスを当てる。ITデジタルの施策に熱心に取り組み、仕事のあり方や進め方、社員の意識、さらには製品、商品、サービス、そして会社までを変えようとしている企業をセレクトする。
今回と次回は、東京反訳株式会社東京豊島区の第2代代表取締役社長である田邊英司氏と取締役の武田晶子氏を取材した内容を紹介したい。田邊社長は昨年2023年6月に就任し、創業者であり、初代の代表取締役の吉田隆氏は代表取締役会長になった。
東京反訳の設立は2006年で、2024年で18年を迎える。創業当初から、主に文字起こしテープ起こしの事業を行う。大学や研究機関、企業、医療施設、公的機関、法律事務所などの会議や打ち合わせ、商談やヒアリング聞き取り、取材などで録音されたやりとりや発言を時間内で書き起こし、発言録にした原稿として納品する。
最近はZoomやMicrosoft Teams、Cisco WebexなどのWEB会議ツールで録画したデータの文字起こし、英語他多言語の翻訳、E-learningやマニュアル用動画などの字幕作成サービスの依頼も増えている。創業時から2024年6月現在までの総受注件数は、20万件程になる。
高い品質の原稿を作成することで高い評価を受け続け、業績を拡大し、2023年の売上は6億6千万円。正社員数は40人で、外部委託として文字起こしをするリライター主に個人事業主で、東京反訳では「ワーカーさん」と呼ぶは実稼働約600人。売上、社員数、リライターの数がこの規模に達している文字起こしの会社は全国で数社しかない。
01 ―――
文字起こしのマーケットが変わってきている
田邊英司社長の回答
「最近は、文字起こしのマーケットが変わってきているように感じています。特に2020年のコロナウイルス感染拡大以降、その傾向が顕著になっているのです。在宅勤務が普及し、オンラインで仕事をする人が増えました。オンラインでのやりとりの録画やそれを文字起こしする機会も増え、それにともない、AI音声認識自動文字起こしのツールが注目されるようになっているのです。
文字起こしの会社に発注していた会社の中には、あえて発注するまでもなく、自社内でAI音声認識のツールを使い、文字起こしをしたほうがいいと考えるようになったケースもあると思います。東京反訳では、このような社会変化をコロナウイルスの感染拡大期よりも前から察していました。たとえば、創業者の吉田や役員、社員たちはAI音声認識のツールが出始めの頃から研究をしていました。そしてAI音声認識のツールのように安さや速さではなく、東京反訳の強さである高品質の原稿を作成し続けることでお客様の要望にお応えすることをあらためて確認したのです。
マーケットの状況は確かに変わりつつあるのですが、従来までのお客様からも多数のご依頼をいただいています。特に企業や公的機関、団体などのセキュリティー関連の部署のご依頼は確実に増えています。たとえば、取締役会のような極めて大切な音声の文字起こしです。私どもがセキュリティーを徹底させていることに加え、高品質の原稿を納品させていただくのを評価してくださっているからなのではないかな、と考えています。」
02 ―――
2代目就任のいきさつ
私は2代目になることを吉田から早いうちに聞かされていたわけではないのです。役員として参画したのが2018年で、経営戦略室・システム部を担当してきました。専務取締役に就任したのが2020年、代表取締役専務になったのが2021年です。吉田と血縁関係はなく、親族外です。
40歳の時にメーカーを退職し、起業をしました。創業当初は特定の取引先もなかったため仕事が少なく、文字起こしの仕事なども請け負っていくなかで東京反訳の存在を知りました。私自身、最初はワーカーの一人だったのです。
東京反訳から文字起こしの仕事を請ける一方で、当時の本業であったWeb関連ビジネスや東京反訳のアセットを生かしたビジネスなどを当時の社長の吉田やほかの役員の方に提案をしたりしました。そのお付き合いのなかで、ある時期から東京反訳の一部門の仕事をその頃、私が経営をしていた会社で請け負うようになりました。アライアンスのような関係が次第に出来上がり、5年前に東京反訳の経営に全力で取り組むために役員として加わったのです。
03 ―――
創業者は”鋭い経営センス”
はじめてお会いし、話を伺った頃はそのような印象はありませんでした。むしろ、それとは逆です。何を考えているのだろう。この方が社長をしてなぜ、東京反訳はこれほどの業績になっているのかと疑問が出てくるのです。入社し、5年程が経つとわかるようになってきました。
おそらく、吉田の中には会社として進んでいくイメージが鮮明にあると思うのです。それにもとづき、1つずつの案件について判断をしていたのでしょうね。こちらからすると却下された時に、その理由がわからない場合があるのです。最近は、私なりに理解できるようになってきました。それを私が言語化するのは今も難しく、吉田の感性の凄みを感じる瞬間がありますね。」
言語化するには膨大なテキスト量が必要ですし、恐らく直観の領域でもあるので、説明が難しいのだと思います。日々、街や人をよく観察されているようです。毎日同じような景色にもちょっとした変化がある、それを捉えることが大切なのだと学びました。」
04 ―――
10億円の壁を超えようとする場合の課題
「10億円の壁を超えようとする場合、これまでの何かを変えていく必要はあると思っています。たとえばその1つが、営業力です。現在、年間で平均2万件、1日で少なくとも100件を超えるご依頼をいただいています。それを時間内に文字起こしし、高品質の原稿として納品することには一定の評価をいただいているのだろうと思います。
そこからさらに営業力を強くすべきなのでしょうが、弊社の社員はお客様と直接接してお話をして契約を受注する機会がほかの業界の企業と比べると、必ずしも多いわけではなかったのかもしれません。このあたりの社員の教育、育成を今後の課題の1つと考えています。全員が営業に関わるという意味ではなく、役割分担をさらに明確にしたうえで組織としての営業力を強くする必要があると思うのです。」
05 ―――
10億円を狙う新規ビジネス
「吉田から「10億円を超えるように」といった指示は受けていませんが、私は努力目標にはしたいなと考えています。これまでのサービスに加え、日本語から英語をはじめとした外国語に翻訳するビジネスにも積極的に関わっていくと、その状況次第では10億円が見えてくるのかもしれません。
翻訳ビジネスのマーケットは、文字起こしに比べるとはるかに大きいです。たとえば、マニュアルやWEBサイトを海外向けの内容にするなどの産業翻訳にターゲットを絞り、対応をしていく動きをはじめています。これまでに多数のお客様から文字起こしのご依頼をいただいてきましたので、それぞれの連絡先は把握しています。まずは、これらのお客様にご案内を差し上げようと思っています。」
06 ―――
創業者のようなリーダーシップは私にはできない
「吉田が育てあげた役員や社員たちは各々が個性的である一方で、素直なタイプが多いように感じます。とてもいいチームに思います。新たに加わった私にも壁をつくることなく接してくれます。時々、思い起こすのは40歳の時、1人で起業をした頃です。当時はどこまで前に進んでも、話し合える人がいませんでした。困っても、相談できる相手がいない。今は違います。相談できる人も、時には意見が異なり、いい意味でぶつかり合える人もいます。こういう人たちがいるのはありがたく、感謝しています。
私には、吉田のようなリーダーシップは発揮できません。あれを真似しようとすると、上手くはいかないはずです。私がすべきは、まず1つは吉田が残したものをよりよきものにすること。もう1つは、セオリー通りにきちんと進めていくこと。私は経営者としての経験が豊富ではないですから、セオリーは大切だと考えています。
たとえばマーケティングで進める方向性を決めたら、私なりに役員や社員にはわかりやすく説明をします。そこには、ロジックが必要になるでしょうね。吉田が社長をしていた頃にはそのような場合、「ああ、そのアイデアはいいね。楽しくやろうよ」といった雰囲気だったように思います。なんとなくおもしろそうな感じで、皆で進んでいくのです。吉田の感性や直観力、それを役員や社員が認めているからできるのでしょうね。私にはそのような力がありませんから、ある程度の論理が必要になると考えています。」
07 ―――
創業経営者としての美学
私が吉田から、あの案件はどうなっているのかなどと聞かれるケースはありません。多くのお客様との仕事の状況などを日頃から把握しているので、あえて尋ねないのかもしれませんね。そのあたりは、私よりもはるかに見えているのだろうと思います。役員や社員のレイアウト、たとえばこの人にこういう案件を担当してもらうプランがあると伝えても、「いいね」と答えるだけです。今までのところ、反対されたことはありません。社内全体をきちんと見ているのでしょうね。」
「東京反訳にとってのITデジタル化は、以前から様々な形で取り組んできました。最も大きいのは、2016年に全社の基幹システムを自社で構築し、スタートしたことです。構想からリリースまで約2年を費やしています。その後、数年ごとにレベルを上げていますが、総投資額は数千万円になります。
社員やワーカーさん、お客様などが使うことができます。このシステムを通じて、社員がお客様への対応をするのです。顧客対応をいわば全社で共有することができるようになりました。これは、お客様との間でご依頼内容について誤解がないようにしたり、話し合いを効率よく進めたりするために有効です。高品質の原稿を効率よく作成するうえでも、とてもよかったのです。おそらく、このようなシステムを保有し、運用しているのはこの業界では限られた会社でしょうから、東京反訳の強みと言えるのかもしれませんね。」
最終回・第25回に続く
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