第28回

中小企業 2代目、3代目経営者の デジタル改革奮闘記

「勝ち馬に乗らないと経営が成り立たなくなる」 
 ~3代目がつかんだ“中小企業が生き抜く要諦”~ 

2024/11/19

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本シリーズでは、前シリーズ「ベンチャー企業がぶつかる「10億円の壁」をどう乗り越えるか!」「売上10億円を超えたベンチャー企業の管理職たちの奮闘!」の続編として、業界・業種を問わず、中小企業の2代目もしくは3代目の経営者の経営改革をテーマにする。特に「DX(デジタルトランスフォーメーション)への挑戦にフォーカスを当てる。ITデジタルの施策に熱心に取り組み、仕事のあり方や進め方、社員の意識、さらには製品、商品、サービス、そして会社までを変えようとしている企業をセレクトする。 

 


今回は前々回、前回と2回連続して紹介したEBINAX株式会社(エビナックス、東京都大田区)の代表取締役社長の海老名伸哉氏を取材した内容の最終回としたい。同社は1946年に海老名鍍金工場として創業し、1953年にヱビナ電化工業株式会社として設立、2024年にEBINAXに社名変更した。電子機器などの各種素材に対する電気めっきや無電解めっきによる表面処理を主力事業としている。正社員は約100人。売上は、2023年で9億8千万円。

研究開発には創業期から力を注ぎ、特にプラスチック素材へのめっき技術開発、アルミナセラミックスへのめっきプロセス開発などで知られる。研究開発型企業になるために、2000年頃から工場やトイレを大幅改装するなどして働きやすい環境を整備した。2002年には、世界で初めてめっき専門の開発拠点である「テクノマーク」を開設。2021年には、ものづくりのスペシャリスト集団としての志を同じくした中小企業7社と合同でモノづくりユニット「METALISM」(メタリズム)を結成した。

 

01 ―――

明るい未来が見えるか 

 

今後は、まずはEBINAXのあり方をさらに整え、後継者に託すところまではしていきたいと思います。そのためには、後を継ぐ人たちが希望を持つことができるようなEBINAXの未来をつくることが必要です。弟(常務取締役)や社員たちが明るい未来が見えないようでは、それよりも若い世代はここで働きたいとはきっと思わないでしょう。私たちの子どもの世代にとっても、未来が見えるようにしていきたいのです。「ここで働きたいな」と感じ取ってもらえるようにしていきたい。

次の世代に託すのは、先代(父)が私や弟、社員たちにしてくれたことでもあるのです。たとえば、私や弟が子どもの頃は工場、研究所は現在のようには整っていませんでした。学生時代に友人がアルバイトに来ると工場を冗談もまじえ、「汚い」と言っていました。確かに「3K」(危険、汚い、キツイ)の典型のような雰囲気は一時期あったのかもしれません。

それではいけないと思った父が、時間をかけながら整備をしたのです。私もその「託す」思いは受け継いでいきたい。私なりに工場や研究所をさらに整備してきたつもりです。これは、会社の経営を受け継ぐ人の責任と言えるのではないでしょうか。

 

 

 

02 ―――

100億円を目指すならば… 

 

売上は毎年10億円前後を推移していますが、売上至上主義ではありませんので必要以上に意識はしていません。20、30、50億円と伸ばしていこうとするならば、社長が対外的なことにさらに力を入れる必要があるのではないか、と思います。たとえば、新規開拓やほかの企業や団体との協力関係をつくることです。それと並行し、社員の力を一段と引き出す仕組みをつくることです。

弊社が100億円を目指すならば、現在の工場だけではおそらく不十分でしょう。新たに大きな工場を設ける必要があると思います。その場合、相当なコストが発生しますから金融機関からの借入をせざるを得なくなる場合があるかもしれません。その時の社内外の状況にも左右されるのでしょうが、現時点でそこまでのリスクを背負う必要があるか否かは、慎重に判断すべきと考えています。

 

 

03 ―――

勝ち馬に乗らないと経営が成り立たなくなる 

 

まして弊社のような中小企業のメーカーはその時々の状況を見極め、勝ち馬に乗らないと経営がやがては成り立たなくなるかもしれません。たとえば、現在は半導体が世の中で期待され、勢いがありますから、それに関する仕事を請け負い、工場で製造しています。

しかし、その勢いがいつ変わるかはわかりません。弊社が半導体市場だけに依存していると困ったことになりうるのです。半導体に勢いがなくなれば、他の市場にも目を向けることが必要です。あるいは、半導体の中にも様々な市場がありますが、そのうちで依然、勢いがあるところでは仕事を請け負うほうがいいのかもしれません。

その意味での見極めや事業構成(売上構成)は重要です。これらがきちんとできると、勝ち馬に乗ることができます。そのような迅速な対応力やそれを可能にする社員の力が、大切です。大型の工場の建設に大きく投資するよりは、まずは採用や定着、育成の態勢を整えるほうが弊社にとっては好ましいのではないか、と考えています。この結果として、売上が増えていくのが望ましいのではないでしょうか。
 
 
 

04 ―――

最後は器用貧乏のような状況になるかもしれない 

 
私自身も研さんが必要です。弊社の価値、特に技術の価値をいかに高めるかを学ぶために、コロナ禍に東京工業大学大学院のMOT(技術経営)コースで1年間学びました。様々なことを吸収できたのですが、技術を扱う弊社のような企業はその出口を考えておくことがいかに重要であるかを再認識しました。これは、大きな収穫でした。

お客様が求めている技術を私たちが身につけることは大切です。求められていない技術ではお客様はきっと満足しないでしょう。高いレベルの技術を兼ね備えたとしても、その活用ができないと、最後は器用貧乏のような状況になるかもしれないのです。

ニーズがないところでシーズをつくっても効果は発揮しないとも言えるでしょうね。弊社に限らず、技術者の一部はシーズ志向のようなところがあるように見えます。それが技術者のいいところでもあるかもしれませんが、弊社のようなメーカーはニーズ、つまり出口をきちんと考えておかないと高いレベルの技術を持っていたとしても宝の持ち腐れにならないとも限らないのです。
 

05 ―――

「出口までのストーリーを考えるべき」 

 

私は社内の会議で技術者たちと話し合う際、「出口をイメージしましょう」と言います。「出口までのストーリーを考えるべき」とも伝えています。そして、「この技術はどこでどのように必要とされるのか」とふだんからニーズを想像してほしいのです。その姿勢があると、弊社の技術を本当に求めているお客様と巡り合い、仕事をできる可能性が高くなると思うのです。

様々な会社や団体が弊社に商談に来られます。そのことは大変にありがたいのですが、出口の認識をお持ちでない方たちも一部にいます。その認識があいまいのままだと、弊社の技術が十分にお役に立てない可能性がありえます。

あるいは、お客様の中には「あの会社は何でも引き受けるから、便利だ」と思っていることもありうるのです。これでは、私たちは便利屋的な扱いとなり、EBINAXの本来の技術力から付加価値が生み出せなくなるのです。

 

 

06 ―――

「その仕事はEBINAXがすべきことなのかな」 

 
技術者をはじめとした社員たちには、「その仕事はEBINAXがすべきことなのかな」と機会あるごとに投げかけています。個々の社員たちが、出口やそこまでのストーリーをイメージするきっかけをつくりたいからです。

私のような経営者と技術者をはじめとした社員の視点や考え方は立場が異なる以上、ある程度は違ってきます。それは止むを得ないのですが、出口を考えないのは好ましくはないのです。特に技術者は、お客様からの話を真剣に受け入れる傾向があります。それはもちろん大切なのですが、出口への認識がないまま、依頼をしてくる場合もあるのです。だからこそ、「その仕事はEBINAXがすべきことなのかな」と尋ねるようにしているのです。

私よりもキャリアや実績が豊富な経営者の方々からは、「勝ち馬の顧客に乗らないと、仕事をいくらしても儲かりませんよ。それでは、経営が成り立たなくなりますよ」と言われます。おそらく、出口がきちんと見えているからこそ、たとえばEBINAXの技術を評価し、それにふさわしい額をお支払いするお客様と出会うことの大切さを教えてくださっているのだろう、と思います。

 

 

 

07 ―――

下請けとして扱おうとする場合、深い話し合いにはならない 

 
勝ち馬に乗るためにいろいろなアプローチや考えがあるのでしょうが、私はお客様と話し合ってみるのを大切にしています。なぜ、EBINAXをお選びになったのかとお聞きします。そこで双方で本音の話し合いができるか否かは重要です。ただ単に下請けとして弊社を扱おうとする場合、深い話し合いにはならない傾向があるのです。

一方で深い話し合いとなり、私たちを本当に必要とされているのが、私なりにわかったケースもあります。下請けではなく、パートナーとして見てくれているように受け止めました。その企業からは現在、半導体に関する仕事を請け負っています。

勝ち馬に乗るために私自身は井の中の蛙にならないように異業種を含め、企業の経営者や役員、社員などと接する機会をつくり、お話を伺うようにしています。そこでたとえば、弊社が進んでいく方向は正しいかな、と考えてみるのです。海外にも目を向けています。半導体ならば、台湾や韓国の企業の技術のレベルは高いですから、話をお聞きするように努めています。そのようなネットワークは、重要です。


 
  08 ―――

 

今、踏ん張らないと好ましくない方向に進んでしまう 

 
人とつながる力や生き抜く力はEBINAXの技術者にも兼ね備えてほしいのですが、技術者としていい仕事をしていくために文系であるか、理系であるかなどは直接的には関係がないと私は思っています。大切なのは、興味や関心、感性があるか否かでしょう。

私は文系出身ですので、たとえば化学については技術者のほうが詳しいでしょうね。一方で私は多くの薬品メーカーと接点があり、そこに勤務する方たちから最先端の研究などについていろいろとお聞きします。そのような話から何を感じとるか、です。技術者に限らず、社員たちにはこの感性を持っていてほしいと願っています。私自身、感性を磨き続けるためにも、国内外の企業や団体の視察や商談にうかがうようにしているのです。
 


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著者: JOB Scope編集部
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