第27回

中小企業 2代目、3代目経営者の デジタル改革奮闘記

自己採点?及第点とは言えないのかもしれない」 
~3代目が自らに課す責任と使命~ 

2024/11/19

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本シリーズでは、前シリーズ「ベンチャー企業がぶつかる「10億円の壁」をどう乗り越えるか!」「売上10億円を超えたベンチャー企業の管理職たちの奮闘!」の続編として、業界・業種を問わず、中小企業の2代目もしくは3代目の経営者の経営改革をテーマにする。特に「DX(デジタルトランスフォーメーション)への挑戦にフォーカスを当てる。ITデジタルの施策に熱心に取り組み、仕事のあり方や進め方、社員の意識、さらには製品、商品、サービス、そして会社までを変えようとしている企業をセレクトする。 

 


第26回から第28回までは、EBINAX株式会社(エビナックス、東京都大田区)の代表取締役社長の海老名伸哉氏を取材した内容を紹介したい。同社は1946年に海老名鍍金工場として創業し、1953年にヱビナ電化工業株式会社として設立、2024年にEBINAXに社名変更した。電子機器などの各種素材に対する電気めっきや無電解めっきによる表面処理を主力事業としている。正社員は約100人。売上は、2023年で9億8千万円。 

研究開発には創業期から力を注ぎ、特にプラスチック素材へのめっき技術開発、アルミナセラミックスへのめっきプロセス開発などで知られる。研究開発型企業になるために、2000年頃から工場やトイレを大幅改装するなどして、働きやすい環境を整備した。2002年には、世界で初めてめっき専門の開発拠点である「テクノマーク」を開設。2021年には、ものづくりのスペシャリスト集団としての志を同じくした中小企業7社と合同でモノづくりユニット「METALISM」(メタリズム)を結成した。

 

01 ―――

社長就任以降の自己採点 

 

前回の記事で取りあげたように先代である父(2代目)は2009年に59歳で他界し、創業者(海老名社長の祖父)は数年前に亡くなりました。祖父は、90代になっても元気でした。経営に口出しをしたり、介入することはしません。実際のところは、自分がイメージしていた姿と会社が違う方向に進んでいるなどと感じていたのかもしれませんね。それでも、孫である私や弟に何かを言うことは最後までありませんでした。時折、「がんばりなさい」と声をかけてくれるくらいです。

祖父の本音は聞くことができませんでしたが、2009年の社長就任以降、私をどう見ていたのだろうと思い起こすことはあります。この15年の自己採点?難しいところですが、あえて採点をすると2024年7月の現時点で様々な課題が残っていますから、及第点とは言えないのかもしれません。会社として発展し、飛躍してきた部分はありますが、依然、盤石になっていないところがあります。そこは、今後さらに整える必要があります。

 

 

02 ―――

後継者を育成するのが、私の仕事 

 

後継者をはじめ、社員の育成にも課題が残っています。後継者では、現時点で弟(常務取締役)が実務の責任者となれるように日々、懸命に取り組んでいます。私が国内外の企業や団体に視察や商談で出かけることができるのは、弟や社員たちが社内実務を対応してくれているからです。

私の経験をもとに言えば、実務の責任者として社員から信頼され、全社をスムーズに動かすのにはある程度の時間がかかります。実務のことを心得ていないと、社長になり、経営をするのは難しい場合があります。弟に実務責任者を目指すように伝えたのが、昨年(2023年)でした。今は吸収し、成長している段階ですから、私としては今後に期待しています。弟を経営者にしていくことが、これから取り組むべき仕事の1つです。

 

 

03 ―――

ロボットと技術者の共存 

 

デジタル化への取り組みには前向きに対応し、少しずつですが、進んでいるかと思います。おそらく、液分析の数値管理は同業他社と比べると進んでいるのではないかと考えています。技術者が多数を占め、パソコンやそれに関するシステム、デジタル機器に精通し、知識豊富な人材がいるのも功を奏しているのかもしれません。

特にこの3年は東京都のローカル5Gの導入事業と同時にデジタル化を推し進めてきました。たとえば、生産管理や検査です。検査で言えば、検査担当者が自社の製品をきちんと検査し、お客様に納品をさせていただいています。検査をするうえで、検査の自動化を使える箇所がないか否かをあらためて検討しました。以前から液分析ではいろいろなデジタル機器を使用していますが、さらに他の業務で導入できないかと各部署や現場で考えたのです。そして、導入したほうがいいと思えるところで新たに使うようにしました。

EBINAXの検査担当者の目は確かですが、見落とす場合があるかもしれません。人間の目ですからある程度は避けられないのでしょうが、そのようなところはデジタル機器やロボットを使い、精度を維持するようにしているのです。検査に限らず、精度を高めたり、ルーティーンワークになっていたりする部分は今後、自動化を進めていきたいと考えています。

 

04 ―――

デジタル化で重要なところ 

 
それぞれの部署や社員の仕事についてもデジタル機器を使い、可視化(見える化)できるところは見えるように試みてきました。仕事の現状を様々な形で数字に表すと、問題点がより鮮明に見えるようになり、どうすればいいのかと深く考える素地ができます。

これまでは個々の社員の仕事について見えない部分が多少あり、その意味では属人化していたと言えます。属人化されたままではたとえばベテランの技術者が退職した場合、社員たちにその高いレベルの技能が引き継がれないケースもありえます。世代交代を進めるのが難しくなるかもしれません。ですので、全社で段階的に可視化を進めてきました。

いろいろな手法で「見える化」を試みましたが、その1つが撮影です。たとえば、ベテランの持つ技能を動画で撮影し、それを関係する社員らで見て話し合ったりして共有します。動画撮影の手順書も作成しました。ここで特に重要なのは、文章で言うところの「行間」ではないかと思います。言葉で表現するのが難しいものを読み取るのを「行間を読む」と言うのでしょうが、それと似ているのです。撮影できないところにこそ、重要なものがありうるのです。私たちは、そこにも目を向けるようにしています。
 

05 ―――

心に刺さる言葉や表現を使える否か  

 

デジタル化を進めると、人とロボットやデジタル機器との業務のすみわけができてきます。そして、課題も見つかります。その1つが、社員のコミュニケーション力をさらに高めることです。デジタル化を進めると、技術者をはじめ、社員は人でしかできない仕事に専念できるようになります。たとえば、お客様と心を通じたコミュニケーションです。ロボットも人と意思疎通がある程度はできるのでしょうが、心を通わせ合うのは難しいのではないでしょうか。

少なくともEBINAXでは、個々の社員が状況や場、タイミングをわきまえ、お客様などに配慮したうえで心に刺さる言葉や表現を使える否かを重視しています。弊社の技術者は技術力や技能のレベルは総じて相当に高いと思いますが、コミュニケーション力については一部に課題がある気がしています。

私たちは技術者集団ですので、営業に専念する社員がおりません。したがって技術者がお客様の抱える問題を察し、それを解決できる案を状況に応じてご提示することが、営業と言えます。その場合、心に刺さる言葉を発することが必要になります。「これが、私どもの技術です」とただ説明するのではなく、お客様に共感していただけるような内容になっているか否かが大切なのです。お客様の心を、つまりは人間の心の機微を感じ取れることが求められているのです。

 

 

06 ―――

コミュニケーション力をさらに高める  

 

技術力が高くとも、世の中で認められずに埋没する企業もあるかと思います。そうならないように、私たちがコミュニケーション力をさらに高めるのは大切です。ですので、社内研修としてコミュニケーション力を高める講座を設け、特に若い人材は学んでいます。社会全体に言えるのではないかと思うのですが、自宅と職場の往復しかしない会社員がいますね。1つのライフスタイルではあるのでしょうが、そのような生活が長く続くと接する人が限られますから、コミュニケーション力が伸びないのかもしれません。

それは好ましくないと思いますので、社外から講師を招き、社員がコミュニケーション力を高めるようにしているのです。コミュニケーションが上手くなり、お客様や友人、知人たちと心と心がつながるようになると、その人の心、生活や人生も豊かになるのではないでしょうか。そのようなことを願っています。

 

 

07 ―――

今年のスローガンは、アニマル・スピリッツ 

 
人とつながることができると、世の中を生き抜く力となっていくのではないでしょうか。技術者をはじめとした社員たちには、私生活においても家族や友人、知人らと良好な関係をつくり、豊かな人生を生きてほしいのです。

今年のEBINAXのスローガンは、アニマル・スピリッツ。人間も動物の一種ですから、人が本来持つ野性の力を大切にしていこうという意味です。この場合の野性とは、たとえば人と人がふれあい、そこでディスカッションをして新しいものをつくったりすることなどを意味します。このようなつながる力があると、イノベーション(技術革新)になっていくと考えているのです。

その1つの試みとして、2021年にはものづくりのスペシャリスト集団としての志を同じくした中小企業7社と合同でモノづくりユニット「METALISM」(メタリズム)を結成しました。ここでのテーマがオープンイノベーションで、人と人とのつながりで新たな価値をつくりたいのです。こういう活動は私自身、ライフワークとして取り組んでいきたいし、社員たちにもそのような志を持ってほしいと思っています。


 
  08 ―――

 

大切なのは、興味や関心、感性があるか否か  

 
人とつながる力や生き抜く力はEBINAXの技術者にも兼ね備えてほしいのですが、技術者としていい仕事をしていくために文系であるか、理系であるかなどは直接的には関係がないと私は思っています。大切なのは、興味や関心、感性があるか否かでしょう。

私は文系出身ですので、たとえば化学については技術者のほうが詳しいでしょうね。一方で私は多くの薬品メーカーと接点があり、そこに勤務する方たちから最先端の研究などについていろいろとお聞きします。そのような話から何を感じとるか、です。技術者に限らず、社員たちにはこの感性を持っていてほしいと願っています。私自身、感性を磨き続けるためにも、国内外の企業や団体の視察や商談にうかがうようにしているのです。
 



(完結編)に続く 



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著者: JOB Scope編集部
新しい働き方、DX環境下での人的資本経営を実現し、キャリアマネジメント、組織変革、企業強化から経営変革するグローバル標準人事クラウドサービス【JOB Scope】を運営しています。
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