第29回
中小企業 2代目、3代目経営者の デジタル改革奮闘記
「業績拡大を目的化すると、
社員や家族の幸せはないがしろになる」
~社会保険労務士・小林秀司 氏~
2024/11/25
目次
本シリーズでは業界・業種を問わず、中小企業の2代目もしくは3代目の経営者の経営改革をテーマにする。特に DX(デジタルトランスフォーメーション)への挑戦にフォーカスを当てる。ITデジタルの施策に熱心に取り組み、仕事のあり方や進め方、社員の意識、さらには製品、商品、サービス、そして会社までを変えようとしている企業をセレクトする。
今回と次回では、社会保険労務士の小林秀司さんに中小企業の2代目、3代目への事業継承をテーマにした取材を試みた内容を紹介したい。小林さんは、株式会社日本マンパワーで社会保険労務士の資格試験事業などに携わった後、1997年に退職し、株式会社シェアードバリュー・コーポレーションを設立し、代表取締役に就任した。
2024年現在まで一貫して人事労務のコンサルティングに関わる。2008年からは社会人として法政大学大学院政策創造研究科で、特に人本経営について坂本光司教授から学ぶ。修士課程修了後、人本経営を行う優良企業800社以上の視察を行う。人本経営の経営指導や研修、講演を全国各地で実施している。
01 ―――
事業継承の成否は幸せ軸
今の時代において中小企業の事業継承の成否は、社員やその家族などを大切にする経営ができるかどうかが大きなポイントになると思います。私は、このような経営のあり方を社員たちを幸福にするという意味で“幸せ軸”と呼んでいます。
中小企業に限らず、日本の企業社会では業績を上げることに最も重きを置く経営がこれまでは主流だったのですが、今はそれが難しい状況です。少子化やグローバル化の影響で業績を大きく伸ばすことは、大企業でも容易ではありません。あるいは、業績に重きを置く路線では社員の採用や定着、育成が難しくなるはずです。特に中小企業ではその傾向が顕著になりつつあります。
ですので、私は2007年前後から法政大学の坂本教授のもとで人を大切にする人本経営を行う企業について集中的に学んできました。そこで培ったものをもとに、特に中小企業の経営者層を対象に社員を大事にする経営がいかに重要であるかを訴えてきたのです。
02 ―――
5人の幸せ
2.社外社員とその家族
3.お客様
4.地域住民
5.株主
人本経営は5人に対する関係の質を高め続けていく経営と言えます。真っ先に重視するのが社員とその家族ですので、「社員第一主義」と呼んでいます。たとえば、ある社員が仕事の都合よりも家庭の事情を優先しても、社員たちから受け入れられる文化を形成します。あるいは親が要介護状態になった時、その社員が介護できる体制をつくれるように、会社として必要なサポートをします。
これらの社員は思いを馳せてくれる会社や社員たちに対して、「いい職場に勤めることが出来てよかった」ときっと思うでしょう。そして「さらにいい仕事をしよう、今後、社内の誰かが家庭の事情で職場を離れなくてはならなくなった時、その人の分をサポートしよう」と感じるのではないでしょうか。これが、業績向上にもつながっていくのです。
03 ―――
社外社員とその家族
人本経営では適切な納期、相手も十分に収益が確保できる発注、さらには現金決済でなるだけ資金繰りが楽になるよう配慮したお付き合いをしようと心がけています。たとえば無茶な短納期を迫ったり、相手の利益が出そうもない発注をしては、先方の社員が長時間労働を強いられたり、よくない精神状態で働くことでその社外社員の家族仲に影響が及んでしまうかもしれません。
取引先、仕入先、関係会社の社外社員との関係の質を高めていけば、社外社員の皆さんの思考の質、行動の質が高められていくでしょう。たとえば、「あの会社との取引は本当に心地よい」「こちらも丁寧な対応を心がけよう」「パートナーとして扱ってくれることに感謝して精一杯の仕事をしよう」といったように。
自社内の社員と社外社員がやりがいをもって仕事に打ち込んでくれたら、その成果物は普通の会社にはない魅力が備わってくるに違いありません。それが、他社にはない差別化された商品やサービスになるのです。
04 ―――
顧客
顧客満足、さらに期待を超える顧客感動は、社員・社外社員が生み出しているのです。お客様のことを考えるのであれば、社員第一主義が鉄則であるということに帰結するのです。パワハラまがいをする上司に使われ、この職場で働くのは嫌だけど生活のために言われたことだけはやろうとしている社員に、お客様が感動するような商品やサービスをつくり出せるはずがないのです。
日々の関係の質が悪いと思考が劣化し、行動も消極的になり、言わずもがなな結果しか出てきません。それをまた上司が指摘したら、関係の質はさらに悪くなります。ついには離職や労働トラブル、あるいは精神疾患発症などになってしまうかもしれません。
05 ―――
地域住民と株主
4番目の「地域住民」についてですが、企業経営を営んでいる地域ともまた良好な関係を築くことにつながっていくのです。これは単にお金を使うということではなく、直接社員が貢献する行動がよく見られます。
たとえば、会社周辺の公道の清掃をする、交通整理をして住民の安全に寄与する、あるいは地域の高齢者や障がい者施設の慰問や支援を積極的に行う、さらには雇用が進まない障がい者を直接雇用する、など地域とより良い関係を築くことを大切にしていきます。このことは地域住民から「あそこはいい会社だよ」と共感者や応援団が形成されていきます。
そして、最後の「株主」です。ここまで見てきたような取り組みをして、結果としての業績が出ることで、株主にも益をもたらすことが実現していきます。人本経営に成功して高収益状態になっても、ほとんどの会社は株式公開をしていません。その理由は、現在の上場審査の基準が自分たちが目指している「関わる人の幸せ増進」という目的に沿うものではないという確信からです。では、人本経営では株主はないがしろにされるのかというと、決してそうではありません。
多くの人本経営の成功企業では、収益体制が確保されてくると、内部留保と未来投資に費やした残りの利益を社員へ還元する態度がよくみられます。決算賞与という形に加えて、社員持ち株制度として還流させるのです。前述したとおり、上場を想定している訳ではありませんから、利得を目指している訳ではありません。
その意味では、会社に関わる5人の最初の「社員」と最後の「株主」を見事に紐づけているのです。社員イコール株主ということで、会社は誰のものであるかということがこれ以上ないほど分かりやすく明示されるということになります。
06 ―――
幸せ軸へのシフトは難しい?
いずれのケースもシフトは容易ではないようです。たとえば、エンターテインメント業界の2代目の社長は先代(創業者で、父)と意見を闘わせ、業績軸から幸せ軸にしだいに移したそうです。
この会社はエンターテインメント業界ですので、お客さんを喜ばせるのが仕事と言えます。創業者は、2代目に「まずはお客さんを最優先にすべき。社員を先に喜ばせることに重きを置いてどうする?」と言っていたそうです。2代目は、こう説明をしていたようです。「社員が仕事や賃金など就労環境などに納得し、幸せを感じていないと、お客様が堪能するようなサービスができない」。
このケースに限らず、創業者であり、オーナーであり、父親でもある先代が築き上げた路線を変えるのは確かに難しい場合があります。その時、2代目や3代目がどこまで真剣に取り組むか。そこが、成否の分岐点とも言えます。社員が大切とは言いながらも、実際のところはそうではないような会社もあるかもしれません。そのような場合は、社員たちの心をつかむのは難しいと思います。
07 ―――
伊那食品工業のブレない姿勢
幸せ軸と真剣に向かい合い、親子で受け継いでいる事例を紹介します。寒天、ゲル化剤の製造業の伊那食品工業(長野県伊那市)の先代・塚越寛さん(現 最高顧問)は、20歳前後で社長代行となります。60年近く前の当時、同社の経営状態は芳しくなく、再建は難しいかもしれないと一部の金融機関では言われていたようです。
塚越さんは社長代行となった直後から、ほぼ毎日、社員たちに牛乳を1本ずつ与えたそうです。休憩時には、500円前後のおやつも出していたようです。少しでも栄養をつけてほしい、健康になってほしい、といった思いがあっての行動と思います。これらを購入したお金は、ご自身のポケットマネーだったに違いありません。
この時の社員たちは塚越さんにしだいに惹かれるようになり、仕事への姿勢を変えていきます。この人のためにがんばりたい、とも感じるようになったのではないでしょうか。ここから、2024年の現在までほぼ毎年増収増益を続けていくのです。
現在はご子息が社長となり、事業継承をしています。社長は業界紙のインタビュー記事で、先代(塚越寛 氏)の社員や家族を大切にする路線を変えない、と明言しています。このブレない姿勢が、すばらしいのです。
幸せ軸への誤解
江戸時代の思想家・二宮尊徳が『経済なき道徳は寝言』と言っていたそうで、まさにその通りではあるのです。立派なことを唱えていても、業績が赤字では社員を幸福にはできないでしょう。業績を維持し、発展させることができるビジネスモデルや仕組みがあることは大切です。これらがあるのは、世の中で必要とされているからです。ここをベースにして、幸せ軸の経営があるのです。」
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